【聖剣伝説3】

■ブレーンストーム

作成日[2003/10/19]







 頭の中を、嵐が吹き荒れる。

 城内魔導師たちの笑い声。突き放す嘲り。身の凍るような視線。蔑みの態度。
 それでも、私は毅然としていなければならなかった。弱く傷ついたように泣き叫ぶこともできなかった。
 それは、怖れ。
 私が泣き叫んだとしても、誰も憐れんではくれないのではないかという恐怖から逃げるための。
 だから私は、毅然と立ち続けていた。

 せめて、誰か、私のことを見て。
 誰か気づいて。
 私はここにいることを、認めて。


「・・・・っ・・!」
 声にならない悲鳴が喉元を掠(かす)めて、アンジェラは目を覚ました。目が覚めてから、今はあの頃の自分ではないことを理解する。そのことを理解してからようやく、体が思い出したように呼吸をし始めた。
 浅く早い呼吸のせいで胸が上下する。いつもより倍になったのではないかという速度で、鼓動が耳を鳴らす。そして、恐怖で身が凍った体の熱を取り戻そうと激しく脈拍が体を打ち鳴らす。
「・・っはぁっ・・」
 呼吸がようやく平常のそれに戻って、アンジェラは声を吐き出した。
「戻れた・・」
 安心したように、アンジェラはそう呟いた。過去の暗闇から今日も逃げられたことに深く安堵する。過ぎ去った時間、もう二度とあわずに済むはずの境遇に、アンジェラは今でも思い悩まされる。頭ではもう終わったことだと何度も何度も念を押しても、幼少の頃から受け続けた心の闇は払われない。まるで色濃く残す痣のように、黒い影がアンジェラの心に残ったまま。それ自体がもはや人畜無害だというのに、その存在を知ることだけでアンジェラは打ちのめされるのだ。
「大丈夫、大丈夫よ・・」
 震える肩を抱きしめる。そうでもしなければ、こんな夜中なのに声をあげて泣いてしまいそうになる。
 隣の部屋にはデュランもホークアイも深い眠りについているはず。昼間の戦いの疲れを癒す大事な時間を、邪魔してはいけない。
 しかし、突然何かを感じたようにぐっ、と指に力がこもる。喉が痙攣したように引きつった。
「・・っ!」
 恐怖が、立ち戻る。一瞬安堵した空気を突き破るような、恐ろしい悪寒が背中を走りぬけた。悲鳴をこらえ、アンジェラはベッドを抜け出した。
 ここのところ眠れなくて、服はそのままベッドにもぐりこむのが幸いした。普段通りの一糸纏わぬ姿では外に出ることもかなわない。実際、城にいたときは暖かな部屋に分厚い布団が体の熱を逃がすのを妨げて暑いくらいだった。だから、何も着ないで寝ることも多かったのだが。
 アンジェラは宿屋で借りたサンダルを突っかけて、ばたばたと外へと逃げるように這い出す。胃の中で何かが暴れているようで、アンジェラは宿屋を出て井戸のそばまで駆け寄るととうとうしゃがみこんだ。
 あんなに恐ろしいほどの嘔吐感があったにもかかわらず、口からは何も出てこない。激しく走ったせいで這い出される呼吸の音だけが、耳障りなくらいに響いている。
 むなしいほどのやりきれなさがこみ上げてきた。
「どうして・・どうして逃げられないの・・!」
 小さな悲鳴がようやくこぼれて、アンジェラは泣き始めた。それでも声を落として、かすかにもれる声もできるだけ小さく済むように完全に顔を膝にうずめて。

 せめて誰か私のことを見て誰か気づいて私はここにいることを認めてお願いお願い誰か私を・・

「こらっ!」
 いきなり声をかけられて、アンジェラはびくりと顔をあげてしまう。大きな涙を隠すことも忘れてあげてしまった顔のまま見つけたのは、自分の仲間のデュランだった。
「こんな夜更けに何やってんだッ!・・っておい、お前泣いてんのか?」
 夜更けにもかかわらず怒鳴り声を上げそうになっていたデュランが、アンジェラの様子に気づいて思わず声を引っ込めた。デュランがものめずらしそうにアンジェラの顔を見つめている。
「えっ?あっ・・馬鹿っ!じろじろ見ないでよねっ!」
 半分安堵、半分怒りのようななんとも複雑な気持ちを抱えながら、アンジェラはそう言い放った。デュランはアンジェラの涙に気圧されたように黙り込んでいる。アンジェラはその間に、井戸の水を汲み上げて顔を洗った。秋風で冷え切った井戸の水はアンジェラの涙に火照った顔を素早く冷ましてくれた。
「タオル貸して」
 デュランの肩にタオルがかかっているのを気づいていたから、アンジェラはそういった。しかし、デュランの返事はイエスでもノーでもなく、小言だった。
「いきなり顔を洗っといてソレかよ。きちんと用意してから・・」
 アンジェラはまだ顔に水が滴っていてデュランの顔が見えない。しかし、そのおかげでデュランの声だけが明確に伝わってくる。よくよく聞いてみると、その声は妙に歯切れが悪いことにアンジェラは気づいた。苛立った振りをして、アンジェラは声をあげてみる。
「いいから早く!」
「だってこれよー・・」
 やはりデュランらしくもなく首にかけたタオルに手をかけて、もごもごと何かを言っている。アンジェラはじれったくなってデュランのタオルを奪い取った。
「あっ!こら!」
「うあ、汗くさー」
 ばふっと躊躇なくタオルで顔を覆ってから、アンジェラは不満げな声をあげた。
「だ、だから渡すのがヤだったんだよ!!」
 かぁっと顔を赤くして、デュランは言い訳するようにそういった。そんなデュランを、アンジェラはじっとみつめている。デュランに観察力が1ミクロンでもあったら、簡単に気づいてしまえそうなくらい愛しい視線を、アンジェラはデュランに投げかける。
「ふふ」
(・・このタオルなんか落ち着く)
 やわらかさが顔に伝う。その心地よさがふとアンジェラを過去の暗闇から守ってくれそうな気がする。
(このタオル、デュランの匂いなんだ・・)
「ね、このタオル貸して。ちゃんと洗って返すからさ」
「え?」
 間の抜けた声を吐き出してから、デュランは慌てて声をあげた。
「何言ってんだ、オマエ今汗臭いって言っただろ。そんなもん貸せるか!」
 デュランはアンジェラの手にあるタオルを奪い返そうとひっつかんだ。まだアンジェラはタオルに顔を埋めていたから、デュランの容赦ない牽引力に抵抗する術もなかった。
「わっ?」
 アンジェラの体がよろめいて、体が傾(かし)ぐ。気づいたデュランが手を差し延べる。そして。
「あ?」
 こともあろうか、支えようとしていたデュランもまた、自分がつかんだままのタオルの、つまり傾ぐアンジェラがつかむタオルの牽引力に負けたのだ。
 そして二人は掴むものもなく、コケた。
 どしゃっ。
 井戸が近かったとはいえ、とりあえずその方角に倒れなかったことが幸いした。デュランもそれなりに受け身を取って倒れこんだし、アンジェラも自分の体を下敷きにしたことでそれほど衝撃はなかったはずだった。
「・・ってぇ・・」
「あたた・・急にひっぱるなんてびっくりするじゃないのよぉ・・」
 乱れた髪を振り払うように顔をあげて、アンジェラはデュランを見上げる。その女らしい仕草に、デュランはぎくりとする。(説明しよう。普通の青少年ならばどきりとするところであるが、彼はそのテに疎いのでその衝撃に耐えかねてぎくりとしてしまうのである。)
「早く・・どけっ」
 干上がったような声で、デュランがそう言った。アンジェラの方は、まさかそんな単純な仕草にデュランが動じているとは微塵も思わず、怪訝な顔をする。
「どしたの?なんか、デュラン変だよ?声」
 アンジェラが不思議そうにデュランの顔を見上げては、首を傾げる。デュランがますますぎくりとさせて、冷や汗をたらしそうになりながらも、もう一度声をあげた。
「早くどけったら!」
 デュランの様子に目をしばたたかせて、アンジェラにもようやく合点がいったようだった。
「ヤだ」
 アンジェラは半眼にして、面白がるようにそう言う。
「んだと?」
「そんなに離れたかったらデュランが突き飛ばせば?」
 どうせできないでしょうけど、とも言いたげにアンジェラはデュランを見つめる。デュランは悔しげに舌打ちする。
 デュランがアンジェラの体にそろそろと手を近づけようとすると、アンジェラがくすっと笑う。
「その手、やらしいよ。デュラン」
「んなっ?!」
 かぁぁっとデュランが顔を火照らせる。アンジェラがその反応と楽しむようにデュランを笑う。そんなアンジェラに、デュランはもう逆ギレ状態で声をあげた。
「じゃぁッ、どうすりゃいいんだよっ!!」
 まるでそんなデュランをあやす様に、アンジェラは微笑む。
「何も、しなくていいよ」
 そういって、アンジェラはとんとデュランの胸板に頬を寄せる。デュランが泣きそうなくらい焦った顔をしているのにもかかわらず、アンジェラは幸せそうにデュランの胸に寄り添った。
「・・あ、あ、アンジェラっ?」
「心地いいんだ。デュランの鼓動とね、匂い。すごく、落ち着く」
「・・・?」
「嵐がやんでくの・・台風の目みたいに」
 きゅっとアンジェラはデュランの服をつかんだ。頼りなげにつかんだアンジェラの手から、震えが伝ってくる。
「・・」
 デュランはそれに気づいて、アンジェラの好きにさせよう、と肩の力を抜いた。多分、どう抵抗してもどうにもならないことを、おそらくデュランは知っていたから。
 しばらくデュランが星を眺めている間に、次第にアンジェラの手の震えは止まっていった。アンジェラの震えがとまると、デュランの中でどこか焦ったりしていた気持ちも、なくなっていた。
 不意に、アンジェラが声をかける。
「デュラン」
「なんだ」
「タオル、だめならさ」
「ああ」
「あんたが一緒に寝てくれる?」
「あ・・・あぁ??」
 一瞬おざなりに返事しようとして、デュランは目を見開く。アンジェラを見て、口をぱくぱくと開いていると、にっとアンジェラが笑う。
「タオル、いいよね?」
「・・」
 デュランはもうパニックで何も答えられない。アンジェラは少しやりすぎたか、というような苦笑いを浮かべると、自分から立ち上がった。
「ほら、デュラン、立って。体冷えちゃうよ」
「・・ああ」
 目もうつろになって、気の毒なくらい恐慌状態に陥ってしまったデュランを見て、アンジェラはやれやれ、と息をついた。
「しっかりしてよ。そんな醜態ホークアイに見つかったら何言われるかわかんないんだからね」
「あ・・そ、そうだなっ」
 その一言でデュランが正気に戻ったのを見て、アンジェラは唖然とする。が、まあ、正気に戻ってもらうに越したことはない。
「戻ろう」
「うん」
 二人はそういって、宿屋の部屋に戻っていった。夜風にあたったせいと、氷のように冷えた井戸水で顔を洗ったせいで、予想以上に体が冷え切っていた。アンジェラはベッドに飛び込むようにもぐりこんだ。
 そして、アンジェラの手にはデュランのタオルがしっかりと握られていた。










■Fin


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