【聖剣伝説3】

■浄化の光

作成日[2003/12/8]










 こんなにも穢(けが)れた私を許してください
 こんなにも醜い私を許してください
 そして
 こんなにもあの人を想う強さに惑う私を
 どうか許してください

「熱心だな。珍しく」
 必死に祈るアンジェラの背中に、静かな深い声が木霊した。
 その声を、アンジェラは振り返らずとも知っていた。ただ、しかし、ここでこの声を聞けることはいささか無理があるような気がした。しかし、間違いはない。間違えるはずがない。
 木霊した声を体中に沁み渡らせるようたっぷりと間をおいてから、アンジェラはゆっくりと立ち上がった。
 ここはウェンデルの神殿の礼拝堂と同じ造りをしている、アルテナ城内の礼拝堂だった。ウェンデルの司祭様の頭上できらめくステンドグラスのデザインこそ多少の違いがあるが、それでも、この礼拝堂もウェンデルのそれと同じくらい美しい造りをしていた。
 アンジェラの母ヴァルダは事、女神様の霊魂が宿るといわれている礼拝堂には殊更時間と魔力を費やした。そして4年の歳月を要してようやく完成したこの礼拝堂は、ヴィ=アルダの礼拝堂と呼ばれるまでになった。ヴァルダの礼拝堂、だから、ヴィ=アルダ。やさしき母の胸、という意味も込められている。今では修道女の過ごす部屋も施され、このアルテナはマナと、そしてマナの女神様と共に歩むことをここに示しているのである。
「珍しく?失礼ね、朝のお祈りは私にとってすでに小さい頃から習慣化されたものよ」
 アンジェラは立ち上がると、すぐ後ろに立っているであろうその人に文句を言った。
 デュランが、笑う。
「そうか。それはすまなかった。俺はお前がそんなにも熱心に何かに取り組む姿を言うのを見たことがないからな」
「なによ。いちいち意地悪言うのだけは天下一品よね、デュランは」
「だけとはなんだ。剣術だって天下一品だぞ?俺は」
 飄々と、デュランがそう言う。アンジェラはその態度に完全に頭に来てしまうと、思いっきり眉を怒らせてデュランの横を通り過ぎる。
 それから、振り返ると息を止めて、十分に貯めた後、
「・・・っ馬鹿!!」
 と言ってやった。アンジェラはフン、と肩を怒らせ、神々しく光る髪を揺らしながら、礼拝堂を後にした。
「やれやれ、まだあの喧嘩が尾を引いているな。あいつ一度怒ると長ぇからな・・」
 少々げんなりとデュランは肩で息をつく。

―馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。
―私の、馬鹿。
「せっかく、デュランが珍しく来てくれたって言うのにさ」
 礼拝堂を出て、アンジェラはヒールを響かせながら窓のある廊下を歩いていた。デュランは大方、英雄王様の遣いを頼まれたのだろう。そういうことは、最近では珍しくはない。フォルセナ王である英雄王は何かにつけヴァルダのことを気遣い、やさしく後援してくれているのだ。これから、アルテナはマナの恩恵を失うにあたって、どうにかこの忌むべき事態を乗り越えねばならない。英雄王様も、そのことでよくデュランを遣いに寄越すのだった。
(ま、どうせ私のためなんかじゃないから・・な)
 ふう、と吐息をつく。切なくて、やりきれないため息は、城の中でも白くなった。
 そこに、ヴィクターがアンジェラの方に走ってくるのが見えた。
「アンジェラ様ぁ〜〜」
「何?どうしたの?」
 アンジェラはきょとんとしながら、ヴィクターを眺めた。今日はホセの魔法の授業も出るつもりだったし、そのあとのアルテナ法典の授業(帝王学)の方も、面白い章に入ったのできちんと出るつもりだった。
 だから、アンジェラはヴィクターが走りこんでくる理由がわからない。お茶の時間です、というのにも当然ふさわしくはない。
「あ、あ、アンジェラ様・・ご、ご存知ですか?」
「何を?」
「・・み・・見合いの・・お話を」
 アンジェラは首を傾げる。ほぼ過呼吸ぎみに喉を鳴らすヴィクターには申し訳ないが、その言葉の重要性がわからない。
「誰の?アンタの?」
「なぜ僕が見合いをするんですかっ!あなたです!あなた様ですよ、アンジェラ様!」
「はぁ?」
 アンジェラは思わず間延びした声を上げた。ヴィクターがやれやれ、と息をつき、一呼吸深呼吸した。そして、ようやく呼吸が落ち着くと、いつものメゾソプラノのような声を張り上げた。
「ウソでも冗談でもないんですよ。僕そこの女王の間で女王様のお傍でデュラン殿の謁見を見守っていたんです」
「デュランの?」
「ええ。ええ。それで、デュラン殿はなにやら四角く薄い台紙のようなものを取り出されてですね、女王様に差し出すんです。あれは世にいう・・見合い写真というものではないでしょうか??」
 ヴィクターはまるでそれが自分の任務であるかのように話し終えると、一息ついた。そのあと、アンジェラを見るとこの上ない不機嫌な顔を見つけて、ヴィクターはひっと声を上げそうになった。
「ヴィクター・・」
「はははははいぃ!!」
 思わずヴィクターは声が裏返ってしまう。それほどまでに恐ろしい鬼の面のようなアンジェラの顔。もともと美貌があるだけに、一度怒気を含めばそれは鬼のように鋭さを増した表情になってしまうのだ。
「デュランは・・何処に行ったの?」
「えとえとえと・・」
 びくびくと全身を震わせながらヴィクターは視線を泳がせた。その仕草を見て、アンジェラはくるり!と踵を返した。
「いいわ、自分で探すから・・」
「もっ・・申し訳ありません!僕も探します。見つけましたら一刻も早くお知らせします!」
「お願いするわ」
 アンジェラは振り向きもせずにそう言うと、唐突に猛ダッシュをし始めた。
 もしかしたら、まだ礼拝堂に居るのかもしれない。そう予想して。

 礼拝堂の扉を開くと、デュランはやはりそこにいた。
「デュランッ!!!アンタねぇっ!!」
 つかつかと早足にデュランの傍まで足を走らせると、デュランは先ほどのアンジェラと同じように熱心に祈りをささげている体勢を取っていた。アンジェラの怒気を含んだ声にもびくともしないデュランに、尚一層の怒りを感じながら、アンジェラはついにデュランにつかみかかろうとした。
 が、ひょい、といなすようにかわされて、しかもアンジェラの腕はたやすくデュランの腕にとられている。
「なんだよ?いきなり不意打ちとは卑怯だな。しかも、女神様の御前であるこの礼拝堂で」
「うるさいっ!!この大馬鹿者ぉッ!!!」
「なんだぁ?」
 いつも以上に鼻息が荒く、眉間に皺が寄っているアンジェラを見て、デュランは怪訝な表情をする。いつも以上というよりも、これは稀に見るほどのアンジェラの乱心具合だ。ただの怒りではなく、怒りの狂気に呑まれたのような、そんな形相だ。
「おい、アンジェラ?」
「うるさいうるさいっ!!」
 ぐっと握られた拳が、か細いながらも鋭い一撃として放たれる。デュランはそれをよけつつ、自分の手のひらで受け止める。ぱしっ、と心地よいくらいの音が礼拝堂に鳴り響いた。
 ちっと舌打ちをすると、アンジェラは今度は足を振り上げた。デュランの腹を狙うように膝を一度自分のうちなる方向へ引き込むと、一気に足を伸ばした。デュランは悪くない動きだと思ったが、これが自分に放たれていることを思い出して、慌てて飛びのいた。自然、アンジェラの腕を手放してしまう。
「やぁっ!」
 デュランが腕を離してしまって、一瞬躊躇した瞬間、アンジェラはデュランに飛び掛る。肘を前に突き出した格好で、デュランごと体を倒しこむ。デュランの体が床に落ちた瞬間、その衝撃音が鳴り響く。床とアンジェラに挟まれたデュランの首に、アンジェラはその喉笛を狙うように肘を突きたてた。
「はぁっ・・はぁっ・・はぁっ・・。観念・・しなさいっ・・!!」
 デュランも小さく荒い息をつく。一応これでも、自分と、そしてアンジェラの衝撃が少なくなるよう受け身を取って倒れることに全神経を張り巡らせていたのだ。
「アンジェラ・・あのな・・」
「言い訳なんて聞きたくない!!」
「だから何のだよ!」
「まだシラ切ろうっての!?最低!」
「この前の喧嘩の話か?」
「違うッ!」
 喚くようにそういったアンジェラの目に、光が生まれた。ぱたぱたっと真珠のような光は、デュランの頬に落ちてきた。デュランはその光に、完全に毒気を抜かれた。そして、アンジェラにもその効果があったようだった。
「アンジェラ・・」
「なんで・・なんで私が泣かなきゃならないのよ!なんで私が・・っ!!」
 次第に震える腕。それでも狙いすましたアンジェラの肘は冷たくデュランの喉許にあてがわれている。その腕を、デュランはやさしく払うと、ぐい、と体を反転させた。
 今度はアンジェラが下に敷かれる。
「何で泣くんだよ?何で怒ってるんだよ・・お前は」
 まるであやすようなやさしい声に、アンジェラはううっと喉を詰まらせると泣き出してしまった。子供のように声を上げて、デュランの首にしがみついて、わんわんと泣いた。
 しばらくアンジェラはその状態で泣き続けた。デュランはそんなアンジェラをやさしく抱きしめて、黙ってその声を聞いていた。そして、やがてその声も次第に治まっていった。
「アンジェラ・・」
「デュランは・・私のことが嫌いなの?」
「は?」
 唐突に繰り出される直球の質問に、デュランはいささか、いや、かなり戸惑う。
「お前・・何を急に・・」
「私といたくないんだったら、どうしてこんなことするのよ!なんで優しくするの?!詐欺じゃないの!」
「はぁ??」
 またもやデュランには不可解な言葉が飛び出してくる。初めから聞いてやりたいのはやまやまなのだが、アンジェラの怒りの頂点はまだ過ぎ去っていないらしい。
「アンジェラ。なんで・・だいたいなんでそんなこと・・」
「アンタ自分の胸に手を当ててよく考えてごらんなさいよッ!!」
 またもや威勢を取り戻し、元通りの気迫を備えたアンジェラはデュランにそう言い放つ。そうはいわれても、この前の喧嘩のことではないらしいから、その後でアンジェラを怒らせるようなことをしたのは・・先ほどのここでの会話しか思い当たらない。しかしあれくらいはいつものやりとり。アンジェラがここまで泣くほどのことではないと思うのだが・・。
「わっかんねぇ・・」
「じゃあ、もういい!」
 アンジェラはデュランの体を払いのけ、立ち上がろうとする。
「アンジェラ」
「もういいってば!どうせデュランはこれっぽっちも私のこと考えてくれないんだ!私を厄介払いしたいと思ってるんだ!だったらもう・・いい・・」
 威勢良く言葉を吐き出しているのかと思いきや、途中からアンジェラの声のトーンは落ち、涙声に変わり・・そしてまたあの涙をこぼし始めた。デュランはほとほと参ってしまう。
(どうしてこんなに・・こんなに女って奴は疲れる生き物なんだ・・?だいたいそれとわかっていてこの女を手放せない理由はなんだ?こんなにも胸を疼かせるのはこの女の魔力なのか・・?)
 デュランは心の奥底でそんなことを考えながら、その腕を伸ばし後姿のアンジェラの体を捕らえた。アンジェラは少しびくりと肩を震わせたが、強い拒絶はなかった。当然だった。彼女は彼を愛しているから。拒絶などは結局起こせない。
 ゆっくりとデュランの腕に体が沈み込んでいく感覚に、アンジェラは酔いしれた。自分の体が完全に守られていることを感じた。
「何を・・怒っていたんだ・・?」
 デュランは優しくというよりも、少し詰問調になっていた。また喚きだされて話をややこしくしたくなかったのだろう。アンジェラはおそるおそる、声を上げた。
「デュランが・・私に見合い写真を持ってきたって聞いたから・・む・・むかついたの・・」
「はい?」
 デュランはそれまでのロマンチックな空気を一掃するように、アンジェラを一度引き離してこちらを向かせた。
「いったい何の話だ?そりゃ」
「だって・・さっき、お母様との謁見で台紙のようなものを送ったって・・」
「それ・・英雄王様からヴァルダ女王への贈り物なんだけど。花がこちらは咲き難いだろうからって、押し花をな。押し花なら枯れる心配もないだろうしって・・・・。」
 デュランは話しながら、目を天井に向かせてしばらく考え込んた。アンジェラが肩を小さくさせたのと同時くらいに、デュランは不機嫌そうにこう言った。
「・・おい。もしかしてその台紙と見合い写真を間違えたのか?それで俺がこんな目に会ったってのか?」
 アンジェラは肩をますます小さくさせながら、小さく呟いた。
「・・そうです・・」
「おめぇが勝手に勘違いしたことで、俺は身に覚えのない攻撃を仕掛けられたっていうのかぁ?ああ?」
「・・ごめん」
 アンジェラはもはやデュランの顔を見ることができない。デュランがあきれたようにため息をついた。
「お前は・・全く、そそっかしすぎるんだよ。もうちょっと落ち着いて・・」
「何よ!デュランだって、すぐに逆ギレしなかったってことは私に何かやましいことがあるんじゃないの!?」
「なんだとっ?!」
「なによっ・・と、その前にね」
 いきなり怒りを引っ込めて、アンジェラはこほんと咳払いする。
「答えてもらってないことがあるの、思い出した」
「んだよ?」
 一瞬ぎくり、とデュランが身を引くが、アンジェラは逃さないとばかりにデュランの体に抱きついた。デュランを見上げるように見つめると、小首を傾げてその姿でポーズ。そして、その口から出てきた言葉は。
「デュランは・・私のことが嫌い?」
「いっ・・!?」
 あまりのことに言葉が出ない。デュランはアンジェラの呪縛から逃れようとなんとかしたいのだが、アンジェラはぴったりと体をデュランに寄せている。
「好き?どっち?」
「おいおい・・ここは・・」
「礼拝堂でしょう?わかってる。だからこそ、ふさわしいと思わない。女神様の前でなら、ね?」
(ね?じゃねぇ・・けど。うう・・逃げられそうもねぇし・・そうだ)
 デュランはおもむろに胸についた勲章を外すと、アンジェラの手に握らせた。
「・・・?」
 アンジェラは不思議そうに見上げる。デュランは照れくさそうに笑いながら、お前が持っていてくれと言った。
「あたしが・・持っていてもいいの?これ、黄金の騎士になったときの勲章だよね・・?」
「騎士にとっての誇りは一番大事な人を守りきること、だからな。お前が持っていれば勲章も、誇りも守れるから」
 一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまったのか、アンジェラは一瞬の間のあと、放心したようにデュランを見上げ、その大きな瞳から再び涙を転がした。今度の涙は、先ほどよりも美しく煌びやかな光を放っている。
「デュラン・・ありがと・・ありが・・と・・」
「アンジェラ」
 デュランが、アンジェラを抱きしめ、頭のてっぺんにキスをする。デュランも、アンジェラの美しい涙を見ることができて感謝したいくらいだったのだ。
 アンジェラの頬を流れる美しい光の道は、デュランにとって全てを浄化する光なのだった。









■Fin


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