【聖剣伝説3】

■DREAM LAND

作成日[2005/09/09]










「ちょっと!痛いじゃないのよ!!」
「お前文句いえる立場か?離すぞ!」
「うわわっ!!急に離さないでよバカっ!」
「どーすりゃいんだよお前は・・」

 ローラントの天の頂よりもさらに上、快晴の空の真ん中に冒険者たちはいた。先ほどフェアリーがローラントの守護神でもある伝説の聖獣に「フラミー」と名づけると、彼女(女の子だったらしい)は気に入ったお礼に彼らを背中に乗せることを許した。高所恐怖症のメンバーが居なかったのが幸いして、全員が少しも臆することなくフラミーの背中に乗り込んだ。
 6人がフラミーの背中にそれぞれへばりついたところでフラミーに合図を送り、フラミーは背の翼を羽ばたかせるとローラント特有の強い東風に乗って上空へと飛んだのだった。そんな天高いその場所で、アンジェラとデュランの言い争いは始まったのだった・・。

「すっごーい!!魔法ができなくても空は飛べるんだねー!!サイッコー!」
 風に乗って急速に上昇したフラミーに掴まっていた彼らは、向かってくる膨大な風圧に耐え切れずフラミーの背中にじっと顔を伏せていたのだが、アンジェラだけは例外だった。その風圧にも恐れを抱くこともなく、また地上をどんどん離れていく光景を見ないなんてもったいない、とでも言うように上半身を起こして昂然と顔を掲げていた。
「落ちまちよ!アンジェラしゃん!!」
 シャルロットが必死にフラミーの毛を腕に巻きつけたままそう叫ぶと、アンジェラは声高に笑ってみせた。
「だぁいじょーぶよぉ!怖いの?シャルロット」
 にやりと笑ってアンジェラがシャルロットを挑発するので、シャルロットが負けじと腕に力を入れようとした。しかし、それをケヴィンが駄目だよ、と優しく制した。シャルロットは強要されると頑として撥ね付けるのだが、ケヴィンのように優しく諭されると抵抗する気力が萎えるのかおとなしく言うことを聞くのだった。
 アンジェラは尚も喜びの悲鳴をあげながらスリルを楽しんでいるようだったが。突風などが吹いてしまったらどうするのだ、とデュランは思ったのだろう、アンジェラの背中から無理やりフラミーの背中に押さえつけたのだった。
 そして、冒頭の言い争いが始まったのだった。
しかし、しばらくたっても二人の口喧嘩は未だに治まりそうもなかった。喧喧諤諤と言い争う二人に、とうとうリースが雷を落とした。
「いーかげんにしてくださいっ!!今のはアンジェラが悪いんですよ!こんな上空ではしゃいだりして、落ちたらどうするんですか!」
 リースは曲がったことは言わないし、いつも良識ある言葉しか口にしない。それなので彼女のメンバーにおけるその信頼性は常に厚かった。メンバーみんなが認めるリースに真っ当なことを言われた二人はぐっと言葉を詰まらせると、それきり話さなくなった。今も二人がじっとしているところを見ると、アンジェラはデュランにおとなしく掴まれているのであろう。
 比較的近くに居たホークアイは二人の様子をみて少し笑うと、リースに声を潜めて話し掛けた。
「今日はやたらアンジェラが騒ぐと思わねぇ?」
 実は、今日リースが二人に声を上げたのはこれで3度目のことなのだった。リースはさりげなくフラミーから離れないように支えてくれているホークアイを見てから、ひそやかな調子で頷いた。
「お二人が言い争うのは見慣れているはずなんですけど・・今日はちょっと調子が違うように見えるんですよね・・」
「ふうん?例えば?」
 リースのあの二人に対する見解が聞けるのは面白そうだ、というのを顔には出さず、神妙な顔をしてホークアイがそう言うと、リースは少し視線を上に向けてから――これは考え込むときのリースの癖だった――、目を伏せつつ話し始めた。
「いつもなら・・そうですね、アンジェラがいつも上位なんですよ。デュランをからかったりするのも彼女の方だし、デュランに強く言われてもどこか届いていないようなそ知らぬ振りをしてしまったり、肩をすくめて済ませたり。なんていうのかしら・・いつも余裕がアンジェラの方にあるっていうか・・」
「なるほどね」
 なかなか鋭い着眼点だ、とホークアイは感心しつつも、これも顔には出さないように細心の注意を払った。ここでホークアイが大袈裟に同意してしまうと、多分リースはホークアイを嫌悪するだろう。いつもそんな風に人を見定めているのですか?などと皮肉をいわれてしまうに違いない。リースはその血に恥じぬお姫様だけあって、見下されるのも嫌いだし、その対象が自分でなくても不快感をあらわにするのだ。
「ホークアイさんはどう思います?」
 リースが控えめに意見を求めてくれたので、ホークアイは少し微笑んで見せるとこう言った。
「俺は今日のアンジェラは目立って変だと思っただけなんだけどね。いつもより声が大きいし、半ヒステリックなんだよな。自分で自分を抑えられないみたいな気がするんだ」
 言われてリースも、そういえば、と言いながら頷いた。
「今日の夜、懺悔でもさせますか」
 人が悔い改める為の神聖な行為をひょうきんな調子でホークアイがそういったので、リースは眉をひそめたが、いい案ではあると判断したらしくリースはやわらかく微笑んだ。
「何かあるなら、話を聞いてあげる方がよいかもしれませんね」

 その夜、一行は一旦ローラント領の港町パロに戻り、そこで一泊することになった。港町らしく人の出入りが盛んで宿屋も予約ができるか不安ではあったが、辛うじて2部屋を獲得した。こう言うときに交渉役(ホークアイ)がメンバーにいてくれるのは大いに助かるところだった。
 魚介が豊富な夕食に舌鼓を打って、それぞれが部屋に戻ろうとしたとき、リースがさりげなくアンジェラを外の散歩に誘った。
「ちょっと外を歩いてみませんか?」
「珍しいじゃない?町に入って、夜出歩くなんてめったにしないのに」
 確かに、このご時世に女だけで夜宿を出ることなどあまり誉められたことではなかった。昼よりも格段に強い魔物が夜は徘徊していることが多いし、実際には危険なのは魔物ばかりではない。治安の悪い町では夜は悪漢が屯していることなどは良くある話だ。実際パロも先日ナバールの占領下にあったところを取り戻したばかりで、人々が精神的に不安定である所為か勢いづいて酒を浴びるように飲んだ人が喧嘩をしたり、開放感に酔って騒ぎになったりだという事件が大小問わず常に頻発していた。
「じゃ、俺がお供してやるよ、お嬢様方」
 ホークアイはセルフで下げる二人分のトレイをとってやりながら、こちらもまたさりげなく会話に入ってきた。
「そ、私は別にいいわよ。実はあんまりお魚やらホタテやらがおいしくって食べ過ぎちゃったのよね〜。このまま寝ちゃったらおデブちゃんになりかねないもの」
 アンジェラは上機嫌にそう言うと、トレイを運んでくれるホークアイにはありがと、と微笑んだ。トレイを下げてくきてくれた御礼だった。
 宿を出てみると、明日も晴天なのか満天の星空だった。アンジェラは満足そうにきれいねぇ、とつぶやくと率先して歩き出した。港を目指すようだった。
 念のためアンジェラの手には使い慣れた杖が握られていたし、リースも槍を手にしていた。ホークアイももちろん、腰帯に短剣を挿しておいた。
「ホタテなんてよくありましたね。この季節に」
 リースがアンジェラに尋ねると、潮の香りを満喫しながら歩いていたのか、アンジェラの返事は一拍空いた。
「まあ、その所為か小さかったけどね。シチューのダシになってたみたいで大量に入ってたわよ。おかわりしちゃった」
 好物だったのか、アンジェラは満足そうにそう言った。
「へえ、俺もアンジェラのと同じセットにすりゃーよかったな」
 ホークアイは空を見上げながら、二人のあとをのんびり歩く。リースは風を感じながら歩いている。金色の髪は月の光を浴びて三人のうち誰よりも輝いていた。
「私の牡蠣スープもおいしかったです。アルテナでも食べたことがありますけど・・アルテナの牡蠣は大きいですよね」
 リースがそう言うとアンジェラがぴたりと足を止めて、リースを振り返った。
「アルテナのが大きいのかしら?だからここのは小さく感じたのかしらね?」
「季節柄もあるかもしれないけど、確かにアルテナのほうが良いホタテが捕れそうだよな」
 今度アルテナに行ったらホタテを食べよう、と心の中でホークアイは一人決意しながらそういった。
「パロの特産は貝類よりも魚ですから。鯖とかマグロ、ヒラメもおいしいですよ」
 リースはこの国の王族らしく、パロのいいところもきちんと挙げておいた。
 雑談をしながら歩いていると、波の音が聞こえはじめたことに3人は気づいた。いつのまにか町外れに来ていたようだった。ここまで来ると酒場からも離れているだけあってずいぶんと静かだった。宿屋がある方は酒場が通りに面して建ち並んでいたので、酒場特有の喧騒が絶えず聞こえてきていたのだが、ここでは波の音だけが耳を通り抜けていく。
「定期船、ここに泊まったままなんだね」
 アンジェラが港に停泊している船を見つけてそう言った。この辺の波は海流の所為で荒いし、砂浜もないから泳ぐのには適さない。夜の港は人は一人もおらず、ひっそりと静まり返っている。月明かりがあるから、まだ水面が見えて景色が思ったほど寂れた雰囲気にはならないが、これで月明かりがなかったら闇一面で恐ろしいくらいだっただろう。
 3人は港の縁まで歩いていくと、海に落ちないように作られた柵にそれぞれ寄りかかって楽な格好になった。
「昼間は暑いけど、さすがに夜は涼しいわ・・これくらいじゃないと眠れなくて」
 海風を受けながら、リースが心地よさそうに目を閉じた。アンジェラもふわりふわりと舞う髪の毛をよけながら、ほんとにね、と落ち着いた調子で返した。
 3人とも久しぶりにゆっくり波の音を聞いたような気がしたので、しばらくじっと波の音に耳を傾けていることにした。優しく耳に届く強弱の連続。音程のないざわめき。何度聞かされてもなぜか不快にならないそのリフレインに3人は酔いしれていた。
「さ、帰ろうか。さすがに体が冷えちゃうわ」
 アンジェラは波の音に満足したのか、ようやくそう言ったが、二人が目配せしたのに素早く気づいた。
「あらっ、なーぁに?私がお邪魔だったなら早くそう言えば良いのに!」
「え?」
 きょとんと目を丸くしたリースだったが、ホークアイはまんざらでもなさそうににやりと笑った。
「アンジェラが気づくのが遅いんだよー、って言いたいところだけど、今日は違うんだ」
 アンジェラはははぁん、と笑うと、ホークアイを覗き込んで面白そうに上目遣いをした。
「今日は?じゃあ明日がほんとの逢引?今日は予行練習?あんたも失礼しちゃうわね、人をダシして!」
「ち・・違うんですッ!ホークアイさんもっ!なにを言ってるんですか何をっ!!」
 ようやく、からかわれているのだと気づいたリースが二人を割って入った。月明かりで真っ赤になっているリースの顔がばればれで、アンジェラもホークアイもあははっと笑い転げた。
 ひとしきり笑ったあと、ホークアイがすっと話を持ち込んだ。
「アンジェラさ、今日なんか変だったけど何かあった?」
「何かって?」
 今度はアンジェラがきょとんとする番だった。とぼけているようにも見えないので、それほど大事(オオゴト)ではなかったのかもしれない、とホークアイは思い始める。リースがその後を引き取った。
「えっと、例えば今日私3度も声をあげましたよね?アンジェラに」
「・・ああ。別に怒ってなんかないわよ?あんたは当然のことをしたんだもの」
「いえ。そうではなくて・・」
 うまく話を運べなかったリースが残念そうにホークアイに目配せする。あとをお願い、と目が言っている。ホークアイはやれやれ、と肩をすくめると、アンジェラに向かって一歩足を踏み出した。
「単刀直入に言うぞ?」
「どうぞ?」
 アンジェラは訝しげな顔で神妙な顔をしている二人を見比べると、おどけるように深呼吸して見せた。
「デュランと何かあったのか?」
 間が悪く、ホークアイが質問を投げかけたのはアンジェラの深呼吸がまだ終わりきれないところだった。だからアンジェラは空気を喉に詰まらせるという、奇妙な芸当をやってみせることになった。
「げほっ!えほえほっ」
「だ、大丈夫ですか?」
 リースがびっくりしてアンジェラの背をさすってやった。アンジェラはしばらく咳をしていたが、やがて落ち着いて、リースにありがと、とだけ言った。
 アンジェラは不機嫌そうにホークアイを睨みつけた。
「なんでも・・」
「ないっていう反応じゃねぇよな?今のは、証拠がばれても言い逃れする犯人並に見苦しいぞ」
 ホークアイはさらりとそう言ってやると、アンジェラを見やった。面白そうにアンジェラを見る眼差しが気に食わなくて、アンジェラはぷいとそっぽを向いた。
「べ・つ・にっ!何でもないわよっ!」
 一言一言力を入れて、アンジェラはもう一度そう言った。意固地になりはじめたアンジェラにホークアイの率直さは余計悪化を招くと思ったか、今度はリースが声を上げた。
「あの、別に無理に話してとは言いません。ただ、ちょっと今日のアンジェラはおかしかったので、何かあったのかと」
「・・今日おかしかった?私」
 リースの言葉が気になったのか、そっぽをむいたままアンジェラが言った。リースとホークアイがかかった!とでも言うように二人で目配せしあったのにも気づかず。
「ええ、本当におかしかったわ。いつものアンジェラじゃないと思ったんです。それでよかったらお話を伺おうと思って」
 心底心配そうにリースがそう言うと、アンジェラははぁっと息をついた。そっぽを向いたままだったので、その吐息は海へと吐かれ、小波に溶けて消えていった。
「修行が足りないわね、私も」
 独り言のようにいうアンジェラをそのままに、ホークアイもリースもじっと佇んでいた。余計な言葉を挟むのは得策でないと踏んで、二人は申し合わせたかのように沈黙を守った。
「・・昨日の夢で、なんだけどね」
「ええ」
「デュランにキスされたの」
 それだけでリースの顔はかっと火照ったと言うのに、ホークアイはそれじゃつまらんとも言いたげに口を挟んだ。
「誰が?」
「私がよッ悪いッ!?」
 アンジェラは振り返ると勢いに任せてそう言った。言ったはいいが、言葉と言うのは口にすると反復作用のお陰で脳に事象が再現される率が高くなる。どうやらアンジェラにもその効果があったらしく、彼女の顔は真っ赤に染まっていたので、ホークアイは意地悪にも満足げな表情をしていた。アンジェラはその表情を見ても憎々しげに睨み付けることしかできずに、いつか覚えてなさいよ、と心の中でそう呟くのだった。
「あ。それで、意識しちゃったんですね、今日は」
 リースは自分のことのように赤く顔を火照らせて顔に手をやっていた。アンジェラはそんなリースに目を細めて、そうよ、と頷く。
「全くなんで私があんなガキ相手に!?って思って目を覚ましたはずだったのに、朝顔あわせたらもーぉ、ダメだった・・。体中の血がかーって顔に集まった感じで、なんかどうやってもダメで。兎に角いつもより離れてたつもりなんだけど、あいつったら本当にいつも通りにやってくれちゃって・・私もばれないようにいつも通り応戦したつもりなんだけどなぁ・・」
「ヒスってたよ。いつもならもっと余裕あるはずだってリースも言ってた」
 アンジェラはホークアイのその言葉にびっくりしてリースを見やった。リースがごめんなさい、と謝るように手を合わせていたので、アンジェラは情けない顔をして笑うしかなかった。
「・・明日からどーしよう。大事なときなのに・・」
 なんでこんなときに、とアンジェラが頭を抱える。美しい紫色の髪がしどけなく落ちて、ホークアイはどきりとさせられた。恋をする乙女がいかに美しく変化を遂げるのかを、いまここで見せ付けられたのだった。
 そんなことに寸分も気づかぬリースは、アンジェラを労わるように肩を抱きしめていた。だが、何を言ってあげればアンジェラの気が安らぐのかわからずに、ただしっかりと抱きしめるだけだった。
「別に意識しても良いと思うけどね、俺は。自然なことでしょ。止めようと思うから余計意識しちゃうんじゃねぇの?」
「そうかなぁ・・」
 アンジェラが不安そうに顔を上げた。隣でもリースが頼もしそうにホークアイを見上げるのを見つけて、ホークアイは殊更ここは頑張らねば、と気持ちを引き締めた。
「とりあえず俺達にはばれちゃったんだし、後の残りはどう考えても気づかないでしょ。気楽に意識しても全然大丈夫そうじゃねぇ?」
「まあ、それはそうね。気づいて欲しい対象がどうにも気づかないって言うのは前途多難な気もするけど」
 はぁ、と息をついてアンジェラは肩を抱いてくれているリースに幾分哀しげに微笑む。リースの方はアンジェラの言葉に驚いて、思わずこう言ってしまった。
「まあ、それじゃアンジェラは本当にデュランを好きになってしまったんですね?」
 情け容赦ないまっすぐな台詞に二人は唖然としてしまう。
「っ・・ちょっ・・」
 即座に対応し切れずおろおろするアンジェラに、
「うわぁ、直球〜・・」
 あちゃー、と顔に手を当てて天を仰ぐホークアイ。
 リースも二人の反応を見て、自分の台詞にようやくびっくりしたかのように顔を赤くしていたのだが、アンジェラはそんなリースにこつんと頭をくっつけてやると、こう言った。
「あんたには参ったわ、リース。でも気づかせてくれてアリガト。そうよ、多分、私アイツを好きになっちゃったんだわ」
 そういって照れくさそうに笑ったアンジェラは、今まで冒険してきた中で一番綺麗な笑顔をしていた。



■Fin.


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