頭が真っ白になった。ものすごい光が目の前を覆って、その光ごと自分が吸い込まれたかのようだった。
気付いた場所はアルテナ城内の部屋の一角だった。しかし、ローレルがいな
いところを見ると、さっきの部屋ではないのだろうと『それ』は思った。
アンジェラは既にその身体を失っていた。しかし、身体はなくとも精神が破
壊されていても、その思いだけはそこに確かに存在していた。思いの塊・・一般に魂と呼ばれている『それ』だった。
その場所には若くて美しい女性と幼く可愛らしい女の子が戯れていた。それ
は見るからに穏やかな親子の空間だった。『それ』はその二人をよく見ようと側に寄っていった。二人を見て驚いた。二人とも自分にそっくりだった。
「・・あれは私だわ。二人とも・・私なんだわ」
「そう、あれはあなた。あなたの母親になった姿と幼い頃のあなた」
別の、二人の自分を挟んで全く反対側にもう一つの思いの塊があるのに、『
それ』は今気付いた。『それ』は思わぬ存在に驚いていた。
「誰?」
『それ』の質問にはもう一つの塊は答えなかった。ただ静かにこの二人のアン
ジェラを説明しだすだけだった。
「これはあなた自身の精神の欠片なんです。この二人を見ることによって、あ
なた自身の壊れた精神が回復されていくのです。」
『それ』は再び二人が戯れる姿に目を戻した。幸せそうな空気。それでも、
何かが納得がいかない。そう、女性である自分が本当の自分よりも少し年老いているような気がしたのだ。
「ああ、それはあなたの子供が思っている精神部分が混ざっているからです。
あなたの子供の期待や思いの欠片もここに含まれているんです。だって、あなたの子供も精神を取り戻す必要があるんですから。」
『それ』が二人を見ていると、不意に二人が消えてしまった。慌てて『それ
』はさっきから話をしてくれている誰かに問いかけた。
「何?いったい何なの?私どうしちゃったのよ!」
「精神修復が終了されたんです。あなたは元の身体に戻されます。私と一緒に
。」
それを聞いてある考えが思いついた。驚愕しながらも、『それ』は聞いてみ
た。
「あなた、私の赤ちゃん・・!?」
またも、その誰かは答えずに言った。
「あなたも私も元の身体に戻ります。全てのここでの事を忘れた上で・・」
最初に感じたのは全身の痛みだった。体中がずきずきと痛みを発して、アンジェラはしかめ面で目を覚ました。全身の痛みのせいで体を動かすことこそ出来はしなかったが、目だけはきょろきょろと部屋中を見渡せていた。部屋はそれほど荒れた様子はなく、暴発が何故かおさまったことを物語っていた。アンジェラは疑心暗鬼になりながらも、とにかく体を動かすことに専念してみた。片肘で何とか状態を少し浮かせることに成功はしたが、体中が悲鳴を上げた。アンジェラはあまりの激痛に耐えかねて思わず呻いた。そのうめき声に倒れていたローレルが気付いて、体を起こす。頭を数回振るとアンジェラが横たわっているのに気付いて慌てて手を貸しに側に寄った。
「あ、ありがと・・ローレル。」
身体の痛みに顔をゆがませながらアンジェラはローレルに礼を言った。ロー
レルは無言でアンジェラをソファーに歩かせるのを手伝う。アンジェラがやっとの事でソファーに座り込むと、ローレルはため息をついた。
「デュランが言っていたのはこのことだったのね・・」
ローレルがそう言ったことに、アンジェラは不思議そうな顔をしてローレル
を見つめていた。
「精神に巨大な負荷を背負わせると、魔力の制御が利かなくなって持っている
魔力の暴走が始まる。・・・・なるほどね。」
「ローレル?」
「でも、参った。止める方法がないなんて、思わなかったから。あのときマナ
の女神様が来てくれなかったら」
アンジェラはローレルの言葉に耳を疑った。目を見開くとローレルに身を乗
り出して聞いた。
「マナの・・・!フェアリー?フェアリーが来たの?」
「・・・アンジェラ?」
「フェアリーが助けてくれたのね?そうなのね?ローレル!」
ローレルは吃驚しながらも黙ってアンジェラの様子を見ていた。やがて、や
っと情けない調子で笑うとこう言った。
「あなた・・・あなたが聖剣の勇者?」
「・・あ!」
アンジェラは思わず身を引いた。デュランとリースで戦い抜いてきたこと。
これはその国の王族のみが知っていて、それ以外の一般市民には名前を挙げた報告をしていなかったのだ。三人が三人とも名をあげることを拒んだ為。
「何だ、デュランはそれで黄金の騎士なんかになれたんだわ。勇者のお供だっ
たなんて。みっともない、私ったら。最初から勝ち目なんかないじゃない。」
「・・ローレル」
アンジェラは申し訳なさそうな顔をして、ローレルを見上げていた。が、そのローレルはすぐにアンジェラの足下に跪くと、急に丁重な言葉に直してこう言った。
「聖剣の勇者アンジェラ様、今までの数々のご無礼を大変失礼いたしました。
私はよもや許しをいただこうとは思っておりません。私は今後一切このアルテナに足を踏み入れないと誓います。何卒これでご容赦を」
アンジェラはそんなローレルの様子を悲しげに見ていた。自分はただ母に認
めて貰いたいと言うだけで旅を始め、成り行き上フェアリーが力を貸してくれただけだ。しかもそのフェアリーを最終的には最良の状態で救うことは出来なかったのだ。それでも、普通の人々は聖剣の勇者と言うだけでこんなにもアンジェラを畏怖する。
アンジェラはため息をつくと、ローレル、やめて、と言った。
「私は人に跪かれるようなこと何もしてないの。私はお母様に認めて貰いたか
っただけなんだから。それにアルテナにはもう足を踏み入れないですって?そんな悲しいことを言うのはやめて。アルテナは酷く寒くて居心地は良くないかもしれないけど、来たければいつでも来て。いいでしょ?ローレル」
ローレルはしばらく吃驚していたが、にっこり笑うとええ、と言った。アン
ジェラは手を伸ばしてローレルに握手を求めた。ローレルも手を伸ばすとそれに
応じた。
そんなことをしていると、廊下からどかどかと数人の足音が近づいてきて、
それと一緒に騒がしい声が近寄ってくる。
「デュラン様!何人もここに入れぬようと」
「ローレルとアンジェラを二人にするなんて何を考えてるんだ!」
「しかし、アンジェラ様の命です!」
「相手はローレルだぞ!下手すりゃ命に関わるんだ!」
アンジェラとローレルはその騒ぎの内容を聞いて、二人で笑いあった。その
瞬間、この部屋のドアが、勢いよく開いた。デュランだった。
「アンジェラ!ローレル!」
「・・・何?」
二人はそろってデュランを見ると、にっこり微笑んだ。握手をしたままの状
態で。デュランはその様子を見て、呆気にとられたように棒立ちになっていた。
ローレルはもう一度笑うと、じゃあとアンジェラの手を離した。
「私帰るわ。お二人の邪魔はもうしないって誓ったしね。さよなら。」
ローレルはコートを羽織ると、棒立ちになっているデュランの肩を叩くと、
お幸せに、と言い残して部屋を出ていった。召使い達もそれに合わせてしずしずと退出した。
部屋には文字通り二人だけが残された。アンジェラはまだ理解できないデュ
ランをおかしそうに笑うと、デュラン、と声をかけた。声をかけてから、自分の服かみっともなく破れかけているのに気付き、慌てて服を掻き合わせた。
「アンジェラ?一体どうなんてんだ。それにその服は?」
デュランはアンジェラの側のソファーに腰掛けるとアンジェラにそう言った
。
一通り話し終えて、アンジェラはソファーで横になりながら、デュランを見
ていた。デュランはまだ、不思議そうな顔で考えているようだった。「フェアリーがなぁ。危ない所だったよなー。」とか「ローレルも聞き分けがいいことはいいんだな。」等さっきからぶつぶつと独り言が絶えない。
アンジェラはそんなデュランを眺めながらくすくすと笑っていたが、何かを
思い出したように顔を閃かせた。
「デュラン!そんなことより、フォルセナの方はもういいの?」
それを聞いてデュランはアンジェラの方に振り向くと、にっこり微笑んだ。
「ああ、王はローレルとの一件をなかったことにするって言ってくれたし、ウ
ェンディもおばさんのおかげで元気にやってたよ。」
アンジェラはほっとしたように微笑んだ。
「そう、よかったわ。ウェンディのこと私も心配してたのよ。デュランがいな
くなってしまっていたから、その矛先がウェンディに向けられていたんじゃないかって・・・。」
それを聞いてデュランは少し顔を曇らせた。
「アンジェラ、お前は妙に勘がいいときがあって俺は怖いよ。」
「じゃあ・・」
アンジェラが不安そうにデュランの言葉を促した。
「ああ、ピテア卿の人間がウェンディの誘拐を企んでいたらしい。幸い王の命
で俺の家に派遣していた騎士がその現場を取り押さえたらしくて、その誘拐は未遂に終わったらしいけど。」
デュランは悔しそうにそう言った。こんなに離れていては、そんな情報すら
ここには届かない。デュランは妹を危険にさらし、それを自分で阻止できなかったのが許せないのだろう。しかもその発端は自分自身なのだ。デュランはやるせない気持ちでこの話を聞いたに違いない。
アンジェラもデュランのそんな気持ちには気付いていた。だから、アンジェ
ラはデュランをこれからここにとどまらせていいものか悩んでいた。が、デュランも伊達にアンジェラと長く一緒にいたわけではない。アンジェラ暗い表情でうつむいているのを見て、デュランは意地悪くアンジェラに言った。
「アンジェラが今考えていることを、当ててやろうか?」
「えっ?」
びくっとしたようにアンジェラはデュランの顔を見つめた。デュランが少し
怒っているように見えて、アンジェラは観念した。見破られている、と。
観念してうなだれるアンジェラを見て、デュランはしょうがないな、と言う
ように笑う。
「杞憂だよ。アンジェラ」
「・・・うん。」
Fin
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