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【聖剣伝説3】 |
| ■眠りの姫君たち |
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作成日[2005/2/19] ごーん・・・ りんごーん・・ 遠くから、ここではないどこかから不意に聞こえてきたのは鐘の音だった。緩やかに、そして軽やかに鳴り響くその鐘の音は、早朝の町中を駆け巡るように響きわたる。 癒しの音。目覚めの鐘。清めの音色。 この町、ウェンデルの人々はその音を親しんでそう呼んだ。 しかし、昨日の夜遅くにこの町にやっと到着した旅の一行には、無理やり叩き起こしてくれる迷惑な騒音以外の何者でもなかったようだ。 「ああ〜〜もう〜〜〜うるさい〜〜〜!」 頑是無い子供が喚くような声を上げて、アンジェラはベッドの毛布を頭まで被った。隣のベッド寝ているはずのリースと、もう一つ向こうのベッドに眠ったシャルロットが起きたかどうかなど、今の彼女にとってはどうでもよいことだった。 「誰か止めてきてよ、あの目覚まし!」 「無理ですよ、いくらなんでも。神殿のてっぺんに鐘があったのを見ました。あれが鳴っているんでしょうね」 隣のベッドからくぐもった声がアンジェラの耳に届いた。くぐもっているのは、アンジェラ自身が毛布を被っている所為に他ならない。 「シャルロットは慣れているのかしら。起きもしないわ」 毛布の擦れる音がして、リースはそう言った。シャルロットのほうに向き直ったためだ。アンジェラも窓がわに向けていた顔を逆側――すなわちリースのベッド側――に方向転換をした。その頃には鐘がようやく鳴り終えて、しばらくその余韻が続いている状態だった。 「慣れってすごいのね。あんな音がしたんじゃ眠れないわよ」 「シャルロットは確か、この町の司祭様のお孫さんでしたし、自分の部屋があの神殿にあるということも聞いたことがあります。もしかしたら、今聞こえた音よりも何十倍という音を毎日聞いていたのかもしれません」 寝起きのいいリースの頭は、もう完全に目を覚ましているようだった。アンジェラは寝起きが悪いので、不機嫌な声で、信じられないわ、とぶつぶつ繰り返している。 「でも、そろそろ起きてしまわないと」 「いや」 リースが今日の用事をすらすらと言ってしまう前に、まるでそれを封じるかのようにアンジェラが声を上げた。リースが困ったような瞳でアンジェラを見つめている。 「そうはいっても・・」 「昨日は夜遅くにベッドにもぐったから、いつもの3分の1くらいしか寝てないのよ!もうちょっと・・あともうちょっと寝なきゃ、魔法なんて使えないわ」 魔法は集中力と精神力の産物だ。そんなことはリースにだって判りきっている。彼女とて魔法を使う者なのであるから。アンジェラの言う事ももっともだと思ったので、リースは開き直ってもう一眠りすることにした。 ・・・こんこん。 鐘の音で不本意の目覚めをさせられてから、幾分眠っていたようだが。またもや不本意な目覚めをしてしまったのはアンジェラだった。アンジェラは寝起きが悪い割に、物音には敏感な習癖を持っているようだ。 「だぁれ・・?」 限りなく不機嫌な声を上げてアンジェラがそう言うと、ドアの向こうから声が聞こえてきた。 「その声、アンジェラだな。おい、どうした?」 「どうしたって、何が?」 デュランの声が幾分なにかを恐れたような声になっていることに気づいて、アンジェラは怪訝な表情で答える。 「もう昼前なんだけど?」 「えっ?!」 慌てて時計を見てみると、確かに昼前を指している。アンジェラはどうしてこの部屋にいる誰も目を覚まさなかったのかが不思議だった。 「ちょ・・待って!着替えるから・・」 毛布を除けて立ち上がろうとしたとき、ぐらりと視界が揺らいだような気がして、アンジェラは咄嗟に目を閉じる。「なっ・・」 (なにこれ・・?) 立ちくらみか何かだろうか、とアンジェラが思わずベッドにしがみつく。足が立たなかったので、膝ががくんと折れて、ベッドの縁にがつん、と打ち付けてしまった。 「入るぞ、アンジェラ」 どうやら一緒にホークアイもいたらしく、アンジェラの声やら物音やらを不審に思って二人が入ってきてしまう。 「思った通りか・・」 ホークアイは素直というか、なんというか、アンジェラの様子を一瞥してからリースの寝顔を見てそう言った。ホークアイはよろけたアンジェラを支えるように、デュランに目配せしただけだった。デュランはそれに気づいてから、アンジェラの傍まで走り寄り、もう一度アンジェラをベッドの上に寝かせた。もちろん、掛け毛布も労わるように掛けてやるのも忘れない。 「・・・?」 妙に静かにデュランが助けてくれるのが気持ち悪い、といっていいのか、アンジェラはますます怪訝な表情でデュランを見つめる羽目になった。 「なに?思った通りって・・」 「女にしか発症しない病原体が流行しているんだとさ」 (・・病原体?) アンジェラはどきりとした。 「まさか、私達全員?」 シャルロットの様子を見ていたホークアイがアンジェラのベッドの傍に戻りながら返事をする。 「ああ。シャルロットも熱がある。やられたな」 「どうりで・・足が立たないと思った・・」 熱があるという自覚が芽生えた所為か、突然声を出すのも億劫になったのがアンジェラには不思議だった。そんなアンジェラにデュランは肩をすくめて見せる。気にするな、という目をして。 「幸いにして薬さえ手に入れば楽になるが、3日間は絶対安静なんだそうだ」 「デュランたちは・・一度町に出たのね・・」 デュランの話を聞いて少し安堵した。十分眠ったのにまた眠気が襲ってきている。 「俺達は割りと早く起きたからな。昨日遅かったのもあったし、お前達を寝かしとこうってホークアイが言うから」 「鐘が鳴ったのに起きなかったからな、無理やり起こしたところで話にはならんだろうと思ってな」 ホークアイがリースの顔を見て安心したのか、今度はアンジェラの方に顔を向けた。 「3日か・・ゆっくり休んでおいてくれ。この3日分は今後取り返さなきゃならないんだ」 「ホークアイ」 厳しい顔でそう言ったホークアイをデュランがたしなめた。今、病人に言うべき言葉ではない、とデュランが不服そうな顔をしている。 「デュランいいのよ。判ってる。ホークアイの言っていることが正しいってことは判っているの。ただちょっと、今は・・やす・・ま、せて・・」 眠りに引き寄せられたかのように、アンジェラはすうっと目を閉じた。 この病原体は恐ろしいほど体力を奪うらしく、結果人をいつもの倍以上眠りの状態にさせるらしいのだ。 「まるで茨に囲まれた城のお姫様のようだな・・昔話の」 ホークアイがからかうようにそう言うと、デュランが鋭い眼差しで睨んだ。 「お前、どうしてアンジェラにあんな言い方・・」 「結果論からすれば、アンジェラが喜ぶと思ったからさ」 ホークアイはデュランの表情を気にも留めず、すたすたと部屋の出口へと歩いていく。デュランはホークアイの行った意味がわからなかったが、ホークアイを追おうとも思わなかった。先にホークアイが出て行くのを見てから、デュランはアンジェラの顔をもう一度見た。 苦しそうな顔ではないことだけが、デュランにとって救いのような気がした。 女三人がベッドから動けなくなってしまったという事態に、男3人は躊躇しながらも面倒を見ることに専念した。 3度の食事と薬を部屋に運び、彼女たちに食べさせる。途中得体の知れぬ眠気に誘われては中断しそうになることもしばしばあった。例えばスープを口に入れようとしている最中に、がくんと眠りに落ちる事もあるほど、その眠りの発作は抗いようのないほどひどいものだった。せめて食事が済んで薬を飲むまでは眠ってもらっては困るのだ。その薬はきちんと一日3度飲まなければ、3日では治らなくなってしまうというものであったから。 「こらこらリース。辛抱してくれ、寝るな!」 「うあ!飲み込んでから寝てくれ!アンジェラ口から出てる出てる!」 「シャルロットおきて!おきて、これ食べて!」 デュランもホークアイもケヴィンも、それぞれワンツーマンで毎度毎度食事をさせ、それを食べ終えた頃には3人ともぐったりとなっている有様だった。 「風邪よりもたちがわりぃな・・こりゃ・・」 食器を下げながら愚痴るホークアイに、デュランもがっくりと肩を落としてこう言った。 「寝てるだけなら逆に煩くなくていいや、と思った俺がバカだった・・あれ?ケヴィンは?」 「シャルロットに食べさせるだけで精一杯だったんだろ、もう寝ちまったみたいだぜ」 シャルロットは比較的食べることに集中力があったのか、ケヴィンは食べさせるというよりも起こしておくことに専念すればいいだけなので比較的食事は進みが早かった。ただし、ケヴィン自身は世話をするということに極端に免疫が全くなく、二人以上に毎度ぐったりしているようだった。 「災難だよな・・ケヴィンも。何が悲しゅうて王子のはずの奴が世話をしてやらにゃならねぇんだか」 「まったくだ・・まあ、それを言うなら俺達もそうだけど」 デュランはげんなりとそう言うと、ホークアイがま、俺はいいけど、と急に鼻歌を歌うような口ぶりになったのに驚く。 「は?」 「は?じゃねぇよ、お前だってそうだぜ?後々を考えてみると、だな」 「後々?」 ホークアイはいやらしくにんまりと微笑むのに、デュランは怖気を立てずにいられない。 「なに・・考えてんだてめぇ・・」 「なぁに、この恩を王女様たちは覚えてくれると大いに俺らの将来は安泰だとは思わんかねデュラン君?」 かちゃん、とホークアイは食器を食堂の返却口に戻すと、嬉しそうににやりと笑う。続いてデュランも返却口に食器を返すと、ホークアイを見やる。 「つまりはお前の今やっている行為は仲間としての好意ではなく……偽善と企みだと言うんなら俺はお前を軽蔑するぞ」 「じょ、冗談!そこまで考えてねぇや!でもすごいことやってるんだぜ俺ら。王女・・ひいては国を背負うかもしれない女王の卵の彼女らのみっともないっつーくらいの食事を手伝ってやってるんだから」 「ばぁぁかっ!」 つい、デュランは言ってしまった。王制国家じゃないとここまで考え方が違うのかと、一人がっくりとしてしまう。 つまり、ホークアイはそのみっともない姿を見られた王女達は、病み上がりからその恩を感じると、あわよくば聞き分けが良くなると考えているのだろう。全く浅はかで単純な考えだ。確かに同じ世代の同じ冒険を志す男女というだけならば確かにそういうことはあったかもしれない。が、彼女達は不遇ながらも王女であり、その流れる血が、違うのだ。 「王家の娘達が、世話をされたくらいで恩を感じると思うか?言っとくがな、王家っていうのは世話をされて当たり前の人間なんだ。人々から崇められて、尊敬されてあたりまえなんだ。そんな事も知らなかったのか?」 「・・・・はぁぁ!?」 ホークアイはデュランの言葉を聞いて仰天する。当てが外れた!というか、完全に目算を誤った!という酷い顔だ。 「ふざけんな!こんな大変なことやってんのに何もないなんてあるか!」 「だから!そこを当てにするお前が間違ってるっつーんだよ!!」 デュランに正論を食らわされてはホークアイもたまらなく空しくなったらしく、どすどすと足を荒げて宿屋を出ようとする。あの態度でならどこに行くかはわかっている。どうせ自棄酒でもかっ食らうつもりなのだろう。 ばたん!とドアを閉める激しい音がして、ホークアイは出て行ってしまった。 「なぁに・・?すごい音・・」 眠い目をこすりながら、アンジェラが廊下に突っ立っていた。デュランはそれを見て驚く。さっきの下世話な話がきこえてなければいいが。 「お前・・起きて大丈夫か?」 「ん・・おトイレ・・」 ふああっと無防備なくらい可愛い欠伸をしてアンジェラがそう言う。そう言えば食事以外は部屋に近づかなくても今日まで大丈夫だったということは、この3日間生理現象だけはなんとかなったらしい、とデュランは顔にも出さず下世話なことを考える。 「気をつけていって来い。寝るなよ」 「判ってるってば・・」 むにゃむにゃ、とでも言わんばかりの状態で、アンジェラは廊下から食堂を横切ってその先のトイレに向かった。 そう、今日はもう3日目だった。薬も毎度飲ませたから明日からは普通通りの冒険の毎日に戻ることが出来るはずだ。ホークアイの下心が判ったのが3日目のしかも3度目の食事の後というのは絶妙なタイミングだったかもしれない。これが1,2日目だったりしたら、もしかしたら世話を放棄する可能性もなくはない。まあ、そこまで心配するほどの人間性ではないと信じたいが。 デュランがそんなことを食堂の椅子に座って考えていると、トイレのドアがパタンと音を立てた。用を足したアンジェラがでてきたのだと気づく。一応彼女が部屋に戻るまでを見届けてから、自分も部屋に戻ろうと考えていたのだが、しばらく待ってもアンジェラは食堂に姿を現さない。 デュランは不審に思って立ち上がり、アンジェラの行った方向に顔を出すと、ぼうっとした顔でアンジェラがトイレの前に突っ立っていた。 「・・・デュランもおトイレ?」 「いや、お前が来ないから」 「うーん。そか、ごめん。眠いのと戦ってた」 まどろむ様に微笑むアンジェラに、デュランは優しく微笑んでいる自分に気づかなかった。つい、と手を差し伸べて、アンジェラの手をとる。 「部屋に、戻ろう」 「うん」 差し伸べられた手を握って、アンジェラは嬉しそうに微笑んでいた。 「デュランは、優しい、ね」 「うん?」 アンジェラの言葉はいつもよりも舌足らずな感じだった。常にこの病原体が眠気に誘うのを堪えていると、どうしてもそんな言葉遣いになってしまうのだろうと、デュランはそう理解していた。 「デュランってずっと怖い人って思ってたよ。だって、怖いんだもの」 「ああ・・そうかもな」 アンジェラの手を引きながら、デュランは一人苦笑を浮かべるしかなかった。それはでも仕方ないことだ。デュランは今まで剣術に関する以外のものに興味はなく、まして女友達など今まで一人もいなかった。妹がいたが、同世代の女をどう扱っていいものかわからなかった。男にとって常識的の持ちうる体力のなさには、正直愕然としていたのだから、不機嫌な顔もよく見せたのだろう。 「でも、優しいの、わかったからいいや」 一瞬ぎゅっと手が強く握られたかと思うと、アンジェラの手がずるっと滑っていくのに気づいた。デュランは慌ててアンジェラを見ると、アンジェラがよろけるように崩れ落ちていく。デュランは咄嗟にアンジェラの腰を掴んで床に倒れることだけは免れた。乱れた髪の間から見える顔は既に眠りに落ちた、それでも気品のある王女の顔。 「びっくり・・させるぜ。全く」 よっと掛け声をあげて、デュランはアンジェラを胸の前に抱えた。そうすると、アンジェラの顔は自然とデュランの胸に傾いて、すやすや眠る寝顔が拝めた。デュランはそんなアンジェラの顔を見て、微笑んでいると。 「なぁーにニヤニヤしてんだ、こんのスケベ!」 いきなりばしーんと後頭部を叩かれて、面食らった。振り返ると、完全に酔っ払ったホークアイが後ろに立っていた。 「おめぇー俺に説教たれときながら、自分はオイシイことしてんじゃねーか!ちくしょー!」 ホークアイはそれだけ言うと荒い足音を立てながらまたバターン!と自分の部屋に入っていってしまった。デュランはくらくらする後頭部に気をとられて、何がなにやらわからなかったが、とりあえずアンジェラがまだすやすやと寝ていたことに安堵して、アンジェラを部屋に運ぶことにした。 アンジェラたちの部屋に、足音をさせないように入る。アンジェラのベッドに彼女をゆっくりと横たえさせて、毛布をかぶせてやる。すやすやと寝息を立てる幼子のようでいて、女王のような気品もある、まだ中途半端な王女。 熟れた果実のように潤う唇に気づいて、デュランはどきりとした。意外なほど自分の顔がそこに引き寄せられていたことに今更ながら気づいて、デュランは慌てて身を離す。 「は、早く元気になれよ」 気を取り直してデュランはそれだけ言うと、妹にしてやるようにアンジェラの髪をなで、部屋を出て行った。 「・・なによ、根性・・なし」 デュランが出て行ったあと、アンジェラがそういったのは、うわごとだったのか、本音だったのか。 ■Fin. |