目を覚ますと見覚えのある部屋だった。大きな豪華なベッド。これは確かアンジェラのものだったはず。
「ああ、よかった。デュラン!」
 デュランが目を覚ましたのに気付き、アンジェラは近寄ってデュランの手を 握る。しかし、デュランは苦痛に顔を歪めた。
「・・・つっ」
「あ・・・ごめんなさいっ!」
 アンジェラは慌ててデュランの手を離した。デュランはほぼ全身火傷を負っ たのだ。もちろん、手も例外ではない。
「それにしてもアンジェラ。派手に暴走したもんだな。」
 それを聞いてアンジェラはため息をつくと、ごめんなさい、と言った。
「手紙を読んでね。読む前から悪意なものを感じはしたんだけど、まさかあん な内容の手紙だったなんて。もう頭に血が上ったって言うよりどっちかっていう と、絶望かな。哀しくってね。自分でもどうしようもなかった。」
 アンジェラはデュランの側に座ったまま、思い出したくもないとでも言うよ うに首を振った。しかし、次の瞬間アンジェラはデュランに意地悪な目をして問いかけた。
「ローレルって誰なの。」
 それでもデュランが慌てもせずアンジェラの目を見て笑うので、アンジェラ は調子が狂ってしまう。憤慨したようにデュランを睨むと続けてこういった。
「どうして笑うの?私をこんなにしてしまった張本人だもの。聞きたがるのは 当然でしょ?」
「違うだろ、アンジェラ。張本人は俺だろ?俺がちゃんと説明しなかったから 、こんな事になったんだ。ローレルを知りたいのは、アンジェラの嫉妬心からだよ。」
 アンジェラはデュランのその言葉を聞いて呆れ顔をした。
「もー!自惚れ屋!」
 そう言ったアンジェラの顔はこころなしか赤く染まっている。デュランはア ンジェラのそんな顔を見て満足したのか、ローレルのことを話し出した。
「ローレルは英雄王が決めた俺の婚約者なんだ。王妃の座が欲しくてこんな事 をしたんだよ。」
「・・・デュランを好きなわけではなくて?」
 デュランはアンジェラを見ると、複雑な表情をした。それを見て、アンジェ ラは諦めたように首を振る。
「・・・そうなのね。」
「大丈夫。もう俺は王に断ってきてるから、フォルセナの方にはしばらく戻ら ない。しばらくこっちにいて、女王の許しがもらえたらすぐにでも一緒になればいい。」
「・・・でも。」
 アンジェラが何か言おうとする前に、デュランはアンジェラの口に人差し指 を押さえつけた。
「いいんだ。アンジェラ。余計な心配はしなくていい。それより今は俺達のこ とを考えよう。そうしないと、俺達は一生まともに会えなくなるかもしれなくなる。」
 アンジェラはデュランが真剣な眼差しでそう言ってくれたので、嬉しくなっ た。デュランの手を優しく両手で包む。デュランの顔をもっとよく見ようと、アンジェラは座っていた椅子から降りた。床にひざを付けて顔をベッドの上に乗せる。デュランはアンジェラの頬に手をやると、静かにアンジェラに聞いた。
「・・・キスを、してもいいか?」
 アンジェラは目を見開いてデュランを見つめ直した。しかし、アンジェラは ゆっくり頷くと、素直に目を閉じる。デュランがそんなアンジェラの顔に自分の顔を寄せた。やがてお互いに顔を離すと、二人は照れたように笑いあう。そうでもしないと、恥ずかしさで頭に血が上ってしまう。
「・・・デュラン、その火傷、私が治す。」
 唐突にアンジェラはそう言った。デュランが一言も話す間髪を於かずに、ア ンジェラは使えるはずのない回復呪文を唱えていた。
「ばっばか、アンジェラっ!」
 デュランがそう言ったのも聞かずに、呪文を詠唱し続けるアンジェラ。そし て、ついに呪文の最後の言葉が唱えられた。
「ヒール・ライト!」
 淡い七色の光がデュランの体を包み込み、デュランの火傷をみるみる癒やし ていく。デュランは次の瞬間、自分の火傷がほとんど完治しているのを見て驚いた。それから、アンジェラのことをすぐに思い出し、デュランは顔を上げると苦しそうに肩で息をしているをアンジェラを痛ましげに見つめた。
「・・・どうしてどうしてこんな無理をしたんだ!」
「・・っはあっ・・・っはあっ。・・・っ・・何となく、使えそうな気がした のよ。メイガスになった私だけど、一度は全ての精霊が宿った稀な体なのよ。使えない魔法なんか、ないわ」
 強気にそうは言ったものの、額には脂汗が浮き出ている。顔色も良いとはい えない。
 デュランは素早くベッドから出ると、アンジェラの体を抱き上げた。いつも のアンジェラなら吃驚して少しは抵抗もしただろうが、今の状態ではそんな反応が見られないほど体力が消耗されてしまったようだ。
「そんなに無理をしないでくれ。アンジェラ。俺はローレルのことでお前を酷 い目に遭わせている上に、ここでまた体まで壊されたら俺はどう償えばいいんだ?」
 デュランはそう言いながらアンジェラをベッドの上に寝かせる。アンジェラ がうっすらと笑ったが返事はしなかった。
「いいか、今からぐっすり眠るんだ。俺はここにいてやる。安心して休め。な ?」
 デュランが優しくそう言うのを聞いて、アンジェラはゆっくり頷くと瞼を閉 じた。デュランはアンジェラの体に毛布を掛けてやると、椅子に腰掛けた。それからアンジェラの顔を少し眺めてから、自分も座りながら寝ることにした。
 小一時間が経った頃、アンジェラが呻く声でデュランは目を覚ました。デュ ランは肩を奮わせ目を覚ますと、アンジェラがさっきよりも顔色が悪くなった状態で必至に何かを口走っていた。最初デュランはアンジェラが何を言っているのか分からなかったが、しばらくして声がはっきりしてきた。
「・・・やめて・・やめて、いやぁっ!!」
「アンジェラ、アンジェラ?」
 アンジェラの声は次第に大きくなり、それはもはや寝言という域を越えて必 至に上げる「叫び声」になっていた。デュランは何故か悪寒が背中を走るのを感じ、すぐに女王をここに呼ぶように廊下のメイドに頼んだ。
 しばらくして女王が慌てた様子でアンジェラの部屋に着くなり、ひっと叫ん だ。
「どうしたんです?アンジェラに何が起きているんです!」
 デュランはせききったようにヴァルダにそう聞いた。ヴァルダは青い顔をし ていたが、なんとか生気を取り戻してデュランに説明した。
「前に言ったでしょう、デュラン。この子の封印のことを。」
「ええ。でも、それと何の関係が?まさか封印が解けてるとでも?」
 ヴァルダはデュランのその言葉を聞いて、首を横に振って絶望したように呟 いた。
「そう、封印が解けかけているわ。私がかけた封印も所詮は魔力なのよ。その アンジェラの中の魔力が急激な低下を起こすとどうなると思う?アンジェラの中のあの子自身の魔力と封印の魔力の均衡がとれなくなって、封印はその効力を失うわ。」
 デュランがそれを聞いて言葉を失っているのを見て、ヴァルダがつらそうに デュランの肩に手を置いた。
「問題はここからよ。落ち着いて聞いて。魔力は精神が伴うことは前に言った わね。封印の効力が切れれば、アンジェラは死の記憶を思い出すわ。アンジェラの精神が異常に乱れることになるのは確実でしょう。その時に魔力が暴発する可能性があるのよ。」
「魔力の暴発?それは・・・」
 デュランがおそるおそるそう言ったのを、ヴァルダは頷くとこう続けた。
「アンジェラの内にある全ての魔力が文字通り爆発を起こすの。おそらく死を 招くほどのの大きな爆発を。」
 デュランはそれを聞いて、アンジェラの方を振り返った。顔中に汗を垂らし て、悲鳴を上げ続けるアンジェラ。デュランは女王の手を振りきると、アンジェラの手を握りしめた。
「でも、暴発するほどの魔力が残ってるとも限らない。」
「ええ、でも。デュラン。女が無理に汚された記憶を背負って生きるなんて、 できると思う?汚された体で、好きな人を愛せると思う?」
 デュランはだだをこねる子供のように激しく首を振った。そして、アンジェ ラの手を握りしめてこう呟いた。
「それでも、・・・それでも生きてくれ、アンジェラ」
 悲痛な顔でデュランはそう願った。アンジェラは悲鳴自体がおさまってきた ものの、体中の汗はいっそうひどくなってきていた。女王もデュランもどうすることもできない。ただ、見守ることしか彼らにはできなかったのだ。
 一方アンジェラは夢の中で、死の記憶を取り戻していた。野犬のような男ど もに囲まれ、アンジェラの体が地面に押さえつけられる。服を裂き、肌を隠そうとする手をはがされ、露出した白い肌に奴らの手が這う。恥辱と憎悪と悲しみで、吐き気とひどい頭痛がした。悲鳴を上げようとしても、口がふさがれる。いやらしい手が執拗に体をつきまとう。
「いやぁあああっ!!!」

 とうとうアンジェラは目を覚ました。全ての死の記憶を取り戻した後で。アンジェラは肩で息をしながら、涙を溢れさせていた。が、幸い魔力の暴発だけは免れたようだった。それを見てデュランがほっとした顔で、アンジェラの肩を揺すった。
「アンジェラ?アンジェラ?大丈夫か?」
 しかし、それに気付いたアンジェラはゆっくり顔をデュランに向けると、突 然けいれんを起こしたように体を震わせ、再び叫びだしたのだ。
「いっいやっ!いやーぁああ!」
 デュランが吃驚してとっさにアンジェラの肩から手を離した。それが悪かっ た。アンジェラは起きあがると、唐突にガラス窓に向かって走り出し、体当たりをして窓から飛び降りた。ここは3階だ。下手をすれば、死ぬ!
「アンジェラっ!!」
 デュランは慌ててアンジェラの手をつかもうと手を伸ばしたが、時既に遅く アンジェラの手をつかむことができなかった。と、その時、デュランは後ろから勢いよく波動が走った。ヴァルダの魔法の波動だ。
「神聖なる風とそれに含まれる水の力よ!我が娘の体を衝撃から救い賜え!」
 ヴァルダがそう念じると、アンジェラの体の落下速度が徐々に弱まり、地面 に着く頃にはほとんどの速さもなく雪の上に体が置かれた。
「よかった!アンジェラは無事なようです!」
 デュランが喜んでヴァルダの方に向き直ると、ヴァルダはうっすらと笑って いた。しかし、立つ力さえもうほとんどなかったらしく、次の瞬間には床に倒れ ていた。デュランは吃驚してヴァルダをベッドに運ぶと、メイドを呼んですぐに アンジェラの倒れた庭に急いだ。




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