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【聖剣伝説3】 |
| ■過去から未来への証 |
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掲載日[2008/12/08] 「例えばの話なんだけどね」 アンジェラは瞼を閉じかけていて、今にも眠ってしまいそうだった。けれど、不意に思いついた話題を言い出さずにはいられなかったようだ。 一方デュランの方は完全に意識が宿った瞳をしていて、寝惚け眼のアンジェラの方を見やった。広すぎるシーツの海の中で、彼女はたゆたうようにその身を任せている。眠いのなら寝ればいいのに、とデュランの口元にうっすらと笑みを浮かべつつ、彼女に返事をした。 「ああ」 「私がもし本当のアンジェラじゃなくて」 「お前はアンジェラだろう?」 即答。デュランがこういう風に話の腰をたやすく手折ることはよくあることなのだが、アンジェラはむっとしたように目を吊り上げてデュランの顔を見上げた。 「だから、例えばだってば」 語気の強くなったアンジェラに多少の危機感を覚え、デュランはそれでもおざなりに、ああと応えた。促すように手のひらを見せる。 「続けて」 「本物のアンジェラは、そもそもお母様に追い出されず冒険にも出てなくて、大切に、しかも秘密裏にお城の中で育てられていた、とするわね」 「ああ」 デュランは頭の中で暗い地下室の奥に閉じ込められたもう一人のアンジェラを思い浮かべてみる。 「その本物のアンジェラはある目的のために人目にさらすことができず、けれどお母様に世継ぎの子供が生まれた事実だけは確かなものとしたいために、私という存在が人工的に生み出された」 「いわば影武者か。王家直属の人間にはよくある話だ」 事も無げに頷くデュランに、アンジェラが驚いたように目を見開く。 「そうなの?」 「アルテナは女流国家だからそういう方面の胡散臭い話は少ないかもな。父親の血族なんていうのは極論どうでもよくて、子供の母親に重きを置かれるだろ?」 「ええ。王の後継者は母親が女王だったかどうか、もしくは系譜を遡って過去に女王が居るかどうかね」 アンジェラは自国の慣わしをデュランに説いた。デュランはそれに頷いて、アンジェラに話し始める。 「子供を生むって言うのは結構偽装が難しい。できないこともないが、ある程度の人間が真実を握ることは必定だ。裏を返せば秘密を握る人間がいるということだ。そういう意味では、リスクが高いし、事が露呈したときの影響が計り知れない。実情はどうかわからないが、母親が偽ることができる可能性は低い」 「フォルセナは違うの?」 アンジェラはすっかり目が覚めたようで、デュランの方に擦り寄りながらそう訊ねる。デュランはアンジェラを一瞥してから、ごろんと仰向けに寝転がった。腕を頭の後ろで組んで、フォルセナを思い出すように目を閉じる。 「フォルセナは王の国だから、後継者は父親が王かどうかに重きが置かれる。…父親が誰かっていうのは、結構嘘がまかり通るもんなんだ。母親を偽装するよりずっとたやすい」 「そう、ね」 アンジェラはそのことに関しては諦めたように静かに頷いた。 「そういう実情の中で、次代の国王候補っていうのは意外と言ったもん勝ちのきらいがあった。要するに後見人の座欲しさにでっちあげをする人間がな」 「ああ、そうね。そういう人も出てくるわね、きっと」 「そういう背景になると、早く次代に変わって欲しいと願うものが出てきて、自然と王家暗殺が企てられるようになる。その回避策に影武者は有効な効果をもたらすと聞いている」 「へぇ〜!」 デュランの話を聞いて、アンジェラが目を瞬かせた。しかし、そんなアンジェラとは裏腹に、デュランがむっとしたように声を上げた。 「今お前俺のこと馬鹿にしただろ」 デュランが片目だけをうっすらと開いてアンジェラを見やる。不機嫌そうな顔だ。アンジェラは呆れたように息をつくと、デュランをとりなす。 「やーね。そういう僻(ひが)みっぽいとこデュランの悪い癖よ。見直したって思ったのに」 「そか。悪い」 デュランが素直に謝るようになったのは、やはり恋人という枠を超えたころだった。デュランは変わらないところもあったが、アンジェラに対して少し優しくなったと思う。アンジェラはそれがまた嬉しい。嬉しさが溢れて、思わず顔が綻んでしまう。 「惚れ直した、がよかった?」 「馬鹿」 そっけなくデュランは向こうを向く。つまらなそうにアンジェラが拗ねる前に、デュランの片方の手が誘うように広げられて、アンジェラはまた顔を緩ませた。ずりずりと体を移動させながらデュランの腕に到達すると、包まった薄布ごとご褒美のように抱きしめられる。 あたたかさと頼もしさが一気に体中を包み込む。それだけで、幸せだ、とアンジェラは思う。 どうしてこんなに幸せになれるのだろうと、不思議に思うくらいの眩むような喜びだ。 「それで」 デュランの、平静を装う声が頭の上から聞こえてきて、アンジェラは笑いそうになるのを何とか堪えた。 「なに?」 「お前が影武者だったら、って話だろ?そもそも」 忘れたのか、と呆れた声が聞こえてくる前に、アンジェラは声をあげた。 「そうそう。私がその、影武者というか…正確に言って模造品(レプリカ)だったらね」 「レプリカ?」 デュランが首をかしげる。 「同じものに見える偽者、って思ってくれたらいいわ。魔法でそういう術があればの話。もちろんないけどね、今知る限りは」 「わかった。それで?」 デュランはアンジェラを胸に抱いたまま、頷いた。 「もし私がその模造品ってわかっても、隣に居てくれる?」 アンジェラはデュランの方に身を寄せながら、静かにそう訊いた。デュランが眉を顰(ひそ)めアンジェラを見ようとしたが、アンジェラは完全に顔をデュランの胸に埋めていてその表情が読み取れない。 「アンジェラ」 「私という存在がただ模造されたものだったら、デュランは私から離れる?」 アンジェラが恐ろしそうに手を伸ばしてデュランの背中に回した。ぎゅっとすがるように掴んだ腕が、少し震えていた。 「アンジェラ。お前、何を怖がってる?」 びくっとアンジェラの体が大きく震えたのに気づいて、デュランは核を突いたことを少々後悔した。しかし、アンジェラは少し強引にでも探りを入れないと、本音をなかなか言わない。長年の付き合いで、デュランはそれを理解していた。 「アンジェラ、そんな例え話の答えで、お前は本当に救われるのか?」 体を引き絞るように身を硬くして、アンジェラは何かを堪えていた。デュランがそんなアンジェラに手を置こうとしたが、余計怖がらせそうなのでやめておく。 「お前は。今を失うのが怖い、と思ってるんじゃないのか?」 ぎゅっと、デュランの服を握ったアンジェラの手が更に力を込めた。しかし、アンジェラは何も言わない。 「お前、多分これまで苦労に慣れてすぎてて、今のこの満たされた状態がまた何かに奪われるって、そう思って怖がってんじゃないか」 アンジェラは閉じた貝のようにその身を強張らせた状態で、デュランの声を聞いた。 デュランの声も何も言わなくなって、二人は時間に身を任せた。 アンジェラの硬直した体が解けるのを、デュランはじっと待ち続けた。 やがて、アンジェラは深い息を吐いた。まるでこれまで呼吸をすることも忘れていたかのようだ。 「デュラン。あんたの言う通りだわ…」 「アンジェラ」 ゆるゆると体の力を抜いて、アンジェラはデュランを見上げた。泣いてはいなかったが、一気に衰弱したように青ざめた顔をしていて、デュランはそれが心配だった。 「ずっとずっとこの夢に甘んじていられたらって、デュランが私のそばに居続けてくれたらそれが叶うんじゃないかって、思ったんだわ」 「俺は『今』の答えしか言えないぜ」 デュランはきっぱりとそう言う。そんなデュランを見て、アンジェラはやっぱりこの人が好きだと思う。 その場しのぎに『永遠』を語る輩よりも、自分にも他人にも嘘をつけないこの人だから、好きなのだと。 「ありがとう。『今』あなたのそばにいられる私を誇りに思うわ」 儚げにうっすらと笑うアンジェラを見て、デュランは何かしてやりたいと思った。今のことしか言えない、未来のことはわからない、そんな否定的なことばかりではなく、彼女が少しでもこれから先自信を持って歩いていけるような何かを。 デュランは自分の手のひらを見つめ、きらりと光る金属に反応した。それは、二人が婚姻の儀式をしたときにそのしるしとして残された唯一の光。 「アンジェラ、手を」 「なに?」 差し出された利き手を見せるアンジェラの手を、デュランが軽く叩く。 「違う、逆だ」 「何よっ。先に言いなさいよね」 わざとらしく手をさすってから、逆の左手を差し出す。アンジェラの指にももちろんその光が宿っている。 デュランがアンジェラのその指に嵌った金属に触れた。もちろん、それはデュランがアンジェラに捧げた指輪である。嵌め込まれた石は赤く輝く命の色をしていた。 「あ…」 アンジェラがその指輪を触れられて、少し恥ずかしそうにした。婚儀のことを思い出したのだろう。 デュランがその指輪に触れながら、言った。 「俺の全部がここにあるって、思っていい」 「っ…デュラン!そんなことっ…!」 アンジェラは慌てて声を上げたが、デュランはじっとアンジェラを見つめていた。 「そのつもりで捧げた指輪だ。それくらいの想いがなきゃ、俺はこの指輪をお前には渡さなかった」 直情で真摯なデュランの言葉に、アンジェラはどうしていいかわからなくなる。顔を真っ赤に赤らめて、そんな、そんな、と首を振っていた。どうやら逆に想いの強さに当てられたかのようだ。 欲しがり続けていたくせに、手に入るそのときになってその大きさにうろたえた、というような。 「アンジェラ。今更そんなにびっくりすることはないだろう?もうこれは終わった『過去』の儀式だぞ?」 デュランが意地悪そうにそういうのに対し、アンジェラは泣きそうになりながらデュランを責めた。 「でも、でも、デュランはその『過去』ではそんなこと一言も言わなかったわ…!ずっと私の指にあなたの想いが居たなんて思いもしなかった…だってあなたそれを『今』言うんだもの…!」 アンジェラは涙をポロポロと落としながら、今まで自分がデュランに抱いていた疑心の恥ずかしさで完全に混乱していた。デュランがしてやったりとにやりと笑いながら、アンジェラに言った。 「惚れ直しただろ?」 「馬鹿!」 アンジェラはデュランに抱きついた。 Fin.
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