【聖剣伝説3】

■聖誕祭

作成日[2003/12/20]








 年の瀬を控え、各地で聖誕祭が催されている。精霊歴でいうマナの月の7度目のマナの休日は、女神が降誕した日として全世界規模のお祭りが行われる。ウェンデルの神殿ではのみならず、その恩恵を賜り生活してきた者たちは国の境界を越え、その祝いの日を祈りと祭りに捧げる。そして、その翌日には新しい暦が始まる。聖誕祭は1年の女神様への感謝の祭りでもある。
 祭りの規模としてはウェンデルの次点とするアルテナだが、ウェンデルのそれよりも美しいと賛美するものも少なくはない。氷と光のイルミネーションはエルランドとウェンデル城下町を完全に結んで、訪れるものの目を楽しませてくれる。いつもは人を襲うポトも、ここまで明るく彩られた道を大勢歩いている人を襲うという暴挙は起こさなかった。たまに見かけても、上機嫌に歩く人々に餌を請うことでその可愛らしさをアピールするくらいだった。
 小さな港町のエルランドでは、温かい料理を配る露店が立ち並んでいるだけだったが、城下町では美しく天を仰ぐ城を背景に、花や香水を売る店も並んでいる。厳しい環境で育つアルテナの花はやわらかいその香りとと優しい強さの芳香性で世界中の女性に人気が高い。その花を使った香水もまた然り。それゆえか、信条深い人々が集まるウェンデルよりも、アルテナの祭りは年齢層が低い。言ってしまえば、デートスポットになっている節もある。
 そして、アルテナの工芸品であるクリスタルの飾りも、この日ばかりは店を広げる。いつもは職人たちが注文にあわせて品物を作るだけであるから、一般人にはめったにその商品を見ることができない。しかし、このときばかりは職人たちもいろんな作品を見て欲しいという気持ちでその作品たちを披露する。このために訪れるコレクターも少なくはない。
 そんなこんなでアルテナの祭りは毎年にぎやかだったが、今年はそのにぎやかさを一層盛り上げる要素があった。
 アルテナ王家の末裔であるアンジェラが、その年懐妊していた。そしてその出産予定日は聖誕祭の日だったのだ。

 そして、新しい命は降り立った。人々はその知らせに歓声を上げた。

 優しい光を放つのは輝かんばかりの白い肌。そして柔らかな産毛に包まれた全身は、まるで天使のように暖かでやわらかい。母の鼓動と体と命を受け継いだその赤子は、今しがた世に生れ落ちたばかりだった。
「元気な王女さまです。よく泣かれておりましたから、しばらくおやすみになっておりますよ」
 乳母は柔らかな布で包んだ赤子を、アンジェラの許に寄せながらそう言った。アンジェラは慌てて手を広げ、その小さな命を胸に抱いた。隣では、優しげな表情で見守る夫、デュランの姿がある。
「おとなしいな」
 残念そうに、デュランがそう言った。デュランとしては、起きている赤ん坊の顔を見てみたかったのに違いない。初めて顔をあわせる子供は自分を見てどんな反応をするのかと、それを楽しみにしていたのだろう。
 そんなデュランの声を聞いて、アンジェラはただ頷いた。アンジェラはというと、顔を見れた喜びだけで十分だという表情をしていた。
 アンジェラの方は正直なところお産の疲労でくたくただった。しかし、赤ん坊を抱きたくて、乳母が取り上げた後そのまま寝台の上でじっと待っていたのだ。
 そして、今彼女の目の前にすやすやと寝息を立てるのは、ようやく対面できた初めての我が子。自分の全てを分け与えて育っていく、血の繋がった命。
「はじめまして、私はアンジェラ。あなたの、ママです」
 すやすやと眠る赤ん坊をぎゅっと抱きしめ、アンジェラはかしこまってそう言った。
 デュランが、そんなアンジェラを見つめる。
「あなたの人生がうまく行くように、私はあなたを支えます。持てる力の限り」
 まるで、宣誓でも行うかのような澄んだ声色で、アンジェラはそう言った。
「だから、あなたも一生懸命生きてね。あなたはあなたの道を、自信を持って歩いていってね」
 まだ眠る赤ん坊は声も立てず、静かに眠っている。アンジェラはその寝顔に優しく微笑むと、赤ん坊のふっくらとした頬に唇を当てた。まるで赤ん坊の肌の方が吸い付いてくるような弾力が、アンジェラの唇に広がった。
「永遠に、私はあなたを愛すると誓うから」
 あたたかな赤子をもう一度抱きしめ、アンジェラは言う。
「あなたの人生にたくさんの幸運と試練が与えられますように」
 アンジェラは赤子の暖かさややわらかさを全て体に記憶させようとでもするように、抱きしめ続けていた。ふと気を抜いたところで、ゆらり、と体が頼りなげに揺れたのを見つけて、デュランがおい、と声をかける。
 乳母も、アンジェラから優しく赤子をとりあげると、
「アンジェラ様は良く頑張られましたわ。ご立派でした。ですから、しばらくお休みになられませんと」
「・・うん」
 不承不承ながら、アンジェラは頷いた。デュランもそうしろ、という顔でアンジェラを視線を交わす。
 アンジェラは寝台の枕に頭をつけると、デュランが羽毛布団を引き上げてくれた。
「これから、いくらでも顔を突き合わせられるさ。な」
「うん。そうだね・・」
 アンジェラはデュランの顔を見ると、ほっとしたように微笑んだ。その大任を果たした充足感のある笑顔だった。
 デュランはアンジェラのそんな笑顔に深く安堵した。アンジェラの体が虚弱であることは、旅仲間であるときからずっと気を遣ってきたことなのだ。よく、そんな細身で子供を産めたものだと感心するくらい、今もアンジェラの体は細身で頼りなさを感じる。
 しかし、今しがた赤ん坊を抱いた瞬間から、アンジェラはそれだけの弱々しい娘からベールが1枚剥がれたような感じが、デュランにはあった。今までの儚いその姿のままではあるが、それを補うような緊張感がぴりりとアンジェラの体を纏っているような。そして、その緊張感はさらにアンジェラを美しく際立たせるものだった。
「アンジェラ、お前、変わったな」
 慰めるように、癒すように、デュランはアンジェラの額をゆっくりなでてやった。その額はまだお産の疲労から抜け切れていないのか、汗が滲んでいた。アンジェラは、デュランを見上げながら怪訝そうに声を上げた。
「・・何が?」
「いや、なんつーか。『母親』の顔・・っていうかさ」
 デュランは、ためらうようにそう言った。そういってしまってから、そういえば、自分はちゃんと父親の表情になっているかどうか気になった。おそらく、いや、多分なっていないだろうと思う。一般に男は、女ほど子供に対する責任の認知は早くはない。男は子供を産むという大偉業を、か弱い女に任せるのみなのだから。
 アンジェラはデュランの顔を見つめると、そっと手のひらを差し伸べた。デュランはそれに気づくと、アンジェラの手をとった。室内の温度が高い割に、アンジェラの手のひらは冷たかった。
「私ね、産むまで一体どうなっちゃうのか不安だったの。本当、毎日不安で、どうしたら楽になれるかわからなくて。そんな不安を背負って十月十日、日々を送ったのよね。そういう過程があって、ようやくこの世に出てきてくれた私の子供を見れるなんて、本当に夢みたいだったの。あの子を抱くまでは」
 そう言ったアンジェラは、デュランの手のひらをぐっと握り締める。アンジェラの視線はデュランの方ではなく、これまでのことを思い起こすかのように宙一点を見つめていた。
「そして、ようやくその顔を見て抱きしめたときにね。不思議なくらいはっきりと、あの子を思う気持ちが湧いたの。本当に意識も何もせずにね。この子を守りたい、大事に育てたい、って」
 デュランは何も言わずに、アンジェラの言葉に耳を傾けていた。
「多分、その自然な気持ちが、愛するってことなんだって、すとん、って心に填まってしまったのよ」
 アンジェラは肩をすくめながらデュランに笑う。
「デュランのことも愛してるけど。そこともひとつ次元が違うの。あの子は私の完全な分身であり、完全な個であるわけで・・。限りなく私に近い存在なんだもの。愛するなって言う方が、無理ね。多分」
「自己防衛に近い、か」
「言ってしまえばね」
 デュランはアンジェラと視線を合わせると、アンジェラの肩が冷えないように握り締めた手を布団の中に入れてやった。
「私、あの子を産んで、また愛することを覚えたんだと思う。デュランを愛すること、そしてあの子を愛すること。きっと愛はひとつじゃない方がいいのね。どんどん重ねていった分、それを知る幸せを身に付けることができるのね。やっと、判ったわ・・」
 無意識だったのだろうが、アンジェラの瞳から一筋の光が流れ落ちていた。デュランはその涙を感慨深げに見つめていた。
「きっと、お母様も、お祖母様も同じ想いを繰り返してきた。こうやってひとつ、ひとつ、愛されて、慈しまれて命が繋がっていくのね・・。だから人々ははじめに生まれた女神様をお祝いするんだわ」
 ―命が産まれる尊さを知っているから。
 ―私たちもその愛しさに囲まれて産まれたから。
 ―これからもそれが続くように。命の尊さを忘れないように。
 それが、聖誕祭の意味。
「じゃあ、俺は今日二つもいいものを見つけたのかもな」
 アンジェラの涙を親指で無造作に拭ってやりながら、デュランはそう言う。アンジェラが驚いたようにデュランを見つめる。
「二つも?」
「そう。二つ」
 にやりと笑いながら、デュランはそう言う。アンジェラはデュランを見上げながら、ふと思った。
(自分から決して話さない顔だ、その顔は)
 ずるい、とアンジェラは思う。
「それは、一体何なの?ひとつはあの子に出会えたことでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、二つ目はなんなの?」
「それは・・時がきたら言うよ」
 ごまかすようにそう言うデュランを見て、アンジェラは頬を膨らませた。
「ずるいわ。いいことは私にも分けてくれてもいいのに」
「まあ、それはおいおいってことで。もう寝ろ」
 照れ隠しの所為か、幾分乱暴に布団を引き上げる。アンジェラの顔が布団に隠れるくらい。
「もう・・」
 つまんなそうに寝返りを打ちながら、アンジェラは眠る体勢に入った。決まって右向きに体を横たえて眠るのがアンジェラの癖なのだ。
 デュランはそんなアンジェラを見て、安心したように立ち上がった。眠りの邪魔にならないよう、デュランは部屋を出ようとしたが、ふと思い出したように振り返った。アンジェラは布団を被ったままなのでそんなデュランには気づかない。
「アンジェラ」
「なに?」
 布団の中からくぐもった声が響いた。本当は眠くてたまらなかったらしい。
「ありがとうな、産んでくれて」
「・・・うん」
 デュランはそれだけが言うのが精一杯だったようだ。ほっと肩をなでおろすと、デュランはドアを開け部屋を出て行った。
 ぱたん、と扉の閉まる静かな音が響いた。
 布団の中で、アンジェラの目に再び涙がこぼれていた。

 アンジェラの見舞いが済んで、アルテナ城の廊下を歩いていると、デュランは会う人会う人に声を掛けられた。
「おめでとうございます、デュラン様」
「母子ともに健康と伺いました。ほんとうによろしゅうございましたわ」
 デュランはそんな人々にありがとう、と返しながら、女王の間に向かっていた。無事、アンジェラが子供を産んだことをアンジェラの母親にきちんと報告するべきだと思ったのだった。
 女王の間の前では待ちかねたように女王側使いのメリエがデュランを歓迎した。
「御生まれになったとお伺いしましたわ!本当におめでとうございます!」
「ありがとう。女王様に会えるだろうか?」
「もちろんです。お待ちかねですよ!」
 メリエはそう言うと、率先して案内しはじめた。扉を開く指示を与えると、女王の間に繋がる重く大きな扉が開かれる。女王の間は広く穿たれた窓の光を反射してきらめいていた。
「デュラン、よくぞ来てくれました。さぁ、話を聞かせてください」
 デュランが挨拶するよりも早く、女王であるヴァルダは自分のその権威を忘れたかのような性急さでそう言った。
 デュランはそんなヴァルダの愛嬌を、―失礼ながらも―可愛らしく感じながら言葉をつなげた。
「はい。アンジェラは無事、出産という大任を終えました。今はその疲れもあり休んでいます。子供も元気な産声を上げて、五体満足健康でありました。女王様の思うべき方向のまま、事は終わっているかと思います」
「大儀でした。あの子が母親になるということをどれほど夢見たか知れません。本当にあなたにも、感謝しているのですよ。デュラン。本当にありがとう」
 ヴァルダは本当に嬉しそうに顔をほころばせてそう言った。しかし、デュランは不思議そうに言葉を返す。
「俺は、何もできませんでしたが」
「いえ、あの子を支え、励ますあなたがいなければ、今のあの子はありません。・・想像もつかないでしょう?それくらいの不安と女は戦うのです。しかしアンジェラは幸運でした。あなたという力強い味方を側に置いて産むことができたのですから」
「・・」
 デュランにしてみれば心中複雑だった。本当に彼女に何かして上げられただろうか?と今になってそう思っている。
 そんなデュランの心を読み取ったかのように、ヴァルダは目を細めた。
「デュラン。あの子の身重を知って、あなたはアルテナに来てくれたでしょう?それだけであの子は十分救われていますよ。あなたのその決断があって、あの子も子供を産む自信を湧かせたに違いありません。あなたも知っているでしょうけど、あの子は少々臆病で怖がりなところがあるから・・」
 ヴァルダはそういってくすくすと微笑んだ。デュランもヴァルダにつられたように穏やかな微笑を見せた。
「だから、私は感謝したいのです。あの子と歩む決心をしてくれたあなたと、そしてあの子とあなたを引き合わせてくださった女神様にね。本当に今日はいい日だわ。女神様も粋な計らいをしてくださるものなのね」
 デュランはヴァルダの言葉に静かに頷いた。そして、思い切ったように、デュランは顔を上げると、
「俺も、今日は最高の日です。先ほどアンジェラに2つ良いことがみつかったといいましたが・・もはや俺にはそれだけではすまされませんね」
「あら、デュランは子供を見ることができた以外にも何が?」
 ヴァルダは興味深そうに身を乗り出した。デュランはやはりこの女王様を可愛らしく思う自分を笑いながら、こう答えた。
「アンジェラには秘密にしてくださると約束してくださるならば」
「まあ、何かしら。今日は聖誕祭だし、女神様に誓ってお約束するわ」
「それでは、お耳を頂戴してもよろしいですか」
 デュランの言葉に、ヴァルダはぷっと吹き出した。今この女王の間は広い空間でだた二人しかいないというのに、デュランは本当に用心深い。
「心配性なのね。わかりました。どうぞ、いらっしゃい」
「ありがとうございます。しかし、壁に耳あり障子に目ありと申しまして・・」
「まあ面白い言葉ね。でも、ショージって何かしら」
「遠い異国の地の言葉と聞き及んでいますが、俺もそれを知りません。では、失礼して」
 義母と娘婿の珍しい密談が取り交わされた後、デュランは顔を赤くしてその座を辞した。ヴァルダの方は嬉しそうに笑って、ありがとう、と答えた。

―――母親となり強く美しく成長したアンジェラ、そして、アンジェラと歩むことを許してくださった女王様に出会えたことに感謝と祝福を。


 聖誕祭。それは、全ての人が出会った全ての人に感謝と祝福を口にするマナのお祭り。












■Fin


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