|
【聖剣伝説3】 |
| ■喪失の姫君[後編] |
|
作成日[03/2/16] こつ、と音がした。アンジェラには、それがヴァルダの足音だとすぐにわかった。 内心しまったと思いながら泣き腫らした目を見上げると、そこにはやはりヴァルダの顔があった。ヴァルダは手に掛け布を持っていたが、もはやそんなものを上から押し付けたりしたら娘の体は完全に冷え切ってしまうと考えたのか、風除けのようにアンジェラの体を吹雪から守っていた。 「お母様・・」 まさかこんなところを見つかるとは思わず、アンジェラは慌てて涙を拭いた。 「ご、ごめんなさい。早く中に戻りましょう」 アンジェラは扉を開けると、ヴァルダを先に中に入れ、自分も入り込んだ。塔の屋上ですでに蝋燭の火すら灯されていないこの場所がやけに暖かく感じられて、アンジェラは再び外の寒さに打ちのめされるようだった。 (こんな場所に・・生きろというほうが無理なんだわ・・) 確信に満ちた気持ちでアンジェラはそう思うと、ふうっと息をついた。 仕方なかったんだ、という気持ちがようやく胸に降りてきた。それは、まぎれもなく諦めという気持ちだった。 ヴァルダがアンジェラを見つめた。手を引いて、急き立てるように塔の階段を下りていく。アンジェラはその手に引かれて、おとなしく階段を下りていった。 「なんて格好をしてるんです姫様!それじゃまるで濡れ鼠ですよ!」 アンジェラを見るなりヴィクターはそういった。アンジェラ専属の宮廷使用人とはいえ、ヴィクターは男なので湯殿の担当はできない。なので、同僚のティリーにアンジェラをすぐにお風呂に入れるように言った。 「でもヴィクター。お風呂なんてすぐ沸くもんじゃないのよ。これから調理場で水を沸かして湯殿に持っていくのだけでも3時間は見ないと」 「そうだね・・でもこのままでは風邪を召されてしまうよ」 ヴィクターが申し訳なさそうにアンジェラを見ると、アンジェラはしおらしく頷いてみせた。 「いいの。自分が悪いんだもの。3時間くらい待てるわ。その間は着替えて暖炉の前にいるから平気」 「申し訳ありません・・」 二人の召使は深々と頭を下げると、慌てて調理場に走っていった。調理場の仕事が一通り終えたのか、一息ついていたオルフェもすぐに立ち上がり、二人を追った。お湯を運ぶ人数は多いほうがいいと判断したのだ。 そうやってあわただしくなり始めた雰囲気に、アンジェラは少し息をついた。 ずっと息苦しかったのだ。アルテナでの最後の夜を迎えるにつれ、残った十名の人々は沈んだ表情で時を過ごしていた。まるでそれは死刑執行前の虜囚のようであった。 アンジェラはそんな空気に居たたまれなくなって、あの塔に駆け上がって泣いたのだ。 アンジェラは着替えるために部屋へ戻り、それから、十名となってからは一般家庭のリビングのように使われている一室に戻った。 「明日、アルテナを出て行く・・」 辛いことだってあった。何よりも幼い頃から母の愛情を受けていなかったのではないかという疑惑の期間はアンジェラには耐えられなかった。それでも。 その辛さも哀しみも、ここで受けて育った。それが愛情の裏返しだということを知るまで、ここで。この場所で。 そして、楽しい思い出ももちろんあった。ホセの授業を抜けて、調理場に入り浸り料理婦オルフェは幼いアンジェラを優しく守ってくれた。宮廷使用人のヴィクターとの掛け合い。狭い世界だったかもしれないけれど、アンジェラにとってはそこが唯一大きくなることができた世界。 それなのに、明日にはここは空虚な世界に変わる。誰も、いなくなる。 アンジェラはそれが辛いのだ。今まで華やかに彩られていたこの国は、その灯火が消えてしまう。 暖炉の前で、アンジェラは思わずぎゅっと両手を握り締めた。 「お願い、お願い・・灯火を、消さないで・・消さないで」 アンジェラの声に気付いたヴァルダが、そっとアンジェラに近づいた。暖炉の前に、アンジェラの隣に腰を下ろすと、アンジェラの手に優しく手を置いた。 「お母様・・」 アンジェラはそうされてようやくヴァルダの存在に気付く。 ヴァルダはにこっと笑う。まるで、この先何も不安なことがあるはずもないというように、にこっと笑うのだ。アンジェラにはそんなヴァルダの微笑みを、ただの強がりの笑顔にしか見えない。 「私に力があったら・・」 アンジェラはそう言ったが、ヴァルダは首を振った。優しく諭すように、ゆっくりと。アンジェラはそんなヴァルダに激しく首を振る。 「だって!私に力があったら、魔法が使えたら、こんなことにはさせなかったわ!」 また、涙が出てくる。悔しい・・狂おしいほどに。何にも出来ない自分が、歯痒くてたまらない。アンジェラは手のひらに爪を立てた。ヴァルダがそれをさせまいと、アンジェラの手を握り締める。 そして、再びアンジェラに首を振る。声にならない思いを、どうにか伝えようと一心にヴァルダは瞳で訴える。 「お母様・・」 「ヴァルダ様は、まだ消えていないとおっしゃっておいでですよ。アンジェラ様」 ヴァルダの傍に跪いて、ヴァルダの専属使用人メリエがそう言った。 「メリエ?」 アンジェラが不思議そうにその泣き腫らした目をメリエに向けた。メリエは力強く頷いた。 「貴女様がまだいます。いえ、アルテナ王家であるヴァルダ様、アンジェラ様がまだおいでです。その限りはアルテナの灯火はまだ消えてはいません」 ヴァルダは代弁してくれたメリエに感謝するように頷いた。 「だって・・城も、国民も、領地も、事実上失ったのよ!こんなの滅びたっていう事実以外の何物でもないわ!」 「アンジェラ様」 落ち着かせるようにメリエはゆっくり、アンジェラの名前を呼んだ。 「国は、最初から王家を持っていたわけではありません。また、国は元から領地や城を持っていたわけではありません。始まりは、だたの『個』です。」 「どういうこと?」 アンジェラはメリエの落ち着いた話し振りにようやく心を落ち着かせて、メリエの言葉を促した。 「例え話をしましょう。アンジェラ様の先の冒険で、一緒に行動をした方がいらっしゃいましたね?そのときに誰かが先頭を切って歩いていた方がいらっしゃったはずです。誰ですか?」 「デュランよ」 すんなりと、アンジェラは答えた。そう、デュランがいつもまとめていた。決定権が彼にあるのに、みんなは文句を言うことがあっても逆らうことはなかった。そう言う意味で、彼はいつもリーダー的存在だった。 「フォルセナの騎士殿ですね。その騎士殿を先導者とするのに、何か話し合いでもしましたか?投票、多数決などをなさいましたか?」 「そんなことしないわ。ただ、彼にその素質があったのよ」 アンジェラは平然とそう言った。メリエがその言葉を待っていたかのように微笑む。 「そう、素質です。天性の素質。人々をまとめるのにそれはもともと向いている人がいます。その素質がある人を中心に人々が集まります。そしてその人をあがめる人たちが自分たちの頭首を立てる意味で城を立てます。それが国民、それが城です。領地は各国の権威を示すために頭首同士で作られたものでしょうが」 メリエは別の召使が持ってきたワインを受け取った。ワイングラスをヴァルダとアンジェラに手渡し、ヴァルダに注ぎながら話を続ける。 「素質はもともと血に備わっているものです。それが王家と呼ばれ、代々国をまとめる頭首となります。アンジェラ様、今アルテナ王家はまだここに在ります。その限り、アルテナは滅びたとは誰にもいえないのです。」 ヴァルダがメリエに頷いた。そしてアンジェラにも頷いてみせる。 アンジェラはヴァルダの次に注がれたワインを一口含んだ。口の中で転がしてから、ゆっくり飲み込んだ。 「私は・・まだ希望の光を持っているかしら?」 「持っておられますよ」 確信に満ちた声で、メリエはそう言った。 「アンジェラ様。貴女様はアルテナ王家末裔です。貴女様は・・失礼な言葉で申し訳ないのですが・・身包み剥がされても誰にも奪えないものをお持ちです。その『素質』だけは誰にも奪えません。」 アンジェラは力強く手を握り締めた。先ほどの悔しい気持ちだけではない。まだ何かできることがあるという、これからの未来へ向ける力だ。 「私が言いたいのは・・」 メリエがゆっくりと話す。それにあわせるように、アンジェラも口を開いた。 「国を復興できるのも王家だけの『素質』」 メリエがアンジェラの言葉に安心して微笑んだ。 「まだ、できることがあるのね?やれることがあるのね?お母様」 アンジェラはようやく強気な瞳を見せてそう言った。ヴァルダがようやく笑った。 「それなら、私はまだへこたれたりしない。まだ何か私に出来ることがあるなら・・!」 ぐっとワインを飲み干して、アンジェラは笑う。 「切り開いて見せようじゃない!」 メリエとヴァルダが安心したように微笑んだときに、ヴィクターが失礼します!と部屋に入ってきた。 「アンジェラ様、湯殿の準備が整いましたが?」 「すぐ行くわ!ありがとうヴィクター!」 颯爽と立ち上がり、いつもの笑みを見せてアンジェラはヴィクターの隣を通り過ぎた。ヴィクターは主人がもとの調子を取り戻したのを瞬時に見つけて、ほっと息をついた。 慌てて主人の後を追うと、そこには衣服が散乱している。どうやら彼の主人は脱ぎながら湯殿に向かっているらしいのだ。 「アンジェラ様!はしたのうございます!ちゃんと脱衣所でお脱ぎくださいませ!!」 「ごめーん!だって早く熱いお湯に浸かりたいんだもーん!!」 アンジェラとヴィクターの、すっかり調子を取り戻した掛け合いに、メリエとヴァルダが笑いあった。 ■Fin. |