【聖剣伝説3】

■アルテナの花飾り[3]

作成日[2004/7/14]








 凍れるほど冷たい風に加え、雪が舞い始めた。

 アルテナに降る雪は轟音を伴うほどの豪雪であることもまれにあるが、ほとんどは静かにしんしんと降り積もることの方が多い。

 しんしんと降り積もる雪は見た目静かでそれほど積もる印象は無いが、結果的な積雪量はこの「静かな雪」の方が多い。静かではあるがいつのまにかその雪の侵食は、じわじわとその影響を及ぼすので実質的に性質の悪いモンスターのようだ。

「はぁ・・なんとか、エルランド・・」

 雪を踏みしめる音がぎゅっぎゅっと音を立てている。アンジェラは額に浮き出た汗を拭い、息をついた。外気温は零下にもなるというのに、皮肉なことに雪の移動は汗を噴き出させるほどの重労働なのである。

「このままじゃ風邪ひいちゃう・・早く・・早く・・」

 アンジェラは汗をたらしながらもエルランドの町に到達するまではと、足を緩めることなく歩いていったのだ。さすがにその疲労もでてきたせいか頭がくらくらしはじめている。しかし、早くここを逃れなければいけないという、得体の知れない強迫観念がアンジェラの頭にこびりついては離れない。

「船・・定期船・・乗らなきゃ」

 エルランドに入ると、その町並みの果てには波止場があった。そこからは日に3度ほど定期船が出ている。目的地はそのときどきでさまざまではあるが、日に3度という頻度の割りに人々の利用は多い。
 アンジェラは手っ取り早くこのアルテナの地から逃げ出す手段を心得ていた。

「さぁ〜もう出航の時間だ。乗るものは乗っとくれ。・・と、ねぇちゃんは乗るのか?」
「え・・ええ・・」

 アンジェラは疲労感に視線を彷徨わせながら何とか返事をした。気のいい船乗りの男は、アンジェラの疲れた様子を気の毒そうに見つめると、さぁ、つかまって、と手を出した。

「お、お代・・を・・」
「あほんだら。いいから乗っちまえ。乗ったら逃げられないんだから、嫌でも払ってもらうさ」

 まるで熊のようないかつい顔をしているくせに、さわやかに笑う男にアンジェラもつい笑みがこぼれた。アルテナ城を出てはじめて、やっとアンジェラにも笑う気力を取り戻すことが出来たのだった。

 船のタラップが畳んで仕舞われると、船は汽笛を慣らして出航した。

 アンジェラは手を貸してくれた男に礼をいい、約束通りの乗船料を支払った。

「目的地を聞かなかったがあんた、平気かい?」
 親切な男はアンジェラにサービスだと言ってスープをくれた。
 アンジェラはそのスープをありがたく受け取り、すすっていると男はそんなことを尋ねてきたのだった。
「ジャドか、マイアでしょう?どちらでもよかったのよ」
「ああ、経由する手があるからな。まあこの船の行き先はマイアが正解だけど。」
「あら」

 なんとなく、アンジェラは顔を赤くしてうつむいた。
 それに気づいて男はきょとんとしたが、がははと笑い出す。

「その顔じゃぁビンゴってところか。しかも恋人にでも会いに行くのかい?」

 危うくスープを喉に詰まらせそうになりながら、アンジェラは慌てて首を振った。

「ち、違うわ!そんなんじゃ・・」
「まあまあ、いいじゃねぇか。行きずりで顔を合わせた俺にはアンタが本当のことを言っているのかうそをいっているのかわかりもしねぇ。そんなことに躍起になっても仕方がねぇってことよ。テイクイッイージーってこった。アンダースタン?」

 男は本当に陽気な男だった。がははと笑ってみせるその顔には元気を分ける効能があるのか、アンジェラもその男と話していると次第に力が湧いてくるようだった。

「あら・・指輪」
「おう、女房との鎖だ」

 アンジェラはその男の薬指に金色に光るものを見つけて喜んだ。

「鎖?」
「そうさ、切っても切れやしねぇ。こんなもんがなくったって、本当は絶対に切れやしねぇ。逃げても逃げても必ずそこにある。まさに一心同体ってやつだ」

 陽気な男だったその男が、感慨深げに指輪を見つめる姿になると不思議にドキドキさせられるような気分になってアンジェラはびっくりした。そう、そこにいるのは紛れも無い一人だけの女を見る男。

「逃げたくなるの?」

 おどけてアンジェラは聞いてみる。

「なる、ときもあるわな。そりゃそうだ。生まれてずっと一緒にいる家族ですら喧嘩していさかいを起こすこともある。もとは他人の女房となんてそれ以上だ」
「そう・・」
「がっかりするんじゃねぇ、ねぇちゃん。それ以上に嬉しいことはたんと待ってるんだ。女房と子供を元気に笑わすことが出来るのは俺しかいないっていう誇りだ。それだけには何物にも変えられねぇ価値がある」

 にっと熊のような顔が元気付けるように笑ってみせる。

「だからそんなに不安になるこたぁない。いつも幸せとは限らない分、やがて得た幸せには今まで以上の価値があるものだよ」

 男がそう言った顔があまりに和やかで安心させるので、アンジェラは泣いてしまった。


 やがて船はマイアに到着した。
 男とは手を振り別れ、自由都市マイアに到着したアンジェラはこの後モールベアの高原を目指し足を進ませた。

 雪がない分歩くのはずいぶんと楽だった。黄金街道を抜けるときに出くわすモンスターにも手馴れたもので、敵が出現しきってしまうまえに叩き潰していることもあったくらいだ。それくらいアンジェラの杖捌きも今となっては強力な打撃系武器として役に立っている。

 修復された橋を超え、モールベアの高原に入った。
 ここで出くわすモールベアもアンジェラにとってはたいした敵ではない。蹴散らしながらアンジェラはその先にあるフォルセナを目指していた。

「見えた・・フォルセナの・・」

 フォルセナについた頃はもう時間的には日が昇る直前というところであった。
 フォルセナの街に入るのは特に問題はなく門番もいない。アンジェラはその足で元パーティの仲間である男を頼って歩き続けた。

 こんこん・・

 デュランの家のドアを控えめにノックをした。気づかれなかったらそれでも良いと思った。無理に起こすつもりは無い。けれど顔を見たい。話を聞いて欲しい。それだけの思いでここまで来てしまったのだ。

 しばらく物音は聞こえなかった。アンジェラは吐息を付く。今会わなければならないと言う理由は無いが、それでも・・という気持ちがどうしても治まらない。かといって、もう一度ノックするにも気が引ける・・そんなことを考えていたら、目の前のドアがぎぃと音を立てたのだった。

 信じられなかった。ノックの音は本当に微弱な音であるはずだった。それで誰かが気づくと言うことも実は想定していなかったほどの音だったのだ。
 しかし、そのドアの奥の視線にはもっと驚いたデュランの顔があったのだ。

「ど、どうしたんだよ、一体?」

 泣きたくなった。嬉しくて嬉しくて、泣きたくなった。
 ただ顔を見たい、と思っただけだったはずなのに、留まらぬ感情にアンジェラ自身が驚く。留まらぬ湧き立つ泉の源泉のように、こみ上げる喜び。

「・・ゅらん・・っ・・」
「あ〜わかったわかった。泣くなよ?泣くな。いいから入れ」

 デュランには何がなんだかわからないことだらけだったに違いない。しかし、強要してその理由を問いただすこともなくデュランは部屋にまず案内してくれた。

「そこに座れよ。一体どうしたんだ?」

 部屋に通されたアンジェラはベッドに腰掛けるように促された。
 アンジェラは黙って頷くと、デュランのベッドに腰をおろした。デュランは、それをみてから斜め横に椅子を持ってきて、その椅子に腰掛けた。

 アンジェラは何から話していいのか分からなくなっていた。
 こみ上げた喜びに圧倒されはしたが、ここに来た理由をデュランは知りたがっている。

 当然ではある。時間は夜明け前。しかもはるばる他国からの訪問。一体何が起こったのだと訝る気持ちももちろん分かる。ただ、どこからどう話せばいいのか・・アンジェラは答えに窮してしまっていた。

 ふっと蝋燭に明かりが灯った。デュランが火をともしたのだった。

「どうしたんだよ?」
「・・・」

 デュランが尋ねているのに、アンジェラは反応すら出来ない。頷くことも首を横に振ることも出来ない。何かを話そうとしても、頭が空っぽなので、言葉として何も出てこないのだ。
 デュランはそんなアンジェラの様子を見て、心配そうに眉を顰めた。

「落ち着いて、な。言いたくなったら言ってくれ」

 デュランにそう言ってもらえてやっと、呼吸が出来るようになったかのように心が落ち着きを取り戻してきた。とりあえず、起こったことを順番に話すしかないと思った。
 アンジェラは肩の震えを一心に抑えようと試みながら、口をようやく開いた。

「・・失敗したの・・」
「・・・失敗?」
「魔法の、練習してたの。新しい魔法をホセに習ったから、寝る前に復習してたのよ。でも本当は新しい魔法は慣れるまではホセの前以外ではやってはいけないって決められてるの。魔法が暴走を起こしたら誰にも止められなくなってしまうから・・」

 アンジェラは呼吸を整えると、再び口を開いた。デュランはおとなしく耳を傾けている。

「でも、私早く魔法をうまくなりたかったの。だからこっそり、練習してて・・。今日も、その練習を一人でやっていたら、マナが暴走を始めてしまって・・私、意識を失ったの。目が覚めると、部屋中がびっしり氷漬けになっていて目の前には叱り付けるような母の顔があって・・母に助けられたんだってわかったの」

 話してみると、なんと単純でつまらないことに自分は追い詰められているのだと情けなくなった。肩の震えをとうとう抑えられなくなって、アンジェラは涙をこぼした。

「こんなんで、王女?笑っちゃう・・こんな力の無い王女なんて誰も求めてないのに。私じゃ駄目なのに・・血族が繋がっているだけの私じゃ・・だめなのに」
「それで・・そのまま逃げてきたのか。ここに」

 デュランの声が冷徹そのものではないと頭では分かっていた。分かっていたのに、アンジェラはその声色よりその言葉そのものに過敏に反応した。

(ああ、そうよね。デュランはこんな意気地なしの女の子なんて好きじゃないわね・・)

 アンジェラに諦めのようなものが舞い降りた。

(そうだ、こんなに弱い人間なんて誰も必要としない。強い人間にこそ、人々はあこがれ賞賛を与えるのに・・私はこんなにもちっぽけで、こんなにも弱い)

「ごめん・・そう私は逃げてきたの。私には『アルテナの王女』としての地位が重すぎるの。どうしてもその枠から逃れたくて・・気がついたらフォルセナ行きの船に飛び乗っていて・・」

 デュランの目を見るのが怖い。けれど、デュランの目を見てみたい。
 最後の希望を振り絞って、アンジェラはデュランの顔に目を向けた。

 けっして、デュランはアンジェラを非難するような目をしていなかった。それだけは間違いない。ただ、その瞳の奥に迷いのようなものを感じた。どうしたらいいのか、どうしてやればいいのかもてあましているのだ。

(デュランが・・あのデュランが、困ってる・・)

 居たたまれなくなった。アルテナに居たたまれなくなったあの強迫観念と同じようなものを感じた。そして今ここにいる自分が、間違っているのだと言うことが、ことここにいたってようやく分かってきたのだ。

(デュランの顔を見ることも出来たから・・きっと私は・・)

「アンジェラ、戻れ」

 アンジェラの思考が読まれたかのように、デュランの声がそう言った。
 思わず耳を疑って、デュランの顔を見つめ直すと、デュランはいかにもいいにくそうな顔をしていたが、決心したように一気にこう言った。

「戻れ。ここに逃げてきてもお前は何の解決ももたらさない。自分でちゃんと、責任を持って償ってくるんだ。ホセ先生と、女王に。自分の言葉で謝って来い。それがお前の今できる償いだ」

(ああなんで・・なんで・・この人は。私のことをちゃんとわかってくれるのだろう。どうして言って欲しい言葉をちゃんと紡いでくれるのだろう)

 少しくらい甘やかせてくれてもいいのに、この人にはそんな器用さは無い。けれどアンジェラ自身もそんな甘さを欲しいわけではないのだ。

(いつも、ちゃんと考えてくれてるのよね・・?だからいつも不器用にみえてしまうけど、それが一番デュランが考えてくれてる証拠なんだよね?)

「ありがとう。デュランを困らせるつもりは無かったの。どうしても会いたかったから」

 嬉しかった。思っていたことが通じたようで、アンジェラは嬉しかったのだ。これを糧に帰れば、何でも出来そうな気がして、アンジェラは不思議なくらいだった。

「戻るわ。ありがとう。話を聞いてくれて」
「送ろう」
 アンジェラを気遣い、デュランは立ち上ったが、アンジェラはデュランを制した。
「いいの。来るときも一人だったから平気。それに、一人の方が謝罪の言葉を考えやすいから」
 肩をすくめておどけてみせる。

(私は大丈夫よ、本当に大丈夫、あなたのおかげでね。)

 困らせたお詫びにめいっぱい元気な顔をして、アンジェラはそう言ったのだが、デュランはまだ不安げな表情でアンジェラを見つめていた。アンジェラに何もしてやれなかったことを悔やんでいる風に見えて、アンジェラは首を振った。

「デュラン、あなたは正しいことをしたのよ。ありがとう」

 アンジェラはそう言うと、ベッドを立ち上がり足早に階段に向かった。そして、その手前でデュランに振り返り、アンジェラは元気に最後の挨拶代わりにこう言った。

「次に来るときは、いい知らせを持ってくるわね。見送りもいいわ。ありがとう」

 アンジェラはそう言うと、デュランに微笑みかけ、階段を降りていった。

 アルテナに帰る決心は、ついていた。








■To be countinued.


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