【聖剣伝説3】

■復興の王女[9]

作成日[2003/7/20]




 妖精王から知らされた秘密の通路というのは、ディオールとエルランドを結ぶ地下通路だった。
 なんでも、アルテナの商人がディオールに儲け目的で取引をはじめ、ディオール側の店と密約をしていたらしいのだが、次第にアルテナの商品が生活に不可欠になってくると妖精王もこれを許し、地下通路を設けたということらしい。ただし、人間が流れ込んでくることを恐れ、その通路は一般人に知られてはならないとされていた。だから、一国の頭首と、その通路を使える数人の商人にしかその通路は知らされてはいなかった。突き詰めて言うと、その通路の存在をヴァルダは黙認しつつ知っていたということになる。
「見えない通路を暴くなんて・・盗賊並だぜ。アンジェラ」
 妖精王の教えてもらった通路を6人が歩きながら、ホークアイが圧倒されたようにそう言った。
「やめてよ。一応王女なのよ、私」
 むぅっと顔をしかめてホークアイに言い返すアンジェラを、リースが後押しするように微笑んで言う。
「一応なんかじゃありませんよ。十分王女ですわ」
「寒くないし、ランプも所々あるでちからラクができてよかったでち〜!」
 シャルロットもまさかディオールからアルテナへは山越えになるのではないかとひやひやしていたのだ。実際はこの通路、アルテナとディオールの境目になっている山脈の下を通っている。お陰で吹雪にも頼りない足場にも悩まされることなく、6人は通路を歩いているというわけだ。
「ただ、暗いから足元には気をつけてくれよ。シャルロット。ケヴィン、気をつけてやってくれ」
「うん、わかった」
 シャルロットの足取りにデュランが不安そうな視線を投げかけ、ケヴィンもそれを受けてシャルロットとの足取りを合わせることにした。
 道のりは長いが、一本道ではぐれることもない。知る人も少ない通路だから、敵に会うこともないだろう、と思っていたのだが、それは甘かったようだった。
 人間達には秘密の通路でも、自然に住み着いた蝙蝠たちには居心地のいい巣になっていたのだ。そこに人間達が何か音を立てながら近づいてくるとしたら、容赦するわけにはいかない。キィキィと耳障りな音を発しながら蝙蝠が攻撃を仕掛けてきた。
「ちっ、巣を作ってるな。ケヴィン!数はどれくらいだ。倒せそうか?」
 次々に襲ってくる蝙蝠たちをなぎ払いながら、デュランは夜目の利くケヴィンに訊いた。ケヴィンは辺りを見回して、珍しくその眉間に皺を寄せた。
「無理・・天井にびっしり蝙蝠だらけだ!」
 それを聞いてアンジェラがぞっと体を震わせた。だが、一瞬の隙も見せることは出来ない。ロッドを振り回しながら、アンジェラは不安を口にした。
「ひえぇ〜気持ち悪い〜。見えなくてよかった・・見えないのは見えないので怖いけど・・」
 その下で、ばさばさと蝙蝠が小さなシャルロットにも襲い掛かる。シャルロットがとうとう堪えきれなくなって悲鳴を上げた。
「勘弁してくれでち!」
「シャルロット、おぶされ!」
 ホークアイがシャルロットに屈んで背中を向けると、シャルロットがホークアイの背中に飛び乗り、ぎゅっと腕を首に回した。リースがそれを見て声を上げる。
「撃滅は無理です!一気に走り抜けましょう!」
 デュランが頷き、先頭切って走り出す。後を追うように5人も走り出し、最後尾をケヴィンが務め後から追ってくる蝙蝠を次々になぎ倒す。
 蝙蝠たちの大群から逃れると、6人はへたり込むように座り込んだ。
「みんな、無事か・・?」
 息を切らしながらも、とりあえず確認を怠らないデュランがそう言うと、5人はそれぞれ返事をした。
「平気でち!」
 にこにこと手を上げるシャルロットを、息切れしながらホークアイが眺め見る。
「後ろでつかまってただけだもんなぁ、シャルロット・・」
「のーぶろぶれむ・・、あー怖かった・・」
 動悸を抑えるように胸に手を当ててアンジェラはそう返事をし、リースはしっかりした声でデュランに報告する。
「怪我もないし、問題ないですわ」
「蝙蝠も追ってきてない!」
 最後にケヴィンが状況を伝えて、6人が6人無事に蝙蝠の巣を抜けたことが確認できた。
 ふう、と息をついてデュランがずるずると壁に寄りかかる。
「しばらく休もう。このまま疲れを残したくない」
 デュランがそう言うと、仲間も安心したように頷いた。
 傍らで、ホークアイが地図を開く。
「どこまでこれたと思う?」
「そうだな、3分の2は歩いたんじゃないか?」
 そういえば、朝から歩き始めて既に昼も食べずに歩き詰めだったのを思い出す。
「食事にするか・・」
 その場に置いた荷物を引き寄せながら、デュランがそう言うと、シャルロットが一番手に喜びの声を上げた。
「やったでち〜!」
「楽しみ!」
 ケヴィンも嬉しそうにデュランの手元を見つめている。デュランがカンテラを取り出し、ポトの油を注ぐと綿糸の先に火を灯す。邪魔な被いは外し火を調節すると、干し肉を仲間たちに配る。これを火にあぶって食べると意外といいにおいがして食べられるのだ。そのままでは硬くて味気ない。
「やっぱ、これでちかぁ?」
 不満そうにシャルロットが干し肉を見つめてそう言うと、デュランがにっと笑う。
「いらないなら、俺が食うけど?」
「だ、だめでち!!」
「じゃあ、おとなしく食っとけ。あとで腹減っても知らないからな」
 ぽんぽん、とシャルロットの頭を撫で付けて、デュランはシャルロットを納得させるようにそう言った。
「で、だ。エルランド到着も間近ってことで・・」
 ホークアイが干し肉をくちゃくちゃと言わせながらもう一度地図を見つめると、アンジェラが茶々を入れた。
「それ、何を根拠に言ってんのよ。ここ地下通路で外の景色も見えなくてどこだかさっぱりわかってないって言うのにさ」
「外にいたって真っ白でわかんないよ。でも朝から歩き詰めだし、そろそろだって」
「そうだといいけどぉ〜」
「出たらとりあえずエルランドの裏手を探すんだ。おそらく魔法陣があるはずだ」
 デュランが地図も見ずにそう言った。昨日打ち合わせしておいたから地図を見なくても作戦は頭に入っている。
「北の魔法陣がな」
 ホークアイがそう付け足して、食べてしまった干し肉に刺してあった長い楊枝でとんとん、と地図を叩いた。そこにはエルランドの近くに星型のマークが入っている。
「あのさ・・」
 アンジェラが遠慮がちに言葉を入れると、仲間たちがふとアンジェラを見つめた。
「魔法陣についたら・・私調べてみたいことがあるんだけど」
「消すなってこと?」
 不思議そうにホークアイがそう言うと、アンジェラはこくん、と頷いた。
「私ね、この魔法陣どうにか活かせないかと思うの。できれば壊したくないの。マラヴォアを殺したくはないの・・」
「でも、それでいいの?アルテナから冷気を追い出すことが、アンジェラの目的じゃなかったのかい?」
 鋭くホークアイに言われて、アンジェラはそうだけど、と口ごもる。アンジェラ自身がどうしたらいいのか、わからなくなってしまっている。迷っている。
「ちょっと、問題を整理しませんか?」
 やんわりとリースがそう言ってくれ、アンジェラがほぅと安心したように息をついた。アンジェラはリースを感謝するように見つめた。
 リースは大丈夫、みんなは心配してるだけですから、とアンジェラを安心させるようにそう言った。
「マラヴォアの呪いが、アルテナを寒さに苦しめていますよね。でも、マラヴォア自身はもうすでに呪いの気持ちはなく、魔族によってその呪いを維持されています。維持のためにマラヴォアが魔族に生かされています。一番悪いのはこの場合、魔族」
 一度言葉を切り、リースが仲間たちの顔を見回す。一呼吸置いて、ホークアイが腕を組みながら話を引き継ぐ。
「でも、魔族を退治し、その呪いを解いてしまうと、マラヴォアは死に至る。それをアンジェラは避けたい、と」
「無理でち・・そんなの。犠牲は・・どうしても」
「犠牲はつきもの・・。でもそうやって得た平和をアルテナ王家は望んでいない・・」
 シャルロットが混乱しつつ言おうとしていた言葉を、デュランが先回りした。
「呪いは残しておいて、国を守る方法・・?」
 ケヴィンは不思議そうにそう言った。
 果たしてそんなことが本当に可能なのか・・?
 アンジェラはじっと地図を見つめながら考える。四方に位置した魔法陣と、その発動を支える魔法石の位置。アンジェラは指でその場所をなぞると、やがて光を導くように強気な表情を取り戻したアンジェラがいた。
「ね、出来るかどうかはわからないけど、考えがあるの・・協力してくれる?」

 アンジェラ達はようやく地下通路を抜け出して、約一日ぶりに空の下に出ることができた。陽の光はあたり一面の雪を照らし、反射した雪の地面が眩しく光っている。
「ただいま」
 アンジェラがそう言って、雪をすくいあげた。そのまま顔に当てると、きぃんとした冷たさがアンジェラの頬を覆った。目が覚めた。
 今からやることが成功するかどうかはわからない。けれど、やってみなくちゃわからない。
「お母様、どうかどうか、祈っていて」
 アンジェラは雪を落とし、空を見上げた。昨今のアルテナにしては珍しく快晴。マラヴォアが手助けをしてくれている、とアンジェラは感じた。
 地下通路はエルランドの東の外れの洞窟と繋がっていた。アンジェラ達はまず、アルテナ唯一の港町エルランドにたどり着くと、そのうらぶれた様子に一瞬仲間たちが怯んだ。
「こんな・・状態に・・」
 リースが見るに耐えない様子で、目をそらした。無理もない。エルランドの人々はアルテナ城にいた人々よりもかなり早くに他国に出てしまっていた。エルランドの冷気のシールドは、城のシールドより早く切れてしまって、人々は暮せなくなっていたのだ。そして、エルランドから完全人の姿が消えて、もう1年以上が経つ。吹雪に曝された家々はみすぼらしく傾いたものすらある。暴風で開け放たれた窓から雪が雪崩れ込み、すでに人の住める状態ではない。ばたばたとはためくのは部屋のカーテン。だが、そのカーテンはすでに幾度も風雨に曝されて、汚れ破れている。
 打ち捨てられた町。それが、今のエルランドの姿だった。
「それでも、きっと甦る。戻してみせるから」
 アンジェラはそう言うと、北の魔法陣の場所に向かって歩き出した。仲間たちもアンジェラの言葉に頷きながら、魔法陣を目指し、歩き出した。
 程なく街から森に入ってしまうと先住民サハギンや狼、ポトが襲い掛かってくる。仲間たちは寒さに体を凍えさせることなく、吐く息は熱いままに戦った。
 やがて、魔法陣の前にたどり着くと、アンジェラはそれほど大きくない魔法陣がドームのシールドに包まれていることを見て取った。
「誰かが、魔法陣を守ってる・・」
「誰だい・・?」
 そのシールドの上に立っていたのは、一人の魔族らしかった。
 元は人間らしいその男は、血走った目でアンジェラを睨みつけていた。男の外套が風に揺れてはためいた。
「このシールド、どかしてくれない?邪魔なの」
 アンジェラはロッドを構えながら、そう言った。後ろで、仲間たちが構えて、雪を均す音が聞こえた。
「そうはいかねぇ。せっかく邪魔なアルテナのやつらが逃げてくれたんだ。寒さに怯えて逃げ出してくれた。これからはここは俺たちの世界になるんだ・・!」
「勝手なこと、いってないでよね!」
 アンジェラが怒りに任せて、魔物に鋭い視線を投げていると不意にロッドが熱くなった。
(・・この感じ・・まさか・・!)
「マラヴォアっ!」
―力、貸すよ。だから、しくじるんじゃないよ・・っ!!
 ごうんっと炎が渦を巻く。今までに扱ったことがないほどの鋭い炎。大きいのではない。大きさならば負けてはいない。しかし、この炎は違う。確実に仕留めることができる強い炎だ。
「えぇいっ!!」
 ロッドの先を渦巻く炎をアンジェラは投げつけた。まるでボールを打ち放つように思いっきり振り当てた。
「アンジェラっ!?」
 まさかアンジェラが魔法を取り戻すとは思わず、仲間たちが驚く。そして、魔物もその炎の勢いのよさに躊躇い、逃げることもできずにその炎に包まれた。
「うっ・・ぐあぁぁぁ!!」
 生きているものが焼ける匂いが一気に立ち込めた。アンジェラはそれでも臆することなく、ロッドを構えている。その魔物が魔法陣のシールドの番人だったのか、シールドが解け、魔物は魔法陣に落ちてしまう。そして、稼動中の魔法陣に触れてしまう。
「う・・うあぁぁぁ!!畜生っちくしょぉぉ!!」
 稼動中の魔法陣に触れることは危険以外の何物でもない。常にエネルギーを目的のものに還元させるために動作している魔法陣は、すぐに傍にある高エネルギーのものを逃しはしない。それはマナといわず、生き物そのものといわず、躊躇わず吸収しようとする。まるで雑食の生き物のように。
「俺たちがせっかく生きる場所を見つけられると思ったのに、思ったのにぃぃ!!」
 魔物の言葉に、一瞬アンジェラが怯んだ。ぎくりと肩を震わせ、ロッドを持つ手が揺らいだ。
「お前たちにはわからないだろう!生きる場所を追いやられたものの苦しみが!生きる場所を無くしたものの悲しみが!!人間たちの力によって押さえ込まれた俺たちには生きる場所がなかった・・だからこの地をリュシカ様がお選びくださったというのに・・!!」
 痛切な、生きたいという願いがアンジェラの鼓動を跳ね上がらせる。
 それは、アンジェラの中に在ったもの。
 それが、アンジェラの中でどうしようもなく息づいていたもの。
(これ以上、私の居場所を奪わないで・・・!!)
「いやぁぁぁ!!」
 アンジェラは涙で前が見えなくなった。その隙を突いて、魔物がアンジェラのその手に手を伸ばした。ぐい、と強い力がアンジェラを魔法陣に引きずり込もうとする。
「おいっ!?アンジェラ?!!」
 俊敏なホークアイと、遅れをとらずデュランが飛び出して、アンジェラの体を逃すまいと掴んだ。
「馬鹿!しっかりしろ!」
「アンジェラ!アンジェラ!?」
 ぐいぐいと引き寄せられる腕を、何故かアンジェラは突き放そうとしない。ただされるままになっている。まるでこのまま引き込まれても構わないとでも言うように・・!
 そのすぐ傍に、リースが立っていた。リースはいつのまにか泣いていた。
 そして。
―ぱぁん!
 雪原の彼方にまで響くほどの音が、辺り一面に広がっていた。










■To Be Continued.


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