【聖剣伝説3】

■復興の王女[3]

作成日[03/5/24〜31]





 仲間から逃げるように立ち去ったアンジェラは、母の寝室にいた。寝室のベッドで休む母の顔を見ていた。
 船疲れした青白い母の顔をじっと見つめる。こんなにも細く、こんなにもやつれた母を見つめながら、アンジェラはやりきれない思いで立ち尽くしていた。手のひらに爪を立てて、悔しさに歯噛みしながら。
(私の所為だ)
 きっぱりと、アンジェラは思った。
 もうそれは、悲嘆に暮れる幼い我侭な娘の顔ではない。
 きっぱりと思ったその瞬間に、一国を背負う毅然たる王女の顔に為っていた。
(だから、私が何とかする。全ての責任を、今までお母様に任せきりだったものを、私が背負うんだ)
 アンジェラはゆっくりと母親の顔に唇を近づけた。頬に、優しい、優しいキス。それは、母への誓いのキス。
(お母様を、もう一度女王にしてみせる)
 アンジェラは強い眼差しで、母の顔を見つめた。
(待ってて。お母様)
 アンジェラは離れがたい視線をもぎ離すように目を閉じ、踵を返した。アンジェラの手には、魔法の杖がある。光の杖と呼ばれる魔法の杖の最高峰、ガンバンテイン。
 アンジェラは決心した。魔法王国アルテナを取り戻す旅に出ることを。

 アンジェラに当てがあったわけではない。デュランやホークアイが気にかけていたように、マラヴォアの住処への道筋を知っていたわけではない。
 しかし、アンジェラにはじっとしていることなどできないかった。考えることよりも、とにかく走り出すことが先決。アンジェラはそういう娘だった。
 旅の支度をして、ウェンデルの神殿を抜け出でる。もちろん、ドレスなどは脱ぎ捨て、いつもの普段着のスーツを身に纏っていた。多少のお金も持っているから、ウェンデルを脱出してから足りないものを補うことくらいはできる。
 歓迎パーティの間に主賓が逃げ出すなんてところを見られるわけにはいかない。アンジェラは大きめのフードを体に纏い、顔を隠すように神殿を出てきた。
 そうやって顔を隠しつつ、ウェンデルの町を出ようとした矢先にだった。ウェンデルの町外れにある小屋の前でアンジェラはぎくりと足を止めた。いや、それがまずかった。そ知らぬ振りをしていれば、抜けられたかもしれない最初の関門。
 小屋の前に見覚えのある2つの人影が佇んでいる。さっきの、パーティでは随分優雅な服装をしていた二人も、アンジェラ同様、旅の時同様そのままの身軽で頑強な衣装に変わっている。
「どこへいく?アンジェラ」
 鋭い声だった。怒りと、心配とが一緒くたになって、結局咎めるようになってしまった声色。
 アンジェラは思い直した。多分、足をとめなくとも知られてしまったであろうことを。
「・・デュラン。お願い、通して」
 アンジェラはデュランに懇願するように、それでもきっぱりとそう言った。
「別にアンジェラに戒厳令を敷くつもりは無いよ」
 お気楽な調子で、ホークアイはそう言う。な、とホークアイはデュランにもそう言って笑うのだ。
「じゃあ、どうしてこんなところに待ち伏せてるの」
 余裕が無くて知らず知らずのうちにむっとするアンジェラは、ついつい声を荒げそうになる。何とか抑えて言うのが精一杯とでも言うように。
「そ、そりゃ・・」
 デュランが虚を疲れたように言葉を無くすが、それをさらっと流すようにホークアイが言葉を繋げる。
「心配だから。それだけだよ」
「・・ありがと。でもこれは私の、私の国の問題よ」
 相変わらず強い眼差しを二人に向けると、アンジェラは再び足を進めた。
「邪魔、しないで」
 小屋と二人の傍らを、アンジェラは通り過ぎようとする。二人は、動かない。アンジェラの脱出を阻止するわけではなさそうだ。
 通り抜けてほっと胸を撫で下ろすアンジェラの後ろで、二人がこう言った。
「邪魔するつもりはない」
「手伝うだけだよ」
 アンジェラは驚いて二人を振り返ると、デュランとホークアイが事も無げに後ろについていた。
「あんたたち・・!!だって!これはアルテナの問題で、あんたたちには全然関係ないのに!」
「どうしてアンジェラは素直じゃないかなぁ?人の厚意は素直に受けるもんだよ」
 ホークアイは頭の後ろで腕を組みながら、淡々とそう言う。その傍らで、デュランは胸の前で腕を組み、アンジェラを見つめるとこう言う。
「それとも、俺たちが関わると困ることになるのか?」
(・・困る。困ることに・・なるかもしれないというのが困る。だって、魔女は一般に取引を求める。その取引に・・もしあんたたちが引き合いに出されないとも限らないから。だから、一人で・・行きたかったのに)
 アンジェラはそんなことは言えない。言ったら最後、二人はアンジェラが無茶をするのだろうと引きとめようとするだろう。
 ここは穏便に、とりあえずマラヴォアの住処に着くまではおとなしくついてきてもらうしかないのかもしれない。アンジェラはそこまで考えて、ようやく言葉を口にした。
「困るって言っても・・つけてくるんでしょ」
「まあ、そうなるかな?」
 ホークアイがにっと笑ってそう言うと、デュランも肩を竦める。どうやら、ホークアイに同意という意味らしい。
「それなら、意味ないわ。さ、行きましょ」
 アンジェラは二人に呆れた口調でそう言うと、先陣を切って歩き出した。とりあえずは定期船に乗るため、ジャドを目指すのだ。

「ホセ様。ちょっと、お話があるのですが」
 リースが優雅なドレスの裾を掴みながらお願いする仕草は、可愛らしいという言葉では言い尽くせないほどの可憐さと優美さがあった。ホセは眩しいものを見るように目を細めながらゆっくりと頷いた。
「リース王女。こんな老いぼれごときにお声をかけてくださるとはなんとした光栄。喜んでお話させていただきましょう。あちらのテーブルに行きましょうか」
 老齢とは思えぬ声の張りでホセはリースを別のテーブルにエスコートした。よくよく見てみれば、リースの隣にもう一人ドレスアップした女性を見つけて、ホセは失礼しました、と腰を屈めた。
「シャルロットお嬢様もどうぞ。今日は格段とお美しゅうございますな」
 言われてシャルロットは手で口を隠しながら楚々と笑ってみせると、とんでもない、という。謙遜かと思えばそうではない。
「いつもでちから」
「シャルロット」
 リースがたしなめるのと、ホセが笑い出すのは同時だった。
 3人はテーブルの席につくと、リースがその口火を切った。
「緊急の要件ですので、堅苦しいご挨拶は抜きにさせて頂きますが、アンジェラにマラヴォアのお話をされましたか」
 一瞬驚いて、ホセはぽかんと口を開けそうになったが、慌てて誤魔化すように咳払いすると、ええ、と頷いた。
「確かに、アンジェラ王女にマラヴォアの話をしました。長い船旅でしたので退屈で、色々お話をして差し上げました。その中の一つがマラヴォアのお話だったと記憶しておりますが?」
 それがどうかしたのか?とホセは随分と心配そうな顔をしながら、リースへ話を続けさせた。
「そうですか。マラヴォアのお話、ぜひとも私達にも教えていただけませんか。アンジェラは、マラヴォアに会いに行こうと考えているようなのです。」
「なんですと?」
 唖然として、ホセが目を丸くする。そんなホセに追い討ちをかけるように、シャルロットは言葉を続けた。
「アンジェラしゃんは、マラヴォアならなんとかしてくれる、って呟いていたんでち。きっと、マラヴォアにアルテナの国を何とかしてもらおうと考えてるんでち」
「マラヴォアが何の危険も無い人物であるならば、私達が詮索する必要はないでしょう。でも、相手が魔女とあっては・・アンジェラの身の安全の関わるのではないかと・・」
「それは・・私の失言でしたな。アンジェラ王女にはまだ話すのが早すぎたようです」
 ホセはそういいながら、頭を下げた。二人と、そしてアンジェラを見守ってくれている他の仲間達に対するせめてものお礼だった。
「他国にはあまり知られていない話なのですが・・マラヴォアは実はアルテナ王家の家系なのです。ある事件を境に幽閉されたアルテナ王家の王女、それがマラヴォアなのです」
「なんですって?」
 今度はリースが驚く番だった。確かに魔法が使えるという点に於いて、十分それは考えうるものだった。しかし、魔法王国アルテナには魔法兵士がごまんと存在する。そして特に魔女が王家の者である必要性などないから、そんな仮説は思いつきもしまい。
「驚かれるのも無理はありません。実際その事実をアルテナ王家は長い間隠してきたのですから。王家から断絶された王女の話などのスキャンダラスな話題は王家にとって何のプラス効果を与えませんからな」
 リースは確かに、とホセの言葉を慮るように頷いた。
「そして、その話は代々王家を継ぐ者だけに細々と語り継がれておりました。アンジェラ王女に話したのは・・まだ早すぎたようですが・・」
 ホセは悔やむようにそう言った。しかし、悔やんでも始まらないことを分かっているこの老賢者はすぐに気を取り直し、リースにマラヴォアの話を続けた。
「もともと、アルテナ本土はあんなに雪深い国ではなかったのです。今あるアルテナのような冷気によって隔離された国となったのには、マラヴォアの幽閉に由来があるようなのです」
「どういうことです?」
 リースは興味深げに身を乗り出し、組んだ手におとがいを乗せた。ホセはリースの表情を読み取り頷くと、こう言った。
「もともと温暖な気候に恵まれていたアルテナが、あんなに冷徹な寒さに襲われるようになったのはマラヴォアが幽閉されてからだと語り継がれているのです。強大な力を持ったマラヴォアが王家へのあてつけに雪を降らせるのではないかと」
「そんな話があったんでちか!」
 シャルロットは驚いて声を上げた。リースがそんなシャルロットにしぃ、と人差し指を立ててみせる。この話は本来ならアルテナ王家の、しかも『継ぐ者』にしか知られてはならない話だ。リースはその事をよく汲み取っていた。
「さぞ・・アンジェラは驚いたでしょうね。もともとの気候ではなく、実際は魔力によるものならば・・打開策はあると読んだのでしょう・・。彼女の今の状況を考えれば当然の考えですわ」
「全く、面目ない。この老いぼれには考えも及ばず・・」
「いえ、ホセ様が謝るのはおかしなことです。アンジェラはきっとホセ様のお話に感謝すら覚えているはずですから。それに」
 リースはにこりと、微笑みながら立ち上がった。話をこれで終わりにするという、意思表示だ。
「ホセ様はそんなアンジェラの行動を、万に一つでも望んでいらっしゃったのではないでしょうか」
 シャルロットが椅子から下りているのを心配そうに見つめていたホセは、改めてリースを見つめ、そして曖昧な顔をした。微笑んでいるような、そんなことを言ったリースを咎めるような・・曖昧な表情だった。
「出すぎた言葉だったら申し訳ありませんでした。お話、ありがとうございました。とても助かりましたわ」
「ばいばいでち」
 シャルロットはわざと子供ぶって手を振って、リースと同様踵を返した。ホセの強い眼差しが、お陰で柔らかく戻ったのを、二人はみることはなかったが・・。

「ああ。ちょうどよかった。リース王女」
 リースとシャルロットが部屋に戻る途中に、ヒースが呼び止めた。ホセとも話が終わったので、部屋に戻って一休みしようかと思っていたのだが、どうやらすでに書庫の許可が取れたらしいことがわかった。
「ああ、ヒースさん。書庫、入ってもよろしいのかしら」
「どうぞ、ご案内いたします」
「すみません、ちょっとケヴィンに一言告げて来てもいいでしょうか?」
 リースは部屋で待ちくたびれているであろうケヴィンのことを考えてそう言った。ヒースはもちろん、と微笑むとこう言った。
「それでは私はここでお待ちしておりますから、用が済んだらまたいらしてください」
「ありがとう」
 シャルロットはヒースの傍にいたいだろうから、リースは一人で部屋に向かった。
 あてがわれた部屋にたどり着くと、ケヴィンがベッドで大の字になっていびきをかいているのを見て、リースは微笑んだ。しかし、これでは起きた頃に心配をされては困る。
「置き手紙していった方がいいわね」
 ひとりでリースは思ってから、メモにペンを走らせた。
―書庫に行ってきます。リース
 リースはそれだけ書いて、急いで部屋を出た。ヒースと別れた場所に急ぐと、ヒースはリースに気付いて、落ち着いた物腰で微笑んだ。
「さあ、それではご案内いたしましょう」
「お願いします」
 ヒースに連れられて、リースとシャルロットはウェンデルの書庫へと足を運んだのだった。



■To Be Continued.


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