屋上に出ると、まず三人襲ったのは冷たい湿気を含んだ風だった。それぞれ の髪やマントが風にあおられて視界を遮っていたが、目の前の巨大な神獣を見失 わせることは出来なかった。「あれが、月の神獣」
 リースが呆然とそう言った。目の前の神獣はこの高い塔の屋上をのぞき込む ように立っていた。今までの神獣とは比べものにならないほど、大きくて凶暴そ うな神獣、ドラン。リースが言葉をなくすのも無理はなかった。
「ぼーっとしてる暇はないぜ!リース!補助魔法頼む!アンジェラ!」
 リースと同様に呆然と神獣を見守っていたアンジェラも、デュランに全てを 言われる前には、正気を取り戻していた。杖を掲げ、土の属性ダイヤミサイルを 唱える。
「土の精霊ノームよ!大地に眠る数多の金剛石を目覚めさせよ!そして、今そ の堅き刃で邪悪なるものを打ち砕け!ダイヤミサイル!」
 いくつもの輝くダイヤがくるくると宙に浮かび上がり、それらがドランの頭 目がけて風を切って襲いかかった。ドランが悲鳴を上げて、手を暴れさせた。屋 上の三人にもその手が襲いかかりそうになり、直撃は免れたが爆風で三人とも吹 っ飛ばされる。
「ってーぇ!ちくしょう!」
 デュランは剣を構えて体勢を整えると、ドランの腕目がけて剣を振り下ろし た。しかし、体が巨大ならば腕も巨大で、いかにデュランの剣術が優れていよう ともかすり傷程度を負わせるのがやっとだった。
「火の精霊サラマンダー様!汝の燃えたぎるエネルギーを我らに与え賜え!パ ワーアップ!」 リースの補助魔法がようやくデュランにかかって、デュランは 得意そうに頷いた。唱えた後、リースは慌てて大声でデュランに助言した。
「デュラン!頭を叩いて下さい!腕は体力を浪費させるだけです!」
「わかった!」
 リースは槍を手に持って、デュランの援護をするためにドランに向かう。ア ンジェラは連続に魔法を放つために、出来るだけドランの接近を避けて呪文を唱 え続けた。
「風の精霊ジン!汝の力を持って真空の刃を操り、我らを守るかまいたちを与 えよ!エアブラスト!」
 鋭い轟音が鳴り響くとドランの頭上に大きな竜巻が発生した。素早くドラン の頭を攻撃していた二人はそこから飛び退くと、すぐにドランの頭部分が竜巻に 包まれた。
「ぎゃおおーん!」
 ドランが鋭い悲鳴を上げたので、三人は三人とも鼓膜がおかしくなるのを防 ぐために耳を押さえた。竜巻が止むとドランの顔は深い傷が数カ所出来ていた。 一箇所は丁度目に当たっていて、致命傷になっているらしかった。
「よっしゃ!もう一方の目も叩いてやる!」
 デュランは地を蹴ると、ドランの頭部まで舞うように近づいて、一撃でもう 片方の目を叩いた。ドランが悲鳴を再び上げると、のたうちまわる。最後にリー スが眉間にぐっさりと槍を刺したところで、ドランの動きは完全に止まった。
「終わったの?」
 アンジェラは二人に近づくと、そう言った。二人はドランから飛び退いて、 黙ってドランを見つめていた。
「分からない。終わりだといいな。」
「ええ。」
 三人はドランの次の動きを見分けるために、じっとその姿を見つめていたが 、ドランは次の瞬間大爆発を起こした。胸の辺りが破裂したのだ。再び三人は突 風にあおられて、屋上の四隅に激突し、そのまま気絶してしまった。
 アンジェラが目を覚ますと、ドランが暴れた辺りには既に何もなく、塔の破 損された残骸だけがいやにはっきりと残されているだけだった。痛む体を何とか 起こして立ち上がると、アンジェラはその残骸に近づいた。ドランが間違いなく 消滅したかどうかを確かめるためだ。
 囲いの部分がほとんどなくなっており、そこの下の方をのぞき込むのにはか なりの勇気が必要だったが、アンジェラはおそるおそる下を見下ろした。下には 鬱蒼とした月夜の森が広がっているだけで、ドランの影など全く見あたらなかっ た。ほっとしてアンジェラは胸をなで下ろすと、突然後ろからとん、と背中を叩 かれた。一瞬恐怖のあまり悲鳴が出かかった。が、その声すら出る前に体がよろ け、アンジェラは月夜の森に吸い込まれるような錯覚をおこしていた。
 落ちる?!
 しかし、ぐいっと体を引き戻される感覚を覚えてアンジェラは我に返った。 デュランがアンジェラを引き戻してくれたのだ。
「な何よ、もう!吃驚するでしょ!ちゃんと話しかけてよ!」
「なんだ!元気じゃねぇか!自殺でもしそうな顔していたから、心配したって のに!」
 デュランがそういって、ぱっとアンジェラの腰に回していた手を離すと、ア ンジェラから離れた。
「自殺?私、そんな顔してた?」
 アンジェラはあのデュランが自分のことを気にかけてくれていたことが嬉し くなって、そう聞いた。デュランはまた、いつもの無関心を装う顔をしてさあな 、と言う。
「暗いからわかんなかったけど。それよりドラン、いなかったか?」
 アンジェラは話を逸らされて、幾分むっとしたが顔には出さずに返事をした 。「うん。消滅してたよ。」
「そうか、よかったな。じゃあ、こんな塔はおさらばだ。」
 デュランは剣を鞘に納めると、散らばった荷物を拾い上げ始めた。アンジェ ラはそんなデュランの後ろを追いかけながら、気になっていることを聞いてみる 。
「心配したって本当?」
「・・・・」
「ねえ」
「仲間だからな。心配もするさ。」
「・・・・私がアルテナの人間でも?」
 デュランは吃驚してアンジェラの方に振り返った。アンジェラはさっきのよ うに笑ってはいない。真剣そのものの表情でじっとデュランを見つめている。デ ュランはそんなアンジェラに理解できないというように首を振ると、こう言った 。
「何故、そんなことを聞く?アンジェラは俺達の仲間であって、出身が何処だ とか、生まれがどうとかで俺がお前を咎めたことがあったか?最初に会ったとき に少しそのことにふれたけど、その時俺はちゃんと謝っただろ?
 アルテナがフォルセナに攻め込んできたことで俺は確かにアルテナを恨みは した。けど、アンジェラはそれとは関係ないし、アンジェラはその被害者なんだ ろ?どうして今更そんなことを」
「ごめん。そうだよね。デュランはちゃんと分かってくれてるんだよね。・・ ・・でもね、私怖いんだ。私の側には、もう誰もいなくなってしまうんじゃない かって。」
 アンジェラはデュランにそう言うと、笑って見せた。しかし、その笑い方は 無理に笑ったような表情だった。
「最後の肉親でさえ、私を見捨てようとしたでしょ。私を本当に心配してくれ る人なんて、もういないから。だから、デュランが心配してくれたのがとても嬉 しかったの。それで、甘えたくなっちゃったのよ。」
 アンジェラはふふっと笑うと、伸びをしながらデュランから離れる方向に歩 き出した。
「怒らせちゃった?ごめんね。悪気がないことだけは確かだから、許してね。 」
「アンジェラ。」
 デュランはアンジェラを呼び止めた。アンジェラは歩くのを止めたが、デュ ランの方には向かなかった。
「仲間をあまり甘く見るな。信用できないような奴に人はついては来ないんだ 。少なくとも、俺はお前もリースも仲間として信用してる。リースだってそのは ずだ。」
「ええ、もちろんですわ。」
 リースがいきなり声を出して二人の会話に入り込んで来たので、二人ともぎ ょっとして、リースの方を見つめた。
「リース?」
「あら!お二人の邪魔をしてしまいましたわ!ごめんなさい。私、もうちょっ と狸寝入りしておけばよかった!」
 くすっとそれこそ悪気が全くない顔で笑いながら、リースが姿を現した。ア ンジェラとデュランがきょとんとしていたが、二人とも次の瞬間我に返ると同時 に叫んだ。
「狸寝入りって、リース?!」
「ええ、聞いていましたわ。でも、お邪魔したくなくて。それはそうと、そろ そろこの塔を降りませんか?」
 リースは二人にそう言って促すと、先に扉を開けていってしまった。デュラ ンもアンジェラも、リースに盗み聞きされているとは知らず、自分が何か余計な ことを話してはいなかったかと頭を抱えてみたが、お互いに目が合うと諦めたよ うにため息をついて二人そろって下りの階段を降り始めていった。


Fin.


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