【聖剣伝説3】

■復興の王女[6]

作成日[2003/7/18]







 言霊に襲われ、光の中に包まれた。それから後のことはぷつりと記憶が途絶えていた。抵抗することも悲鳴を上げることもできない。自分の体なのに、何者かに支配をされたかのように、アンジェラは何もできない。
 やがてアンジェラは諦めた。意志を握り締めることも、意識を留めさせることも。
 アンジェラに感覚が戻ったのは、全身を包み込む凍える空気のおかげだった。寒さに震え、思わず身を捩じらせる。動いたら、せっかく覆ってくれていた髪の毛が体からさらりと地に落ちてしまった。
「寒い・・」
 アンジェラは言いながら、重たい瞼を開く。光が射して、眩しく見えてくる光景を、疑う。見上げるほどの高い建造物。白く高く、聳えるいくつもの尖塔がこの城の特徴だ。
「アルテナ城・・」
 美しく荘厳なアルテナ城がそこにあった。懐かしい城の高さに誘われるように、アンジェラは立ち上がる。見慣れた城のはずなのに、今では恋しいほどに懐かしい。強い懐かしさに襲われて思わず、アンジェラは溢れてくる涙を堪え切れなかった。
「アルテナの城・・私が・・育った城・・」
 小さな悲鳴をあげてアンジェラはくず折れた。大粒の涙が石造りの地面を濡らした。指の間から滴る涙が、止め処もなく溢れ、止まらない。
「あたしの・・あたしの・・帰るべきところよマラヴォア!!」
 悲鳴を上げて、アンジェラは顔を上げた。掲げた顔は、もはや悲壮な表情ではなく、こんな運命に導いた者を許しはしないという顕然とした怒り。
「出てきなさい!あの地を、あの国を、私に返して!!」
 ・・かえして・・かえして・・えして・・して・・して・・
 叫んだ声が木霊となって辺りに響いていく。やがてアンジェラの声は、城と背後に聳える山に吸い込まれていった。そして、その代わりに木霊し始めたのは、規則正しいヒールの音。
 かつん・・かつん・・かつん・・
 かかとの高いヒールのぶつかる音が城の内部から響き渡ってくる。やがて、ヒールの音が止まり、アルテナ城の大きな扉がゆっくりと開いていく。ぎぎぃ・・と重い扉が、ゆっくりと。
「いらっしゃい、アンジェラ。待っていたのよ」
 開いた先に待っていたのは、美しく輝く乙女。その姿はまるで女王。
 煌びやかな王冠があったからではない。美しいたおやかなドレスが羽織られていたからではない。ただ、そこにある存在感。威厳。そして全てを包み込むような優しい微笑み。それが、女王の証。
 アンジェラは呆然として目を見開いた。言葉を紡ごうとした唇がわななく。その唇を励まして、アンジェラは言った。
「あ・・あたし?」

「アンジェラ!」
 呼ばれて、はっと目を覚ます。目の前には頼もしく愛しい、まるで自分の家のように暖かい人の瞳があった。
「デュラン・・」
「大丈夫か」
 優しく問われて調子が狂う。いつもなら、こんなに心配そうな瞳、投げかけてはくれないのに。
「あ、うん」
 アンジェラはデュランの腕につかまりながら立ち上がった。頭が混乱している。
「変だわ。起きたと思ったのに・・」
 うわごとのようにそう呟くアンジェラを、デュランは訝しげに見つめる。
「・・?寝ぼけてるのか?今目を覚ましただろう?」
「違うの。目の前にアルテナ城があって・・」
 デュランの腕につかまりながら顔を上げると、デュランが動揺したように瞳を彷徨わせた。アンジェラがどうしたの、と声を上げそうになって、デュランの顔の後ろに広がる光景に目を奪われる。
 さっきの夢の続きが、ここにはあった。
 アルテナ城が、そこに聳えていた。
「・・っ・・夢の・・続き?」
「いや・・・」
 デュランはおもむろに振り返りながら、言った。
「現実さ・・」
 アンジェラはぎゅっとデュランの服を握り締めた。次に起こりうる事態を、アンジェラは知っていた。まもなく、音が響きだす。
 かつん・・かつん・・かつん・・
 靴音。ヒールの高い靴が地にぶつかる音。夢と同じ。
 デュランが腰に吊り下げた剣に手をかける。鞘からすらりと抜くと、構える。ちき・・と刃が音を立てた。アンジェラを庇うように一歩前に出て、何者も逃さないという鋭さを持った瞳が相手を射抜くように見つめる。アンジェラは・・ただ、恐れて、デュランの服につかまっていた。
「マラヴォアか」
 デュランが先に、問いただす。ぎぎぃっと重い扉が開き、女がそこにいる。アンジェラと同じ紫水晶(アメジスト)の長い髪を地に這わせ、アルテナ王家の証となる翡翠の瞳が煌いている。緩やかに波打つ髪の間から突き出すのは、アンジェラと同じ尖った耳。そして、驚いたことに、マラヴォアの歳はアンジェラと大差ないように思えた。
 稀代の魔女というのならば老婆が相場であろうと、二人は思っていたはずである。
「ようきた、我が城へ。草原の国フォルセナの騎士デュラン、滅びし魔法王国アルテナの王女アンジェラ。歓迎する」
 まだ幼さを残した声がそう言った。マラヴォアは・・本当にこの娘なのかと二人は顔を見合わせる。
 歩き出そうとしない二人をマラヴォアは一度振り返り、再び歩き出した。デュランとアンジェラは恐る恐るその見せ掛けのアルテナ城へ誘(いざな)われた。
 入ると、そこはアンジェラの知らないアルテナ城だった。基本的な建造物の造りは変わらない。だが、置いてあるものが違う。違うと言うには語弊があるかもしれない。つまり、あるもの全てが時を経ていないものばかりなのだ。
 知っているタペストリーや彫像がはるかに美しく色鮮やかに光っている。光を乱射させるステンドグラスは知っている色よりも、明るく眩しい。
「こんなに、綺麗だったんだ」
 アンジェラがステンドグラスを見上げながらそう言った。
 デュランが、油断するな、と声をかける。アンジェラは頷き、もう一度前を歩くマラヴォアに視線を戻した。
 やがて、二人は女王の間にたどり着く。女王の間の上座に備えられた女王の椅子にマラヴォアは腰掛けた。
「私の血を継ぐ者アンジェラよ。よう来てくれた。そして、その未来を繋ぐ者デュランも」
 一瞬驚いて、二人が顔を見合わせる。見開いた瞳同士が出会い、一気に顔を赤らめる。そして、慌てて顔をそらす若い二人。
 わずかに微笑みを含みながらマラヴォアはようやく自分のことを話し始めた。
「私の名はマラヴォア。正しくはラヴォア・ディ・ラーダ。かつてアルテナ王であったラーダ王の愛しき娘という意味だ」
 アンジェラは静かに跪いた。王家では年長者が絶対の権力と尊厳を持つのだ。デュランも慌ててアンジェラに倣う。
「ラヴォア様、とお呼びした方がよろしいでしょうか」
 凛とした声だった。ここまできたのだ。アンジェラにもう臆する理由はなかった。
「いや、マラヴォアでよい。すでに失くした名前だ。そなたに、話しておきたかっただけだ」
「では、その名は胸に。マラヴォア様、アルテナの王女アンジェラはお願いに参りました」
 マラヴォアは微笑む。その微笑みは、王家の優雅な微笑とは程遠い。どちらかといえば、魔女と謳われるに相応しい残忍な微笑みだった。デュランがその微笑に、一瞬身を竦ませた。
 アンジェラは、もう揺るがない。ここまできたのだ。どうしても願いを叶えてもらわなければ、自分が出てきた意味がない。
「アルテナの雪を、寒さを、貴方様の呪いを解いてください。滅びたアルテナを再興させる光に、あなたがなってください・・!!」
「アンジェラ」
 恐ろしいほどの威圧を含んだ声がアンジェラを呼んだ。アンジェラは張り詰めた緊張を最後の武器にして、ゆっくりと顔を上げた。
 残忍な微笑を湛えたマラヴォアがそこにいた。
 アンジェラは悲鳴を上げそうになる。これほどまでに人の恐ろしい形相を今までに見たことがあっただろうか。アルテナ王家特有の美しい顔はその恐ろしさを何十倍にも引き立たせていた。
「アンジェラ王女、貴方はその代償をお持ちになったか」
 威圧ある声がそう言った。アンジェラはやはりと肩を落とす。
(やっぱり・・やっぱり代価を求められた。でも、それならば・・)
「私の・・命を」
「アンジェラ!」
 デュランが驚き声を上げる。アンジェラは自分を諌めようとするデュランに、首を振った。
「私の、願いなのよ。私が・・代価を払うのは当然なのよ!」
「いらぬな。そのような安い命は」
 唐突の声に、二人は驚いてマラヴォアを見つめる。マラヴォアはアンジェラを呆れたように見つめていた。
「私は魔女だ。稀代の魔女を名乗るものだ。価値ある代償がなければ、私は願いを叶えたりはできぬ。おいそれと授けられるような安い命はいらぬ」
「で、では、何を・・」
 恐ろしげに尋ねてしまってから、アンジェラはしまったと口に手を当てる。それが魔女の戦略。大切な弱味を知られてしまっていて、この台詞は決して言ってはならぬもの。
 しかし、アンジェラは言ってしまった。マラヴォアが嬉しそうに、残酷に笑いを響かせた。
「アンジェラ。お前の恋するものの命を、血を見たいが、どうだね?」
 冷汗がアンジェラの背中を伝って流れた。泣きそうな顔でアンジェラがデュランを見つめる。そして、デュランが、アンジェラとマラヴォアを見つめる。アンジェラが一人で行こうとした理由がようやく判った。アンジェラの肩に手を当てながら、デュランは囁く。
「俺は、お前の願いを必ず叶えてみせる」
 アンジェラがデュランを見て、服にしがみつく。
「やだ、やだよ・・デュラン、駄目っ・・!!」
「マラヴォア」
 アンジェラを優しく抱きとめながら、デュランはマラヴォアに呼びかけた。
「なにか、デュラン」
「命乞いになるかもしれないが、聞いてほしい。今貴方はアンジェラを『私の血を継ぐ者』と言った。もしかすると、貴方は追放される前に御子を残してゆかれたか?」
 マラヴォアがぴくりと眉を動かしたことに、デュランは自信を持った。
「それならば、アンジェラは貴方の血を残す末裔。その末裔を苦しませることなど、王家の者のすることでしょうか?王家は国を守るもの。国を成すは人です。同じ王家の血を流す貴方が、どうして人を、しかも自身の末裔を助けようとしてくださらないのか?その力がある貴方にそれは造作もないことであるはずなのに・・」
 マラヴォアが黙ってデュランの声を聞き届ける。冷たい沈黙が流れ、アンジェラは震えながらデュランにしがみついていた。デュランは恐ろしさに軋む心臓を何とか抑えながら、懸命にマラヴォアを見つめていた。
「・・驚いた。昔私を口説いた男と同じ言葉を口にするものが現れようとは」
 にこりと、微笑んだマラヴォアは優しかった。そして、マラヴォアの体がゆっくりと傾(かし)ぐ。前のめりに倒れ、地に這った。
「ま・・マラヴォア?!」
 デュランとアンジェラが驚いて駆け寄り、倒れたマラヴォアに話し掛ける。マラヴォアは若々しい体をもっていたが、すでにその年齢は齢百を超えている。
「力を使って体を若く保たなければ・・魂がいつ抜けてしまうか判らなかった。けれど、どうしても手放せなかったのだ・・私の子を残した跡を見るまでは・・」
 涙が伝う。マラヴォアの頬に、アンジェラを見る瞳に涙が溢れる。
「愛しい我が子は、素晴らしい贈り物をこの世に残してくれた・・私はその跡を見たかったのだ。ずっと、ずっと見ていたかったのだ・・手が届かなくとも。声が聞けなくとも・・」
 弱々しく延ばすマラヴォアの手を、アンジェラは握り締めた。アンジェラも、声もなく涙を流している。
「私は美しい贈り物を見た。あなたは私への代償は十分支払ってくれたよ、アンジェラ。あなたの願いを叶えよう・・。」
 マラヴォアはゆっくり体を起こし、二人を見つめてからやがて目を伏せた。
「私は確かに呪いをかけた。生きている限り、私の故郷を呪おうと思った。思えば浅はかであったが・・強力な魔力は一度契約するとなかなか解くことは難しい。それはあなたも知っているね、アンジェラ」
 アンジェラはゆっくり頷くと、マラヴォアも嬉しそうに頷いた。
「呪いは強い力を持つ。強い負の力をな。その負の力に引き寄せられたものがいた。魔族がね」
「魔族!?」
 デュランは驚いて声を上げた。魔力の話の最中に魔族の話が出てくるとは予想外だ。
「呪いは・・魔族の者が解けないように強化してしまった。私の施した魔法陣が消えぬように結界を張られ、冷気を放つ巨大な魔法石が何者にも砕かれないように硬化されたようだ。そして、私は魔族のものに生かされていたのだ・・」
 驚愕の事実に、二人は驚き、そしてマラヴォアを哀れに思った。
「生かされたとはいえ・・複雑だ。アンジェラのような美しい我が子の贈り物を見ることができたのだから・・。さあ、行きなさい。魔法陣と魔法石の在り処を書いた地図がここにある。ここに行って魔族を払ってきて」
 マラヴォアが服から差し出した地図をアンジェラに向けた。しかし、アンジェラはその手を握り締め泣き叫ぶ。
「でも!そんなことをしたら・・マラヴォア・・ラヴォア様は・・・!!」
 アンジェラは生かされていたという事実を敏感に聞き取っていた。だから、すぐにその事を予測したのだ。呪いが解ければ、マラヴォアは生かす意味がないことに。
「アンジェラ。私はね、普通の人間の倍以上を生きてしまったから、悔いはないよ。幽閉されてしまったけれど、伊達に私は魔力を持ってるわけじゃない。ちゃんとここで修行もしたし外界の出来事もずっと見てきた。そして父を、ラーダ王を許せるほどに十分に生きてしまった。だから、安心なさい。私は生を受けてやるべきことを果たしたわ」
 マラヴォアの声は弱々しいものだったが、言葉は毅然としていた。アンジェラはもし自分が王家を継いだ暁には、マラヴォアのような毅然さを受け継いでいきたいと、痛切に思った。
「さ、もう行って、私の血を継いだアンジェラ。アルテナ王家の者としてその命を全(まっと)うして来てちょうだい」
 アンジェラはようやく頷いた。マラヴォアから地図を受け取り、マラヴォアの体を支える。デュランがすかさずマラヴォアを抱え、椅子に腰掛けさせた。けだるそうに腰掛けたマラヴォアは、二人を見て頷いた。
 デュランとアンジェラはマラヴォアに頷き返すと、駆け出した。駆け出しながら、次第に二人の体に光が生じ始める。
「マラヴォアっ!」
 アンジェラが慌てて振り返って、やめてと叫ぼうとしたが間に合わない。力ないマラヴォアは優しく微笑んだ。
(王家の者として、最後くらい人の手助けをさせてね・・)
 ここに来たときと同じように、光の尾を引きながら二人は瞬時に城を飛び出していった。




■To Be Continued.


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