アンジェラは窓を割ったときにできた刺し傷を全て手当した上で、着替えをされてベッドで休んでいた。デュランは心底ほっとした表情でアンジェラを見守っていると、不意にアンジェラは瞼を震わせ、ゆっくりと目を開けた。
「・・・アンジェラ」
アンジェラはデュランに気付くと、すぐに顔を逸らして布団を被ってしまう
。デュランはそんな風にされるのが分かっていたのか、おとなしくアンジェラを見守っていた。やがてアンジェラが布団を被ったまま、デュランに話しかけた。
「・・・知っていた?」
「何を?」
「・・・・。私、汚されていたのよ」
「・・・・。」
デュランが何もいえないで黙っていると、アンジェラが再び声を出した。
「知っていたのね。」
「ああ。女王に聞いたんだ。」
それを聞いてアンジェラは上体を起こすとデュランに言った。
「お母様も知ってるの。私、またお母様の信用を裏切ったことになるのね・・
・」
アンジェラがそう言って初めて、デュランは自分がよけいなことを言ったこ
とに気付いた。自分のふがいなさに思わず唇を噛む。
「私、もうこんな体で生きたくない。あんなあんな野蛮な奴らに汚された体な
んかで、もうこれ以上・・・」
アンジェラはそこまでやっとの様に言うと、嗚咽をこらえながら泣き出した
。デュランがどうしようもなく、ただアンジェラを見守っていると、アンジェラが突然デュランの腕を握った。幾分決心を込めた瞳でデュランを見つめ、思い切ってこう言った。
「デュラン、あなたの剣で私を殺して。」
「アンジェラ!?」
「お願い。私の精神が耐えられている間に、この体を破壊して。魔力が溜まっ
て暴発が起きたら、沢山の人の命に関わるのよ。それに、・・・私はもう生きたくない。」
アンジェラは必死にデュランに頼み込んだ。しかし、デュランは何とかアン
ジェラをなだめようとした。
「何を言ってんだ!?お前、それこそ女王への裏切りじゃねえのか?頼む、生き
たくないなんて言わないでくれ!」
アンジェラがその言葉を聞いてデュランを睨み付けた。悔し涙を顔一杯に流
しながら、悲鳴を上げるように叫んだ。
「でもっ・・、こんな体で女として生きていけるわけないじゃない!汚れた体
を誰が好き好んで愛してくれるって言うのよ!」
そう叫んでアンジェラがデュランを睨んだまま息を切らしていると、デュラ
ンもアンジェラの顔をのぞき込むように見つめていた。やがて、デュランが先に目をそらすと、ふう、と一つため息をついた。
「・・俺は何度この台詞を言えば、お前は信じてくれるのかな・・」
「・・・?」
アンジェラは不意のデュランの言葉が理解できなくて、思わずきょとんとし
た表情をしてしまう。しかし、デュランがアンジェラのベッドに腰掛けてアンジェラの肩を引き寄せたときには、さすがのアンジェラでもさっきのデュランの言葉が理解できていた。
「俺は、お前のことを愛してる。」
「こんな汚れた女でも?」
「お前がもし自分から汚した女なら話は別だが、お前は被害者だろう?お前を
汚した奴に俺は怒りを覚えるが、お前自身には何も影響はない。」
アンジェラはデュランの瞳をのぞき込んで、その真偽を確かめようとするか
如く目を離さなかった。しかし、デュランも真剣な表情でアンジェラの瞳をのぞき込んでいる。アンジェラはやっとデュランの言っていることが真実だと見極めたのだろう、ゆっくりと視線を外して黙り込んだ。しばらく、その状態が続いてふとアンジェラが小さな声でこういった。
「・・・。もし。私が今、愛してっていったらデュランはどうするの?」
デュランはアンジェラの言葉を聞いて、思わずアンジェラの顔を見た。アン
ジェラはデュランが思った通り、顔を赤らめて目をそらしていた。デュランは少し頭を掻いて考えてから、もう一度アンジェラの顔をのぞき込むとこう聞いた。
「・・・今?」
「もし、ともいったでしょ。いいの、冗談よ。」
恥ずかしさを押さえるため、アンジェラは両手を顔にやって自分の気を静め
た。デュランはアンジェラを見ながらまたちょっと考えてから、アンジェラに聞こえるかどうかという声で囁いた。
「・・・アンジェラ、ちょっとごめんな。」
「え?」
デュランはアンジェラの肩に回していた手を軽く引いて、アンジェラの体を
倒すと、自分もアンジェラに被さるように四つん這いに倒れ込む。驚きと困惑した目がデュランの顔を見つめる。
「デュ、ラン?」
「冗談、には聞こえなかったぜ?アンジェラ。」
アンジェラは赤くなると押し黙った。そして、デュランから目をそらしてし
まう。しかし、デュランはアンジェラの返事も待たずに、アンジェラの首筋に自分の唇を寄せた。
「きゃっ!」
「嫌なら俺を突き飛ばせ、アンジェラ。」
デュランが囁きながらアンジェラへの愛撫を始めてしまう。アンジェラはデ
ュランが迫ってくるのに、わずかながら抵抗していた。しかし、突き飛ばすほど強い抵抗は起こさなかった。・・・起こせなかった。
アンジェラは喘ぎながらデュランの体を受け止めていた。自分がこれから生
きていくためには、デュランの確固たる愛の印が欲しかったのだ。どうしても。
そして、この体を浄化させるための方法も、それしかなかったのだ。
そして、3ヶ月後アンジェラは身籠もった。当然と言えば当然である。城内にいるもの全てにとって、それは事件でも何でもなかった。誰もが知っていた。
我が国の王女と他国の騎士とが恋い親しんでいるのを。
女王にとっても、それは同じであった。ただ、黙認という形ではあったが、
確かに女王にも分かり切っていたことだった。しかし、アンジェラの体に新しい命が宿ったとなれば、これは放っておくわけにはいかない。なぜなら、その子はアルテナ王家の末裔、世継ぎの子と言うことに他ならない。ヴァルダは娘とその恋人を女王の間に呼ぶよう、ヴィクターに頼んだ。
二人はそろって女王の間に現れた。二人とも少し緊張した面持ちで、女王ヴ
ァルダの前に頭を垂れた。
「お母様、アンジェラ只今ここに参りました。」
「アルテナ女王ヴァルダ、フォルセナの騎士デュラン、只今ここに。」
二人がそれぞれヴァルダに挨拶をする。ヴァルダは頷くと、側近達を退出さ
せた。周りに誰もいなくなった時点で、ヴァルダは二人とも楽にしなさい、という。
「特にアンジェラ。あなたはその椅子に座りなさい。」
ヴァルダは隅に置いていた椅子を指すとそう言った。デュランが素早く取り
に行き、アンジェラの側に椅子を持ってくるとアンジェラに座るよう勧めた。アンジェラは頷くと、ゆっくり腰を下ろした。座ると、アンジェラのお腹が若干膨らんでいるのが、ヴァルダにも分かった。
「何故、私があなた達を呼んだか、よく分かっているはずよね?」
ヴァルダはため息混じりにそう言うと、二人の顔を交互に見比べた。アンジ
ェラは恥ずかしそうにうつむいていたが、デュランはしっかりと顔を上げてヴァルダを見上げていた。
「ええ、お母様」
「はい、分かっています。」
ヴァルダはまたも頷いた。そして、立ち上がって二人のもとに歩き出す。二
人の前で立ち止まるとまず、デュラン、と声をかけた。
「はい。」
「あなたが私の娘を愛してくれているのは知っていました。でも、アンジェラ
の体を身重にしてしまったとあれば、あなたをただの恋人扱いにするわけにはいけません。これは、分かっていますね?」
「・・・はい。」
「これはあなたにアンジェラの夫であるという足枷をかけるのを意味している
のよ。」
「女王、それは足枷ではありません。もしそれが俺に許されるのであれば、俺
にとっては騎士の称号よりもありがたく誇らしいものです。」
デュランはきっぱりとこう言うと、ヴァルダを見上げた。アンジェラは少し
震えたが、やはりうつむいてじっと座っていた。ヴァルダはそれを聞いて頷くと、アンジェラ、と娘に声をかけた。
「はい。」
「あなたは王女の身でありながら、軽々しくその体を許し、デュランに預けた
ようですね?王女としての自覚が足りないのではないの?」
ぎくりと肩を揺らしアンジェラは一瞬体を小さく縮めた。そして、抵抗する
ように小さく、いいえ、と言った。しかし、一言そう言ったことで、アンジェラに唐突に自信がみなぎった。
「いいえ、お母様。私は女王である前に一人の女です。女が好きな男性に体を
預けるのはごく自然なことです。それに・・・、それは王家の娘であればなおさらです。私たち王家直系の女は、子供を産むチャンスを逃してはならないんですわ。この子は、私とデュランの子供です。そして、アルテナ王家の末裔です。」
お腹に優しく手を当てながら、アンジェラはきっぱりとそう言いきった。ヴ
ァルダには、アンジェラがここまで言いきってしまうとは思いもよらなかった。しばらく、目を見開いたまま二人を見つめていたが、良かった、と一言言うとヴァルダは微笑んだ。
「え?」
「何がです?」
「あなた達が本当に本気だったのか、私が確かめたかったのはそれだけ。でも
、今のあなた達の言葉を信用することにします。アンジェラ、デュラン、これからアルテナを、いえ世界を背負っていくものとして、私現女王ヴァルダが二人を認めます。」
ヴァルダは二人の手を取ると、二人の手を包んで二人の顔をもう一度見つめ
た。
「いいわね?」
「それってお母様、私たちを認めてって、・・・一緒にいてもいいの?」
呆けたようにアンジェラがそう言った。信じられない、とでも言うように瞳
が潤んでいる。
「私・・・、もうデュランとは一緒にいられないかと思った・・・・っ。」
アンジェラののどが詰まって、思わずうつむいた。ヴァルダがアンジェラを
なだめるように肩を撫でてやる。
「ほらほら、アンジェラはそれが心配よ。あなた、すぐ泣くんだもの。デュラ
ン、こんな娘だけどどうか助けてやってね。」
ヴァルダが優しくそう言うと、デュランはにっこり笑ってええ、と頷いた。
そして、二人はアルテナの王女とその婿として、結婚が認められた。アルテ
ナのしきたりとして、もともとは魔力を十分に持つ男子を婿とすることになっていたが、世界中のマナの衰退もあり、魔力自体が弱まっている今では魔力ばかりを重視していても仕方がないので、ヴァルダはデュランを認めたと国民に報告した。
二人は自分たちが一緒になることをあまりおおっぴらにしたがらなかったが
、一国の王女の結婚が決まったというのに騒がない国があるはずもなく、自然と世界中に知れ渡ってしまった。そして、二人のもとには祝い状やプレゼントが次々に届き始めていたのだった。
風の王国ローラントにもその情報はしっかり届いていて、その国の王女リー
スからもプレゼントが届いていた。アンジェラは山ほどあったプレゼントの中から偶然それを見つけだすと、側にいたデュランにその包みを見せた。
「ほらっ!リースからよ!中身何だろうね?」
アンジェラは敷き詰めた絨毯の上に座り込んで、その包みを開け始めていた
。デュランは他のプレゼントの包みを置いて、アンジェラの側に座り込むとアンジェラが包みを開けるのを興味ありげに見ていた。
「リース、かあ。そう言えば、お前リースに男がいたの知ってたか?」
アンジェラは包みを破らないように開けながら、興味なさそうに返事した。
「ううん、知らない。でも。相手、分かるよ?」
「・・・?何でだ?何で知ってる?」
デュランが不思議そうに言うのを、アンジェラがこらえきれずに笑い出す。
「デュランには分からないよねー。そういうの鈍いからー。ホークアイでしょ
?当たり?」
アンジェラが包みを開ける手を止めておどけるようにそう言った。デュラン
は呆けたようにアンジェラを見つめると、眉をひそめた。
「・・・当たりだ。何で知ってんだよ?」
「デュラン、あの旅でサラマンダーを仲間にしたときのこと、覚えてる?」
アンジェラは再び包みを開けることを思い出したように始める。デュランは
自分の記憶をたどるように、天井を見上げると頷いた。
「ああ・・・、確か変な女が娘をさらって、・・ジェシカって言ってなかった
か?その娘」
「そう、その子を助けるためにダーツで手助けしてくれた人がいたでしょ、そ
の人がホークアイ。オアシスの都ディーンで必死にジェシカを看病してた、あの人よ。」
デュランがやっと思い出したのだろう、はっと目を輝かせるとアンジェラに
頷いて見せた。
「ああ!そうだ、あいつだ!でも、あいつが必死に守ってたジェシカって女は
何だったんだ?何で、今リースと??」
「リースが頑張ったか、ホークアイが力ずくで落としたか、どっちでもありそ
うだけど、後者が可能性が高いかも。」
アンジェラはやっと開いた包みの中身を取り出すと、嬉しそうに眺めていた
。美しい白羽で丁寧に作られたふわふわの羽帽子が3つ。大人用2つと小さな小さなかわいい赤ん坊用の帽子が1つ。その一つをアンジェラが被ってみて、デュランの頭にもアンジェラが被せてやる。
「それにしても、アンジェラそれだけで当てたのか?」
デュランは自分で帽子を直しながらアンジェラに聞いた。
「違うわ。リースの顔、よ。ホークアイにキスを貰ってから、あの子ホークア
イが出てくる度にくるくる表情が変わってた。それで、ぴんとくるもんよ。・・女だし。」
「はー。すげぇな、女って。」
半ば呆れた表情をしてデュランがそう言った。アンジェラはつん、と顔をそ
らすと、
「女だからって訳じゃないわ。」とだけ不機嫌に言った。デュランが不思議そ
うにアンジェラを見て、聞く。
「・・・何が?」
「リースに気付いていたのは私だけじゃないわ。ホークアイだって気付いてい
たのよ。」
「?どうして分かる?」
「リースは王女よ?そしてホークは身分賤しくも盗賊の端くれ。そんな身分違
いの恋を、普通見込みゼロの状態で出来るはずないじゃない。」
「そう、か。」
納得したように頷いてからデュランはアンジェラの様子を見て、まだ不思議
そうな顔をしていた。
「で、何でそんな不機嫌になってるんだ?アンジェラ」
「デュランがあんまり鈍いからよ。女心が分かってないっていうのがね・・・ちょっとリースが羨ましくなったの。」
「ふーん。」
別段気にした様子もなくデュランは、プレゼントの山を漁りだす。
「ふーんて、何とも思わないの?」
アンジェラは少しなじるようにそう言った。しかし、デュランはアンジェラ
の顔を見るとにっこり笑ってこういった。
「それでもアンジェラは俺を選んだんだからな。ホークアイよりさ。」
アンジェラはデュランをみて、かなわない、と思った。
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