【聖剣伝説3】

■好きな人の髪のこと

掲載日[2009/01/13]














 焼きつくような炎天下、足場の悪い広い砂場が地平線まで続くその場所ではすでに誰も話す気力がなくなっていた。6人はすでに小一時間この景色の中を彷徨っているのだ。
 しかしそんな中、一人の少女が声を上げた。
「ちょっと!なんなのよホークアイその髪っ!」
 突然、アンジェラがむっとしたようにホークアイの髪をぎゅっと握り締めた。
 当然、ホークアイは髪にひかれるままその場で不自然に立ち止まる羽目になった。熱砂に体が埋まらなかっただけでも幸いだったが、しかしアンジェラはそんな事を気にしている様子ではない。
「いてぇ!なんなんだよアンジェラ、急に!」
 アンジェラは構わず、その手に握り締めたホークアイの髪をしげしげと見つめてから、自分の髪の毛を肩の前に寄せて見比べ始めた。
「な、なんだぁ??アンジェラ、どうしたんだよ・・・」
 髪を握られて顔を逸らした状態で、ホークアイが苦しそうに問うがアンジェラは一向に答える気がないらしい。しかたなく、リースがアンジェラの隣に並んで問いかけることにした。
「どうしたんです?アンジェラ」
「ちょっと、見てよ。このサラサラ髪!私だって一応旅先でもできる限りのケアをしてるつもりなのよ!けど、どうしてもこういう劣悪の環境下って髪がついていけないみたいで・・・」
「ああ、アンジェラは髪が荒れやすいのですね」
 リースはアンジェラの髪の毛を撫でるように手を当てながらそう言った。
「そうなのよ。だって、私たちの旅って3日前に極寒の地に居たかと思えば、次の日には砂漠のど真ん中に居る事だってあるわけじゃない?!体調はできる限り保ってても、髪の毛にはどーしても出ちゃうのよっ・・・!それなのにこいつの髪ったら何!?子供の髪みたいにサラツヤじゃないの!」
 ぐぐぐっと悔しそうにホークアイの髪の毛をひっぱるアンジェラに、ホークアイが悲鳴を上げた。
「痛い痛いアンジェラ痛いってばよぉ!」
「おい、アンジェラ。いい加減にしろ」
 呆れたようにデュランがアンジェラにそう言ったが、鋭くぎっとアンジェラはデュランを睨み付けた。
「今大事な話してるの!デュランは黙ってて!」
「大事な話だぁ?馬鹿か、そんな髪の話なんて今はどうだっていいんだよ!今は神獣止めるのが最優先事項だろうが!」
「それより今は私の髪よ!」
 食って掛かるアンジェラにデュランは負けじと言い返す。
「髪ぐらいなんだ!神獣を止めなかったら世界が終わっちまうんだぞ!」
「か、髪ぐらいって言ったわね!乙女の神聖なる髪を『ぐらい』なんて言い捨てて!デュランなんかいつもごわごわで硬そうな髪だからいいんでしょうけどねぇ!女の子は髪が命なのよっ!」
「なぁーにが女の子だっ!そんなに髪質が気になるなら切っちまえばいいんだ!」
「なっ!」
 シャルロットが手のひらを顔にあてて「あちゃー」と言ったが、その声は誰にも届かなかった。
 次の瞬間にはアンジェラの平手がデュランの頬を打つ、とその場の誰もが思った。但し、正しくはデュランとケヴィン以外になるだが。
 しかし、アンジェラはすっと怒りを体に収めさせると、冷気の満ちた瞳で呪文を唱え始めた。
「水の精霊ウンディーネよ。汝の力を今ひと時我に預けよ。」
 アンジェラの一言で、精霊の力がその周辺の大気に溢れる。熱くてかなわなかったその一帯が一瞬にして冷気に包まれた。
「お、おい!やめろ!落ち着けアンジェラ!」
 ホークアイがアンジェラの腕を掴んでやめさせようとするが、間に合わない。
「乙女の髪を汚す悪漢を滅ぼす力を与えたまえ!アイススマッシュ!」
 瞬時に中空に生まれた氷の石がデュランの頭をめがけて3つも落ちてきた。がこがこがこんっ!と激しい音がして、デュランは避けるまもなくその場で打ち崩された。まさか魔法で来られると思わなかったのか、デュランは完全にその場で目を回してしまった。
「デュランの馬鹿あっ!」
 アンジェラはそう叫ぶと、一目散に走り出そうとした。しかし、アンジェラはホークアイの髪を握り締めたままだったことを忘れていたので、そのままホークアイと一緒につんのめって転んでしまった。
「デュラン、聞こえてない。多分」
 ケヴィンが珍しくまともな事を一人ごちた。しかし、その言葉もまた、誰の耳も届かなかった。

 結局、戦力の一人であるデュランが動けないのでは話にならない。無駄に動いて強敵にもあわないとも限らないので、動ける人間は野営の準備を始めていた。
 動けない人間は、昏倒したデュランと、髪を握り締められて動けないホークアイ、そして髪を握り締めるアンジェラだった。
 シャルロットはぶつくさと文句を言いながらも、野営に使う荷物を出し、ケヴィンは火の番を買ってで、リースは夜食の準備を始めている。
「アンジェラ」
 ホークアイがこれまで何度もアンジェラに話しかけたが、ずっとアンジェラは何も言わなかった。
「あいつの言うことなんていつも本気にしてたら身が持たないだろ」
 ホークアイが慰めるようにそう言う。しかし、アンジェラはホークアイの髪を握り締めたまま、そっぽを向いて膝を抱えている。
「なあ、アンジェラ。つまんない喧嘩の延長で出てきた言葉なんて、大して意味はないよ」
「そうかしら」
 やっと返ってきた初めての反応に、ホークアイのほうが驚く。アンジェラの声は、悲しみで濁るでもなく、また怒りに呑まれたようでもなかった。先ほどウンディーネを呼び出したときと同じ、冷静で冷たい声だ。
「あの時デュランは、私が髪を本当に切ればいいと思ったんじゃないかしら」
「まさか」
「いいえ、多分、思ったから口に出た。そう考える方が彼らしい」
 『彼らしい』。なんという冷たい言葉だろう。ホークアイはアンジェラのその言葉に背筋の凍る思いがした。デュランが今昏倒状態にあるのは、救いのようにも思えたくらいだ。
「だったら、切ってやる。私の何が気に入らないのか知らないけど、あいつが切れって言うなら切ってやるわ!」
 一瞬の隙を突いて、アンジェラはホークアイの短剣を奪うと、その鞘を投げ捨て髪に宛がった。しかし、その次の瞬間には、アンジェラの手は完全に自由を奪われていた。
 デュランが、アンジェラの腕を握り締めていたのだ。
「な!あんた起きてたの!?まさか狸寝入り!?」
「バッカか。あれだけ狂気じみた声を聞いて寝てられるか!」
 いつの間にかアンジェラの体を後ろから羽交い絞めにした状態で、デュランがそう言ったのに、ホークアイがぱん、と手を叩いた。
「はい、デュラン君、訂正して。「あれだけ『お前の』狂気じみた声を聞いて寝てられるか」、でしょ」
「んなっ?!」
 意表なところから突っ込みが入って、デュランが虚を突かれて赤くなった。アンジェラにもそのデュランの顔が見えて、氷のように冷たくなっていた瞳が、一瞬にして和らぐ。
「・・・ほんと?」
 アンジェラの言葉に、デュランが慌てて否定する。
「馬鹿っ!違う!」
「え、そこで否定すると狸寝入り認めることになるけど?」
 やっと髪を解放されたホークアイが困ったように、あるいは面白がるようにそう言う。
「それも違う!」
「なんなのよあんたは!一体何がしたかったのよっ!私の何が気に入らないの!」
 アンジェラが喚くようにデュランを怒鳴りつけてやると、その後方から声がした。
「ホークアイの髪が羨ましかったのはデュランもだったんじゃないかな」
 ケヴィンが火の番をしながら、にこりと微笑んでそう言った。シャルロットが人知れず親指をぐっと立てて握っているのがホークアイには見えて、笑ってしまう。
「え?え?なんだ?」
 状況が見えなくて、デュランは慌てふためく。アンジェラもまた状況がわからず、こちらはいらいらして相手を問いただす。
「どういうこと?意味がわかるように説明してよ!」
「だからさ、ほら、アンジェラ、俺にやってたみたいに、デュランの髪握ってごらんよ」
 ホークアイが呆れたようにアンジェラにそう言う。ゆっくりと近づいて、アンジェラから短剣を取り上げる。その後、ホークアイは手をひらひらと振る。
「俺たちが邪魔なら、お前らがどっか行ってね。こっちはほら、もう火も炊けてるし」
「そうですね。あそこの岩場の影なんか・・・」
 まったく悪気のないリースが砂漠にぽつぽつと浮かぶ岩場の一つを指差してそう言うと、アンジェラがさすがに恥ずかしくなったのか声を荒げた。
「な、な、何言ってんのよ、あんたたち!私たちそんなことしてる場合じゃ・・・っな、なになにっ?」
 ぐい、と手を引かれてアンジェラの体が一瞬のうちにデュランの体に収まっているのを認識しきる前に、デュランが足を走らせていた。
「ちょっと時間くれ!」
 デュランがそう叫ぶのに、アンジェラは混乱して口も利けない。
「いいよー。一晩中でも。朝には帰ってきてねー」
「馬鹿っ!何言ってんのよホークアイ!」
 石でも持っていたら投げつけそうな勢いでアンジェラが身を乗り出してそう言ったが、デュランから逃げる気ももはやないようだった。
 二人が闇に消えてしまうと、リースが嗜めるようにホークアイに声を掛けた。
「少し言いすぎですよ」
「え、なんのこと?っていうかどっちが??」
 飄々とした口ぶりでホークアイはそう言うと、リースの髪を掴む。痛くならない程度に、緩く触れる。
「もしデュランがリースにこうしてきたら、俺は奴を殴りたくなると思うんだ」
「デュランは・・・そんな事しません」
 少し頬を赤らめながら、強がってリースはそう言う。
「だから、もし、って言ったのに」
 ホークアイが笑ってそう言うと、リースの髪を名残惜しそうに離したのだった。






Fin.

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