時の宝珠
ファ・ザード大陸の西方には剣術の盛んな草原の国・フォルセナがある。その北には壮大なるミスト山脈がまるでフォルセナの背後を守るようにそびえている。その山脈の一つであるギリア山を、冒険者達は登っていた。
フォルセナの騎士であるデュランが黄金の騎士の称号をもらうのに必要なものが、このギリアの山にあるというのだった。世界を平和に導いた冒険を終らせたそのあと、フォルセナで滞在しながら何日か祝杯をあげようということになっていたので、仲間は揃っていた。仲間達は、他でもないデュランの名誉の為に加勢しよう、ということになった。デュランは王に許しを得て、ギリアの山を目指した。
それは、聖剣に関する冒険の後の、小さな冒険談となるはずだった。
剣士のデュランが先頭を歩き、その後をシーフのホークアイとアマゾネスのリース、体力のない魔法使いのアンジェラとクレリックのシャルロットが並び、最後尾を獣人のケヴィンが見守っていた。比較的なだらかな斜面を登りながら辺りの景色を見回すと、そのギリアの山頂から流れ出てくる澄んだ雪解け水が、あちこちに音を立てて流れている。軽やかな音を立てながら流れる水のそのすぐ傍らでは、大きな蕾を育んだ花達が真っ直ぐに天を目指して伸びている。どの花も自らの美しさを競い合うさまは、女性の生き方と大して変わらない様だった。
「見てみてっ!この花すごくきれいな色ー!」
嬉しそうにはしゃいだ声を上げるのは、アルテナの王女アンジェラ。彼女の声に、残りの五人はつられたように足を止めた。あら、本当、と穏やかな微笑みをいつも絶やさず近づいてくるのは、ローラントの王女リースだった。
「ねぇ、私の髪の色と同じ!こっちはリースと同じよ!」
「シャルロットのもありまちかぁー?」
さっきまで疲れた顔をしていたウェンデルの司祭の孫娘、シャルロットも、女の命ともいわれる髪の毛の話になると、足を走らせて二人に近づいた。男達三人は顔を合わせる。ケヴィンはにっこりと微笑み、ホークアイは肩を竦めると息をついた。デュランはそれより少しばかり大きく息を吐くと、空を見上げる。山の天気は崩れやすいというが、今のところそんな様子はなく、見渡すばかりの晴天だ。
「ちょっと休憩にするか。」
そう言いつつ、デュランが荷物を降ろすのを見つけて、アンジェラがにっと笑う。
「話が分かってるぅ!」
「っていうか、お前疲れたんなら正直に言えよ。」
「いいじゃない。どっちにしても休憩なんでしょ!」
「どういう理屈だ。」
デュランは呆れたようにそういうが、アンジェラは気にしてもいない様に他の場所に花を探しに行ってしまう。
「アンジェラしゃん、待ってくださいでちーぃ」
シャルロットがそんなアンジェラを追って走っていく。よたよたとした足取りが危なっかしい。ケヴィンが気遣うように、オイラも見てくる、と荷物を置いてシャルロットの方へ走っていった。
「休憩だから大人しくして体力温存してて欲しいんだけどな・・全く」
デュランがため息をついてそう言った。
「リースは行かないのか?」
ホークアイがリースを見下ろしながらそう言った。リースは微笑んでにっこりと笑う。
「私はお二人を見張ってますわ。お二人とも疲れてるんじゃないですか?今のうちに休んでください。」
「そんな、それならリースの方が・・」
ホークアイが吃驚したようにそういうが、リースは首を振る。
「いいんです。お二人がいなければ、この6人もの仲間はすぐにばらばらになってしまいますわ。それだけお二人がそのことに力を配っているのはわかります。だから、休んでください。」
「じゃ、俺は休むよ。」
デュランはそう言うと、意外とあっさり寝転がった。2,3秒と経たずに規則正しいリズムで寝息が聞こえてくる。ホークアイはそんなデュランを少し羨ましそうに見たが、気を取りなおしたように、じゃあ、他愛ない話でもしようか?とリースに声をかけた。
一方、いろんな花の蕾を見つけ、一足先に咲かせる花を見つけては喜んでいたアンジェラ達は、いつしかかなり離れたところまで歩いてきてしまっていた。
「これは、ヒースの髪の毛そっくりでち!摘んでいきたいでち・・」
「それはだめよ。」
アンジェラが窘めるようにそう言うと、シャルロットがしゅんと肩を落す。ケヴィンはシャルロットの指差した花を見つめ、こういった。
「ねえ、シャルロット。この花、きっとすぐに弱る。短い間、一生懸命に咲いてる。だから、よく見てた方がいい。その方が、花も喜ぶよ。」
「いいこと言うわね、ケヴィン」
アンジェラがにっこりと微笑みながらそう言うと、ケヴィンは照れたように頭を掻いた。それを聞いたシャルロットは、鼻をくっつけんばかりにして、その花に見入っていた。
「さて、そろそろ帰らないと怒られちゃうわ。デュランったら、気が短いからすぐ怒るんだもの。」
「どっちもどっちでちけどね。」
シャルロットがすかさず突っ込みを入れると、アンジェラがなんですって?と目を怒らせる。そんな二人のやり取りを余所に、あらぬ方向に目を凝らしていたケヴィンが、あれ、なんだろう、と呟いた。
「何?」
二人はそろってケヴィンの呟いた声に反応した。好奇心の塊という点では、この二人も似たもの同士なのだった。
ケヴィンに振り向いた二人を見つめ、ケヴィンは指を遠い山の一角へ向けた。ほぼ遠視気味にケヴィンの目はいいのだが、通常の視力である二人には黒い影しか分からない。シャルロットはなんでち?と単刀直入に問い質した。
「洞窟・・かな?」
ケヴィンの目にもはっきりと見える訳ではない様だ。ぼんやりとその場所を見据えながら、ケヴィンはそう言った。
「あら、それじゃあ、私たちが目指している洞窟ってそれのことかしらね?」
アンジェラがケヴィンの傍に並んでその方向を見つめる。しかし、遠すぎる。少し暗くなっている入り口が霞んだように見えるだけだ。
「わからない。でも他には怪しい場所が見当たらないから。」
「じゃあ、多分そこでちね!早く後の3人を呼んでくるでちよ!」
シャルロットはそういうと、転がるように走り始めた。ケヴィンが慌ててそれを追う。
「シャルロット!転ぶ!危ない!」
「だーいじょうぶでちよぉ!」
楽しそうに弾ませるシャルロットの声が段々と遠のいているのにもかかわらず、アンジェラはその場所を動けないでいた。
・・なんだろう・・変だな。
遠すぎて霞んでいる洞窟の入り口。遠すぎるはずなのに、その威圧感だけはアンジェラの体まで伝わってきている。アンジェラの肌を刺すような威圧感。風ではない、何かそれより重いものがアンジェラの体を取り囲み、すぐに開放する。
「私を、呼んでいるの・・?」
でも何故?
ここ、ミスト山脈は、草原の王国フォルセナの北に位置する。その山脈の一角にある洞窟に、アンジェラになんの謂れがあるというのか。
「北に位置するから・・アルテナに比較的近いとも言えないけれど。」
何故だろう、どうしても動けない。ここから離れられない。
アンジェラは困惑していたが、意志は持ち得ていた。ケヴィンとシャルロットが後の三人を呼びに行っている。揃うまではじっとしていようと、そう思っていた。
そう、思っていたのに、不意に異変は起きた。
ずんっと体が揺れる、震える衝撃が突然襲う。アンジェラは悲鳴を上げた。
「いやぁっ!」
襲うのはさっきと同じ波動の威圧感。体が縮むような感覚に陥り、アンジェラは混乱した。
「何っ?なんなのっ―――!!」
故意的な意志の力だ。誰かが私を呼んでるんだ!!
アンジェラは混乱する頭の中で自問自答した。いや、答えを出したのは本当に自分だったかも危うい。誰かの意志が入り込んだのかすら、アンジェラには理解し得なかった。
・・・ようやく見つけた・・
誰かの声というよりも、その意志の言葉だけがアンジェラの中ではっきりと読み取れた。声の感触がなくても、その言葉だけでその「誰か」は気が遠くなるほど長い間アンジェラを探し続けていたかのような、そんな充足感に満たされているような気がした。
「誰よっ・・誰なのっ・・・!!」
必死に抗議の声を絞り出しながら、アンジェラはその衝撃を堪えていた。意志の声はまたもアンジェラに届いた。
・・・聖剣の勇者・・あの子の生まれ変わり・・お前だ、お前に間違いない。
更に、アンジェラの中に聞こえてくる声は大きくなっている気がした。それは、とてつもない波動にアンジェラが飲み込まれ始めているからであろうか。
「やめて、出てって!!私に入ってこないでっ!!」
アンジェラは必死に自分の魔力を使って、これ以上正体不明の波動が自分に入り込むのを抑えようとした。しかし、波動の力にはアンジェラの力が及ばず、アンジェラの体は次第にがくがくと痙攣をし始めてくる。
「やめ・・やめ・・てっ・・!」
・・・お前が必要なのだ。必要なのは「あの時」のお前なのだ・・それさえあれば・・
次第にアンジェラ自身の意識は遠のいていくのに、その誰かの意志だけは異様にスムーズにアンジェラの頭の中に入っていった。
・・・それさえあれば、「あの子」は蘇る・・
「あ・・?」
何かが抜ける、とアンジェラは感じた。なにが抜けていくのか、どうしてそう思ったのか、そんなことは一瞬先には忘れてしまっていた。
アンジェラはその場で倒れてしまった。
「おーい、生きてるかぁ?」
「大丈夫ですか?アンジェラ?」
「貧血でちかね?」
「でもさっきまでアンジェラ、元気だった」
「こいつに貧血のケがあるとは思えねーけど」
ざわめく声にアンジェラの瞼はぴくりと反応した。その一瞬で、それぞれの心配していた顔にほっとした柔かい表情が浮き上がった。アンジェラはすぐ意識を取り戻すだろう。
「おい、アンジェラ。起きろ。大丈夫か?」
悪態を吐いていたにも関わらず、デュランは面倒見だけはいい。意識を取り戻そうとするアンジェラを手助けするように、穏やかな声でそう言った。
ゆっくりと光を受け入れるように、アンジェラが目を開いた。長いまつげの下に、いつもの翡翠色の瞳が見えるだろうと、誰もが疑いもしなかったのに、その目は翡翠色ではなかった。それにはまず誰もが息を飲んだ。
・・何があったんだ?
翡翠ではない、翡翠にさらに白を混ぜたような緑柱石(エメラルド)の瞳。ぱっと見にはわからないが、いつもアンジェラの気の強さと我が侭を象徴していた表情が、その瞳の色の所為で一気に大人しい雰囲気に変わっていたのに、仲間達は驚いた。
声を出せず黙り込む5人を、アンジェラはゆっくり見回すと、少し驚いた表情をした。それから、何も言わずに5人から目を逸らすと、背後に映る山々の景色を見つけ、それから慌てたように360度見回した。きれいな緑色の山々を見つめて、アンジェラは何度も驚いたように目を瞬かせた。
それから、やっとのようにこういった。
「あの、ここは?それにあなたたちは誰?」
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