|
【聖剣伝説3】 |
| ■喪失の姫君[前編] |
|
作成日[03/2/15] 激しい風と雪が唸りを上げていた。大きな粒の雪が次々に大地を覆い尽くしていく。気温はすでに零下5度。 白い雪原が広がるその場所は、魔法王国アルテナ。 アンジェラはぎぃ、と扉を押した。重い扉を開くと、待ちかねたように冷気が一斉に滑り込んで来た。 ここはアルテナ城の見張りの塔最上階。アルテナの厳冬はあまりにも有名で、まさかこんな時期を狙ってアルテナ城に侵入しようなどという愚か者がいるとは思えない。そのせいか、今、この見張りの塔の最上階には誰もいないのだった。いや、今はその必要すらないということもあるのだろうが・・。 「さむ・・」 凍てついた空気がアンジェラの頬を刺す。痛みすら感じる冷気にアンジェラは思わず肩を震わせた。 吹きすさぶ雪。視界はゼロに近いこの場所に、彼女は寒さを堪えて立っていた。 荒ぶる風に巻き上げられる髪。防寒のために厚手に作られたドレスも、まるで紙のように翻るほどの強烈な風。雪を含んだそれはあっという間にそのドレスを濡らしていってしまう。アンジェラはそれでも、昂然と顔を上げてその風と雪に立ち向かっていた。 その姿はまるで自然の脅威すらもねじ伏せてみせる、そんな強さを見せつけるかのようでもあった。 しかし・・彼女の強さも、その現実的な吹雪の前には長くは続かなかった。 ぐっしょりと濡れたドレスは重くなり、彼女の細い体を圧迫した。寒さに凍えて顎が小刻みに震え始める。自分の弱さに打ちひしがれて、ううっとうめいたが最後、アンジェラは泣き出した。 「どうしてっ・・!どうしてっ・・?」 繰り返す疑問詞。しかし答えは判っている。アンジェラは判っていて泣いている。 ――そんなアンジェラの威厳を少しでも守るかのように、風の音は泣き声を、吹雪はその姿を、かき消していた・・。 はじまりはどこだったか。 アンジェラの中ではもうそれが何だったのかも、思い出せない。考えうる限りでは、この国がマナに依存していたこと自身がその始まりだったとしか、言いようがない気がしていた。 アンジェラが冒険から帰ったあとは、マナは急速な低下を辿っていった。 世界中のマナの安定と供給を保っていたマナの木が失われたのだ。マナの木が再生するまではその木の再生のためだけにマナは使われてしまう。そのマナの木の再生も百年なのか、千年なのか・・とにかく長い時間が必要だと言うことだけが、アンジェラ達には知らされた。 マナは全ての自然の源である。命あるもの全ての源であるマナはまったくのゼロになるというのはありえない。なぜならば、全ての命あるものには、多かれ少なかれそもそもマナは宿っているのだから。だから、人々はもちろん精霊たちにもマナは宿っている。 しかし、絶対的なマナの安定と供給が断たれるとどうなるか。 人は精霊の恩恵を、加護を、失うのだ。 それは、精霊の加護を常に意識してきたアルテナの人々にとって、多大な問題となることは必至であった。 国土のほとんどが寒冷地であるアルテナはその土地を住みやすい温暖な気候を保つのに、常に精霊の加護に支えられてきていた。強大な力を持つ女王ヴァルダが精霊との交渉にあたり、ヴァルダの魔力と心に共鳴した精霊たちはこれまでアルテナの地を温暖な気候に保つのに手助けをしてくれた。 しかし、そのヴァルダの魔力も無限ではない。 絶対的なマナの量が減ったこの世界では、魔力の伝導率が悪くなるせいか、ヴァルダは今までの倍以上の力を使ってこの地を守れなければならなかった。そして、ついにヴァルダの魔力が2年と経たず潰えたのだ。 人々は寒冷地で初めて寒冷地の恐ろしさを味わう羽目になった。凍結する井戸、雪に覆われる家、暖を取るにも乾いた薪が手に入らない現状。凍傷、凍死、蔓延する病気・・。 「これでどうやって生きろっていうの・・」 家の中に氷が張った状態で泣き崩れる家族。次々に凍死していく子供や老人・・。 アルテナ人口もマナの現象と共に急降下を下り始めたのだ。うなぎ上りの死亡者、他国への亡命者によって・・。 「女王様!!」 「ヴァルダ女王様!」 「誰か!誰か女王様を寝室にお運びして!」 「医師を呼びなさい!お顔が真っ青よ!」 この状況を打開しなければいけないはずの女王が、魔力を使い果たし倒れた。 ばたばたといつも通り慌しくアンジェラの部屋を訪れたヴィクターがアンジェラにその事を伝えに来た。 「アンジェラ様!アンジェラ様!」 アンジェラはホセに新しい魔法の勉強を教えてもらっていたところだったので、ヴィクターを煩わしそうに一瞥する。 「なぁに?ヴィクター?今魔力を増幅する奇跡的な魔法を習ってるところなのよ。大事な魔法なの。分かるでしょ。」 アンジェラの視線の冷たさにびくつきながらも、ヴィクターは自分の務めを果たそうと一生懸命だった。 「分かります。分かりますとも。でもアンジェラ様。でも、もっと大変なことが・・ヴァルダ女王様がお倒れに・・!」 がたんっ!とアンジェラは椅子から立ち上がり目を見開く。教えていたホセも、驚愕に口が開けない。 「無理を・・無理をしたんだわ・・。きっと・・お母様っ・・!!」 アンジェラはヴィクターを押しのけ、走り出した。ヴィクターが後ろからついて走ろうとするが、アンジェラは猛然と走りこんでしまい、追いつけそうもない。 「アンジェラ様ー!ヴァルダ様は今寝室でお休み中です!」 とにかくヴァルダの居場所だけはとヴィクターは叫ぶ。アンジェラは返事もせずに走り続けていた。 宮廷使用人という優雅な仕事ならばこんなに体力は必要としないと思うんだけどなぁ・・とヴィクターは一人廊下でへたりこむ。その肩に、ホセが優しく手を置く。 「ご苦労だったな。私と一緒にいこうか、ヴィクター殿・・」 「はい、ホセ様・・」 ヴィクターはようやく立ち上がり、ホセの後ろを辿るように歩き始めたのだった。 ヴァルダの部屋にたどり着いたアンジェラは、息を整えるとゆっくり部屋の扉まで歩いていった。数人の使用人がアンジェラに気付き、アンジェラのために道を開けた。 「お母様は・・どうなの?」 ヴァルダ付きの使用人の一人、イレーヌを見つけてアンジェラは尋ねる。しかし、外にいる使用人には何も知らされていないらしく、ただ首を振りこう応えるだけだった。 「中にお入りあそばしてください。アンジェラ様ならば、医師ジェヌール様より直接伺えます」 「ありがとう」 アンジェラはおとなしく頷くと、意を決して扉を開きヴァルダの部屋に入っていった。 中には大きな天蓋付きのベッドに3人ほどの使用人と、医師らしき男が立っている。母の顔はここからでは全く見えない。 使用人の一人メリエがアンジェラに気付いてアンジェラの傍に寄ってきた。優しくアンジェラの手を取ると、アンジェラをヴァルダの傍に導いた。 母が横たえるベッドがあまりに大きいせいか、母の顔が小さく見えてアンジェラは痛ましくなった。 「お母様・・」 ゆっくり優しく声をかける。アンジェラの声に気付いて、ヴァルダがゆっくりと目を開いた。 やりすぎちゃったわ、というような苦笑いをしたヴァルダ。そしてゆっくりとした動作ではあったが、掛け布団から手を出してアンジェラの手を握る。 (ああ、よかった。笑うことも、手を握ることもできるのね) アンジェラがほっと息をついたときだった。 ヴァルダが口を開いたのだが・・声が、音が届かないのだ。唇の動きでは・・アンジェラ、と呼んだようだったのに・・。 驚いて、アンジェラは医師を見つめる。 「ジェヌール先生・・でしたよね」 「はい、アンジェラ様」 医師ジェヌールは一礼してアンジェラに挨拶をした。 「今、声が・・母の声が聞こえなかったのだけど、母は今疲れていて・・声が?」 ジェヌールは一呼吸黙りこくった。 それから、アンジェラの顔を見つめ、ゆっくりとこう言ったのだ。 「ヴァルダ女王様は、お声を失われてしまわれたようです。」 アンジェラは驚いて身動きが出来ない。 ゆっくり視線を医師から母へと戻す。母はやはり笑っている。笑っているのに、瞳から涙が滑り落ちていく。辛いことを誤魔化すように。自分の無力さを嘲笑うかのように。 「お・・かぁ・・さまぁ・・っ!」 アンジェラはその母の強さに、弱さに打ちのめされて、気がつくと母親の首にしがみついて泣いていた。 「ごめんなさい、ごめんなさい、お母様・・私がはやく・・はやく力を使えるようになっていればこんなことにはならなかったのに・・!!」 母はそれでも、まるで「いいのよ。いいの。あなたはよく頑張っているわ」とでも言うように、やさしくアンジェラの背中を撫でてくれる。 「ごめん・・なさい・・ごめんなさい・・お母様・・!」 泣きじゃくるアンジェラを、母はなだめるように撫で続けた。 それから、アンジェラは魔法の勉強の傍ら、女王ヴァルダの側近としてもきちんと役目をこなすようにしていった。母に言われたからではなく、アンジェラが母を助けたいと思い、その役職を自分から願い出たのだった。母や喜んでその願いを受け入れた。今では母の専属召使メリエと役目を二分していた。 しかし、女王ヴァルダの力、そしてアンジェラの力をあわせても状況は好転することは無かった。人々からの不満が募り、アルテナ王家の力の無さを罵る者も次第に出始めていた。 ヴァルダもアンジェラも、体力の限界が来始めていた。 お互いでお互いを支えながら国を支える姿が、草原の国フォルセナの英雄王リチャードの心を打った。 「魔法王国アルテナの手助けを、全世界で行おう!」 各国首脳が集まる会談でリチャードが提言すると、各国は同意の拍手を送り、魔法国アルテナ国民の移民計画を立て始め・・。 やがて、アルテナの人々は全世界散り散りに移民していった。 そして、今この国に残っているのは、王家のヴァルダ・アンジェラ、王家専属召使メリエ・ヴィクターをはじめ五人、料理長と妻オルフェ、魔導師ホセ、の十人・・。 この十人も明日の船ではそれぞれ決められた国へ渡らなければならない。 事実上『魔法王国アルテナの滅亡』であった。 「どうしてっ・・!どうしてっ・・?」 アンジェラは泣き続けている・・。 ■To Be Continued. |