【聖剣伝説3】

■起点

作成日[2003/10/8]








 女の泣き顔を見るのはいつも嫌だった。
 例えば、それは妹だったり、母親だったりした。
 我慢の末にようやく吐露した悲しみの雫は、俺の胸をいつも激しく突いた。だからずっとできるだけ見ないようにしていた。
 母の最期の涙すら、俺は見るのを恐れて目を逸らした。息を引き取る寸前の表情だったにも関わらず。

 それなのに、旅に出てから初めて女の泣き顔を見る羽目になった。
 上ずった声を聞いた時点で、俺は目を逸らそうと意識していたはずなのに、体が言うことを利かなかった。
 誤解を恐れずに言うならば、そいつの泣き顔を見てみたかったのかもしれない。
 いつも偉そうな声で人に命令をし、我侭放題を主張する女の泣き顔を。
 そして、見てしまったその泣き顔には、哀しみ以外の何かがあった。裏切られても尚、懸命に母親に認められようと願う想いが、決心が、その涙から散っていた。

―その姿が、目に焼きついて離れなくなった。

 谷底から吹き上がる風になぶられるように、アンジェラの髪が乱舞している。そして、それを飾るように飛び散る光の礫。
 大地の裂け目に到着したところで、唐突にアルテナの魔導師たちに襲われた。何とか最後の橋の爆破からも逃れたものの、フォルセナへ入る唯一の道だった橋はもはや跡形もなく谷底に落ちてしまった。
 大地の裂け目、という名に相応しいほどその谷は深く、底が見えない。また、その谷間の距離も、人の脚力では飛び越えることなど到底不可能のようだった。
「泣くな、もう」
 デュランにぶっきらぼうに言われて、アンジェラはようやく声を上げるのをやめた。アンジェラは言われた相手の顔を見ることが出来ずに、まだ地面にへたり込んだままぐずぐずと鼻を鳴らしている。
 泣いてしまってから、仲間たちに泣き顔を見られたことが恥ずかしくなったのだろう。なかなか顔をあげようとしない。
 ケヴィンもどうしていいの判らないのか、アンジェラとデュランの顔を交互に見つめている。その表情は困惑一色に染まっていて、実際、デュランの表情もケヴィンの表情と大差ないものだった。
 やれやれ、とデュランは頭を掻くと、仕方なく手を伸ばす。アンジェラの腕を取ると、無理やり立たせる。
 まだ、泣き止まない。いや、どっちかというと泣きやんでいるのだが、顔が上げづらいのかまだ鼻をすする振りをしているようだった。
「いくぞ」
「・・う、ん」
 鼻にかかった声が返事をした。いつもならば威勢の良い声が返ってくるのに、とデュランは少し苦笑いを浮かべた。
 なんと声をかけても、その場凌ぎの薄っぺらい言葉になるような気がして、デュランは結局何も言葉にはしなかった。母親であるアルテナの女王直々に抹殺指令が下っているという言葉を聞いたアンジェラに、一体何を言ったらその苦しみから逃れられるかなど、デュランには到底解りはしない。
 ただ、それでも。
 ちゃんと仲間として、これからも一緒に歩いて欲しかった。
 あの決心の涙を見たからといって、自暴自棄な言葉を口にしないとは限らない。その言葉だけは阻止したくて、デュランは一言、こう言った。
「マイア戻って、フォルセナに行く方法、見つけようぜ」
 『お前の泣き顔なんて見なかったぞ』とでも、『冒険、続けるんだろ?』とでも取れる言葉を。
 アンジェラはまだ泣きはらした目を隠すように手を覆っていたが、デュランの言葉でようやく顔を上げた。
「うん」
 割合はっきりした声で返事が返ってきて、デュランはその言葉に安堵した。それと同時に、アンジェラを見直した。
 華奢で体力がなく、我侭で八つ当たりをする。とんでもないお荷物を背負い込んだものだと正直うんざりしたこともあったが、この女はそれだけじゃない。とんでもなく我侭な分、とんでもなく芯の強い女なのだ。
「すげーな、お前」
 急にくるっと向き直ると、デュランがそう言った。アンジェラはそのデュランの言葉に驚く。きょとんとした顔をデュランに向ける。あまりに無防備に見上げすぎてから、泣き腫らした目を思い出したようにぱっと目を逸らした。
「な、何がっ!?」
「いやっ、あー。えーと。・・ホラ、さっきのやつらに魔法ぶちまけてやっただろ?覚えたての・・なんだっけか」
 流石に『芯の強さ』がすごい、と唐突に言うのも憚られて、デュランは誤魔化すようにそう言う。言われたアンジェラも泣き顔を見られた所為で頭に余裕が無いのか、しばらく呆然としている。
 応えられないアンジェラに変わって、ケヴィンが思い出したようにこう答えた。
「デュラン、ホーリーボールだよ。たしか」
「それだ、ホーリーボール。あいつらの魔法も、マシンゴーレムも全然相手になんなかっただろ?今ごろ報告してる魔導師たちはさぞや女王様に叱責されてるんだろーなぁ」
「みんな慌てて逃げてたしね!」
 ケヴィンもデュランの話にあわせるようにそう応えた。
「・・・」
 アンジェラはじっと俯いたまま、地面を見つめている。
「女王様だって、当然驚くと思うぜ。お前の魔法の報告を受けたらな。だいたい、抹殺指令なんてそもそもお前を試してるだけの策略かもしれねーなぁ」
「・・デュラン」
 割合静かなアンジェラの声が、デュランを呼ぶ。デュランはその声に振り返る。
「なんだ?」
「あんた・・もしかして、慰めてくれてるの?普段のあんたに似合わず随分と饒舌じゃない」
 にっと猫のような目をして笑う。そのあとゆっくりデュランに擦り寄ってくる、アンジェラの体。妖艶な光を取り戻すアンジェラの瞳。そして、耳が痺れるような甘い声。
「そんなに私のコトが心配?」
「・・っ・・このアバズレ女っ!」
 ぐいっとデュランはアンジェラが巻きついた手を振り解く。赤く上気する顔と、跳ね上がる心臓を何とか抑えると、デュランはアンジェラを睨みつける。アンジェラはあははっ、と声を上げて笑う。
 ケヴィンがアンジェラの行動に驚いてぽかんと口を開けていた。
「心配ご無用!私はこれから、お母様から是非王家に迎えたくなるくらい魔法を身につけてやるんだから!それまではあんたたちと一緒に居てあげる」
 ぐいっとデュランとケヴィンの腕を両手で掴み、抱きこむ。さっきまで妖艶な女を演じたかと思えば、まるで子供のように屈託なく笑う娘。
「それまではずっと一緒にいてあげるから!」
「やれやれ」
 デュランはげんなりと頭を掻いた。ケヴィンは、幸せそうに笑うアンジェラに安心したように、微笑んでいる。
「アンジェラ、元気になった。よかった」
 腕をつかまれたケヴィンがそう言ったのに、アンジェラはにっこり笑いながら答えた。
「心配かけてごめんね。ケヴィン」
 くるりとケヴィンから、デュランに向けて、アンジェラは改めてデュランにもこう言った。
「デュランも。心配かけて、ごめん。元気つけてくれて、ありがと」
 素直な顔でアンジェラにそう言われて、デュランは思わず顔を逸らした。意識していなかった何かが、速い鼓動の共に生まれ溢れてくるようで、デュランは思わず鼓動の速さを無視しようとした。そのときは。
 ただ、結果論として、無視し切れなかったデュランは、ここを起点としてアンジェラとの物語を紡ぐことになるのだった。







■Fin


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