【聖剣伝説3】

■後悔と償いの中に

作成日[2003/11/23]








 空気が澄んで、張り詰めた空気の先に輝く空が広がっている。ぽっかりと明るく照らす満月の光は、部屋の中までまっすぐに差し込んでいる。しかし、おそらく気温は低い。吐く息こそ白くはならないが、ここ二、三日との気温の差は明らかだ。本格的な冬になり始めている。
「あ〜っ・・さみぃ」
 掛けた布団を思い切って蹴ると、デュランは素早く立ち上がった。素足に床の冷たさがしびれるようで、デュランはかろうじて悲鳴をこらえた。
 時刻はまだ真夜中。今日はよりにもよって夜警の当番だった。
 そうはいっても、仕事は仕事。体が冷え切る前にデュランは着替えてしまうと、剣をベルトに挿し、階下に降りる。
 暗く冷え切った階段をそろそろと降りてしまうと、ふと台所から明かりが見えた。
「叔母さん・・まだ起きてるのか?」
 不思議に思って、デュランはそっと台所をのぞく。すると、叔母のステラがデュランに気づいた。
 にこり、と微笑む。寝巻きにカーディガンを羽織っている。そのままでは風邪を引くのではデュランは心配になった。
「叔母さん、風邪ひくよ」
「ああ、平気。今火に当たってるから寒くないし」
 言われて見ると、ステラの前の鍋が火にかかっている。何か暖めている様子だ。
 デュランの視線に気づいて、ステラはもう一度にこりとした。
「スープだよ。食べてからお行き。暖まってから行っても、文句言われないんだろ?」
「でも交代する奴が待ってるんだよ」
「じゃ、お土産にこれもってくといいんだよ。それなら相手も喜ぶだろ?」
 ステラは事も無げにそう言うと、デュランにはすでに深皿に取り分けてテーブルにおいている。
「さ、おあがり。明日の昼までなんだろ。お弁当はこっち」
 指差した先には、握り飯がおそらく4つほど詰まっているような葉の包みをみつけた。
 ステラはそれから、手のひらサイズの樽のようなものにアツアツのスープを流し込み、きゅっと栓をした。
「ほら、これを交代の相手に渡してやんな。きっと喜ぶよ。」
「叔母さん」
 デュランはスープをすするのを止めてステラを見上げた。
「なんだい」
「その、すみません。起こしちまって」
 ステラは肩をすくめた。デュランの目の前にある椅子を引くと、ステラはその椅子に体を滑り込ませた。
「謝るなんて変だねぇ。デュラン」
「でも、起こしちまったんだろ?俺が・・」
 すまなそうな顔をして、デュランはステラを見つめるが、ステラはデュランを顔を見つめ返しながらこう言った。
「そんなことはないさ。あたしは起きてたんだ。私が自分で起きたんだ」
「でも、俺今日夜警だって言ってないし・・」
「言わなくたって、わかるさ。お前が昼寝貯めしてることもわかってたしね。お前は非番でも朝ちゃんと起きる子だからね」
 言われてみればそうだ、とデュランは納得して頷く。しかし、やはり叔母さんの安眠を妨害した事実は事実だ。デュランはもう一度謝りたい気分になって、ステラを見上げたところに、妹のウェンディが目をこすりながら入ってきた。
「なーに・・?今日、お兄ちゃんは夜お仕事なの?」
 デュランがあちゃ、という顔をした。よりにもよって妹まで起こしてしまうとは。
「う、ウェンディ・・お前まで起きちまったのか・・」
「お兄ちゃん?」
 デュランが困惑しているのを、ウェンディが不思議そうに見上げる。
「おいで、ウェンディ」
 ステラがやさしく声をかけると、ウェンディは頷いてステラの膝の上に抱かれた。
「デュラン、何をそんなに謝ることがあるんだい?お前を暖かくして送り出したいって思うことも、いってらっしゃいって言って送り出したいと思うこともたいしたことじゃないだろ。お前が私たちを起こさないように出かけようとした思いやりと、どれほどの違いがあるというんだい?」
 ウェンディはだんだんと目が冴えてきたのか、デュランを見つめている。
「お兄ちゃんがいつ外に出たかわからないなんて、ウェンディ嫌だよ!そんな、逃げるみたいなお出かけなんてやめて!眠いのも嫌だけど、ウェンディいつのまにか消えちゃうお兄ちゃんの方がもっと嫌!」
 痛いところを突かれた。
 以前、自分にもっと力が欲しくて、ステラにもウェンディにも内緒にして出て行ってしまったことが未だに尾を引いている。そう、二人はそのことを今でも恐れているのかもしれない。あの『お出かけ』からデュランが我が家に足を踏み入れたのは約一年が経過していたはずだ。
 見ると、ステラもウェンディと同じ目をしてデュランを見つめていた。そう、ステラも怖れていたのだろう。デュランがまた、知らぬ間に旅に出てしまうことを。
「わが子でもないからこそ、心配なことはそれ以上だよ。お前たち二人は姉さんから預かった大事な宝物だからね」
 静かにそういうと、ステラはお弁当と、先ほどのスープを詰めた小さな樽のようなものを差し出した。
「さぁ、早くそのスープを飲んで、お城に行ってきなさい。交代のお仲間が苛ついてしまう前にね」
「あ!」
 デュランは言われて、慌ててスープをかっこんだ。スープの熱さはしばらく問答したせいで飲みやすい温度になっていた。
「ご馳走さま!行って来ます!」
 がたっと席を立つと、お弁当と小さな樽を持って駆け出した。ドアの前まで来てウェンディが手を振った。
「いってらっしゃい!お兄ちゃん!」
 ウェンディの声にくるっとデュランは向き直る。
「ウェンディ、すぐに寝ろよ!風邪ひくからな!」
「はーい!わかったわよう!」
 デュランは膨れる妹を愛しげに見つめると頷き、ドアを閉めた。
 デュランの足音を、ステラは台所で、ウェンディはドアの前で聞き入っていた。やがて、デュランの足音が遠ざかり消えてしまうと、ステラはウェンディの肩に手を置いた。
「さ、もう寝なさい」
「はぁい・・」
 ウェンディはそういうと、おとなしく自分のベッドに歩いていく。ステラは台所の片付けをすべく、台所に戻っていった。

 城門がきっかりと閉じられているのを確認したデュランは、城門の両側に立つ見張りの塔を見上げた。
「おおい、ラッセル!デュランだ。入れてくれ!」
「了解!ご苦労さん」
 言われて、ラッセルが下の城門の鍵を見張っている者に指示を出すのが聞こえてくる。程なく、城門は開かれていく。
「ったく、夜警担当者は城に泊まりこむ規則だろうが」
 ぶつくさとラッセルが文句をいうと、デュランも参ったように頭を掻いた。
「わりぃわりぃ。今回だけだよ。裏目に出たからな」
「なんだよ、昼間妹をちゃんと見てやりたいと思って家に居たのが裏目に出たのか?」
 ラッセルが訝しげにそう言うと、デュランにしては珍しく奥歯に物が挟まったような返事をした。
「いや、まぁ。うん」
「まあいいや。時間過ぎてるしな。上でブルーザーがキレてないことを願うよ」
「げっ!今日ブルーザーだったのかよ!」
「そうだよ?まったくお前は・・」
 ラッセルが呆れ顔でデュランを見つめなおす。しかし、デュランはすでにそんなラッセルの表情を伺えるほどの余裕はない。なんせ、相手が旧知の友ではこの遅刻をなんと言われるかわかったものではない。
「やべぇ・・。じゃ、またな!ラッセル」
 デュランはラッセルにそれだけいうと、受け持ち場所へと急いだ。
 階段を何度も駆け上がり、フォルセナ城で一番高い監視の塔ですら一気に駆け上ると、そこにはがちがちに震えるブルーザーが居た。
「わ。わりぃ・・ブルーザー・・」
「デュ〜ラ〜ン〜〜〜!!てめぇ遅すぎだ!寒かったんだぞコンチクショー!!」
 振り返りざまにブルーザーは冷たい憎悪を惜しみなくデュランにぶつけてくる。しかも、怒りのあまり腕はふりあげられている。もちろん、目標はデュランにロックオンされている。
「待て待て!!そんなお前にほれ!叔母さんからの差し入れだ!」
 すかさずデュランはさっきのスープの入った小さい樽をブルーザーの目の前に突き出した。
「なんだ??」
 図体のでかいブルーザーが不思議そうに目をぱちぱちとしばたたかせた。まるで熊が一瞬勢いを失ったようだ、とデュランは心の中でそう思う。がもちろん、口にはしなかった。遅刻の上にその暴言ではブルーザーは一生許してくれはしないだろう。
「スープだよ。うちの叔母さん特性の!暖まるぜ!」
「うおっ、そりゃぁありがてぇ!もらうぜ!」
 ブルーザーは栓をきゅぽん!と小気味いい音をさせて抜くと、一気に暖かいスープを流し込んだ。
「うは〜〜!!こりゃ生き返るぜ!!」
「そりゃよかった・・」
 命が延びたようなほっとした息を吐いて、デュランはブルーザーにそう言った。
「だいたい何やってたんだよ。遅刻なんて珍しいなぁ。お前にしちゃ」
 スープを大事そうに飲みながら、ブルーザーがデュランにそう言う。デュランは苦笑いを浮かべてそれに答えた。
「どうかしたのか・・?」
「いや、たいしたことはないんだがな」
 そういって、デュランは先ほどのあらましをブルーザーに伝えた。
 話を聞いたブルーザーは残り少なくなったスープを名残惜しげに吸い込んでから、一息息を吐いた。スープのおかげで暖かくなったブルーザーの息は、空気の中で少し白く曇った。その曇った息を、満月が惜しげもなく照らしたが、それも一瞬にして空気に溶けて消えた。
「・・まあ、自業自得としか言えんな。そんなに心配させるようなことをお前はしたわけだからな」
「それを言われると身も蓋もないんだが・・・」
 デュランは言いようのない後悔と無念を抱えているのか、頭を苛立たしげにがしがしと掻いた。
「まあ、俺が悪いんだろうけど・・そんなつもりはなかったんだが」
「それはお前が浅はか過ぎたんだ。若気の至りというやつだな。一般に」
「・・」
 言われた通りだと思ったので、デュランには反論のしようがなかった。今までずっと一緒に住んできて、自分がずっと二人を守ってやるんだという意識がどこかにあったにもかかわらず、デュランはその家を出た。言ってしまえば、その責任を投げ捨てて、旅に出てしまった。そんなことに少しも気づきもせず。
 どれだけ、二人は驚いただろう。悲しんだだろう。いつ帰るともしれない者を、どんな思いで待ち続けただろう。
「償わねばならんな」
 ふと、ブルーザーがそう言った。デュランもその言葉にしっかりと頷いた。
「そうだな。俺にはそうする義務がある」
 デュランはそういって、監視の塔から見える景色を遠く見据えた。そんなデュランをブルーザーが慰めるようにこう言った。
「まあ、でも。その後悔に気づけただけでも、よしとしないか?」
「どういう意味だ」
 デュランはすでに仕事モードに入っているらしく、見張りの仕事をまっとうしようと目を光らせている。
「昔のお前なら、もしかしたらその後悔にも気づかなかったかもしれないぜ?なんせ身勝手だったからな。お前」
「ああ?」
 ブルーザーの言葉に、デュランは幾分気分を害したように睨み付けた。しかし、ブルーザーは慣れたようにデュランを見つめなおすとこう言った。
「でも本当だろう?昔のお前は、家族に一言を残す勇気もなく家を出てしまったし、心配する二人の気持ちを汲み取ろうともしなかった。でも今は、その気持ちわかるんだろう?」
「・・」
「だから、いいんだよ。それで。それでひとつ、お前は償ってるんだ」
 ブルーザーはそういうと、ことん、と持っていた樽を下に置いた。
「叔母さんによろしく伝えておいてくれ。うまかった、よかったらまた頼むってな。じゃあ、俺は宿舎で寝るよ。おやすみ」
 ブルーザーはそれだけ言うと、デュランの返事も期待していなかったのか、そのまま階段を降りていこうとした。しかし、そのブルーザーを、デュランが呼び止める。
「ブルーザー」
「・・なんだ?」
 デュランがブルーザーを見つめ、ふと笑う。
「お前がいたことに俺は感謝する。もしお前に何かあったら、俺は全力でその敵を打ちのめすと誓うよ」
「はっ!そんな台詞、男に言われても嬉しくねぇなぁ!大体・・」
 つかつかと歩み寄り、ブルーザーはデュランの鼻先に人差し指を向けるとこう言った。
「そんなこたぁ、俺より先に言わなきゃいけないお人がいるんでないかい?黄金の騎士殿??」
 いまいちわからないデュランが首を傾げる。そんなデュランにむかついて、ブルーザーは思い切り足を踏んでやった。
「いッ・・・てぇぇ!!」
「ったく、隣国の姫君に心からご同情申し上げるよ!!こんの大馬鹿野郎ッ!」
 ブルーザーは肩を怒らせてどすどすと階段を降りていく。デュランはというと、踏まれた足を抱えて半泣き状態だ。
「んだとぉ〜!・・ってぇ・・あのウドの大木めぇ〜〜!!」

――後日、この話はブルーザーから隣国の姫君に伝わり、姫君をたいそう楽しませたそうである。







■Fin


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