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【聖剣伝説3】 |
| ■記憶の中に |
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作成日[2003/8/20] 雨はしとしとと容赦なく降り注ぐ。草木を湿らせるその雨は植物達にとって恵みの雨に違いない。 しかし、彼女にとってはただなる災難のひとつに過ぎなかった。 「あーぁ、ひどくなってきちゃった。やんなっちゃう・・」 暫くぬかるんだ地面を走っていたアンジェラは、走るのを諦め一つの巨木に雨宿りさせてもらうべく立ち止まった。 「びちょびちょだわ・・もう・・・どうしてこうツイてないんだろ・・」 荷物を木の根に置いて、アンジェラは髪の毛を絞った。どんなに強く絞っても、腰まで伸ばした髪の毛は十分な水を吸い込んでしまったようで、後から後から流れてくる。これではキリがない。 「はぐれちゃったしな・・みんなと・・」 途方に暮れて、アンジェラは吐息を吐いた。濡れた髪の毛から水滴が滴り落ちる。このままでは、風邪をひいてしまう。 アンジェラは荷物の紐を解いて、雨が沁みていないことを願いながら中を確認した。とりあえず、皮の袋は中が濡れるのを何とか防いでくれていた。ほっとして、タオルを取り出して体を拭いてから髪の毛の水分を出来るだけ追い出そうと試みた。 と、足音が不意に音を立てた。ぱしゃぱしゃぱしゃと水を蹴立てる音が。音はそう遠くない場所で、駆けているような足音がした。一瞬森の獣の可能性も考えたが、雨の中わざわざ獣が狩りをするとは考えにくいと思った。だから、アンジェラは荷物を背負い、足音を目指して走り出した。 「誰かいるの?ねぇ!」 足音だけが鳴り響く。確かに人の足音のような気がするのだが、その人影がアンジェラの視界に入ってくることがない。 「もうっ、気付いてくれてもいいのに・・」 むっとしてアンジェラは立ち止まると、その足音も止んだ。相手も立ち止まったようだった。 「・・・?」 アンジェラは辺りを見回す。まるでアンジェラが追いかけるのをやめてしまったことに気付いて相手もその足を止めたようだった。それならば、どこかでアンジェラの様子を見ているはずだ。 (・・どこ?どこから見ているの・・?) アンジェラは雨に濡れていく体と髪を振り乱しながら、辺りを見回したが人影らしき姿を掴むことはできない。 ついにアンジェラもため息をついて諦めようとしたときだった。 どんっ、と後ろからの衝撃。衝撃といっても、それほど強いものではない。しかも、当たっている場所が少々低い。腰から足にかけて、まるで子供から体当たりを食らったような・・と思いながらアンジェラは振り返ると、アンジェラは驚きに目を見開いた。 そこにいたのは子供。 しかも、翡翠の瞳の。 「どうして!私を見ないの!見つけてくれないの!」 子供がそう言ってアンジェラの両手を握り締める。 懸命に仰いだ顔は、どうみても子供の頃のアンジェラだ。 「あ・・あたし・・?」 アンジェラは驚き喘いだ。まさかこんな小さな自分を目の前にする羽目になるとは夢にも思わない。まさか魔物の魔術か陰謀かと思ったが・・見渡してもあたりにそれらしき魔物は見当たらない。 「どうしてっ!」 小さなアンジェラが悲鳴を上げるようにそう言うと、ばちばちっと鋭い電流がアンジェラの手を伝った。アンジェラは慌ててその手を引っ込める。 「・・っなんですって・・?!」 アンジェラは電流の走った手を見つめながら、電流を走らせた小さな自分を驚いたように見つめた。 電流が自分に当てられたことよりも、その小さな自分が魔法を使えることに驚く。 「ま・・魔法が・・使えるの?!」 「当然よ。私はアンジェラ。アルテナの、王女だもの」 生意気そうなその子供は、鼻息を吐きながらそう言った。アンジェラは目眩を食らう。 (当然よ。私はアンジェラ。アルテナの、王女だもの) どれほどそんな台詞に憧れただろう。どれほど、そんな言葉を言い放ってみたかっただろう。でも、アンジェラにはそんな強気な言葉を吐く資格はなかった。彼女の手にアルテナ王家に在るべき力、魔力がなかったのだから。 しかし、それならば。目の前にいる自分そっくりの子供はなんなのだ? このアンジェラは、自分とは違う。子供の頃から一度も魔法が使えたことのない惨めなアンジェラではない。しかし、その翡翠の中に溢れる悲しみは・・確かに同一のもの。 (カナシイ・・カナシイ・・誰モ私ヲ見ナイ・・誰モ私ヲ必要トシナイ・・) 瞳から溢れるその悲しみに、アンジェラはずきんと胸が痛んだ。 いや、何か遠い記憶が甦る痛みのようでもあった。 (強スギル魔法ヲ恐レテ・・誰モガ私ヲ恐ル恐ル扱ウ・・・マルデイツ爆発スルトモ知レナイ・・爆発物ノヨウニ・・) 記憶が引きずられるように姿を現す。アンジェラは翡翠の瞳の思いを読み取りながら、次第に思い出していった。 「そう・・だから・・だから私は・・」 うっすらと瞳を半眼にし、アンジェラは呪文を唱えるようにそう言った。 (ソレナラ・・ソレナラ・・コンナ強イ魔法ナンテ・・) 「イラナイ!!」 思いが、それに同調した魔力が、破裂したように光を放った。 そして、アンジェラは思い出したのだ。今ようやく、はっきりと。 ――アンジェラは記憶もないほど幼い頃、強大な力を持っていたのだ。しかし、幼い子供の扱う強大な力を恐れ、周りはびくびくとアンジェラのご機嫌を伺うことしかしなかった。 母親は国を支えるのに精一杯で、そんな爆弾を抱えた娘のことなど気遣うこともなかった。 だから、幼いアンジェラは不安と同時に、魔力を爆発させた。そう、アンジェラを生贄として扱う母親から逃れたときと同じように。そして、同じように瞬間移動をした。ただ一つ違ったことがある。幼い頃の抑制を知らないアンジェラが発動したのは、3次元移動ではなく4次元移動。つまり、時間を超えた瞬間移動だったのだ。 そして、10余年もの時空を越え、未来の自分の前に姿を現すことになったのだ。 光の放出のお陰でアンジェラを見つけたデュランとシャルロットは安堵する間もなく、唖然と顔を見合わせた。目の前にいるのは紛れもないアンジェラ。しかし、アンジェラの目の前には子供がいる。よくよくその子供を観察してみると、アンジェラにそっくりなのだ。 「一体何が起こってるんだ?」 膨大な光に目をしかめながらも、デュランはシャルロットにそう訊いた。シャルロットはデュランの腕に庇われながらも、アンジェラと、その子供の放出する魔力を見つめて恐ろしそうに叫んだ。 「この魔力の放出量はまずいでちよ!魔力は突き詰めれば生命エネルギーなんでち!こんな放出の仕方じゃあいくらなんでもあっさり致死量になっちゃうでちよ!!」 「なんだってっ!?」 デュランは思わずアンジェラとその子供を見つめた。二人ともどうやら意識的に魔力を放出しているというよりも、すでに虚空に視線を泳がせながら無意識に魔力を放出させている様子だった。これでは何か気を反らして止めることも難しそうだ。 「どうすればいい?!」 「気を失わせるのが一番じゃないんでちかね?」 アンジェラの無意識な状態をシャルロットも読み取ったのか、そう言った。デュランは頷いて、シャルロットを木の陰に潜ませ、自分は走り出した。 まずアンジェラを止めれば、子供も我に返るのではないかと思った。デュランは一瞬躊躇うように拳を握り締めたが、迷いを振り払うように目を閉じるとアンジェラの腹へ鋭く一瞬拳を入れた。 と、かくん、と壊れた操り人形のようにアンジェラはデュランにくず折れる。アンジェラが放っていた魔力も瞬時に消えた。 しかし、デュランが振り返ると子供はまだ魔力を放出し続けている。しかも、アンジェラのそれよりもやたらに大きく膨大な魔力だ。それを見てデュランは舌打ちする。 (こっちが・・引き金だったのか・・!) デュランはアンジェラを木の幹に寄りかからせ座らせた。それから、子供に向かって歩き出す。と、子供がデュランを見てふ、と意識を取り戻した。 デュランは驚いて、たじろぐ。そして、その少女の顔を見つめていると、少女が幸せそうに笑うのだ。何故だかデュランには判らない。しかし、少女はデュランを見て微笑みながら、その膨大な魔力の放出を止めたのだ。 「・・・な・・」 デュランがわけもわからず声を上げた瞬間だった。 これまでのエネルギーが放出されていたその空間に寄り戻しが発生した。魔力の逆流が起こったのだ。判りやすく言おう。高度のエネルギーの塊が、少女を襲ったのだ。 「危ないッ・・!」 デュランは少女を救おうと飛び出そうとしたが、横様を通り過ぎていく魔力は恐ろしいほど高熱で高圧だった。デュランは少女に近づくこともままならなかったが、しかし。 エネルギーの塊を浴びながら、少女は笑った。手を振ったのだ。またね、とすら口をぱくつかせて。 少女の笑顔を見た一瞬後、デュランは爆風に飛ばされた。 雨など、いつ上がったかもわからない状態だった。周辺は折れた枝葉が散乱し、折れた樹木こそなかったものの、森の一部は痛手を被っていた。 木の根に寝かされていたアンジェラも、木の陰に隠れていたシャルロットも、そして勿論デュランも、魔力の爆発に吹き飛ばされて気を失っていた。 しかし、一番近い爆心地にいたにもかかわらず最初に目を覚ましたのはデュランであった。 傷む節々を堪えながら立ち上がると、魔力と少女がぶつかったその場所に急いだ。しかし、そこには爆風で抉られた地面以外、なにもなかった。少女の痕跡、なに一つ。 「夢・・だったのか?」 デュランはまだくらくらする頭を振って、しゃんとさせた。木陰に潜ませたはずのシャルロットを見に行く。シャルロットは潜ませた木から少し外れて気を失っていた。デュランは仕方なくシャルロットを背中に背負い、アンジェラを寝かせた木の近くに歩いた。 アンジェラはそれほど飛ばされた形跡はなく、近くの木の根で眠っていた。 シャルロットを下ろし、同じ木に横たえる。 と、近くで何か動いている空気に気付いたか、アンジェラは唸りながら目をあけた。 「・・ん・・」 「傷むのか」 デュランがそう言うと、アンジェラはうっすらと眩しそうにデュランを見上げ頷いた。 「仕方なかったんだ。今ヒールライトかけてやるから」 デュランはそう言うと、アンジェラのお腹から少し離したところで手のひらを向け、呪文を唱える。ぽうっと優しい光がほのかに揺らめき、アンジェラの痛みを和らげた。 「あり・・がと・・」 息をつくのも苦しそうに、アンジェラはそう言った。魔力の大量放出の後遺症か。それともデュランの一撃の所為か。どちらかといえば前者だろう。 浅く荒い息を吐くアンジェラを睨みつけながら、デュランがアンジェラを問い質した。 「・・お前は・・あの頃死にたかったのか?」 アンジェラは目を見開く。デュランは直感的に見破ったのだろうか。あの、さっきの子供がアンジェラ自身だったということに。 アンジェラは、一粒涙をこぼした。そして、ゆっくり頷いた。 「誰も、いなかったから。私の傍には・・誰もいなかったから」 言葉にすると、涙は止まらなかった。ぽろぽろっと落ちた涙が、頬を伝い顎に滴ると首から胸に流れ落ちた。 「もう地上にはいたくなかった。名前通り・・天使になってしまいたかった・・」 遠くへ、遠くへ。悲しみを忘れられるほど、遠くへ。 「行くな」 デュランが厳しくそう言って、アンジェラは思わずひく、と涙を止めた。デュランの真摯な瞳が、アンジェラを鋭く捉えていた。 「行くな。ここに・・いてくれ」 アンジェラはふわりとデュランの暖かい腕に包まれた。 この上なく心地よいぬくもりに、アンジェラは思わず泣いていたことも忘れてその暖かさに酔いしれる。 「いかない。いかないよ。だってデュランがいるもの」 ぬくもりを返すように、アンジェラはゆっくり腕を持ち上げて、デュランの背中にまわした。 やたら細い腕に、デュランの気が狂いそうになる。アンジェラの存在を確かめるようにデュランは腕に力をこめた。アンジェラがその力のこもった腕のぬくもりに、嬉しそうに目を細める。 「デュランがいるから、デュランの傍にいる。私、デュランの傍にいたいから・・」 アンジェラの優しい素直な声に誘われるかのように、デュランはアンジェラを見つめた。強気な目とはうらはらのほど細い輪郭に気付かされる。折れそうに細い体に、守ってやりたいという気持ちが触発されたように膨らんでいく。 「約束だ。アンジェラ。」 失う事を恐れる切なげな声。デュランは自分でも不思議に思えるほど、そんな声を出していた。アンジェラはそんなデュランを安心させるように頷き笑う。 「約束する」 安心したように頷くデュランに、アンジェラは少しおどけるように舌を出す。 やがて、近づきすぎたお互いの顔に今更気付いて、デュランは瞬間的に後じさった。が、アンジェラがそれを許すまいと腕に力を込める。不思議なのは、男のデュランがか細いアンジェラの腕など簡単に振り払えるはずなのだが、こうなるとデュランから抵抗の力は半減するらしい。 上目遣いしたアンジェラの目が訴える。強請っている。 (傍にいてくれとまで言ってくれたんなら・・キスくらいいいよね?) デュランには、ああまで口にしてそれを断ることなどできはしない。 赤く火照る顔を何とか押さえ込み、深呼吸すると、アンジェラの顔にゆっくりと近づける。そして、唇がゆっくりと出会う。 「・・ん・・」 女らしい声を上げるアンジェラに、デュランは気が狂いそうになった。そんな気もなかったはずなのに、自然に腕に力がこもりそうになって、ふと視線を感じた。 「・・・?」 視線の先を辿って、デュランは慌ててアンジェラから自分を引っぺがした。 「何よ・・急に・・と、あら」 アンジェラも視線にようやく気付いて、未練たっぷりの目でその相手を睨んだ。 「いいとこだったのに、全く。シャルロットったら」 「だったら、あたちに構わず続けたらいいんでち」 じぃっと食い入るように見つめていたのは、先ほど目を覚ましたシャルロットだった。シャルロットはすかさずデュランを見ると、にやりと子悪魔のような笑みを浮かべた。 「デュランしゃんもオクテかと思いきや、やるでちねぇ。野獣みたいなその頭は伊達じゃなかったんでちね!」 「なっ・・!!」 「別にあたちを気にせず続けたらいいんでち。どうぞでちよ〜」 にこにこ笑いながら恐ろしいことをいうシャルロットに、デュランはもう顔を真っ赤にして何も言うことができない。そこにアンジェラがまた追い討ちをかける。 「・・だって。続きする?」 「ばっ・・ばかやろっ!!」 デュランはアンジェラが掴んできた腕を振り払うと、ずんずんと歩き出してしまった。 「せっかくいい感じだったのになぁ〜」 言いながら、アンジェラは少しずつあの子供の頃の続きを思い出していた。 ――あの瞬間移動の後、アンジェラは無事自分の時代の自分の部屋に戻った。そして、未来に行った記憶はおろか、魔法を使い方も忘れてしまう。 しかし、それはただ表面上に現れることのなくなった記憶だった。アンジェラの深層意識では静かに生きつづけていたのだ。魔法も、愛しいと思った人の顔も。 ■Fin |