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【聖剣伝説3】 |
| ■君のための正しい選択 |
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作成日[2004/6/12-13] 緑の木々溢れるフォルセナは、先頃雨季に入ったばかりだった。空からの恵みに大地に根を下ろす生き物達は歓喜の声を上げているようだったが、人々にとって雨は日常を妨げる障害物以外の何者でもない。雨どいを滴る水の音がもう1週間も続いていては、人々の心も気鬱になりがちだ。 占いの店にも連日誰かが訪れて、この雨はいつ止むのかと聞いているらしく、その占いの結果が日ごとうわさになっていた。しかし、天気を読むことはあの占い屋はそれほど得意としているわけではないらしく、その日その日で変わっている結果をデュランは叔母のステラからそれともなしに聞いていた。 今日は非番の日で、デュランはダイニングテーブルで頬杖を突いたまま、窓の外を眺めていた。 「やまないんだねぇ。今日も」 うんざりとした顔でステラが顔を出した。デュランはそちらに顔を向けずにただ、ああ、と返事をした。 「雨、何日目だっけ?」 「今日で7日目。一週間よ。もう洗濯物だってたまり放題。やれやれだね」 窓に滴る雨のしずくはそ知らぬ顔で流れ落ちてく。デュランはその中の一つのしずくを目で追いかける。流れ落ちるしずくは、下側の窓枠にぶつかってしまうとその先はもう見えない。 「部屋で干すのって好きじゃないんだよ。さっぱりしないじゃないかい」 「そうだね」 上の空でデュランはステラに返事をする。雨音が今また激しくなったような気がした。 「やだよ。また酷くなった。鎧戸もした方がいいのかねぇ」 ステラはそう独り言を言うと、ぱたぱたと部屋を出て行く。がたがたと音が鳴る。どうやら1階の寝室の鎧戸を閉めているようだ。デュランも自分の部屋の鎧戸を閉めに立ち上がった。 二階への階段を上り、自分の部屋にたどり着く。プライベートルームにしては広すぎるデュランの部屋には、計4つの窓がある。デュランはそれぞれの窓のその鎧戸を閉めにかかった。 窓を一度開けなければならないので、雨が吹き込むように入ってきた。予想外に濡れる。デュランはちっと舌打ちしながら鎧戸を閉めていった。 全ての鎧戸を閉めてしまうと、光が遮られてしまい、部屋が薄暗くなった。そして、一瞬その空間がデュランにある出来事を思い出させる。 ――1ヶ月前の出来事を。 「ど、どうしたんだよ、一体?」 突然の来訪者にデュランはがしがしと頭を掻きながらそう対応した。時間帯としては真夜中。迷惑千万な時間帯ではあったが、あからさまにそれを顔に出すのもはばかられた。 彼女が今にも泣きそうな顔をしていたからだ。 「・・ゅらん・・っ・・」 「あ〜わかったわかった。泣くなよ?泣くな。いいから入れ」 仮にも一国の王女である彼女――そう、彼女と言うのは魔法王国アルテナの第一王女アンジェラだったのだ――がデュランの家を訪ねることはもはや珍しくもなんでもなくなっていた。デュランも自然にそれが慣れてきてしまっていたので、とにかくアンジェラを部屋に上げたのだ。 本来ならば国賓扱いの重要人物を一般の民家にあげることなど考えられないのだが。人の慣れとは恐ろしいもので、そんなことを何度も重ねてしまうとそんな常識も薄れてしまうものなのだ。 何か飲み物を与えてやりたいと思ったが、アンジェラを連れてダイニングには行くことはできない。その途中がステラとウェンディの寝室になっているのだ。二人を起こすことになるのは出来れば避けたかった。 とにかくデュランの部屋に案内する。アンジェラはおとなしくデュランの後ろをついてきた。 「そこに座れよ。一体どうしたんだ?」 デュランは自分のベッドを顎で示し、自分用は椅子を持ってくる。アンジェラがベッドの上に腰掛けるのを見届けてから、自分の椅子を傍に置いて座る。 燭台のろうそくに灯をともして、デュランはアンジェラの顔色をうかがった。いつもより顔色が悪い。なんだか酷く怯えているようだった。 「どうしたんだよ?」 「・・・」 デュランに言われても、口を開きかけてはまた閉ざす。いつも強気な癖に、一旦恐慌状態を起こすとアンジェラは無口になる。無口と言うよりも、言葉にするのを怖れているようにさえ見えた。デュランは旅で連れ添った仲間の性格をしっかりと覚えていた。 「落ち着いて、な。言いたくなったら言ってくれ」 いつもは言葉を荒げるデュランも、こんなときまで不躾な言葉を吐いたりはしない。妹がいるせいか、もともと女子供のような弱者に対してはとことん甘いのだ。生意気な口を聞くアンジェラには無遠慮な言葉を吐くことが多かったが、それもデュランはアンジェラにはちょうどいいと思っていたのだろう。甘くすればつけあがることを見抜いていたのかもしれない。感覚的に。 震える肩がようやく治まって、アンジェラは口を開いた。 「・・たの」 掠れる声が届いたが、完全な言葉にはなっていなかった。デュランは聞きただす。 「・・え?」 「・・失敗したの・・」 「・・・失敗?」 「魔法の、練習してたの。新しい魔法をホセに習ったから、寝る前に復習してたのよ。でも本当は新しい魔法は慣れるまではホセの前以外ではやってはいけないって決められてるの。魔法が暴走を起こしたら誰にも止められなくなってしまうから・・」 デュランは黙ってアンジェラの言葉を聞いていた。 「でも、私早く魔法をうまくなりたかったの。だからこっそり、練習してて・・」 アンジェラの手がぎゅっと握られたことで、デュランはここからが本題か、と目を閉じた。 「今日も、その練習を一人でやっていたら、マナが暴走を始めてしまって・・私、意識を失ったの。目が覚めると、部屋中がびっしり氷漬けになっていて目の前には叱り付けるような母の顔があって・・母に助けられたんだってわかったの」 そこまで話すと、アンジェラは体を震わせて泣き始めた。 「こんなんで、王女?笑っちゃう・・こんな力の無い王女なんて誰も求めてないのに。私じゃ駄目なのに・・血族が繋がっているだけの私じゃ・・だめなのに」 「それで・・そのまま逃げてきたのか。ここに」 デュランがそう言うと、アンジェラは頷いた。アンジェラは慌てて涙を手の甲で拭うと、言い訳するようにデュランを見た。 「ごめん・・そう私は逃げてきたの。私には『アルテナの王女』としての地位が重すぎるの。どうしてもその枠から逃れたくて・・気がついたらフォルセナ行きの船に飛び乗っていて・・」 ――弱い私を、許して。 アンジェラの目がそう言っていた。 ――嫌わないで。拒絶しないで。ただ、今一緒にいてくれるだけでいいから。 デュランは惑う。アンジェラが、いつもは強引すぎるほど強気なアンジェラがこれほどにまで弱り追い詰められている。真夜中にも拘らず自分を頼って、フォルセナにきてしまうほど。 しかし、ここでアンジェラを行動を正当化させてしまってよいものか? 『仕方なかったんだ。お前はまだ未熟だったんだ。これからまた頑張ればいいじゃないか』 言葉だけでそう言うことはたやすい。たやすいが、無責任すぎる。アンジェラは仮にも一国の王女であり、あの国を背負う者にならなければならないのだ。 目の前にいる娘はそのか細い肩を震わせて泣いている。ただの女なら、抱きしめ慰めることで癒すこともできる。だが、この娘はただの娘、などではない。 デュランにとっても、彼女に一国の王女なんて重い足枷がなければよかったと思う。彼女を苦しめる全てを取り除けるものなら取り除いてやりたいとは思う。でもこの問題を取り除くことは、事実上不可能だ。そしてデュランとしても無責任にその事実を無視することは、彼女のためにもならない。 意を決して言葉を吐露する。 「・・アンジェラ、戻れ」と。 一瞬、アンジェラは何を言われたか分からなかったのだろう、首を傾げる。さらさらと肩から滝のように美しい髪が流れ落ちる。 「戻れ。ここに逃げてきてもお前は何の解決ももたらさない。自分でちゃんと、責任を持って償ってくるんだ。ホセ先生と、女王に。自分の言葉で謝って来い。それがお前の今できる償いだ」 アンジェラは半分、悲しそうな目でデュランを見つめていた。半分、というのは、デュランならそう言うと思ったわ、という苦笑いのようなものが混じっていたのだ。 「ありがとう。デュランを困らせるつもりは無かったの。どうしても会いたかったから」 デュランに諭されたアンジェラは、すでに王女らしい威厳を取り戻していた。声の張りが先ほどとは違う。たとえその声が鼻声であっても、やはり気迫が違うのだ。 「戻るわ。ありがとう。話を聞いてくれて」 「送ろう」 立ち上がり、そう言ったデュランをアンジェラは制した。 「いいの。来るときも一人だったから平気。それに、一人の方が謝罪の言葉を考えやすいから」 アンジェラはおどけるようにそう言った。アンジェラは強さを取り戻したのだ。いつまで続くのか知れないが、今のところはなんとか支えを取り戻したようだった。その支えはおそらくガラス細工のようなもので、再びどこかで悲鳴をあげるに違いない。デュランはそうと分かっていて、彼女を無理やり奮い立たせたのだと理解する。自分が正しかったのか、今ごろになってまた惑う。 「デュラン、あなたは正しいことをしたのよ。ありがとう」 デュランの表情を読んだのか、アンジェラがそういって微笑んだ。アンジェラは微笑むと、本当によく美しいあの国の女王に似ている。一人で一国の頂点を立ち続けるあの女王に、そっくりだ。 「次に来るときは、いい知らせを持ってくるわね。見送りもいいわ。ありがとう」 颯爽と立ち上がると、アンジェラは軽やかに階段を降りていった。ぱたん、とドアの音がして、そのあと石畳を走るヒールの音が鳴り響いた。やがてそれも聞こえなくなる。 デュランは一人その音が聞こえなくなるまで聞き続けていた。 やがて、その音が耳に届かなくなると、がっくりとベッドにすがるように膝をついた。 「ごめんな・・アンジェラ」 正しさが見えない。どうしてやることが彼女にとって一番だったのか、分からない。 慰めることも戒めることも、彼女にとってはどちらも意味をなさないようにも思えてくる。 今自分に出来ることは、彼女の幸運を願うことだけのような気がして、デュランは思わず手を祈りの形にしてマナの女神に祈りを捧げた・・。 それから、一ヶ月。アンジェラからの音沙汰は無い。 一体どんな処分が下ったのか、アンジェラはきちんと償うことが出来たのか。あの哀しい瞳はいくらか癒されただろうか。 気になることはたくさんあったが、デュランはどうしても自分がアルテナに行くことが正しいのかが見定めることが出来なかった。そして、時間は無常に過ぎていっている。 鎧戸を閉めて薄暗くなった部屋で、デュランはため息をついてベッドに腰をおろした。あの時アンジェラが腰をおろした位置の隣辺りに。 あの時もここに座って、慰めることが正しかったようにも思える。か弱く泣き始めた娘に、更に追い討ちをかけるような言葉を投げつけ、それでも騎士の端くれかと嘆きたくもなる。 しかし、問題はそんなに簡単なものだったか? 一ヶ月たった今も正しいことが見えないというのに。 「あー、うっとおしい子だね、全く」 突然、声がして驚いて顔を上げてみると、ステラが腰に手を当ててデュランを眺めていた。 「叔母さん・・?」 「会いたい娘がいるんならさっさと会いに行くのが男だよ?一体何をうじうじ悩んでいるんだい。高々女の一人や二人の話じゃないかい」 デュランの目の前まで歩きながら、ステラはそう言った。デュランは息をつくと、頭を抱えた。 「簡単な女じゃないから、悩んでるんじゃないか・・」 「失礼な男だね。簡単な女なんて世の中にいやしないよ」 ステラはふんぞり返って腕を組むとそう言う。 「だからそう言う問題じゃないって・・」 「じゃあどういう問題だい?色男」 興味深そうにステラがそう言うと、はぁっとわざとらしくデュランは息をつく。 「アンジェラは王女なんだぜ?」 「だからなんだい」 「だから・・そんなに軽々しく俺なんかが・・」 「お前はあの子を軽々しく思ってるのかい?」 すかさず容赦ない言葉がステラからデュランを襲う。あまりの言葉にデュランが思わず声を上げた。 「なんでそうなるんだよっ?!」 「そうは思わないから、聞いてるんだよ。いいかい、デュラン。お前はあの子の外側の鎧ばかりを見て、ちっとも本質を見抜けちゃいないよ。あの子は女の子なんだ。お前にとっての、ただ一人の女の子。ただそれだけじゃないかい。そう思えば、お前が今したいことはシンプルだろ。それをすればいいだけだよ」 うっと詰まったようにデュランがステラを見上げると、ステラは、そうだろう?と余裕にも微笑んでみせる。 「お前が俺なんかが、と思う気持ちがある分、あの子にだってそういう気持ちが生まれてるんだ。身分が違うことは歴然とした事実だからね。自分だけが悩んでるなんて思い上がらないことだよ。彼女だって決死の思いでここに来てるんだ。いつお咎めがあるのかと怯えながらも、お前に会いに来ているんだよ?きっとね」 ステラに言われて、デュランが言葉もなく自分の組んだ手を見つめている。考えている。 「さ、黄金の騎士デュラン?考えはまとまったら即実行するもんだよ。私たち家族を置いて旅立ったあの日のようにね?」 言われて、とうとうデュランは立ち上がった。クローゼットを開き、用意していたのか皮袋を肩に担ぎ、使い慣れた剣を手にすると足早に階段の手前までまで歩いていく。そして、一旦そこで立ち止まるとステラに振り返り、すまなそうな声でこう言った。 「結果的に叔母さんとウェンディにも迷惑かけるかもしれないけど、行ってくる」 「気にしないでいっておいで。私もウェンディも、お前のことを信じているよ。正しいことをしてるんだってね」 「ありがとう」 デュランは頭を下げ、幾分軽やかな足取りで階段を降りていく。勢いよくドアを開け飛び出していく。どうしようもないくらい会いたかったのだと、体が告げている。 そんなデュランの態度に、ステラはくすくすと笑いを堪えていた。 次にお前が泣いてたら今度こそ 抱きしめ慰めてやりたい。 実行に移せたら、お前は驚くだろうが同時に きっと輝く笑顔を見ることが出来ると信じて ――それがきっと俺の正しさだろうと信じて ■Fin |