時は溯り、昨夜遅く。
 仲間達とは程遠い場所で、アンジェラは目を醒ました。
 頭の中がくらくらして、しばらく吐きそうだった。なんと言ったらいいか・・そう、それは体調が悪いときにフラミーに乗った後のような気分の悪さだった。
「うえーきもちわるーい」
 思わずそう吐露してから、アンジェラはふと周りの様子を覗った。ひんやりとした空気に思わず肩を竦める。そして、自分の体温でうっすら肌が濡れるような湿り気のある空気。湿度が高い。光は、岩と岩とのすきまから入ってくるだけだ。そのわずかな光のおかげて、ここ一帯が岩で覆われていて、なおかつ洞窟であると判別がついているのだが。
「鍾乳洞・・とまでは行かないけど・・かなり水気を帯びた洞窟みたいねぇ・・」
 やれやれ、とアンジェラは一人嘆くように首を振った。アンジェラはとりあえず風邪をひかない様に、荷物から一枚の上着を取り出した。体を濡らしたままでは、体温をどんどん奪われてしまう。疲労をもたらし、風邪をもひきかねない。
「さて、これからどうしようかな。」
 上着を着込んで立ち上がってみるが、よろけてしまう。慌てて、壁面に手をやる。
・・まいったな・・。
 思わず心の中でそう思うと、アンジェラは息をついた。
「お目覚めか。」
 不意に、あの丘の上で自分を襲ったその声が聞こえてくる。アンジェラは吃驚して周囲を見回す。
「誰っ・・?」
「すまない・・私には実体はないのでね。一番わかりやすい言い方をすれば、この洞窟自体が私だ。」
 アンジェラは洞窟の中を見回した。上を急に見上げたので、目が眩む。アンジェラは慌てて視線を下に戻した。
「で?私をどうするの?確か、誰かを蘇らせるって・・」
「ああ、私の妻だ。可愛い妻だよ・・」
「洞窟の・・奥さん??」
 アンジェラは思わず顔をしかめた。
「いや・・私はもともとはただの人間だった・・。ジークというただの百姓だったんだ・・妻は今でいうマナの女神だった。」
「女神・・?」
 アンジェラは吃驚して目を瞬かせた。女神が人間と結婚していた等という話は聞いたことがなかった。
「もはや記録に残らないほど昔だということもある。また、歴史に残るべきでなかった事柄でもあったということもある。人の記憶と歴史には、もはや存在しない事実だろう。しかし、私は女神であるという前に、人として彼女を愛していたんだ。オフィールを。」
 女神が人と愛し合っていた?人と夫婦として暮らしていた??しかし、そんなことが何故歴史上から葬られたのだろう?
 アンジェラは自分の中で思考を走らせながら、洞窟のなったジークの話を聞いていた。
「実質、私たちは愛し合いながらも、長くは一緒に居られなかった。彼女は女神に戻らねばならないといい、人間であるその体を死に至らしめ、聖域へ精神だけ戻っていった。そして、マナの木となり・・その後は君たちも知っての通りの歴史だ。」
「精神だけ?体は完全に人間になっていたのね・・」
「その通り。しかし、彼女の人としての体も、やはり女神の容れ物に使っただけあって、莫大なエネルギーを有していた・・。彼女でも自分の分身であるその体を滅しきれなかった。だから、彼女は自分の体を聖石に封じたのだ・・。」
「神獣を封じた・・あれと同じ聖石に自分を?」
 アンジェラは思わず声を上げた。いよいよもって、よろけてなどいられない状況になってきた。アンジェラは気をしっかりもたなければ、と心の中でそう思った。
「うむ、そうだ。すでに『遺体』となった体でも、莫大なエネルギー・・マナを有していた。その体が悪用されれば、恐らく神獣と並ぶ、いやそれ以上の凶悪な敵になる・・」
「だから・・女神が人間だったという事実は伏されていたんだわ。」
「その通り。頭のいい子は好きだよ、アンジェラ。」
 アンジェラはにこりと微笑んでみせたが、瞳は真剣な眼差しそのものだった。
「で、何故今更彼女を生き返らせようと?」
「知っているかどうか・・今まで危機から世界を救った聖剣の勇者は男ばかりでね。彼女の精神に近づくにはまず、女性でないことにはどうしようもない。そして、アンジェラ、君は初めての女性の聖剣の勇者、というわけだ」
「待ち焦がれた、女の勇者」
 アンジェラはうなりながら頷く。
「君の中にある『手にする物を聖剣に変える心』は、もともとはマナの女神の精神そのものなのだ。その精神を、どうか借りたいのだ・・ただし、君には少し苦労をかける。借りている間、君の意識はなくなるからだ。断るなら、断っても構わない・・」
 アンジェラは驚いた。なんてフェアに物事を運ぼうとする人だろう。こちらの不利なところも余すことなく伝え、そして彼は相談している。脅迫ではなく。しかし、強要に近いということも、まああながち遠くはない。実際自分は気づかない間に、仲間達から引き離され一人になってしまったのだから。
 そういえば、みんなどうしてるのかしら?
 ふと、アンジェラが仲間のことを頭に閃かせていると、洞窟は声を響かせた。
「アンジェラ、彼女を蘇らせたい理由は私が彼女に逢いたいということもあるが、一つ重要なことがあるのだ・・。」
「何?」
 アンジェラは油断なく警戒しながら、そう返事した。
「彼女の遺体を封じた聖石が壊れ始めているんだ・・」
「なんですって?それ、どこにあるの?」
「君の目の前に・・普段は見つからない様に私に同化させてるのだが・・」
 そういうと、洞窟内部に風が生まれた。砂塵が舞いあがって、アンジェラは目をかばうおうに閉じた。一気に風が舞い上がった後、アンジェラの目の前には巨大な聖石が現れたのだった。そして、聖石の頂きの部分から、華奢な女性が首をがっくりと折り、静かに目を閉じている姿が見えた。
「あれが女神様・・オフィール?」
「そうだ。体だけだが・・生気に満ちているようだろう?マナが有しているおかげだ。しかし、もともとはすっかり聖石に包まれていた。程遠い年月の間、内側の恐ろしいエネルギーが開放されようとせめぎあい、結果頭の部分の聖石が壊れてしまったのだ。」
「彼女を一時的に蘇らせるのは、再び封印の力を与えるため・・?」
「そう言って、アンジェラ、君は信じてくれるだろうか・・?」
 アンジェラは親指を唇に当てて、考え込んだ。しばらく思案に耽ってから、アンジェラは一つききたいことが、と声を上げた。
「なんだね」
「あなたはただの人間だったのに、この洞窟へと姿を変えたのは、永久に彼女を守ろうとしたから?」
「そうだ。彼女に頼んだ。共に生きることができないのならば、せめて永久に同じ場所に居させて欲しいと。」
 アンジェラはそれを聞いて、ようやく頷いた。目に涙を溜めて、引き受けるわ、と言った。
「女神が、それほど信じた人なら私も信じるわ。あなたは素晴らしい人だったのね、ジーク」
「女神が恋する者はいつもどこか似通ってるものだよ。君の想い人とそう変わらないよ。」
 アンジェラはそれを聞いて、自信なさそうにため息を吐く。
・・デュランがそこまでしてくれるとは思えないわ。

 慌ててフラミーに乗り込み、少女がひゅんと風をうならせると飛び立って行ったのを、フラミーはまるで遊んでもらう子供のように一緒についていった。
 いきなりの急上昇に、乗っている五人は悲鳴を上げたが、フラミーはお構い無しに飛んで行く。少女はふっとフラミーを見ると、微笑んでみせた。それから、頷いて先を誘う。
「なぁ・・なんだろうな、あの子」
 しばらく安定飛行が続いていたので落ち着いてきたホークアイがそう言った。
「さぁ・・外見上は普通の人間の女の子ですね。妖精の類でもなさそうですし。」
 リースが先を飛んで行く少女を見てそう言った。ケヴィンも同じく少女を見てから、うなるようにこう言う。
「でも、普通の人間、空飛べないと思うけど・・」
「飛べないでちよ。絶対人間と違いまち・・絶対おかしいでちよ。」
 シャルロットはさっきの当てが外れたのがまだむかついているのか、少女の方を見ようともしない。
 デュランは一人息をついた。本当にアンジェラの所に案内するのか、自分たちを欺くような人間に、大人しくついて行ってよかったのだろうか。しかし、アンジェラの行方は結局この少女を頼る他ないのだ。
 こんなに思いをするくらいならば、もっと気をつけていればよかった。
 デュランが後悔の念を払おうとすれば払おうとするほど、胸の中の息苦しさは増して行くのだった。
 しばらく雲の上を飛行していたので、下の地理はわからなくなっていた。何度か旋回したような気がしたが、下の位置を把握できない以上、再びこの航路を思い出すことは不可能だろうと誰もが思った。
「一発勝負だな・・アンジェラを取り戻すチャンスは一度だけだ。」
 ホークアイがそう言った。残りの四人が、緊張に顔を強張らせたまま、頷く。そうして、ようやく少女が振り返った。五人に向かって声をかける。
「ついたわよ。」
 それだけ言うと、眉一つ動かさずに急降下を始める。そして、もちろんフラミーも急降下をするので、五人は死ぬ気でフラミーの羽毛につかまらなければならなかった。悲鳴の声も上がらないくらいの急降下が終り、フラミーは今までの速度とは裏腹な、優雅な着陸をした。
 五人がよろよろと降りて、周りを見回していると、ケヴィンが声を上げる。
「あれ?ここ、あの時ギリアの山から見えた洞窟・・?」
「へっ?」
 あとの四人が吃驚して見回す。洞窟が確かに見える。でも他の景色はフォルセナのミスト山脈とは少し様子が違うようだ。
 不思議がる五人に、少女は口を開いた。
「そうよ、昨日はギリアの山の近くにあったかもしれない。この洞窟は場所に依存していないの。今ここにあっても、次の日ここに存在しているかは保証できないわ。」
「それは、何の為に・・?」
 リースは驚いてそう聞いてみたが、少女はふい、と顔をそらすと洞窟に向かって歩き出した。
「来れば、わかるわ」
 洞窟の前で一度止ると、少女は何か呪文を呟いた。それから、洞窟の入り口を先に進んで行く。
「早く入らないと、結界が出来るわよ」
「早く言えよ!」
 ホークアイが文句を言うと、五人は慌てて走った。五人とも入った後、デュランが入り口に近づいてみると、いつのまにか壁が出来たように通れなくなっている。向こう側の景色はしっかりと見えるというのに。
「ウェンデルに行く途中の結界みたいだな。」
「先を行こう。ここでもたもたしてても、仕方がないぜ」
 ホークアイがそう言うと、先頭を切って歩き出す。洞窟のときには、トラップなどを見破ってもらうために彼が先頭になることが多いのだった。
「アンジェラ、無事ですよね。」
 急に不安になったのか、リースがそう言った。ホークアイが答えるように頷く。
「大丈夫だろう。だからこそ案内できるんだろうしな・・デュラン?」
「なんだ?」
 ふ、と顔を上げたデュランを、ホークアイは元気付けるように笑いかけた。
「大丈夫さ、な。」
「ああ、そうだな。」
 デュランははにかむように笑った。
 五人が支え合うように、狭い洞窟の通路を通りぬけ、やっと出たのは巨大な大空洞だった。その広い大空洞の目の前には巨大な聖石が浮遊していたことに、五人は仰天した。
「せ・・聖石っ!?神獣がまだ残ってたのかっ!?」
「違いまちっ!この聖石からは邪悪な波動は出てないでちから・・!」
「あ、あれはっ!」
 すかさず、頂きの方を見つけたリースが上の方を指差した。美しい緑柱石の髪の毛をたらした女性が、うなだれるように首を折っていた。聖石に体は埋められ、割れかけたところから、女性の頭部だけが空気に晒されていた。
「な・・なんだ?あの人は一体・・?」
「私のママよ」
 静かな口調で現れたのは、先ほどここまで誘導した少女。この大空洞は下にも続いているらしく、下の方から浮遊して、この断崖の目の前に現れたのだった。
「あなたの・・お母さん?生き返らせたいと言っていたのは、この人なの?」
 リースが吃驚したように問い掛けると、少女はこっくりと頷いた。
「人間になったマナの女神、オフィール・・私のママ」
「女神っ!?」
「マナの女神が人間だった記録なんてないでち!」
 シャルロットがまた少女に噛み付くように言ったが、またも少女は蔑んだ瞳でシャルロットを見つめる。
「だから、あなたたちは知らなかっただけなの。歴史が何でも知ってる通りなんて、思わないことね。」
「むぐうーーー!」
 シャルロットは今にも飛び掛かりそうな勢いだったが、ケヴィンが必死に体を抑えていた。飛び掛かっても、彼女は今も浮遊している。軽くかわされるに違いない。
「アンジェラは?アンジェラはどこなんだよ!」
 デュランが少女を睨み付けると、そう言った。少女は、ああ、とデュランに反応してみせると、下、見える?と言った。
「下?」
 五人は落ちない様に気をつけながら、空洞の下の方に目を凝らした。すると、巨大な魔法陣の中央に寝かされているアンジェラが見えた。
「アンジェラだ!」
 ケヴィンが嬉しそうに言っていたが、他の四人の目にはその周りに刻まれた怪しげな魔法陣に気を取られてしまった。
「え・・何?あの魔法陣・・」
「おい!なんだよ!あの魔法陣は!」
 気性の荒さが出て、デュランが声を上げた。少女はふふっと笑うと、何でしょうね、と言う。
「そこのおちびちゃんは、気づいてるみたいよ・・」
 デュランやホークアイが焦ったようにシャルロットを見つめると、シャルロットはがたがたと体を震わせながら、魔法陣に見入っている。
「おい、シャルロット!なんなんだ?あれは一体!」
 そう言われてからもまだなお、シャルロットはその敷き詰められた魔法陣を凝視していた。恐れおののくように、シャルロットの目は見開いている。
「こ・・これは、ウェンデルの法典で違法措置になっている魔法陣でち。『精神の転移』っていう厳罰処分つきの魔法陣でちよ!!」
「精神の転移・・って何?」
ケヴィンはおっかなびっくりに聞き返す。シャルロットは、ああもおっ!と頭に手をやって首を振った。
「精神の転移っていうのはでちね!アンジェラしゃんの心の中や意識とかで感じたもの、いわゆる経験とか記憶の部分なんでちけど、その部分を別の人に移動させてしまうことなんでち!」
「え、じゃあ・・」
ケヴィンは一生懸命考えていたが、後に言葉が続かなかったので、そのあとをホークアイが引き取った。
「アンジェラは本当に記憶喪失になっちまうのかっ!?」





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