「ずっと・・ずっと暗い闇の中にいたわ。生きることを剥奪されて・・空気に触れることも出来なかったのよ・・気の遠くなるほど長い年月の間・・」
 エフィルは容赦なく涙を落しながら喘ぐようにそう語り始めた。しかしオフィールは、その話に何も頓着してはいない様に見えた。それはある種、母と言うよりマナの女神として、そこに存在しているということを周りに知らしめる効果があった。
 それでもエフィルは何とか理解を求めて語り続けた。
「たった三日前前にこの世界にようやくでてきたばかりで、それまでは母に封印されていた。そしてようやく生きることを見つけて、母をも取り戻せたと思ったのに、どうして生きてはいけないのよ!!」
 オフィールはそんなエフィルの叫びを聞いていたのか?
 そんな疑問を投げかけたくなるほど、オフィールの表情に一つの変化も表れなかった。エフィルはそんな母の顔を見て愕然とした。
 オフィールは浮いていた体を地に付けて、聖剣を手にしたままゆっくりと近づいてきた。エフィルを目指して、まっすぐ。
「エフィル・・考えてもご覧なさい。そんな多量なマナを含んだ私たちが今のようなマナが貧困している時代に生きていれば、私たちはどこかで悪用されかねない。聖剣の戦いが終えた彼らを、また戦場に突き出さなくてはならないかもしれない。そんな存在を、私、マナの女神が見過ごすと思いますか」
「ママ・・」
「あなたがそんなに我が侭を言うのであれば、私は自らの力であなたを封印しなければなりません。あなたとて、私と同じ存在。多量のマナを含む人間達には格好の獲物となる存在ですから」
 そういうと、オフィールは聖剣を天の方向に掲げた。異常なマナエネルギーがその手の平の上に収縮し始め、洞窟内に風が立ち込めた。
「人間と女神の血をひく娘・・エフィルを封印します。」
 静かで厳かな口調が更に見ているものの心にぞっとするほどの冷徹さを打ちのめした。なにもすることが出来ず、がっくりと肩を落したエフィルは膝を地について観念した。母に敵うはずもないと諦め、また、母に逆らう力も彼女からは抜け果てたようだった。そんな娘に女神はマナエネルギーを放射したのだった。
 しかし、仲間達の間に風が通り過ぎた。誰かがエフィルに向かって走って行く。その人物を判別するのに、彼らは自分の目を疑わなければならなかった。
「アンジェラっ!??」
 エフィルとオフィールの間に、アンジェラは杖を掲げて立ちふさがった。巨大なマナエネルギーを細い一本の杖・・光の杖とよばれるガンバンティンがその動きを封じた。
 巨大なエネルギーの動きを妨害した為、それは衝撃波となって洞窟全体を大きく響かせた。しかし、あのアンジェラのか細い体は少しも揺るがない。そのあまりに巨大なエネルギーに苦しみながらも立ち向かっているのだった。そして、彼女は叫んだ。
「どうして・・どうしてそんなことしか言えないの!」
 アンジェラは懸命にマナエネルギーを押し返しながらそう叫んでいた。悲鳴のような叫びだった。後ろに呆然と立ちすくんでいたエフィルが、その声に驚いて自分を取り戻した。
「アンジェラ・・・?」
「たった一人の母親でしょう!かけがえのない娘でしょう!どうして・・どうして優しい言葉の一つもかけてくれないの・・!!」
 ああ、そうか。
 デュランは理解した。アンジェラはこの母娘を自分と母の関係と重ねてしまったのだ。母を求めるエフィルに、それを冷徹に拒む母オフィール。それは確かアンジェラが洩らしていた母と娘の関係そのままだった。
「私はそんな言葉の為に戦ってきたんじゃないっ!!!」
 アンジェラの切ないほどの怒りが、収縮したマナエネルギーを拡散させた。巨大だったエネルギーがアンジェラの目の前であっけないほど簡単に姿を消した。アンジェラはその消え去るエネルギーを見ながら、がくり、と膝を折った。エフィルが慌てて、アンジェラの体を支える。
「うっ・・ひっ・・」
 アンジェラはエフィルにしがみついて泣き始めた。エフィルは困惑状態になりながらも、アンジェラの体を支え続けた。仲間達も気の毒そうにアンジェラとエフィルを見守っている。
 そして、オフィールはアンジェラの言葉とその力に驚いたように目を見開いていた。
「世界の創造を果たしたあなたが、あらゆるものに命を与えたあなたが、どうしてかけがえのない娘に手を出すの?どうして、あなたにそんな権利があるの?どうして一緒に生きようって言ってくれないの・・!」
 アンジェラは泣きながらも毅然とした表情をしていた。まるで、それはマナの女神すらも畏怖させるほどの高貴と威厳に満ちていた。
「そんなことが許される世界に、あなたが変えてしまうの?」
 オフィールがようやく、アンジェラとエフィルに向けていた両手を下ろした。そして、アンジェラにゆっくりと近づくと、ごめんなさい、と呟いた。
「あなたの言う通りだわ、アンジェラ。私は確かに今、創造神である務めに反することをしてしまったようです。」
「それだけじゃないわ。あなた、母親の務めすら捨て去ろうとしたのよ・・」
 アンジェラは釘刺すようにそう言った。オフィールは無言のまま頷く。
「ええ、そうね。・・エフィル」
「はい・・」
 エフィルはアンジェラの泣き腫らした目を見つめていたが、すぐに母の方に顔を上げた。
「まだ、私の封印を解いてもらったお礼を言ってなかったわね。ありがとう、エフィル。」
「ママ・・」
 エフィルはそれを聞いて思わず俯いた。俯いて・・アンジェラを見つめ、ありがとう、と呟いた。アンジェラはほっとしたように頷くと、よろけながらエフィルから身を離した。
 仲間達が近づける状態になったと判断したのか、アンジェラの元に駆け寄ってきた。リースがすばやく、アンジェラに手を貸す。アンジェラはごめん、と言うと、リースはにこりと笑った。
「とはいっても・・一緒に生きる、というのは無理なことです。この世界に存在していいマナの量ではありません。」
 オフィールはエフィルの手を握りながらそう言った。
「何か・・方法があれば・・」
 アンジェラは疲れ果てた声でそういうが、なかなかいい案は出てこない。
 しばらく、頭を悩ませる時間が過ぎた後、あのさ、と声を上げたのはデュランだった。
「この洞窟にずっといるっていうんじゃ駄目なのか?」
「洞窟に?ですか?」
 リースがそう疑問を掲げてから、ああ、と納得したように微笑んだ。
「ここは空間に依存していないという世界でしたわね。」
「そうか・・それなら、或いは無理じゃないかもな」
 ホークアイが同じく納得したようにそう言ったが、だめでちよ、とシャルロットは口を挟んだ。
「空間に依存はしていなくても、わずかな繋ぎ目を持って存在しているんでち。あたちたちはそのわずかな繋ぎ目を案内されて、ここに来たんでちから。」
「いつか、誰かがその繋ぎ目を嗅ぎ付けるかも」
 ケヴィンがそう言って、一同はそれもそうだ、という顔でまた思案顔に戻ってしまう。
「それなら、繋ぎ目を断ち切るか?オフィール」
 そう言ったのは、洞窟の姿をしたオフィールの夫だ。今まで寡黙に成り行きを見守っていたが、ようやく出番だと思ったか、彼は声を上げた。
「あなた!でもそれは、あなたの最後の『声』をも奪います!」
 オフィールは切なそうに声を上げた。先ほどまでの女神としてではなく、また母としてでもない。ただの、恋焦がれる者の前に佇む女だった。
「どういうことだ?」
 デュランは思わずそう言った。オフィールはデュランに振り返ると、優しく説明をした。
「空間に依存しないという空間を持って、主人は私を守らせてくれと言ってくれました。そのときに3ディメンション(次元=D)と断ち切りました。そのため、彼は当時の姿を変え、空間を持ちました。それは言いかえれば、彼は姿を奪われたという事です。
 今度の繋ぎ目を断ち切るということは4ディメンションまで断ち切ります。3ディメンションは空間を表し、その次なるものは『時』です。彼から『時』を奪えば・・彼は声を紡ぐことも奪われます」
「しかし、方法がないではないか、オフィール」
 ジークの声はゆったりとした、まるで子供をからかうような声だった。オフィールは駄目です・・と上ずった声を上げた。
「あなたにばかり迷惑を・・私はあなたに頼ってばかりだわ!これ以上あなたから奪うなんて私にはできません・・」
 オフィールはだから・・私は眠りにつかなければいけなかったのです、と言い訳のようにそう言った。アンジェラたちがそのオフィールと、どうすればいいのか迷うエフィルを見守っていた。ふと、前にホークアイが出てオフィールの方に手を置いたとき、オフィールはゆっくり顔を上げた。
「あのさ、ご主人はさ、きっとあなたのそんな顔を見たくないから、ああ言ってくれてるんじゃないかな。彼はきっと、あなたも、そしてあなたの娘も守りたいと思ってるよ。自分の何かを奪われても、守りたいって思うときがあるんだ。男って馬鹿だから。」
 そういうと、ホークアイが肩を竦めて笑った。
「そ・・そんな・・でも・・」
 うろたえるようにオフィールがそう言っていると、ジークは笑った。
「ここ一番というときに決心が鈍るのは変わってないね、オフィール」
「あなた・・」
「大丈夫。その少年の言う通りだよ。妻と娘を守るのは、夫の役目ではないかな?私はその務めをはたしたいだけだよ」
 オフィールは鳴咽を堪えるように身を屈ませると、ごめんなさい・・と呟いた。
 そんな母を見ていたエフィルが、突然パパ!と声を上げた。
「なんだい、エフィル。」
「ごめんね、我が侭ばかり言って。私パパの中で生きていていい?」
「もちろん。お前がそうしたければ、私もそうして欲しいよ。」
 エフィルは頷いた。そして、もう一度声を上げた。
「ありがとう。もう一度、エフィルって呼んで」
 ふっと、暖かな風が洞窟の内部をぐるりと回ったような気がした。彼が暖かい心で接しようとしたのか、それとも自然と湧き出た心なのか、どっちか判別はつかなかったが、ジークの暖かい心に触れることは出来たようだった。
「いいとも、エフィル。母さんと幸せに生きておくれ」
 エフィルはもう泣かなかった。心の中にその声を精一杯閉じ込めようと、全身からその声を吸収しようとした。そして、ようやく、エフィルは決心がついたように、ママ、と声をかけた。
 オフィールはようやく落ち着いたように立ち上がると、エフィルを傍に呼んだ。
「ありがとう、アンジェラ。あなたの記憶から私たちは一つの幸せを見出しました。感謝しています。」
 アンジェラはにこりと微笑んだ。エフィルが幸せそうに母の手を握っているのを見つけて、アンジェラは安心したように笑っていた。
「今から私たちは空間の繋ぎ目を切除します。どうかあなたたちは出来るだけ遠くに離れてください。この空間に依存していたため、ある程度の影響がでることが考えられます。」
 6人はオフィールの言葉に頷いた。
「本当にありがとう、あなた方には最後の感謝の気持ちとして、この洞窟から外に出してあげます。フラミーを呼んで即刻逃げてくださいね。」
 オフィールはそういうと、地面に向かって手を当てた。すると、ふぅっと小さな風が起こり、砂塵がくるくると舞ったあと、そこには人が一人立てるくらいの魔法陣が出来上がっていた。
「ここから外に出られます。」
「ありがとう!」
 そういって、まずアンジェラが勢いよく飛び出すと、エフィルがアンジェラ!と呼んだ。
「感謝してる。ひどいことしたこと、許してね。」
「いいよ。あなたの幸せそうな顔みたから、全部、許すわ!」
 アンジェラがそう言い終えたかどうか、というところで、魔法陣は光を発して彼女を外に運んだ。
 アンジェラは洞窟の外に一足先に出ていた。どこなのか、地理的によく分からないその場所に立っていると、次々に仲間達がアンジェラが現れた位置の近くに姿を現したのだった。最後に現れたケヴィンをみつけて、デュランが風の太鼓を鳴らした。軽やかな太鼓の音が空に響くと、フラミーが泣きながら近づいてきた。
「早く乗って!恐らく空間の歪みが発生するわ!私たちはそれに引きずられない様に遠くに離れなくちゃ!!」
 アンジェラが急かすと、慌てて仲間達が乗り込んだ。フラミーは全員が乗った合図を受けて、空高く舞い上がった。
 地上を全員が見下ろしていた。眼下には、高く切り立った山のふもとの洞窟と、その一帯に広がっている森が見えた。町が近くにないのを念の為確認し、仲間達はほっと胸をなで下ろした。
 およそ10分後、異様な空気の流れを読んで、シャルロットが敏感に体を震わせた。アンジェラも眉を顰めて、その空気を察知していた。あとの魔力の無い者には、ほとんどの感知は出来なかったが、同じ瞬間に鳥肌が出た程度だった。
 時間がおいて、洞窟がどうなったのか確認をしようと、デュランがフラミーを旋回させた。元の場所に戻って欲しいとフラミーに頼んだのだが、結局フラミーはその洞窟の場所を見つけることができなかった。その場所の『繋ぎ目』は、なくなってしまったようだった。

「―――ギリアの洞窟にて名を刻むものに、黄金の騎士としてその称号を与える、か」
「へぇ・・ここで名前を刻むだけでいいの?必要なものがっていうから、何か取って来なきゃいけないものだと思ってたのに。」
 アンジェラはさも物足りない、とでも言いたげにそう言った。
 一行は一日体をフォルセナに休めた後、その次の日には元気を取り戻し、本来の目的であるギリアの洞窟まで到達していた。意外と簡単に洞窟を見つけることが出来たので、仲間の間では、もしかしたらエフィルはギリアの洞窟すら隠していたのではないか、という疑いも出た。しかし、終ったことにどうこう文句をつけてもしかたがないので、それ以上は誰も追求しなかった。
 ともかく、洞窟も、騎士となるためにデュランがやるべき事も、ようやく見つかったのだった。
「まあ、俺達が今までやってきた冒険ほどの試練なんてないだろうしね。」
 ホークアイは気楽な表情で腕を頭の後ろに組むと、リースはとりあえず、よかったじゃないですか?と微笑んだ。
 デュランが剣の彫像の前にある石版に、その近くに備えてあった尖った石で刻み込んだ。
「よし。これで帰れるな。」
 デュランがそう言うと、ほっとしたようにそれぞれが洞窟を出ていった。最後、アンジェラが出ようとした時に、デュランがアンジェラ、と名を呼んだ。アンジェラは何?と振り返る。
 振り返った瞬間に腕を取られて、ぐいっと引き寄せられた。アンジェラは何がなんだかわからず、よろけてデュランの胸に頭ごとぶつかってしまう羽目になった。
「いたた・・鼻ぶつけたぁ〜」
 情けない声を上げながら、アンジェラは自分の鼻をさすっていると、デュランがその手を優しく包み込むように握りしめる。アンジェラには唐突すぎて、何が何だかわからない。
「あ、あの・・デュランっ?」
 慌てふためくアンジェラはデュランの逞しい胸から顔を上げた。それと同時に、デュランの右腕がアンジェラの背中をぐいと引き寄せた。背中が押された反動で、顎がかくんと天を仰ぐ。驚いた拍子に開いた唇に、デュランの唇が重なった。
「・・っ!?」
 アンジェラの目は驚きに見開いていた。あまりに予想外。あまりにも、急展開に頭がついていけなかった。あの、デュランが自分にキスするなんて。
 やがて、かぁっとアンジェラは顔を火照らせた。思考がようやく追いついて、自覚してしまうと、火照った顔は暑くて堪らない。
 あ、そっか。だから、目を閉じるんだわ。
 今更ながらにそんな事に気づいて、アンジェラは目を閉じた。そうして、デュランのキスを受け入れた。
 二人が唇を離してお互いの目を見つめていると、驚いた事にデュランは少しも照れてないのだった。
「な、なんか・・デュランじゃないみたい・・」
自分だけが照れて赤くなっているのが分かって悔しいのか、アンジェラはデュランに不満そうにそう言った。デュランはにっと笑うと、お前がいつもやってる戦略だよ、と言った。
「ええっ?」
「攻められるより、攻めた方が気が楽ってこと」
アンジェラはあっさりとそう言われて、目を瞬かせる。そんなアンジェラに、デュランは優しい微笑みを浮かべる。その顔は、アンジェラは鼓動が跳ね上がるくらいの優しい表情だった。
「やめてよっ、そんな顔しないでよっ・・!」
・・やだやだ・・こんなの、慣れてないのに・・
確かに、アンジェラはデュランをからかって迫ってみたりしたことが何度かある。しかし、自分がそれをされると、どうにも対処が取れないのはデュランが睨んだ通りだったと言うわけだ。
ますます顔を赤らめて、アンジェラは混乱した。面白がるようにデュランに見られるのが嫌になるくらいなのに、それでも心の中は幸せで、暖かで、溢れんばかり想いでいっぱいだ。
・・ああ、でも、これが好きって気持ちだ。恋するって事なんだ。
アンジェラはそう理解して、デュランを見上げた。デュランは、ん?とでも言うように、アンジェラを見つめる。今までとは違う・・仲間としてではなく、愛しい恋人を見つめる瞳で。
「なんだ?もっかいか?」
「や・・ちがっ!」
・・ああ。駄目だ。主導権、取られちゃったみたい。
アンジェラは軽々と片腕に引き寄せられて、デュランの腕の中でそう思った。近づいてくるデュランの顔を眺めながら、アンジェラは、ま、いいか、と目を閉じた。




Fin.


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