【聖剣伝説3】

■心のままに

掲載日[2009/01/23]















 強気な瞳。
 物怖じしない声。
 憎たらしいくらいまっすぐな言葉。
 
 それなのに、嫌いになれない。
 腹が立つのに、大嫌いだと思うくらい嫌になることもあるのに。
 心のベクトルはいつも定位置。
 コンパスが北を指すみたいに、ずっと。
 私の心はあいつばかりを指し示す。

 不思議。
 私はどうして、私はあいつを嫌いになれないんだろう。



「馬鹿みたい」
 ぽつりと私は呟いていた。
 宿屋に併設されている食堂で食事が終わって、今後の道筋を地図を前にして予習していたところなんだけど、私の心は別の場所にふわふわと浮ついていた。
 ぼんやり考えていた結果を、私はつい口にしてしまったのだ。
 そう気づいて我に返ると、周りに居た仲間たちが私を見ているのに気づいた。きっと話を中断させてしまったのだ、と気づいた私は、謝ってその場を取り繕った。
「あ、ごめん」
「アンジェラ。何か疲れてます?」
 すぐ隣に座っていたリースが気遣わしげにそう言った。疲れているといえば疲れている。正直に言うと朝から熱っぽいし、体もだるい。風邪をひいたのかもしれないとは思ったけれど、なかなか言い出しづらくて食事だけは済ませたところだった。
 どうしたものかな、と思っている。正直に言う方が良いに決まってる。それは私にもよくわかっている。
 けれど、言い出しづらいという状況にあることもまた事実だった。のんびりしている時間はない、というのがここのところずっと言葉としてではないが厳然とした空気が流れている。さすがにそういう雰囲気は私にも読み取れる。
「ちょっとね。でも、大丈夫よ」
 あ、言っちゃったし。言葉って考えるより口に出るのって本当に不思議よね。大丈夫かな、って思ってるのにどうしてこの口は勝手に大丈夫なことにしてるのかしら。
「そうですか?それならいいんですが・・・」
 リースはあまり突っ込み過ぎないように控えめに身を引いた。余計なことを詮索しないというルールでもあるのか、と思うくらいリースの言葉はいつも控えめだった。王女ってこういう子を言うんだろうな、と私はリースの仕草に、言葉に、そして行動に毎度のことのように打ちのめされる。あまり考えないようにはしてるんだけど。
 私の様子を見てホークアイは、じゃ、ちょっと休憩にしようか、とその場の空気を入れ替えるようにそう言った。
「しょうがねぇなー。じゃ、俺トイレ」
 デュランはもうちょっと話を詰めて置きたかったのだろうけど、ホークアイが切り替えた空気を今更混ぜっ返すのが面倒だと思ったのか、席を立った。
「喉が渇いたでち。ケヴィンしゃんもいるでちか?」
 シャルロットが席を立とうとしたところに、ケヴィンがすぐ立ち上がった。
「いいよ、オイラお茶のポットもらってくる」
「ありがとさんでちー!」
 嬉しそうに笑うシャルロットを見て、ケヴィンが満足そうに笑った。こくんと頷くと、食堂のカウンターに向かって歩いていく。
「さて」
 一度落ち着いたテーブルを見て、ホークアイがこちらに身を乗り出してきたのに対して、私はぼんやりとホークアイを見つめ返した。
「今日のアンジェラはずいぶんと物憂げだね?」
「・・・そう?」
 私は言われて、幾分ゆっくりと返事した。あ、まずい。本当に熱が上がってるのかもしれないわ。頭がぼんやりとして言動が鈍くなったのがその証。
 ホークアイは私の様子に気づきもせず、いいたいことがあるように私の顔を覗き込んだ。
「馬鹿みたい、ってなんのこと?」
 ホークアイがにこにこと楽しそうに訊いて来る。いつもの私なら腹が立ってくる表情のはずなのに、ぼんやりした頭ではその感情の回路も通じてないみたいで、面白がるホークアイを見てもなんとも思わなかった。
「ホークアイ」
 隣でリースが嗜める母のような顔をしているのも気づいた。けれど、私は考えるのが億劫になっていたのもあり、私の口はまた勝手に質問に答えていた。
「心がいつもひとところにしか向かないことって、なんだか馬鹿みたいじゃない?」
「ひとところに?」
 ホークアイが首を傾げていると、リースの向こう側に座っているシャルロットが私のほうに身を乗り出してきた。
「シャルロットの心にはいつもヒースがいるでちよ!でもあたちはぜんぜん馬鹿みたいなんて思わないでち!ケヴィンしゃんだってそうでちよ!ね!」
 ポットを片手に戻ってきたケヴィンを見つけて、シャルロットは言う。ケヴィンは一瞬テーブルで顔を寄せる4人を見回してから、とりあえず席に着くと、シャルロットのカップを手にお茶を注いだ。丁寧にお茶を注いで、シャルロットの目の前にカップを置いてから、ポットを置いてケヴィンはやっとこちらを向いた。
「なんのこと?」
「ケヴィンはいつも心にカールのことがあるのよね」
 リースが優しくそういうと、ケヴィンは嬉しそうにうん、と頷いた。
「そう。いつもオイラの胸にカールがいるよ。それがどうかしたの?」
 ケヴィンが不思議そうに訊ねるのに、リースは穏やかに首を振って答えた。
「いいえ。ケヴィンにはそれが当然のことなのよね」
「当然のこと?」
 私はリースが言った言葉を繰り返した。頭の中で考えた結果と言うよりも、体がそのままその言葉に反応したかのようだった。
「馬鹿みたい、って思うのはさ、きっと頭ン中じゃないの?アンジェラ」
 ホークアイが言う。いつものおどけた調子が少し控えめになっているのが声の高さから感じられた。
「頭の中?」
「そ、頭は効率悪いと無駄だな、とか馬鹿だなって答えをはじき出しちゃうでしょ」
 ケヴィンが持ってきたポットに手を出す前に、ホークアイはケヴィンに手で礼の仕草をした。ケヴィンが慌ててポットを取ろうとしたが、ホークアイがいいよ、と笑ってポットを手にすると、ケヴィンのカップにお茶を注ぐ。
「うん」
「でも、感情とか気持ちってそもそも効率を課す次元のものじゃないからさぁ。想いそのものが、無駄だったり馬鹿だったりって当然なんだよね」
 ホークアイは、自分に注いだお茶を一口飲むと、続けてこう言った。
「大体想いは代償が付随するものではないから、効率なんて考える方が無駄だよね。代償があれば効率を上げることって必要だし大事になるかもしれないけど、想いってただ在るだけのものだからさ。それが別の形で返ってくるとかそういうことを考えてるとダメだよね。・・・まぁ期待するけど、普通はね」
「期待、してはいけないのですか?」
 リースが礼儀正しくそう聞いたので、私は驚いた。けれどリースの表情にブレがなかったので、きっと素直に疑問に思っただけなのだ、と思い直す。
「いけない、と言っても人は期待するだろうね。期待するのはいいけど、想いが返ってくるものだと信じるのがまずいんじゃないかな」
「叶わない恋もあるということ」
 私の口が言う。
「そう、みんながみんなハッピーになれれば、それこそ世界は平和な世界が築かれるだろう。けれど、残念ながらそうはいかないんだよね。残念というか、進化のメカニズムとしては正しい方向性なんだろうけど」
 ホークアイはリースのカップ、続けて私のカップにもお茶を注いだ。
「でも、無駄だの馬鹿だの思ってても、やめられない想いがあるってだけでも結構嬉しくなると思わない?」
「嬉しいかなぁ?」
 私はホークアイの言ってることが判らず、不信そうにホークアイを見つめ返した。
「だって、懐疑的な感情にその想いが負けないってことでしょ?想いが本物って証拠みたいじゃねぇ?」
 私はなるほど、と思う。そう言う考えには思い至らなかったな、と少しだけホークアイを見直した。
「そっか。じゃ、馬鹿みたいって思わなくてもいいんだ」
 そうして安心した私の体は、急に熱を出していたこと思い出したみたいにぐらりと世界が回った。
「おわ!アンジェラ!?」
 頭の中がぐちゃぐちゃになったような気分の悪さの中で、ホークアイの声が頭に木霊した。
 目が方向を維持できなくなって、体が平衡感覚を失い、全身の力が抜けるともなく落ちていく。これはヤバイ、と私が他人事のように考えた後に、想像していたよりも早く全身に振動が伝わってきた。
「ナイスフォロー、デュラン」
 ぐるぐると頭の中が回転する気持ちの悪さに目も開けられない。声だけが耳に届いている。今の声はホークアイだった。
 そういえば椅子から転げ落ちた感触がなかった。ということは、デュランが椅子から落ちる前に支えてくれたということになる。
 私は何とか手を伸ばして自分の体を支えているものに手を触れた。
「わ、なんだこいつ!」
 腕を伸ばした先が胸元の服に当たったみたいだった。デュランが焦った声を上げた。笑っちゃう。おかげで少し気分が良くなった。なんとか目が開きそう。
 瞼を何とか持ち上げて、やっとデュランの顔が見られて不思議なくらいほっとした。
「デュラン・・・あんたが助けてくれたの?」
「お、おお・・・」
 デュランが少し照れたような顔をしてるのが可笑しい。どうしてこの人の顔を見てるだけでこんなに嬉しくなれるのか、と思う。
「ありがと。・・・でも、ちゃんと手を洗ったんでしょうね?」
「お前な・・・落とすぞ」
 今度は一気に仏頂面をして私を睨む。本当に見てて飽きない。自然に胸の中がぽかぽかと暖かくなる。
「やだやだっ!冗談だってば!」
 可笑しくて、可笑しいのをなんとか隠したくて、私はデュランの腕にしがみついた。
「ったく・・・。お前熱あんじゃねぇか。よくそんな熱で冗談が言えたもんだ」
 呆れた声でそう言われた後、私はデュランにそのまま担ぎ上げられてしまう。わ、ちょっと、そんなことしなくても歩けるのに。
「今日は一日自由時間だな。出発は明日8時!でいいんだろ?デュラン?」
 ホークアイがすかさずそういいながら立ち上がる。デュランはああ、と返事をすると歩き出してしまった。
「よーし!じゃ、解散っ!」
 デュランの後ろの方でホークアイの掛け声が聞こえると、がたがたと椅子を引く音が聞こえてきた。けれどそれもすぐに遠くなる。デュランが足早に部屋に向かっているからだ。
 こつこつ、という単調な足音と胸から伝わる暖かい振動だけに身を任せていると、なんだか泣きたくなるほど幸せだとか馬鹿なことを考えてしまう。馬鹿なことだと思うけど、それはやっぱり本当のことだから仕方がない。
 ドアを開けるときに少し体が傾いたけど、私は少しも不安にならなかった。その後ベッドに寝かせられて布団を掛けられるまで、私の目はデュランを追っていた。デュランはそんな私を怪訝そうに見つめて、ベッドサイドに座り込むと一言言った。
「なんだよ」
「ううん、なんでもない。ありがと、デュラン」
 デュランははぁ、とため息をつく。返事をするのめんどくさいという態度をとってるけど、これは照れ隠しだって知ってる。だから少しも憎らしくならない。ちょっと前はいちいちいらいらしてたんだけど、理解してしまえばなんてことない。
「さっきの」
 言いかけて、デュランが口をつぐむ。これは珍しいことだった。
「え?」
 聞き返してみる。デュランは私の顔をじっと見てから、やっとのように重い口を開いた。
「馬鹿みたい、って何だよ」
「ああ、もういいの。もう終わったのよ、その話」
 私はかなりそっけなく言ってしまう。私も意外と照れてるのか、なんて心の中のもう一人の私が笑ってる。
 だって、さすがに本人を目の前にしては言いづらい内容だと思うわ。
「なんだよ。俺だけのけものか?」
 むっとしたようにデュランが言う。いじけた子供みたいになってる。ああ、そういう顔もするんだね、なんてまた一つ増えていくデュランの表情を見つけて、私はまた嬉しくなる。ちょっと可哀想になって、私は起き上がってデュランの方に顔を寄せた。
「違うのよデュラン。本当は、デュラン、あなたのこと」
「やっぱりか。俺の悪口だったんだな」
 ますますむっとしてデュランは私を一瞥したあと、目を逸らすようにうつむいた。完全にいじけた子供じゃないの。私は笑わないように注意するのが大変だった。
「もう。そうは言ってないでしょ」
「じゃあなんだよ」
 上目遣いで私を睨む顔。
 可愛い人。私は自然に笑みがこぼれた。
「デュランがすきなの」
 デュランがぴくりと体の動きを止めた。
 私は、天邪鬼なもう一人の私が出てこない今のうちに、言ってしまおうと決心した。
 心からの言葉をそのまま、デュランに捧げよう。
「デュランが、すきで、すきで、そればっかりなの。私の心が。ね、馬鹿みたいでしょう?」
 胸の内を言ってしまってから、デュランの顔を見た。デュランはしばらく頭がまっしろになったみたいにぽかんとアホ面を晒した後、後れて私の言葉を理解したようで急に真っ赤になった。慌てて目を逸らして、手を頭にやってがしがしと掻いてる。
「あ、くそっ、なんだ??なんで俺が赤くなんだよっ!!」
「ホントよぅ」
 笑いながら、急に泣きたくなった。何でだろう?どうして涙が出てそうになるのかしら?
 これがさっきホークアイが言った『期待』の所為かしら?
 慌てて私は布団を被った。だって泣くのはズルい。こんな私はデュランに見せたくない。
 鼻の頭がツンとして本当に泣きそうになってるのが、自分でよくわかった。声に出したら一発でばれてしまいそうだ。
「アンジェラ?」
 急に布団を被った私を、さすがにいぶかしんでデュランが声をかけてくる。
「お前、大丈夫か?」
 ああ、もう、どうしよう。返事したらばれちゃう。泣いてるなんて知られたくないのに。
 でも、デュランがこのまま引っ込むとも思えない。デュランは割に面倒見がよく心配性なのだ。
「アンジェラ。泣いてるのか?」
 どうして。何で判るの。どうして判って欲しくないことを、あなたは判ってしまうの!
 我慢できなかった。泣いてることを知られたあとでは、抑えることができなかった。涙も、肩の震えも、嗚咽も止まらなかった。
「・・・ごめんなさい」
「何も謝ることないだろ。いいから、顔を見せろアンジェラ。さすがの俺も布団をめくるのには多少の抵抗がある」
 それもそうか、と思う。意外にデリカシーあるんじゃないの、と思ったら、顔を出してもいいかな、という気分になってきた。現金なんだわ。私って本当に。
 布団をめくって顔を出すと、デュランが私の顔を覗きこむ。少し赤い顔だけど、さっきよりはずいぶん落ち着いたみたい。
「お前、俺のことはいいのか?」
「え」
 デュランの手、節くれだった強い手が迷うように中空を彷徨った後、私の手の上に降って来た。男の人の手って、なんて大きくて優しいんだろう。年下だってことを忘れそうなくらい心強い。
「俺の気持ちはいいのか?」
「私が今、言いたかっただけよ。それをデュランに押し付けるつもりはないわ」
 私は思ったことを言った。期待しすぎたりはしたくなかった。
 そんな私に、デュランが大人っぽく目を細めた。その目が今までと一転して色気があったのでどきりとさせられる。
 なんだろう、今のデュランは今まで見たことがないデュランだわ。
「ずっと判らなかったんだ。でも今わかった」
 デュランが私の両の手を掴んであわせると、それを包み込むようにデュランの手が両側から重なる。二人の手が重なった先の指先にデュランの唇が一瞬だけ触れた。
「その潔さに惚れてたんだ、俺は」
 祈りのような告白。嘘でしょう?こんなことって。
 ずるい。不意打ちはずるいわ。
 体がまた火照ってくる。熱くて、やだ、泣きそう。
 涙が落ちていく。期待したらダメなのに、やっぱり期待してたのね。ダメな私。

 デュランの胸で喘ぐように泣きながら、デュランの暖かさに私は酔いしれた。




Fin.

←戻る
Copyright 2009 BY SAE