【聖剣伝説3】

■リミットブレイク

作成日[2004/11/18]








「あーあ、またやっちゃったぁ・・」
 秋風が身に沁みる。温暖で過ごしやすい気候で有名なフォルセナも四季はあるらしく、秋を知らしめるような冷たい空っ風が吹きぬけた。アンジェラはいつもの薄手のレオタード一枚という出で立ち。一応レオタード自身に魔力がかかっているとはいえ、風の冷たさは身に沁みた。
 いや、身に沁みたのは風の冷たさだけではなかったのかもしれない。
 今しがた取った彼女の行動が、自分でやるせなくて、だから余計寒く感じたのかもしれない。
 そして、更に追い討ちをかけるように決まっている事実があった。
 今のこの状況では、デュランとはしばらく顔を合わせる事もできないのだ。
「61勝3敗2引き分け・・か。」
 がっくりとうな垂れてアンジェラは川面に浮ぶ落ち葉を見つけた。先ほど大喧嘩をやらかして、デュランの部屋から出てきてしまったのだった。ずいぶん久しぶりになったのではしゃぎすぎたのかもしれない、とアンジェラは今更ながらに自分の行動を思い返す。
「でも・・嬉しかったんだもん。なーにさ!ちょっと騒ぎすぎて写真立てが落ちたくらいで・・」
 そこまで言って、アンジェラは正当化しようとする自分に嫌気がさした。
「写真立て・・くらい、か」
 デュランにとっては「くらい」ですまされないことは承知の上だった。その写真立てには、デュランが幼い頃の家族全員のそろった写真が幸せそうな空気を漂わせて填め込まれていることを、アンジェラはちゃんと、知っていた。
「幸せそうな、写真。みんなそろって、笑ってて・・」
 自分が腹を立てたのは、結局デュランに対してではなかった。その写真の暖かさに、その写真を大事に抱えられるデュランへの熱烈な羨望に、アンジェラの頭は完全に血を上らせてたのだった。

 ――あっぶねぇな!怪我したらどうすんだ?お前って全く落ち着きねぇのな。

 デュランがよろけたアンジェラをかばい座らせたあと、デュランは落ちた写真立てを拾っていた。特に気にもしなければ普段と変わらない仕草に見えたかもしれない。ただ、その写真立てを拾うデュランの仕草はいつもよりもずっとしなやかで、たおやかに見えたのだ。ひどく洗練された動きに見えた。
 それだけで、デュランにとってその写真がどんなにか大事なものかということが、アンジェラは判ってしまったのだ。
 暖かい空気を詰め込んだような写真。
 その写真に向けられる彼の慈しむ心。

 その事が、アンジェラの心に怒りを装填するに十分な理由だった。
 それらは永遠にアンジェラには手に入りはしないのだと突きつけられたような痛みが全身を走り抜けていった。そして、その後に残ったのは鮮烈なほどの怒り。哀しいほどの羨望。

 ――そんな昔の写真をいつまでも後生大事に持ってないでよね!
 ――なんだとッ?
 ――そうよ、そんな古臭い写真なんて早く燃やしてしまったら?ねぇ、私が手伝ってあげましょうか?
 ――いいかげんにしろ!何がそんなに気に食わないんだ!?
 ――何もかもよ。ええ、もう本当に何もかも!本当に今日は最悪だわ!来るんじゃなかった!
 ――勝手に押しかけといて何言ってんだ!だったらさっさと出て行け!
 ――言われなくたって出て行くわよ!ええすぐにでもね!どうもお邪魔さまでしたっ!

 脱いでいたコートを片手にアンジェラは駆け足でデュランの部屋から逃げ出した。
 そう、逃げ出したのだ。
 あの部屋は、あの家はあまりに暖かくて、優しい匂いに満ちている。アンジェラの体に長年触れることのなかった空気に満ちている。それがわかる。似つかわしくないのだと言うことさえ、判ってしまう。
 だからこそ、余計鮮烈な怒りを抱きつつも、憧れに身を焦がすのだ。

・・私だって・・私だって欲しくてしょうがないのに!

 デュランの家に足しげく通った初めのころは、デュランの家の暖かさに憧れて、もっと触れたいという欲望がついてまわっていたのもあっただろう。
 けれど、それを繰り返すに連れて、アンジェラ自身にはふつふつと羨望と怒りが少しずつ貯まり始めていたのだ。おそらくは今日その限界値を超えてしまったのだろう。
「リミットブレイク・・ね」
 どこかで聞いたことのある言葉を、アンジェラは吐いた。
 取り返しのつかないことをしたのだと、アンジェラはようやく今やっとそのことに気づいて、涙をこぼした。

 一方、デュランはアンジェラが我を失って発動させつつあった魔力のお陰で、めちゃくちゃになってしまった部屋を片付けていた。
「おにーちゃん・・」
 おずおずと、デュランの部屋の階段から上がってくる妹を見つけて、デュランはどうした?と片付けの手を止めた。
「なんだ?ウェンディ。用事か?」
 言われて、ウェンディははじかれた様に顔を赤くして、ふるふる、と頭を振った。
「用事じゃないのか。じゃあここで遊びたいのか?まだ片付けが終わってないから、もうちょっとしたら・・」
「そうじゃない」
 デュランは用事がなくてここに来たことを咎める調子にならないように言葉をつなげていたが、ウェンディははっきりと否定を示した。デュランは妹がここまでぎこちなく話す様子を見ながら、妹にはばれない程度に眉を顰めた。
「じゃ、なんだ?聞きたいことか?頼みたいことか?」
 デュランが妹の頭と同じ位置に顔が来るように腰をかがめてそう言った。しかし、ウェンディはデュランの顔をじっと見てから、小さな足を鳴らしてデュランの横を通り過ぎていく。
「ウェンディ?」
 デュランが不思議そうにウェンディの行き先を見守っていると、ウェンディはベッドのサイドテーブルに立てておいた写真立てを掴んだ。
「これ?」
「え?」
 デュランは内心アンジェラとの喧嘩の原因であるそれをまんまと見つけられたような気がして、ぎくりとさせていたが、それは何とか顔に出さないように努力した。
「これの所為でアンジェラは怒っちゃったの?」
 デュランは頭を掻いたが、ウェンディの真摯な瞳は少しも揺るがず兄を見続けている。どうやら答えるまでは絶対に目をそらしてはくれないのだろう。まったく強情なのは親父似なのかおふくろ似なのか、どちらにしても遺伝的に陽性だったのは間違いないだろうな、とデュランはらしくもないことを考えた。
「そうだよ」
 搾り出すような声で、デュランはやっとのようにそう言うと、ウェンディが立つその傍でベッドに座り込んだ。
「アンジェラはその写真を持つなっていうんだ。いくらなんでもそれは無理だよな。お前もそうだろう?ウェンディ」
 ウェンディはデュランが座ったお陰で高さがちょうど良くなった兄の顔をじっと見ていた。それから、写真と兄の顔を見比べるようにしてから、もう一度兄を見つめる。
「うん、これは大事な写真だもの。アンジェラはお兄ちゃんがこの写真を大事にしているってこと、わからなかったのかな?」
「うん・・?」
 デュランはウェンディの言葉が引っかかってまともな回答を口には出来なかった。
(なんだろう、今何かが頭に引っかかった。)
 ウェンディは写真立ての正面を自分に向けながら、もう一度同じ質問をした。
「アンジェラは本当に、お兄ちゃんが大事にしてるって知らないでそんなことを言ったのかな」
「・・・」
「ウェンディは違うと思うの。だってお兄ちゃんを好きなアンジェラが、お兄ちゃんの好きなものが判らないってことは、ウェンディ、ないと思うの。あ、魔法が使えるからじゃなくてね、もしアンジェラが魔法を使えなくてもよ?アンジェラはお兄ちゃんのこと、判るんだと思うの」
 デュランは少し顔を赤くしながらも、何とか平静を装って妹の話を聞くことに専念した。
 幼い子供の言葉と言うのは常にまっすぐで正直すぎるほどだ。そのまっすぐな言葉に、言葉を自在に操っていると信じ込んでいる大人はしばしば混乱させられる。
 しかし、結局それが言葉の本質。まっすぐであること、滞りなく理解させること、それが言葉の本質であり意義なのだ。
「だから、この写真を持つなって言ったアンジェラはきっと、お兄ちゃんがそれを出来ないって知ってて言ったんだと思う」
「それは、確かにそうかもしれないな・・」
 幼い妹に言われて初めて気づく。そうだ、本当に捨ててしまえと言ったわけではないのだ。大体単独で写真のみに怒りが集中した理由が今のデュランにもわからない。あれほどの怒り、しかも今回のような突発的な竜巻のような怒りの激しさは今までの喧嘩の中でも稀だ。いや、まあ突発的で理由が不明瞭であることはいつものことなのだが。
「お兄ちゃんは、アンジェラのもので嫌いなもの、ない?」
「は?」
 妹の突飛な質問に、デュランは慌てて意識を戻したが、またもやまともな回答を口にすることが出来なかった。
「アンジェラの物で嫌いなもの、よ。ううん、じゃあ、例えばウェンディはね。お兄ちゃんの物で嫌いなものがあるよ」
「えっ?」
 妹の言葉に、もはや兄はただ相槌すらも打てない状態になっている。驚きと困惑が頭の中を交互に支配しているかのようで、デュランは妹の言葉に目が眩みそうになった。
「お兄ちゃんの剣。それがあると、お兄ちゃんはウェンディに構ってくれないくらい一生懸命になっちゃうんだもの」
 妹から答えとその理由を聞いて、デュランはなるほど、と思った。
 それは確かに、身に覚えがないとは言い切れないことだった。何かの拍子に鏡を買わされたことがあったが、アンジェラはそれをずいぶん気に入っていつも身につけていた。ほんの何分か置きに鏡を見ては喜んでいるアンジェラを微笑ましいと思っていたはずなのに、いつのまにか疎ましいと思うようになった。結局あまりに鏡ばっかり見ているので、「足元がお留守になっているから没収」などと取り上げた事もあったのだ。
 その根本には、じりじりとした気持ちが隠れていたのかもしれない。
「しかし、それだけにしちゃ、写真を持つなって酷すぎやしないか?」
 デュランは思いをめぐらせながら、一人ごちたあと、ウェンディが居たことに気づいて慌てて口を閉ざした。すでに言葉が出てしまってから口を閉ざしたところで何もならないのであるが。
 ウェンディはデュランの独り言を聞いてはにっこりと微笑んで見せた。その微笑に一体どんな意味があるのか、デュランは少し恐ろしくなったが、何も言わずにおいた。
「アンジェラは・・写真とかあるのかな」
「王族だからなぁ・・経済観念からすればありそうなもんだが・・想像がつかないな」
「写真、ないの?」
「わからない。聞いたことがないなぁ・・ただ、英雄王様は写真よりも肖像画を描かせていらっしゃるようだから、もしかしたら王族は写真はとってないのかもしれないな」
 よく考えると、位のある人の肖像画でよく見られるのは大体単発にその人を称えるための絵画が多い。殊、英雄王様になると雄々しい様の絵画が良く見られる。だとすると、アルテナの場合は女王の絵画が美しく称えられている可能性は高い。どちらかと言えば、王は人より神に近い存在である方が良い。神とは単独、唯一無二の存在でなければならず、結果、誰かと一緒に絵が描かれることはかなりの確率が低いように思われた。
「そうか・・アンジェラは、誰かと写真をとった事もないし、絵を描かれた事もないんだ・・!」
 それ故の怒り、それ故の嫉妬。
 それならば理解が出来る。人一倍寂しがりやで強がりなアンジェラが、ああいう言葉を吐いたことも全てつじつまが合う。
「お兄ちゃん・・?」
 途中からデュランの思考から置いてきぼりを食らったウェンディは、呆然とデュランを見上げていた。デュランは気づかせてくれたウェンディの頭を撫で付けると、立ち上がった。
「ウェンディ。俺、アンジェラ探してくる。帰ったらアイツにあったかいミルク用意しててくれないか?」
 兄が頼み事をすることは決して多くない。けれど頼まれた仕事は今までで一番誇らしく胸が温かくなるものだったので、ウェンディは一気に頬を上気させて頷いた。
「うん!早く帰ってきてね!」
「了解!頼んだぜ、ウェンディ!」
 デュランはそう言うと、上着を羽織って階段を降りていった。

 デュランは駆け足でフォルセナの城下町を走り回った。木枯らしが吹いていたがそんなことは気にもならなかった。早くアンジェラを見つけてやることが先決だった。
 城下町の店全てに足を運び、知っている近所の人間に問い掛けてみたが、結局見つからない。アンジェラがデュランの家を出て行ってしまってから、既に小一時間が経過しようとしていた。これだけ探しても見つからないということは、怒りに任せてもうさっさとフォルセナを出て行ってしまったのかもしれない。
 喧嘩の後の後味の悪さは今までで最高だった。なにせ、自分が意識しなかったとは言え、アンジェラの心を必要以上に掻き乱してしまったのだというのが、自分で許せなかった。
 泣かせたくはない。怒らせたくもない。本当は、ただ・・笑って欲しくてしょうがないはずなのに。
 十分な大人にもなりきれず、結局何も出来ない不甲斐ない自分にやり場のない怒りさえこみ上げる。
「くそ・・ほんとに・・帰っちまったのかよ・・?」
 デュランがふとそう口にした瞬間だった。くしゅん、とデュランの今寄りかかっている塀の曲がり角の方から女のくしゃみが聞こえてきたのだ。
 デュランは驚き、そろそろとその曲がり角を覗き込もうとした。しかしそこは草が茂っていて、足音が聞こえたのか、慌てて逃げようとする姿を捉えた。持ち前の瞬発力がここぞとばかりに発揮した。伸ばした腕が鞭のようにしなるのを感じながら、女の腕を捕らえる。ひやりと信じられないくらい冷たくなった腕に、デュランは驚いた。アンジェラはコートを着ていなかったのだ。この寒空の下で、一体何を考えているんだとデュランは無性に腹が立った。
「アンジェラ!」
「なによっ!」
「こっちむけ!」
「イヤっ!」
 強情なのはお互い様だがいいかげんこれではさっきの繰り返しである。
 デュランは腕を握り締めたまま、アンジェラが逃げようとするのを諦めるまで待った。いつまでもアンジェラが腕をよじって逃げようとしていたが、それも観念してアンジェラは腕をつかまれたままデュランの方をむかずにじっと立ち尽くしていた。
「アンジェラ・・お前・・」
「ごめん、謝れない」
 鼻声のまま、アンジェラがそう言った。泣いていたのか、鼻をすする音がこれまでも何度か聞こえてきていた。デュランは少し笑う。
「謝ってるじゃねぇか・・」
「違う、謝れないことへのごめんなら言えるけど・・さっきのことはどうしても・・謝れない。謝っても本心からのごめんにならないと、思うの」
 つまりは、さっき部屋での喧嘩の原因については謝れないと、アンジェラはそう言っているようだった。デュランの方もそれについてはもう自分の中で解決していたので、素直に頷いた。
「判った。俺も、すまなかった。考えが、及ばなかったんだ。普通に暮らしてきて、誰も自分の暮らしが特別なんて思うことはまずない。アンジェラだって、そうだろ?」
 アンジェラが向こうを向いたまま、頷いた。
「だから、他人の生活を見て始めて、おかしいことを知ったり幸福だってことを知ったりするんだ。比べて初めて知るもんだから・・とはいえ、俺の思慮が足らなかった。俺が謝る、ごめん」
「デュラン・・」
 やっと、アンジェラがこちらを向く。謝れない、と強情にも言ったくせに、どうやら深く反省したらしいその顔は涙に濡れていた。そんなアンジェラの表情に、デュランには急に、まるで今初めて会った娘に心を奪われたかのような感覚に襲われていた。親鳥が雛に餌を与えるようなさりげなさで、デュランはアンジェラの唇をついばんだ。
「・・え」
 あまりに一瞬で、アンジェラにはわけがわからない。デュランの動作と自分の感触からはじき出さなければならない結果があるのに、脳内速度がいつもの倍以上はかかっている。
「あれ?え?何?」
 アンジェラは頭の中で、今のがなんだったのかを理解して、じわりと顔が赤くなる。自覚がようやく体に追いついてきて、アンジェラは焦る。デュランの視線も気になるし、でもまともに見られない恥ずかしさにアンジェラは困惑した。
 やがてアンジェラはデュランの不意打ちに悔しくなって、デュランに抱きついた。デュランがよろける。不意打ちは成功した。しかし、度合い的に負けているな、とアンジェラはなんとなくそう思った。
「びっくりするだろ」
「こっちの台詞よ・・なんなのよ、もう」抱きついたまま、アンジェラはぼそりと続けた。「60勝4敗2引き分け・・かな。」
「なんだそりゃ」
 二人は木枯らしの中暖めあう。デュランの温もりが体中に伝播するのをアンジェラは感じながら、私が人の暖かさに疎遠だった理由がこの人の暖かさを知るためであったなら、と思う。
「風邪ひくぞ。家に戻ろう」
「うん」
 アンジェラは素直に頷くと、デュランの肩にもたれながら歩き出す。

 ――もう暖かさを羨まずとも手に入れたと思っても、いいのかしらね・・?





■Fin.


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