焦りと迷いの迷宮
もう少し、もう少しだから。
何度励まして言ったかしれない、この言葉。ある時は一緒にいる二人を励ま
すために。ある時は自分自身を励ますために。
一行は復活を始めた神獣を退治するために、世界中を飛び回る毎日だった。
フラミーがいたおかげでその仕事は幾分か楽にはなっていたが、やはり日に日に
狂暴化していくモンスターを相手にやり過ごしていくのには、大変な労力と精神
力が必要とされた。
「ここって何体目の神獣だっけ?」
ここは月読みの塔の階段を何度か上ったフロア。一行は既にここが何階かな
どどいう細かいことは気にしなくなっていた。なぜなら、この月読みの塔は月の
マナストーンが影響を及ぼしているやっかいな建物で、今までに似たようなフロ
アが何度となく繰り返されているのだ。
フロア全ての敵を倒した後、息を切らしながらアンジェラがそう言ったのに
、リースが答えた。
「多分、これが最後から2番目ですわ。7体目です。」
遠くから補助魔法をかけていただけあって、見た目傷はあまりひどくはない
が、声が疲労のために少しかすれていた。デュランは壁に寄りかかると大きなた
め息をつきながら、誰にともなく呟いた。
「いつまで続くんだろうな、この塔。気が滅入る。」
「きっともう少しよ。こんなに来てるんだもの。」
アンジェラは自分も寄りかかりたい気持ちを必死にこらえて、自分の力で立
ち上がった。
そう、もう少し。もう少しだから。
聖剣を取り戻すのも。そして、お母様に認めて貰うのも。
とにかくその為には前に進むしかない。時間を惜しんででも、前へ進んで行
くしかない。
アンジェラは何度も魔法を使ったせいで目がかすんできていたが、目をこす
って焦点を戻すと、二人に行こうと促した。二人とも疲労困憊というところでは
あったが、やはり二人ともここにいてもしょうがないと思ってか、体を起こすと
次なる扉を目指した。
次の部屋はただ階段が上へとつながっているだけで敵が潜んでいる様子はな
かった。三人が三人ともほっと顔を弛ませ、ふらつく足下をしっかり踏みしめな
がら上へと登っていった。
次の扉の先はそうは行かなかった。三匹の獣人が扉を開けるなり襲いかかっ
てきた。アンジェラが扉の取っ手を握っていたが、デュランが慌てて駆け寄って
力一杯扉を戻した。襲いかかろうとした一匹はドアに見事に挟まれて動けなくな
っていた。アンジェラは素早く杖を掲げて、呪文を唱えた。
「火の精霊サラマンダーよ!今我に汝の裁きの炎をあたえ賜え!ファイヤーボ
ール!」
杖の先から炎の渦巻きが生まれ、まっすぐに獣人を目指して炎の玉が飛んで
行く。デュランが素早く身を引いていなかったら、デュランも焦げてしまうとこ
ろだったが。
デュランは少しアンジェラに恨むような視線を向けたが、すぐに魔法に躊躇
した獣人に攻撃を始めた。後ろからリースが大声で呪文を唱える。
「土の精霊ノーム様!私たちを襲う汚らわしい力からこの身を守る盾をお与え
下さい!プロテクトアップ!」
三人とも防御力が上がったところで、デュランの容赦ない攻撃が始まった。
最初のドアに挟まれた獣人は、既にアンジェラの魔法とデュランの一撃で扉の横
でうずくまっていた。アンジェラとリースはデュランに続いて扉の向こうに飛び
出した。そこではデュランが二匹の獣人に攻められ、苦戦を強いられていた。リ
ースはデュランにパワーアップを唱えると、自分も槍を持って戦いに参戦した。
アンジェラはもう一度ファイヤーボールを唱え始めていた。
その時既にアンジェラは、残り少ない精神力をその魔法に費やしていたので
、他のことに注意力が足らなくなっていた。デュランの声を聞いたのと体中に痛
みが走ったのと後悔の念が押し寄せてきたのは、ほとんど同時だった。気付いた
ときには身体にいくつもの連打攻撃を受けて、痛みのためにその場にうずくまっ
ていた。
「あうっ!ごほっごほっ!」
今度こそ完全に目がかすんでいた。痛みと悔しさで目に涙が溜まっていたせ
いもあっただろうが、実際精神力が底付いていた状態であったので本来先程から
こうなるべきであったのだ。しかし、アンジェラはかすれる目で何とか現状を把
握した。さっきデュランとリースが相手をしていた二匹の獣人の一匹が、今にも
倒れそうなこの邪魔な侵入者を先に倒すことにしたのだった。
アンジェラは舌足らずな言葉で続きの呪文を唱えて、忌まわしく卑怯なこの
怪物を焼き払うことに成功した。もう一匹は二人が協力してとどめを刺せたのだ
ろう、獣人の嫌な叫び声がアンジェラの耳にも届いた。 すぐに二人が駆け寄る
と、アンジェラを抱き起こした。体中に激痛が走り、声にならない叫びが口から
漏れた。二人は吃驚して、道具袋から回復アイテムを引っぱり出して、アンジェ
ラの口に入れた。おかげで痛みは和らぎ、アンジェラは二人にひきつったと笑い
を浮かべると、ごめん、と言った。
「つまんないこと言うな。休むときは休む。これが戦士の掟だろ?」
デュランはアンジェラに怒ったようにそう言った。リースもそうですわ、と
同意する。
「こんなになるまで戦うなんて無理するにも程がありますわ!下手をすれば、
命に関わります!」
「ごめんなさい。でも、後少しだもの。もう、大丈夫。」
アンジェラはそう言って、自分の力で立ち上がろうとする。が、それをデュ
ランが許さなかった。アンジェラが身体を起こそうとするのを、デュランは肩を
押さえて止めた。
「いい加減にしろ、アンジェラ!お前、目の焦点があってねえんだろ!そんな
んじゃ、戦うことはおろか、歩くこともできやしねえぞ!」
確かにアンジェラの目の焦点はまだあっていなかった。これでは立つことも
出来たかどうか。
「ここで、少し眠るんだ。このフロアにはもう獣人達はいない。安心して休む
んだ。」
デュランは乱暴な口調でそう言った。そんな投げやりな言葉を放っていても
、アンジェラが眠りやすいように道具袋を枕代わりに敷いてくれたりした。アン
ジェラは黙って頷くと、おとなしく眠った。
不意に体中に揺れを感じたのは、アンジェラにはそれから間もなくだったよ
うに思えた。だが、先刻より月の位置が変わっていた為にこのフロア全体が明る
く照らされているのに気付き、かなり時間が経っていることがアンジェラにも分
かった。
アンジェラはゆっくり体を起こすと、黙って月の方を見つめた。さっきの揺
れは何だったのだろう、と不安な気持ちを抑えつつアンジェラは月を見つめ続け
た。
ズゥン
どこかでこの塔が軋む音と共に、やはり先程のような揺れがアンジェラを襲
った。気のせいじゃないことが分かって、アンジェラは慌てて二人を探した。
「ここだ、アンジェラ。」
デュランの声がアンジェラを呼んだ。アンジェラは声のする方に振り向くと
、デュランはフロアの逆側の窓の縁に寄りかかって外界を見つめていた。
「今の揺れ、一体なに?」
アンジェラは枕にしていた道具袋と杖を手にデュランに駆け寄った。デュラ
ンは何も言わずに外に顎をしゃくった。アンジェラはいぶかしげに窓から顔を出
して、デュランが見つめていたあるものを見つけて驚いた表情をして見せた。
「神獣月の神獣ドラン?やっぱり復活してしまったの!?」
アンジェラは呆然とそう言った。アンジェラが見た先には、悪魔のような形
相をした巨大な神獣ドランがこの月読みの塔に這い上がろうとしているところだ
った。
「だろうな。」
幾分素っ気なくデュランはそう言った。アンジェラはリースがいないのに気
付き、デュランに聞いてみる。
「リースも俺もさっきまで眠ってたんだ。俺は最初の揺れで目を覚ましてたん
だけど。リースもその後すぐ目を覚まして、一度引き返して様子を見てくるって
。もう戻ってもよさそうなもんだけど」
そう言った後、リースがばたんと扉を開いてこのフロアに飛び込んできた。
「こちらに来て外を見て下さい!神獣ですわ!」
「リース、ごめんな。ここからでも見えるんだ」
デュランが親指で窓の外を指さし、すまなそうにそう言うと、リースはきょ
とんと目を丸くした。
「あら、そうでしたの。それより、どうします?」
「でかいな、今度のは。」
デュランは目を細めて再び神獣の方に目を移した。アンジェラも同じように
神獣を見つめてから、祈るような声で呟いた。
「でも、この神獣を倒すために来たんだもの。行くしかない。」
「勝つしかない、だろ?」
デュランがアンジェラの言葉を訂正した。アンジェラはデュランとリースに
顔を向けると、ええ、と頷いた。
「こんなに巨大な相手であれば、下から攻撃しても埒があかないと思いますわ
。やはり、この塔を登り切って最上階でドランの頭部分を叩きましょう。」
「じゃあ、またこの塔登るのか?それも骨を折る仕事だぜ?」
デュランは心底嫌そうな顔をすると、リースに抗議した。アンジェラはその
デュランの抗議を難なく受け流す方法を見つけた。「この塔はマナストーンの影
響で迷宮になっていたはずよ。今ドランが復活してマナストーンはなくなってい
るわ。だとしたら、このまやかしの迷宮の効力は切れているんじゃないかしら?
」 二人は顔を見合わせてその希望に喜んだ。それならばと、次なる扉を目指し
て歩いていく。扉を開けるとやはり今までになかったような長い階段のフロアが
あり、その先には屋上に続くように見える扉がそこにあった。
「屋上はすぐそこだぜ!もう準備はいいか?」
さっきの憂鬱そうな顔はどこへやら、デュランは意気揚々とそう言った。リ
ースもアンジェラも、武器を構えてお互いに頷いた。
「それじゃ、行きましょう!」
三人はアンジェラのその声を合図に最上階の扉へと走り出した。
Copyraight 1997 BY SAE