【聖剣伝説3】

■六花の奇跡

作成日[2004/9/7]







 アルテナ城の西側の塔、鐘楼の塔から目覚めの鐘が鳴り響く。涼やかなその音は、軽やかでありつつもアルテナの城下町を包み込むように行き渡っている。鐘楼の鐘は、空に封じ込められた太陽のお陰で人々が朝を見失わぬよう、アルテナの歴代女王の一人がある一定の方角に太陽が差し掛かったときに鐘を鳴らし始めたのがそのはじまりと言われている。
 その鐘の音をデュランは毎日聞いている。
 アンジェラを王女と知りながら、一生をともにすると決めたその日から。

「デュラン、起きた?」
 鐘よりも涼やかな表情で寝室に現れたのは、自慢の妻。そして自慢の次代女王。そんなことは、一度とて口にした事は無いのだが。
「起きた起きた・・ふぁぁぁ・・」
 デュランは大き目のベッドで伸びをしてからベッドから、飛び跳ねるように降りた。テーブルにある水差しから水をコップに注ぐと、ぐいと飲み干す。
「慌てて起きたんでしょ。鐘が聞こえたから」
 お見通しよ、とでも言うようにアンジェラがそう言うと、デュランがげほっとむせる。
「なんだよ。分かってるなら言うなよな・・」
 デュランが腕で口を拭いながら、コップをテーブルに置く。アンジェラは、傍に控えめに備えている椅子に腰掛けるとゆったりと足を組んだ。裾の長いドレスにはスリットが入っていて、アンジェラの白く美しい足が覗く。
「分かってるから言いたいのよ。確かめたいの。当たってることが嬉しいから」
「幼稚だな」
 デュランがそっけなく言うと、アンジェラは怒りもせずこういってのけた。
「でも人間らしいわ。いえ、女らしいというべきかしら?」
 強気な瞳にそういわれては、さすがのデュランも何も言えなくなる。アンジェラがにこり、と微笑んで見せると、デュランは負けを認めざるを得ない。
「昔のお前だったら、一気に頭が血に上って大喧嘩したもんだが」
 デュランはぼそりと最後の抵抗を試みてみる。
「あら、私が若くなくなった、とおっしゃりたいのかしら?うちの旦那サマは」
 つん、と顔を逸らすアンジェラ。眉は不機嫌につりあがり、頬を膨らませている。相変わらず愛らしい仕草をする。そしてそれがアンジェラには自然と似合ってしまう。贔屓目に見ているわけではないと、デュランは思うのだが。
「お前は、本当に変わらないな」
「言ってることが矛盾してるわ、デュラン」
 アンジェラに言われて、デュランは自覚した。おそらくこの女の前では一生思考回路を一定に保つことができないのだろう。こちら側が一定に保てるほど平凡な女ではないのだから、それは仕方の無いことだった。
「昨日は寝てないのか?」
 これ以上アンジェラのペースに巻き込まれるのも癪だったので、デュランは別の話題を振ってみた。アンジェラはくるりとデュランの方に顔を向けると、ゆるく頭を振った。否定を示す。
「2時間くらいかな・・。目当ての文献がみつからないんだもん・・。頭が回らなくなってきたから、一度眠ってね。お肌が荒れちゃう」最後はおどけるようにアンジェラは自分の手を顔に当てて笑って見せた。デュランはどれどれ、とアンジェラの顔を覗き込む。
「ホントだ。シミできてんぞ」
「えっ!?ちょっとホントに!?」
 アンジェラは慌てて立ち上がると鏡台に走り寄った。ゆったりと裾を引いているドレスがふわりと舞う。
「うそつきっ!できてなーい!まだそんな歳じゃないもん」
「気にしたくせに・・」
 にやにやと笑いながら、デュランがそう言う。アンジェラは憤慨したように手を腰に当てて言った。
「するわよ!こんな不規則な生活してたらいつできるかってびくびくしてるんだからね!」
 言われて、デュランは心配そうに目を細める。アンジェラもデュランの表情の変化に気づいて、手を下ろした。
「体壊すなよな。俺に手伝えることがあれば言ってくれ」
 アンジェラはデュランのその言葉に嬉しそうに微笑む。
「そうね・・あるよ。久しぶりにデートしようか」
 アンジェラがさらりとそう言うので、デュランは一瞬思考回路が停止した。
「・・はぁぁ?お前、忙しいんじゃないのかよ!?」
「今日は休養日にしなさいって。お母様がお休みを下さったのよ。ここのところ根詰めて魔法陣の不良解析をやってたでしょ。少し休んで、デュランと時間を過ごしなさいって。あと、孫の顔が見たいって」
 またもやアンジェラはさらりと思ってもないことを言う。
「ぶほっ!」
 デュランはもう一杯水を飲もうとしていたところだったので、むせ返っていた。

 デュランはいろんなところに水がかかってしまっていた寝巻きから服に着替えていた。アンジェラは妻らしくデュランの衣服を拾い上げながら、デュランに問い掛ける。
「どこにいく?アルテナの城下町の方は結構まわっちゃったものねぇ・・」
「どこでもいいけど、俺は」
 デュランはそう言ってから、しまった、と思う。窓からおもむろに遠くを眺めていたデュランだったが、鏡越しにアンジェラの動作がぴたりと静止してデュランを見つめているのが見えた。その姿がひんやりと冷たい空気を纏っているように見えたのは、窓の向こうに見える景色のそれの所為だけではないのだろう。
「非協力的〜〜〜っ」
「ああ、悪かった。悪かったって!」
 一度、これが理由で大喧嘩になったことがあるのをデュランは覚えていたのだ。最近ではさすがにアンジェラが言うのももっともだと思うことにして、気をつけていたのだが、つい本音が出てしまった。
「しかしまぁ、いくとこなきゃ別に無理して出ることは無いんじゃねぇの?お前2時間しか寝てねぇなら寝るっていうのも一つの手だし」
 着替えてしまって手持ち無沙汰になったデュランは、アンジェラの座っている椅子の、隣の椅子に腰掛けた。
「それじゃぁ、つまらないわよ!せっかくの休みなのに寝て過ごすなんて!!」
 アンジェラはデュランの提案に猛反対した。
「健康維持のための休養を休みの日にするというのもそれはそれで有意義だと思うけどな。肌荒れ防止にも役立つし」
 デュランはそれでもそう言ってみる。アンジェラは少々デュランの物言いにむかついてきたのか、再び眉根があがりつつあった。
「それじゃ意味ないの!デュランてば考えるのめんどくさくなってきてるんでしょ!!」
 デュランは慌てて足を組替えてそ知らぬ振りをした。が、アンジェラはその不自然さを見落とすはずもなく、むっつりと膨れた顔でデュランを睨みつける。そろそろ本気で案を出してやらないと喧嘩になりかねない、とデュランは思い始めていた。そしてそれはできればそれは避けたかった。激務に耐えて2時間しか眠っていない妻にしていいことではない。
「あぁ・・そういえば」デュランはやっとのことで思い浮かんだ場所に胸の中でほっと息をついた。「水晶の洞窟はどうだ?しばらくあの辺行ってないんじゃないか?」
 言われたアンジェラは意外そうに目を見開く。
「確かにしばらく行ってないわね。今の季節は結晶が作り変わる時期だから、きっと洞窟も面白いことになっていると思うわ」
「面白いこと?」
 アンジェラの言葉を鸚鵡返しにデュランが問う。しかしアンジェラはそんなデュランを面白がるように笑うだけで答えなかった。
「じゃあ、お弁当をオルフェに頼んでくる!デュランは支度しててね!」
 アンジェラは急に元気になって部屋を飛び出していった。するりとドレスの裾が挟まれるか挟まれないか、というタイミングでドアが閉まるのをデュランは見つめながら、こう呟いた。
「支度も何も・・俺はこれ以上支度するつもりは無いんだが・・」

 オルフェに作ってもらったお弁当を手に、二人は雪原のピクニックへと出かけることになった。
 デュランの故郷である草原の国フォルセナのように青々と茂る大地の代わりに、ここでは光り輝く銀世界が果てしなく続いている。そこは距離感を失いそうなほど、白一色で埋め尽くされている。
 枯れ木についた水滴が瞬時に凍っていて、木々は七色に輝いていた。その自然のイルミネーションは今では各地で有名になり、この木々を見物にアルテナに訪れる旅行客も少なくは無い。
 旅慣れたはずの二人だったが、久しぶりに踏みしめる雪の感触に始めは思った以上に進行状態は難航した。しかし、しばらくすると旅人達が踏み均した雪の道にぶつかり、その後はたいして苦もなく水晶の洞窟にたどり着くことができた。
 水晶の洞窟は地下への大空洞に繋がる洞窟で、そこは大小20を超える大空洞が連なってできている。最後の一番大きな大空洞に、ご神体のように聖石がずっしりと鎮座しているのである。
「ここにも魔法陣が・・」
 デュランは入り口に魔法陣が書かれていることに気づいた。アンジェラは、ああ、と吐息を吐くように声を発した。
「聖石の近くにも魔法陣を置いたの。洞窟の中から一度、この魔法陣にリンクさせて、ここから城下町の魔法陣にリンクさせてるの。聖石のマナの力を借りているのよ」
「なるほど」
 デュランは感心したように頷いた。
「ホセ先生の案なの。よくまあ、色々と浮ぶもんだわ。感心しちゃう」
 アンジェラは肩をすくめていたが、その実アンジェラがホセに絶対の信頼を置いていることをデュランは知っていた。
「じゃあ行くか。寒くないな?」
「当然!」
 二人は城の者たちにこれ以上は着られないというほど防寒具を着させられたのだった。あまりに身動きがとれない状態になったので、5枚ほどこっそり脱いできたほどだ。
 そんなもこもこ状態で意気揚揚と答えるアンジェラを、デュランは少し笑った。

 洞窟に入ると、天上から漏れる光のようにいくつもの光の筋が空間を照らしていた。その光は氷で覆われた壁や床を照らしては、気まぐれな方向に向かっていく。
「今は・・白夜だから、一番結晶がきれいにできる時期なの」
 アンジェラはそう言うと、一つの壁を指差した。氷の壁面、とデュランがてっきり思っていたその壁はただの氷の壁面ではなく、親指ほどの花の紋章がずらりと施された壁だった。
「・・これは・・誰がやったんだ?」
「誰も?こんなところに職人なんていないわよ?」
 アンジェラはくすくすと満足そうに笑う。デュランを驚かすことに成功して、アンジェラはご機嫌だった。
「だって・・これはじゃあ・・」
 呆然とデュランがそう言うと、アンジェラは優しく微笑んだ。教えてあげる、というと、今度はその壁の天井のほうを指差した。そこからは天井からゆるゆると漏れて伝ってくる水の導(しるべ)があった。
「あそこに流れる水と、ひと時も欠かさず天から漏れる光、あと聖石の力っていわれているの。詳しいことはよくわからないのだけど、白夜の時期だけなのよ、六花の壁が見られるのは」
「へえ・・」
 デュランはほとほと感心して、その壁に見入っていた。アンジェラは天井から漏れる光と六花の壁を見てはほう、と吐息を吐いた。ため息が出るほどそこは美しい光景だった。
「あ、形が全部違うんだな!」
 じっと壁に見入っていたデュランが大発見をした子供のように声を上げた。アンジェラを見て、見てみろよ、と得意そうに指を指し示している。
「うん、そう。ここの花は一つとして同じものは無いのよ」
 アンジェラがそう言うと、デュランは頷く。大発見が驚かれなかったことに少々不満な部分があったようだったが、デュランはそれでもアンジェラの言葉には頷いた。
「俺達が一人一人が違うように、この花たちも一つとして同じものは無い、か。違ってて、当たり前なんだな。自然ってそう言うものなんだ、きっと」
 デュランが独り言のようにそう言うのを聞いて、今度はアンジェラも頷いた。
「王族は魔法を使えるべきだって私はずっとひと括りにしていたから、私は不安に苛まれた。けど、環境は単純なひと括りではもう時代を超えられなくなってしまっていた。きっと魔法が使えなくて悩む私が生まれたのは・・・この環境になる時代の必然だったのかもしれない・・」
「俺も、そうなのかもな・・。騎士として強くあるべきだとひと括りにして、騎士の強さを何たるかを知らずに飛び出して、強さってモンに悩まされた。けど結局、それは俺の中にあって、俺だけが認められるものだって気づいたのは・・旅が終わってからしばらくしてからだったからな・・」
 二人が、顔を見合わせて微笑みあう。自然と、手が繋がれる。
「ここにこうしている私達の出会いもきっと、あの壁の一つの花と同じくらい貴重でささやかな存在ね」
 アンジェラがそう言って微笑む。デュランがそんなアンジェラに頷きながら、アンジェラに一つの花を捧げるように囁いた。
「でも、きっと必然だ」







■Fin.


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