【聖剣伝説3】

■アルテナの花飾り[1]

作成日[2004/7/12-13]








 アルテナの夏は、寒い。

 今更ながらこんなことを言っても仕方の無いことだが、年中雪に閉ざされたその国は雪原の照り返しにうんざりすることがあっても、激しい陽光に体を熱せられることはまず無い。もしそんなことがあったら、逆に異常気象だのと騒ぎになること請け合いである。

 そんなアルテナにも夏祭りがあった。夏祭りと言っても、フォルセナやウェンデルで行われる能天気な祭りとは少し趣が違った。温暖で暮らしやすい気候は、人々を開放的な気質へ向かわせるが、凍れるような寒さと悴むほどの冷たい空気に閉ざされた毎日は閉鎖的な偏執的な思考をもたらす。

 その昔からその祭りでは人々が魔法の美しさを競って見せ合っていた。その祭りで素晴らしい魔法を見せられたものには王家が褒美を取らせたり、新しい役職を与えたりして、その魔法のお披露目は年々レベルを上げていった。そして今では・・・。
 そう、今やアルテナのその催しは祭りというよりも、試験。アルテナ魔法王国の魔力レベル査定試験なのだ。


「どこが祭りなのよっ!あったま来るわね」

 アルテナ城の東側の塔にある一室から、金切り声が聞こえてくる。その声を聞いて、そのすぐ傍の廊下を通る城付きの魔導師たちがくすくすと笑い通り過ぎていった。中にいるその人物はそんな事実を知る由も無い。彼女は今はそんな些事を気にしていられないほど、すっかりご機嫌斜めなのだ。

「そうは言いましても毎年の恒例行事でありますまいか」

 なだめるようにそう言ったのは彼女のお目付け役のホセ。アンジェラはホセのことをホセ爺などと呼んでいるが、彼は偉大な魔法使いで見識も広く、現女王ヴァルダですら彼を頼って訪れることすらあるのだ。

「いつものだったらいいわよ!いつものだったら!」

 窓の外を見ていたアンジェラが振り返りざまに鋭く二人を睨みつけた。ホセのほうはもちろん慣れているので動じないが、片方のアンジェラの専属使用人のヴィクターはその恐ろしいほどの眼力に縮み上がった。彼も一応アンジェラの癇癪には慣れているはずなのだが・・いや、見慣れた状況でも慣れることは難しいのかもしれない。

「大体なんで王女の私がこの試験に参加しなきゃならないわけ?!王家の者が試験に出るなんて聞いたこと無いわ!王家の人間はいつも観覧側じゃないの!」

「いえ、せっかく姫様も世界の知を得て凱旋なさったことですし、これを機会に一つその力を国民に見せてはどうかとヴァルダ様が・・」

 ヴィクターが専属使用人らしくアンジェラにしどろもどろにそんなことを言い出したので、更にアンジェラは頭に来たようだった。すたすたとヴィクターの近くまで寄ってやると、その鼻先に指を突き立てて反論する。

「わーかってるわよ、そんなこと!重々承知のすけよ!いまさら!」

「じゃあお聞きにならないでくださいよ・・」
 せめてもの反撃にヴィクターも出てみたのだが、アンジェラがぎろりと睨みつけたので、肩を落としてうつむいた。

「これ、姫様。そうそうヴィクターを苛めなさるな。姫様をいつも一番に見てくれる姫様の味方ではありますまいか」

 ホセがようやくアンジェラとヴィクターの前を遮るように袖を上げた。学者らしいその服は、ゆったりと全身が包まれる身ごろになっており、生地は美しい碧色の羽模様が織り込まれている。その袖の長い裾が、アンジェラとヴィクターを遮る盾となった。

 ヴィクターは碧の鳥に守られたような錯覚を覚えながら、ほっと息をついた。

 言われたアンジェラも我に返りはしたが、どうも急に刺を引っ込めるのに分が悪いらしく、フン、と肩を怒らせて再び窓際へと向かう。
 やがて、窓に手を触れると、アンジェラはそっと息をついた。

「お母様は・・私を試しているの?それとも国民を安心させたいの?」

 息のついた窓ガラスは一瞬曇り、すぐにまたその磨きぬかれたガラスの姿に戻っていく。

「どうでしょうな?アンジェラ様がこの催しでの大役を果たしたときに、理解できるものかもしれませんな」

 そっけなくそういうホセに、アンジェラは聞きなれたようにうん、と声だけで返事をした。
 実はこの問答はこのところずっとされているものなのだ。いつもの質問にいつもの答え。変わることの無い、ホセの答えにアンジェラはいつか自分に希望を持たせてくれる答えをくれるのではないかと期待して、幾度となく尋ねるのだが、ホセは頑固にもその答えを覆すことは無かった。

「さ、今日は何を勉強されます。姫様」

 半ば急かすようにホセはそう言った。ホセに魔法を一から教えて欲しいと頼んでこの一週間は午前中ホセから魔法を学んでいる。しかし、既に始まりつつあるマナの変動のおかげでいつもうまく行くわけではなく、その力の変動はアンジェラを日々不安にさせるのだった。

「今日は・・水から氷への変化をやりたいわ」

 そういったアンジェラに、ホセは目を細めた。アンジェラがそんなホセを不思議そうに見つめていると、ホセは安心いたしました、と言う。

「何が?」

「姫様はアルテナを愛していらっしゃる。雪と氷に閉ざされたこの国を、人々の暮らしにとってその忌むべき氷の存在さえも、憎みきれなくていらっしゃる。それは紛れもなく、あなた様がアルテナの民である証明。あなた様がこの国を愛していくと言う・・安心いたしました」

 アンジェラとしては、口をついて出た言葉だったに過ぎない。だが、だからこそ、というのもある。
 きっと愛していく。この国を誰よりも愛していく。
 アンジェラはそんな確信に満ちた思いを心にこめながら、魔法の特訓を始めた。


 しかし、アンジェラは特訓の仕方に問題があった。寝る間も惜しんでやることは何事もそれほど本人にいい影響を与えるものではない。そして魔法もその例外ではなかった。

 アンジェラが部屋での特訓に疲れて、寝る間際にベッドの中でなんとなく唱えた呪文は、不均衡になりつつあるマナの力を引火させるように導き出したようだった。

「・・なっ・・なに・・・?」

 部屋中の空気が凝結して氷に変わっていく様を見てアンジェラは驚愕して、同時に硬直した。一体何が起こっているのか、わからなくなったのだ。そんな一瞬の隙に魔法はわずかながらのマナの力を得続け、部屋を氷漬けにしていった。

 そして、アンジェラの体もまた、凝結する対象にされ冷たく凍らされたのだった。
 幸か不幸か氷の暴走はとどまることは無かった。空中の水分子が次々に氷に変化していきながら、とうとうそれは大蛇が襲い掛かるような勢いで窓ガラスを割った。その音に気づいた魔導師たちがアンジェラの部屋の異変に気づいて駆けつけた。

 魔導師たちがドアの前でノックする。

「アンジェラ様!アンジェラ様!ご無事ですか!」

「止むを得ない。一刻を争う。王女の救命措置のため、ドアを燃やすぞ!」

 一人の魔導師がそう言ったところで、女王が駆けつけた。傍にはホセや、ヴィクターもたどり着いた。
「何事です!アンジェラに何が起こったのです!」

 女王の問いに、魔導師二人が直立して姿勢を正した。一人がその問いにはきはきと答えた。

「姫様の部屋のガラスが内部から割れたのを見ました。私たちは異変に気づいてアンジェラ様のお部屋に来た次第です。部屋からのアンジェラ様の返事もありません。御身にかかわることかと・・」

「わかりました。ご苦労さま。後は私がやります」

 ヴァルダはドアの前に仁王立ちすると、錫丈を構えた。

「女王?」

 驚いたように魔導師二人が問い掛けたが、ホセがその二人を連れてその場を外させた。

「一体・・?」

 驚いてヴィクターがそう呟いていると、ホセが声をかけた。

「ヴィクター。お前さんもそこを退かんと女王様は魔法を使えんよ」

「えっ!?ああ、はい。すみません」

 ヴィクターが慌ててその場から離れたとき、金の錫丈からまばゆい光が発せられた。光源はそのまま大きさを増していき、もはやどこから光が放たれているのかも分からなくなるほどの白い世界が作り出された。

 しかし、それも永遠ではなかった。ヴィクターが光を避けるためにかざしていた手を少しずつずらし、目を開くとその光の空間はいつのまにかなくなっていた。そして、もう一つなくなっていたものがあった。

「ドアが・・・!」

 なんと、アンジェラの部屋と廊下を隔てていたドアが、きれいさっぱり跡形もなく消え去っていたのである。なぎ倒された形跡も無ければ、吹っ飛ばされて金具が拉げた形跡も無い。ただ、初めからなかったかのように、ただそこにはぽっかりと壁と壁の空間があるばかりなのだった。

「アンジェラ!!」

 王女は声を上げながら、部屋に入るがアンジェラの返事は無かった。様子を見てヴィクターはおろか、王女やホセまでが干上がった声を上げた。

「アンジェラっ!!」
「アンジェラ様!」

 アンジェラはベッドの中で横たえていた。普段のままならば驚くことも無いその姿だが、その周りに覆うものをみて3人は声なき悲鳴をあげたのだ。

 アンジェラはベッドごと氷漬けにされていたのである。









■To be countinued.


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