【聖剣伝説3】

■花開きし蕾

掲載日[2009/03/1]



















 花弁がくるくると踊るように舞い、見上げれば蒼穹の空が広がっていた。辺りにはごつごつとした不機嫌な岩山がみえたが、ここだけは別世界で、くっきりと切り離されたように桃色の花畑が広がっていた。
 なんという美しい世界。この世のものとは思えない天国のような場所。
 麻薬の一種のその花が広がるその地には、足を踏み入れればたちまち眠りに誘われてしまうと言う眠り花が咲き誇っていた。
 ローラント国領内のバストゥーク山にはそんな不思議な場所があった。これまでローラントはこの場所を神聖な場所として大切に扱ってきたが、不幸にもその花は先の混乱ではローラント城崩落の一端を担った。
 この花と風を使って、ローラントの人々を眠らせたやすく陥落させたのはフレイムカーン率いるナバール軍だった。しかし、ローラントの人々はナバール軍の罪だけを憎み、自国の花を昔と変わらず愛した。
「アマゾネスは自分の体力を超えたぎりぎりのところまで自分を鍛えるのがその慣わしです。男女の筋肉のつき方にはそもそも違いがありますが、鍛錬によってその差をできるだけ狭めようというのが私たちのその趣旨です。しかし、私たちは女という性別を捨てるわけではありません。この華やかな花の地を守ることが私たちの中の女性としての本能を守ることに繋がっているのです」
 ローラント国王女であるリースが、自国を窮地に陥らせた花畑を目の前にして紡いだ言葉を、アンジェラは思い出していた。
「花畑に悪意はない、か」
 アンジェラはできるだけ風上に立つように気をつけながらその花畑に見入っていた。一度その花の眠りについたことがあれば耐性がつくので、二度目はないと言われている。しかし、急速な眠りにつなげるその花たちの香りを進んで吸いたいとは思わなかった。ただ鮮やかな色が広がるその世界は何度見ても美しく、心が和んだ。花畑の先に聳え立つ岩山との対比がよりいっそう花畑の優しさを引き立てる。そこは天国に一番近い場所ではないかと思うこともあった。高度的に見ても、そしてその花が惑わす力を見ても。だからこそ、花の香りは眠りを誘うのではないかと。
 アンジェラはしばらくその景色を何も考えずに見つめ続けていた。

 アルテナ王国の魔力の低下はもはや防ぎきれないもので、人々はそれぞれ自身の力でできることを考え始めていた。これまでは女王ヴァルダの魔力を頼りに生活を続けてきたが、それがもはや叶わないと人々も認識し始めたのである。
 まず一番先に選択を迫られたのは、アルテナで生活を続けるか否か、という問題である。これはアンジェラにとって意外なことではあったが、他国へ転居することを決めたのは多く見積もっても3割を超えなかった。一つは諸外国への転居をするにあたり、単独で他国の生活をするには転居先でまず働き口、住まいがある程度目星がつかないとできない。それができたのは基本的に諸外国に友人が多い人間か裕福な人間に限られた。また、気候が全く違うところに移転することに大抵の人々は躊躇した。先祖代々この地に住む人々にとってこの地を捨てて新しい地に住むよりも、このままここで生活を営んだ方がいいとするものが意外にも多かったのである。
 そもそも、アルテナの地でアルテナ城とエルランドに対風雪バリアが施されてまだ百年も満たないのだ。ヴァルダの母にあたる先代の女王がその方法を考案し、負荷分散のための城とエルランドに魔法陣を張り風雪バリアを張った。しかしこれでも気温は氷点下を免れないので、城に巨大なボイラー室を設け、この温風もまたエルランドにも流れるようにしていた。おかげで城と町は風雪にも厳しい寒さにも免れて暮らすことができたと言うわけである。
 しかしそれができたのはつい最近のことで、年数的に見ても50年も経っていない。その家の祖父祖母の代であれば厳しい風雪と寒さに耐え忍んで生活してきた実績があった。だから家の作りも雪の重さで負けぬよう石造りが主だったし、暖炉もそれほど稼動していないにしろ各家にはほとんどもれなく作られていた。これにより、人々は厳しい寒さに生き抜くための住まいとしては、ほとんどこのままで問題なかったのである。
 アルテナに残ると決めた人々は一転して変わり始めた。これまでヴァルダ女王が一手に引き受けてきたことを、少しずつ手分けして仕事を始めたのである。道に積もり始めた雪を毎朝雪かきして避け始めたり、これから風雪に晒されることを加味して高さの足りない城壁を高く修繕し始めたり、と人々はできることから始めたのだった。
 そのころになると、これまでマナを衰退させるに至った原因とみなされていたアンジェラを責めるような悪口雑言も聞こえなくなっていた。この地で暮らすことを覚悟した人々には見えてきた目的に向かって突き進むことに決めたようだった。
 そしてまた、ここを住まいとすることを決めた人々は、アルテナ王家を汚すことは自分たちの土地をも汚すことだと考えたのだった。
 ようやく落ち着いてきた町並みを見て、アンジェラは城に帰ってきてから初めて人心地がついたような気分だった。そのころになって、アンジェラは気晴らしに動こうと思えるような精神状態を取り戻したのだった。
 手始めに、ローラントに赴くことに決めた。リースとホークアイの結婚式には参列しただけで、その後お礼状が届いたのに返事をしていなかった。自分も相手も一国の王女というだけあって軽々しく会えるものではないが、公式な訪問とみなされて色々手続きが煩雑になるのがいやで、アンジェラはローラントへの使いも出さずに単身ローラントへの旅に出かけたのだった。
 道中は問題なかった。アルテナ城からエルランドまでの道は相変わらず雪深かったが、移動する商人たちが活発化した所為か、旅していたころに比べてずいぶん歩きやすかった。世界中を旅していたころはマナの異変で動物たちが暴れまわっていたが、最近はマナの衰弱に伴い動物たちはほそぼそと暮らしているようで人の目にめったに触れない。おかげで行商人たちは、前よりも活発に動けるようになったようである。
 エルランドの定期便の船に乗込み、まずはマイアに向かう。ローラント領に入るためにはそこから商業都市バイゼルに向かわなければならない。ローラント領のパロ漁港にいく定期船はバイゼルから出航しているのだ。
 懐かしい黄金街道も今では活気に溢れていた。モンスターが身を潜め、マナの衰退にさほど影響のないフォルセナ領は気候も温暖でおかげで人々が活発に行き来している。アンジェラは気持ちいい風をめいっぱい吸い込んで、その活気ある道なりを歩いていった。
 闇商人が犇くバイゼルでは、日中にたどり着いたため怪しい輩にも会わずに済んだ。さすがにこの辺は治安が悪く、奴隷商人などもいるため夜のひとり歩きは危険なのだ。
 定期便の時間を確かめると、すぐ出るところだと水夫が言うのでアンジェラはすぐに船に乗り込んだ。そこから漁港パロに入ればローラント領に入る。
 一人で船に乗り込んでいると、さすがに休みなく動いていたせいか体がふらついた。氷点下の雪の国から移動した先は一転して爽やかな風の吹く大陸。心地よかったはずだが、気温にして20度の差がある土地を一日で移動して動きづめだったのがまずかった。
 体調が悪いまま船に乗るのは得策ではない。船酔いしやすくなるからだ。
 アンジェラは少し迷ったが、定期便とはいえ船はそれほど頻繁な行き来をしているわけではない。この船を逃したら、2,3日後、というのはざらなのだ。アンジェラは思いなおして思い切って乗り込もうとしたところで、船に乗るタラップを踏み外した。
 水夫が危ない!と手を伸ばしたが、アンジェラに届かずアンジェラはそのままずるりと体を滑らせてしまった。
「あいたた…わ、ごめんなさい!」
 ちょうど後ろから乗ってくる客に足がぶつかってしまい、アンジェラはあわてて謝った。その客がぎろりと睨んできたので、アンジェラは思わず持前の気の強さに火がついたように睨み返そうとしたが、はたとその男の顔を見つめ返した。
「あれ、あんた…フォルセナの…」
 アンジェラは人差し指を男に向けようとして慌ててそれを背中にかばった。それは、人を指差してはいけない、と母親に昔叱られたことを思い出したかのように、素早かった。
「あ?ああ…アンタ…」
 男はアンジェラの顔をしげしげと見つめた。そんな二人をみて、水夫が呆れたように二人に声をかけた。
「お二人さん、乗るか降りるか、どっちかにしてくれねーか」

 慌てて二人が船に乗り込むと、タラップは速やかに引き上げられ、蒸気船は汽笛を鳴らして船を出港させた。
 甲板で水夫がタラップを完全に引き上げてしまい、それを船の縁に縛り付けると、水夫は持ち場があるのかさっさとその場を退散した。船の甲板には他にも客がいたが、出口付近で佇む二人は船に無事乗り込めたことにほっと息をついていた。
「アルテナの王女様、だったよな」
「やめてよ。アンジェラでいいって言ったじゃない!」
 アンジェラは先の旅で顔を合わせたことがある男のことをはっきり思い出していた。
「デュラン、久しぶりね。元気だった?」
 デュランはアンジェラの朗らかな顔につられたように、少し笑った。
「ああ、アンタも元気そうだな」
「デュラン?」
 睨むようにアンジェラはデュランに言うと、デュランはああ、と慌てて手を頭にやった。
「アンジェラも元気そうだな」
「それでよし」
 にこっとアンジェラが満足そうに笑う。デュランは肩をすくめてこっそりため息をつきそうになったが、なんとかこらえた。
「それにしても、王女様、ともあろう人が供も付けずに一人で移動中かよ?」
 デュランは半ば呆れたようにアンジェラにそう言うと、アンジェラはだって、と腕を組んで反論した。
「結構供なんてつけてたら面倒なのよ。別に一人でだっていけるんだから問題ないわよ」
「ま、でも、俺の役目がそれだったりしてな」
 にっと笑ってアンジェラを見やるデュランに、アンジェラは一瞬目を点にした。
「…え?」
「俺、お前のおふくろさんから頼まれたそのお供ってやつだぜ?ほら、依頼状。もちろんフォルセナの王経由だけど」
 デュランが腰にぶら下げた荷袋から一通の手紙を取り出してアンジェラに見せた。そこにはアンジェラのよく知る筆跡の文字が綴られていて、アンジェラは驚く。
「ほんとだ!お母様の字!」
「そりゃそうだろうよ」
「うるさいわね、茶々入れないでよ!」
 アンジェラはその手紙にざっと目を通す。自分の娘が単身旅に出てしまったが供をつけるのも嫌がっているので、それとなくフォローをしてほしいというのをフォルセナの英雄王宛に依頼した手紙だった。アンジェラの行動よりも早くフォルセナに手紙が届いたということだから、相当に急いだ伝令をフォルセナに飛ばしたのだろう。
「英雄王がそれなら面識のある俺がいいだろうってさ。ったく余計な仕事になっちまったけど、最近は暇だったから丁度いいやってな」
「私と面識があるなんて、よく英雄王様がご存じだったわね」
 デュランとは結局先の聖剣の旅では一緒に行動しなかったのだ。デュランとは旅先で会うとつい話を聞いてもらえるので、フォルセナに行く用事があればついでに話を(一方的に)聞いてもらうことがよくあった、という程度だった。
「まあ、王もいろんな情報網を持ってるらしいからあなどれないんだよな。俺もアンジェラと話したことを王に話したことなんてないし、アンジェラだってそうだろ?」
「うん。だって、特別話すことでもないもの」
 アンジェラは手紙を畳むとデュランに返しながら、そう言った。デュランはそれを受取りながら、ぼやく。
「だよなぁ」
「ま、いいや。お供がウチの魔導師じゃないんだったら気楽でいいわ。お供として認めてあげる」
「そりゃどーも。そりゃそうと、アンジェラ、お前飯ろくに食ってねぇだろ」
 デュランがさっそくお供らしく声を上げた。ぐいとアンジェラの腕を引っ張ると、船室の入口に向かう。
「あ、わかる?だってダイエットしようと思ってさぁ。最近ちょっと太り気味で」
「ばっかか!そんな青白い顔して何がダイエットだ!そんなもんは城にいるときにやれ!旅先でダイエットなんてしてたらぶっ倒れるぞ!飯だ飯!」
 ぐいぐいとアンジェラは腕を引っ張られながら、痛いとも何とも思わなかった。ちゃんとこうやって心配してくれる誰かがいることに、アンジェラは人知れず幸福感に満たされた。
「わかったわかった!食べるから、食べるからそんなにひっぱらないでってば!」

 デュランと一緒に行動することになって、やはりずいぶんと一人でいることに緊張していたのだとわかった。アンジェラは安心して船で体を休められたし、きちんと食事をしたおかげで体調も良くなって船酔いもなかった。パロに到着したあとは、すぐにでもローラントの城に向かおうとしたアンジェラを止めて、いったんパロで一泊させた。パロからローラントの城に続く道は険しい山道なので、アンジェラの体力を考えて一度休ませることが最善としたようだった。
「なんだか、ほんとにお姫様みたい」
 パロから山道を上がる途中、アンジェラはこっそり呟いて笑ってしまった。
―ほんとのお姫様なんだけどね。
「なんか言ったか?ていうか!お前ちゃんと警戒しろよ!ハーピー(鳥型人間)とかホント危ないんだからな!」
「わかってるってば!」
 アンジェラだって伊達に旅してきたわけではないのだ。ただ、やはり剣士であり性格上生真面目なデュランはお供という仕事をこなすことを絶対としているようだった。
「私だってちゃんと戦えるんですからねっと!」
 杖でばしんとモンスターを叩きつけてやりながら、アンジェラは息を荒くした。地上で問題なく戦えても、ここは進むたびに標高が高くなっていくため空気も薄く呼吸が苦しくなりやすい。
「あんま、無理すんな。休みたいなら言えよ?」
「平気平気っ!」
 呼吸は少し早かったが、アンジェラは楽しかった。城では何くれと世話を焼いてくれる使用人がいても、一緒に何かをしてくれる人はいなかった。だから、アンジェラはここで一緒に背中を任せられる仲間と居られることが、心から楽しいと思えた。
「デュラン?」
「なんだよ」
 だから。お互いがお互いの背を合わせながら戦っている最中にも関わらず、アンジェラはほほ笑んでいた。
「ありがと、来てくれて」
 ごいん、と一発、敵にお見舞いしてやりながら、アンジェラはそう言った。デュランがその言葉を聞いて、ぐっと剣を握りなおす。瞬間的に近づいてきた敵を一閃して薙ぎ払う。
 そして、ぽつりとデュランは言った。
「ああ。俺も、お前の顔見て、安心した」
 デュランはアンジェラの以前の旅の理由についてすべて知っていた。
 母親に殺されそうになって城から逃げてきたことも、それから精霊の力でこれまで使えなかった魔法が使えるようになったことも、そして母親を取り戻したのち、世界のためにその戦いに身を投じたことも。すべての旅の経緯をアンジェラはデュランに話した。デュランはその時聞くともなしに聞いていたはずなのだが、どうしてもその一言一言が忘れられるものではなかった。
 本当は、ずっと心配していた。その今にも折れそうな細い体を以って戦い続ける彼女を。
 けれど、何も言えなかったのだ。彼女の戦いに水を差すことを、剣士である自分が許すわけにはいかなかった。せめて、守る位置にいたいと、心ひそかに思ったこともあったのだが、その役目はとうとう叶わなかった。
「え、心配してくれたの?」
 最後の一発をヒットさせて、敵が撃沈したのを見届けてから、アンジェラがくるんとデュランの方に向きなおった。デュランも、目の前のモンスターにとどめを刺したところだった。血を拭い剣を収めて、デュランは聞こえなかったふりをした。
「…行くぞ」
「あ、ちょっと!無視したわね!ちゃんと聞こえたんだから!絶対今聞こえたんだからね!」
 アンジェラが杖を振り上げて文句を言ったが、デュランは振り返るとアンジェラを怒鳴りつけた。
「いいから早く歩け!日が暮れたら厄介なんだからな!」
 
 ローラント城にたどり着いたのは、その日の昼過ぎだった。どうやら伝令がこちらにも届いていたようで、リースとホークアイが待ちかねたように二人を歓迎した。
「いらっしゃい、よく来てくれました二人とも!」
「やあ、元気そうだね」
 夫婦らしく、出てきたときはホークアイの腕に絡めていたリースが、アンジェラを見てすぐにこちらに走り寄ってきた。アンジェラの手を握り締めてにっこりとほほ笑むと、親愛の抱擁で歓迎の意を示した。
「アンジェラ、心配したんですよ」
「ありがとう。もう大丈夫よ」
 リースの言葉に感謝しながら、アンジェラは安心させるようにリースの背中に手を置いた。
「ええ、でも今のアンジェラの顔を見て安心しました。デュランと一緒だったんですね」
 リースは身を離して柔らかく微笑む。
「よかった。ずいぶんアルテナの女王が心配してらしたんです。すぐに伝令を送り返さなくては。二人が無事にたどり着いたかきっと心配していらっしゃいますよ」
「やっぱりお母様はこっちにも伝令を出していたのね」
 アンジェラが少し驚きつつも、想像していたのか、ゆっくりと返事する。
「女王様の一人娘だもの。心配しない方がおかしいじゃないか。アンジェラ、よかった。ずいぶん元気になったね」
 ホークアイが手を差し出してきたので、アンジェラも手を差し出して握手する。
「ホークアイもあいかわらず元気そうね。リースをちゃんと助けてあげてるの?」
「もちろん。まあ、俺ができることは限られてるけどね」
 それを聞いて、リースがまぁ、と声を上げる。
「ホークアイには十分助けられてますわ!私だけではきっと無理だったことが、あなたのおかげで出来ていくんです」
「リース、それはずいぶん買いかぶりすぎだね。惚気としてなら受け取っておくよ」
 飄々と言ってのけるホークアイに、リースが真っ赤になって肩を怒らせた。
「私は、あなたのそういう余計なところが嫌いです」
 口でそういいながら、リースはホークアイのそばによってホークアイの腕を抓ってやった。いててっとホークアイが声を上げているが、見ている側からすると。
「結局惚気じゃない」
「だよな」
 アンジェラがぼそっと言った言葉に、デュランがすかさず反応したので、アンジェラは思わず笑ってしまった。

 アンジェラは静養と称してローラントに来ていたので、しばらく滞在することになっていた。お供であるデュランも英雄王の要請によりアンジェラを自国に無事送り届けること、となっていたため部屋を用意された。
 リースとホークアイはデュランを覚えていた。二人も先の旅では一度だけ会っていた。モールベアの高原でフォルセナを助けてくれと頼まれたことを覚えていたのだった。
 アンジェラがフォルセナに入るたびにデュランと話をしていたこともちゃんと知っていたのだ。
 昼の食事はおかげで和気あいあいとしたものになった。
 その後、リースたちは仕事があるので二人を案内することができない、と残念がったが、アンジェラは何度か来ているので必要ないと断った。デュランも付いていてくれることだし、問題はない。
 アンジェラは二人と別れたあと、デュランにお願いした。
「行きたい所があるの。付き合ってくれる?」
「ああ、もちろん。どこに行くんだ?」
 デュランは剣をベルトに収めながら、訊ねた。アンジェラはそれに目を細めて答えた。
「この国には、とてもきれいな場所があるのよ」
 デュランと一緒に出かけた場所が、その花畑だったというわけである。
 風上に立つようにしていたのは、デュランのためでもあったのである。デュランは一度もこの花の影響を受けたことがない。
「眠り花なのよ」
 アンジェラがそう言うと、デュランはぎょっとした顔をした。話をしたことがあったのだ。ローラントを陥落させた眠り花があると。
「これが?」
 信じられないという顔でデュランは花畑を見つめた。花は優しい色をして風に揺れている。そんな毒々しいまがまがしいものがない分、余計に恐ろしい気がしたようだ。
「デュランは耐性がないから離れていた方がいいわね。風の向きが変わったら帰るから」
 アンジェラは言いながら、花畑をゆっくり歩いた。デュランはアンジェラが歩く姿を、遠くから眺めていた。じっとして、言葉も何も、アンジェラに話すことをせず、ただ立ってアンジェラが気が済むまで歩きまわるのを待っているのだった。
 そうして、どれくらいの時間が経っただろう。
 何も考えなかったし、いろいろ考えたような気もした。
 アンジェラは風に任せる花のように、時に身を任せていた。
 泣きたいような気もしたし、空虚な何もない無の感情しかない様な気もした。
 美しい世界で、ただこのちっぽけな存在を誇示したいのか、なくなってしまいたいのか、自分でもよくわからなかった。
 答えを出そうと思ったけれど、答えはなかったというのが答えなのかもしれなかった。
 自分がどう生きればいいのか、わからなくなってしまった。
 また、だ。
 結局、私は何がしたいのだろう。
「アンジェラ」
 呼ばれて、振り返る。
 そこにデュランがいた。
 唐突に呼ばれてアンジェラは不思議そうに眼をひそめたが、デュランはもう一度アンジェラの名前を呼んだ。
「アンジェラ」
「あ、はい」
 言われて、思わず返事をした。デュランは荷袋から一通の手紙を差し出す。
「ん」
「それ、さっき見たわよ?」
「おふくろさんの手紙じゃなくて、俺の」
 アンジェラは一瞬意味がわからなくて、返答に詰まった。
―俺の?俺のって?
「俺から、お前に。手紙出そうと思って出せなかったんだ。ずっと机の中で眠ってたやつ」
 アンジェラはまだ手紙を見つめたまま、手も出せないでいる。デュランと手紙をしばらく交互に見た後、やっとのように口が開いた。
「デュラン、手紙なんて書くの?」
「うーん。そういえば、小さい頃親父に書いた後ぶり、かもな」
 ひらひらと、所在なさげにデュランが手紙を上下に振りながら答えた。アンジェラはそれを見ながら、なんとなくまだ手が出せないでいた。何かの冗談のような気もしていた。
「へー、そうなんだ。私、読んでいいの?それ」
 アンジェラは一応聞いてみる。デュランが痺れを切らしたみたいに、アンジェラの手のひらを引き寄せると、その手に手紙を押しつけた。
「読め」
「あ、うん。じゃあ、読む」
 アンジェラは手紙を受け取った。封書の中から取り出したその紙質で、母からの手紙ではないことが確実にわかった。フォルセナは草原の国だけに質のいい紙を作ることができるのだ。アルテナの紙のそれよりもより滑らかな質になっているので、世界的にも重宝がられている。
 その紙を開く。まるで日記のように綴られている。手紙、というよりも日記のようだ。なんだろう、と思ったら、それはアンジェラと話した日のあとに整理したものであることがわかった。アンジェラが話した内容が、簡単に記してある。まるでそれを忘れまいとするようにしっかりとした文字がアンジェラの起こった出来事を綴っている。そして、その日の終わりに一言だけ、「もし俺に役目があれば」と必ず付けられている。
 全てに通して、それは共通して書かれていた。その日の最後に必ずその言葉が添えられている。
「もし俺に役目があれば、ってどういうこと?」
 アンジェラは手紙から目を離すと、デュランに訊いた。デュランが手紙を取り上げるとその紙をポケットにしまい込んだ。
「役目は役目だよ」
「デュランはただ、役目がほしいの?」
 アンジェラはデュランを見上げると、訊いた。デュランがアンジェラから目をそらすので、アンジェラはさらに問い詰めた。
「じゃあ、役目がなかったらそれにデュランは甘んじるのね?しょうがないって、思えるのね?」
 デュランは答えない。目をそらしたまま、アンジェラを見ようともしない。
 これにはアンジェラは腹が立った。アンジェラは容赦なくデュランを睨みつける。
「私はね、デュラン。役目でなんかで…役目なんかであんたに守られたくないのよ!今回のことだってそうだわ!お供のつもりでデュランと一緒にいるんじゃない!そんなんじゃないんだからね絶対!!」
「アンジェラ」
 アンジェラの手が抗議するようにデュランの服を握り締めた。その手首をデュランが握り締める。
「私がデュランといたかったの!本当はずっと一緒にいたかったの!」
 アンジェラがとうとう言った。ぎゅうとデュランの服を握り締めて、泣くのをこらえている。
「私は、アンタにただの役目だから一緒にいるんだ、なんて絶対言われたくないのよ!」
「そんなこと言うわけねぇだろ!」
 ぐっとデュランがアンジェラを抱きしめた。抱きすくめれて、アンジェラが我に返る。
「…デュランっ?」
「言うわけない!俺がお前を好きだから俺はどうしてもお前を守る位置にいたいんだよ!」
 ぎゅう、とさらに強く抱きしめられて、アンジェラは完全に面くらってしまう。
「だから俺にお前を守らせてくれ、アンジェラ。役目でない証に、その許しを今お前に乞おう」
 アンジェラを抱きしめたデュランの腕が緩められて、デュランがアンジェラを覗き込んだ。アンジェラはそのデュランの真剣な眼差しに完全に気迫負けした。それくらいまっすぐで真摯な瞳だったので、アンジェラは言われている言葉とその目に完全に参ってしまった。形勢を立て直すべく慌てて威厳を取り繕おうとしたが、それもままならず、アンジェラはこくんと頷くのがやっとだった。
「え、と…お願いします、でいいのかしら?」
 嬉しいのに、うまく笑えない。デュランがあまりにも男らしいので急に緊張してくる。アンジェラはそんな自分を叱咤してなんとか奮い立たせているのだった。
 一方、騎士としての許しをアンジェラにもらえたデュランは一転して子供のように嬉しそうに笑った。
「アンジェラ、その証を俺がもらっていいか?」
 肯定も否定もする間がなかった。アンジェラは不思議そうに見上げると、デュランはアンジェラにキスをした。鳥が瞬く間に獲物をさらうかのような、一瞬の接触。
「確かに証を頂戴したぜ?」
 満足そうなデュランの顔だが、アンジェラはあまりのことに動転して顔をぱっと赤らめた。
「もうっ…バカっ!」
 アンジェラは慌てて恥ずかしさのあまりデュランの胸に顔をうずめるのだった。



 




Fin.



■無駄に長い話。
[hope isolation pray]と[声に届けて]の続きみたいな話です。デュランが戦力外通告、のパターン。
まあ単独でも読めるようには注意して書いたので…それで長くなっちゃったんですが(汗)
あぁ、この話ではパーティはアンジェラ・リース・ホークアイですね。
二人が一緒に旅をしていなかったらどうくっついたかな?な話。

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