【聖剣伝説3】

■福音の調べ[01]

掲載日[2009/03/22]
















 世界は、昼間当たり前のように光に満ち溢れ、夜は静かに闇に包まれた。
 闇夜に浮かぶ月が人の心を淡い光で癒し、またその形で周期を知らしめた。
 火は人を暖め食に幅を与え、風は新鮮な空気を運び淀んだものを持ち去った。水は人々を心身ともに潤し、大地は住処の安定を約束した。
 木は新しい空気で世界を満たし、新しい水を蓄え、大地を揺るがざるものにし、ときには大地の肥しとなった。
 全てはバランスよく作用していた。
 それぞれの精霊たちは互いの力を尊重し、また自分の力に誇りを持ちながらその力を御していた。
 だからこそ、世界は安定を保たれていたのだ。

 しかし、マナの衰退はそのバランスを大きく揺るがすのだということに、人々はまだ気づいていなかった。


 草原の国フォルセナは、そろそろ冷え込みが出てくる季節を控え、冬支度をする人々の活気に満ちていた。この世界で珍しく四季があるフォルセナの冬は、アルテナほどとは言わなくとも例年それなりの冷え込みがある。しかし、その寒さがあるからこそ、春になる頃には草原の国と呼ばれる所以ともなる青々とした植物達が一斉に芽吹き始めるのだ。
 そして、その頃人々は、冬を越えた頃の尚一層なこの国の発展を願い、また、体を温める理由でも、この時期にはよくお酒を飲んで楽しむのだった。
 その日も例外でなく、昼間からにぎやかな笑い声が城下町に響いていた。今の時期は、農作業をしているものは収穫後の時期でもあり、鍛冶屋の仕事をするものにとっても冬前に旅支度をする奇妙な冒険者も少ないため、比較的仕事が空く期間となる。鍛冶屋と農家が多く占めるフォルセナの民衆が沸き立つのも、この時期は無理のないことなのだった。
 そんな時期をはじめて目の当たりにするアンジェラは、フォルセナの活気の勢いに圧倒されながらも、その雰囲気を楽しんでいた。
 町並みを非番だったデュランと歩いていると、町の人たちがアンジェラに声をかける。
「王女様は飲まないの?」
「うちの木になった実を果実酒にしたの、飲んでいかない?」
 家の前にイスとテーブルを出してくつろぐ家族が口々にアンジェラにお酒を何度も誘ったが、隣を歩くデュランが非番とは言えいつ何があるかわからないので飲まない、という態度をとっているのを見て自分だけが飲む気にはならず、アンジェラはとりあえずにこやかに遠慮していた。
「ここはいつも元気いっぱいね。アルテナもいつかこんな活気で満たされたらいいのに」
 アンジェラがデュランに追いつくように走り寄ると、そう言ってデュランを見上げた。デュランはアンジェラのそんな声を聞いて、しばらく考えてからこう答えた。
「アルテナだってそんなに暗い雰囲気だとは思わないけどな。あそこはあそこでいいと思うぜ。神聖な女王のお膝元だし、あれくらいでちょうどいいんじゃないのか」
「あら、デュランがそんなこと言ってくれるなんて、嬉しい!」
 アンジェラがにっこり微笑んでデュランの腕を掴むと、デュランは吃驚して、慌てて振り払おうとする。アンジェラはそれでも嬉しそうに掴んで離さないので、デュランはやれやれ、と肩を落として振り払うのを諦めた。
 アンジェラがようやく諦めてくれた、とでも言うように嬉しそうに微笑んで見せたときだった。
 唐突に背後から爆音が鳴り響いた。それと同時に圧倒的な爆風が街全体を震わせた。
 唐突の風圧に、アンジェラは背中を思いっきり押されたかのように仰け反り、つんのめってレンガの地面に倒れた。デュランは、驚きながらも鍛えた体で何とかそれを堪え、アンジェラを庇うように自分の体でアンジェラを覆った。
 そして、立て続けに襲うのは、恐ろしいほどの熱風。アンジェラは眉をひそめながらようやく振り返ると、すぐそこには恐ろしい勢いで燃え上がる火柱があった。
 あまりの唐突な惨状にアンジェラは目を見開く。
―― 一体、何?
 一本の巨大な樹が、幾百年月もの年を経てフォルセナを見守ってきたはずの一つの大樹が、あっという間に火炎の中で燃え盛る。巨大な炎は、躊躇も哀れみもなく、その大樹を飲み込んだ。アンジェラは、目の前の光景を信じられないような瞳で見つめた。
 巨大な大木の枝が焼け落ちて、近くの家屋に火が移りそうになるのをみて、デュランがようやく体を起こして大声を張り上げた。
「手の空いている奴は井戸から水を!女子供は城へ避難だ!それと、誰か、あの家の家族構成の分かるやつは?」
 デュランは今にも火が燃え移りそうになる家屋を指さして、そう言った。すると、一人の娘が手を挙げた。
「私の家です!」
「他の家族は?今あの家にいるやつはいるのか?」
 デュランは娘に声をかけながら、ポケットから厚手のグローブを取り出して手に填め、滑らないように手首のひもを引っ張った。
「いいえ、今日は両親とも行商に出て留守です。弟もここに」
 見下ろすと、姉の手を握りしめて震える子供が今にも燃えそうになる家を見て、がくがくと震えている。デュランが、その子供に手をやった。
 そして、娘に顔を戻すと、デュランは静かにこう言った。
「最小限にくい止めてみせる。済まないが、騎士兵の応援を」
「わかりました!」
 娘はそう言って近くにいた人に子供を頼み、身を翻して走り出した。デュランはそれを見て、くるりときびすを返し、燃えさかる大樹の姿を見据えた。
「ちっ…火とはまた厄介だな」
「でも、女の手前いいところを見せておかないとな、デュラン?」
 そう言ってデュランの隣に並んだのは、傭兵時代からの仲間のブルーザーだった。デュランがブルーザーを振り返って、その手に持っているものを見て驚いた。
 ブルーザーが持っていたの大きな斧だった。
「ほれ、お前の分もだ」
 そういって、ブルーザーはデュランにもう一本斧を渡した。そして、何の説明もなしに大樹に向かって歩き出す。デュランも慌てて、ブルーザーを追うように走り出した。
 一人残されたアンジェラは水の魔法を唱えるか迷ったが、彼らが必要だと判断したときに唱えようと思った。ここは彼らの国であり、今やろうとしていることは彼らの仕事だからだ。
 それに、デュラン達が仕事をしているところによく理解もせず氷の礫が当たりでもして怪我でもしたら、それこそ目も当てられない。アンジェラはデュラン達が怪我だけはしないで済むように、一心に祈りながら見つめていた。
 斧を持ったデュランとブルーザーは、既に燃え移り始めた家屋の中に入っていった。幸いレンガの作りをしていたので、家自体が燃え上がるには時間がかかる。燃え移り始めた窓際のものを一切外に落とし、火の付いたカーテンを切り落とす。
「こっちは俺がやる。お前は木を倒すんだ。」
「倒す?!」
「そうだ、高いところから火の粉が落ちてきたんじゃ埒があかないだろ。」
「しかし、倒して他の木や家に当たったりしたら…」
「ありったけの水を近くに集めて置くんだ。騎兵隊と町の人全員でやりゃできるさ。最小限に食い止める。お前、そう約束したんだろ?」
 それでもデュランはその方法に躊躇していた。そんな型破りな方法で本当に収まるのか。そんなデュランにブルーザーが鋭い声で一喝した。
「デュラン!燃え上がった木が唐突に倒れることも考えられるんだ!故意的に先に倒して、万端な状態でそれに対応する!それで早急かつ最小限の痛みで食い止められるはずだ!」
「わかった!」
 デュランは意を決して、ブルーザーを部屋に残し自分は外に飛び出した。外には騎兵隊がようやくたどり着いていたので、デュランがその作戦を話すといともあっさりと承諾した。デュランが冒険に出ている最中、このような想定を組んだ訓練があったのかもしれない。
 第一騎兵隊隊長であるリディオンが良く通るテノールの声で民衆にこう訴えた。
「皆の者、よく聞いてくれ。われわれと黄金の騎士デュランとで、あの木を倒す作戦を行う。動けるものは井戸から水をここに集めてきてくれ!」
 リディオンは町の間で知名度の高い騎士兵で町の人々はすぐさま行動に移した。リディオンはそれから騎士団の二人をブルーザーの元へ手配し、イージスと言うもう一人を自分につけ、残りの騎士兵は水を効率よく集めるためのポンプに井戸の水を貯める為の要員に当てた。
「イージス、デュラン、斧は持ったか?行くぞ!」
 リディオンとイージスは颯爽と燃え上がる木に向かって走っていった。ふと目でデュランはアンジェラを探すと、アンジェラがすぐに駆け寄ってくる。不安そうな顔だが、瞳は確りしている。さすがに先の冒険を超えただけあって不測の事態でも頼もしいな、とデュランは見直した。
「何か、できることない?」
「あるさ、あの木を倒すから、消火を一気にしなきゃならない。そのとき、お前の魔法の力も貸して欲しい」
「お安い御用よ!」
 それから、アンジェラは気をつけて、と言うと、心得たようにすぐにデュランから離れていった。デュランはくるりと踵を返すと、既に木に斧を立て始めた二人の方へ走り出した。

 大木の消火作業が始まって三時間が経過した。
 町のはずれからくすぶった煙が出ていたが、火はもうすでに見当たらなかった。フォルセナの町の中で一、二を争うほどの巨木だったが、今となっては炭の塊でしかなかった。
 被害は、最初に火が移ろうとした家以外には広がることはなかった。その家も外壁が焦げ開いた窓から靡いたカーテンに火が移ったその部屋以外には大した損傷はなく、修繕すればまた今まで通り住める家になるだろう。木を倒すと言う手段は、結果的に有効だったことをデュランは改めて納得していた。
 火の騒ぎも落ち着き、人々の間に安堵する声とため息が生まれ始めていた。火事の現場から離れ避難していた人々も、徐々にその場が治まったことを聞きつけて集まり始めていた。
「よかったな。本当にうちの国に騎士兵たちがいて」
「あら、魔法も素晴らしいわ!アンジェラ王女様の、あの艶やかな魔法みたでしょう?」
 城に避難したはずの女性たちも、少しでも多くの水が必要と知り慌てて駆けつけ参加したのだった。ざわめく喧騒の中、アンジェラがデュランに近づいて、ご苦労様!と笑いかけた。
「ああ、魔法ありがとな。助かった」
 アンジェラは嬉しそうに笑う。顔は飛び散った消炭で少し煤けていたが、役に立てたことが嬉しい、とばかりに溢れんばかりの光に満たされている。デュランはそんなアンジェラを見て、事態が落ち着いたことにやっと安堵した。
 そんな最中(さなか)、ふとこんな声があがった。
「まさかまた、アルテナの攻撃なんじゃ…」
「しっ。お姫様がここにいらっしゃるっていうのに滅多な事言うんじゃないよ!」
「でも…あの唐突な火はほかに考えられないし…」
 驚いたことに黒い疑惑はインクの染みのように、じわじわと民衆の間に広がっていく。人々の姿を見て、デュランは困惑した。アルテナへの疑惑をゆっくりと、しかし確実に浸透させていく人々を見つめながら、このままではアンジェラの立場が危ういことに気づいた。
 デュランがそう思ってアンジェラを見ようとした瞬間、一人の男がデュランの虞(おそれ)となるものを口にした。
「そこにいるアンジェラ王女は、スパイかもしれないぞ」
「何を言うんだ!」
 結局アンジェラの表情も読めないまま、咄嗟にデュランはその男に対して怒鳴った。しかし、その男の蔑んだ瞳と腕を見てデュランは一瞬怯んだ。
 その男の腕は赤く爛れていた。過去フォルセナがアルテナからの攻撃を受けたときにアルテナの魔導師からの魔法でつけられた火傷の跡なのだと言わんばかりに見せつけ、その指がまっすくアンジェラを指差していた。
(それでも、…その火傷とアンジェラは関係ないんだ!)
 デュランは心の中で必死にそう叫びたい気持ちをこらえて、こう言った。
「アンジェラが攻撃を受ける事を知っていたのなら、どうしてアンジェラがここにいる?危険を承知で王女自らがスパイになったとでも言うのか?そっちの妄想こそ狂気の沙汰だぞ!」
 デュランが咄嗟に言い返したにしては上出来な理論だった。人々もそのデュランの言葉に納得したように頷いたが、一人、先ほどの火傷の男がデュランに威圧するように近づきながらこう言い放った。
「王女の色香に迷った男の言うことなんて信用できないな!そういう理論の裏をかくのがアルテナ側の狙いかも知れないんだしな!」
 その男の一声が、後ろに控えた人々の号令になったかのように、人々は一斉にそうだそうだと言い募り始めた。
「アルテナの王女を捕らえろ!」
「王女アンジェラを捕虜にしろ!」
「今度こそ、わが王に勝利を捧げるのだ!!」
 一瞬にして恐ろしいほどの興奮に包まれながら、人々がアンジェラをデュランから引き離そうと手を伸ばし始めた。
 デュランはあわててアンジェラを自分の後ろに庇い、ブルーザーも横から加勢に入った。二人の背にアンジェラを隠すようにしてじりじりと後退するしかない。騎士兵たちがデュランと人々を交互に見るばかりで加勢してくれそうにないことで、デュランはアルテナ国への溝の深さを思い知らされた。
 一気に吊るし上げを食らい、その所為で動揺を通り越し今にも気を失いそうになるアンジェラを背中に感じながら、デュランはアンジェラを必死に庇う。背中に服が突っ張ったような感触が痛いほど感じられた。アンジェラが今このとき縋ることができるのはデュランしかいないのだ。アンジェラの細い指が必死にデュランの服を握りしめている。振り返る余裕もないデュランもまた、それだけがアンジェラが背中で無事でいてくれる唯一の証だった。
 しかし人々は容赦なくデュランとアンジェラに向かって押し寄せ、デュランたちはついに城壁に追い詰められた。
 人々の目はいつしか血走っていて、少しも興奮が冷める様子はない。
「アンジェラを捕らえるんだ!」
「フォルセナを誑(たぶら)かす魔性の女め!」
「今すぐ牢に入れてやる!」
 狂気に満ちた声で人々は口々にそう言った。アンジェラの腕でも、体でも、髪の毛一本でもどこでもいいから鷲掴みしようと伸ばされる無数の手に、そして恐ろしいほどの憎悪に、デュランすら恐れを抱き始めていた。
 しかしその時、静かな声がその場にひときわ轟いた。
「皆静まれ」
 人々がはっとしてその声に我に返った。声のあった方にすぐさま振り返り、人々が慌てて跪く。
 そこには銀の鎧を纏った人物が、馬に乗り悠然と佇んでいた。
 そして、デュランはその姿にほっと胸をなでおろす。もはや、この方の力無しに事態の収拾はありえないだろうと、デュラン自身も思い始めていたからだ。
「国王陛下、不甲斐ない所をお見せしました。申し訳ありません!」
 デュランはそういって、そのまま深く頭を下げた。英雄王はゆったりと白く光る毛並みの馬から下りると、人々の間を威厳たっぷりに通り抜けてデュランの前に立った。
「さすがのデュランにもまだまだ対処しきれぬものもあったか。これは、面白きものを見たな」
 英雄王は面白そうに笑うと、そう言った。デュランは一気に顔を赤らめて、恥ずかしそうにもう一度、申し訳ありませんっ!と答えた。
 王はそんなデュランを優しく見てから、先ほどまで狂気に呑まれたかのように騒いでいた民衆に振り返った。
「皆の者も少し戯れがすぎたようだな。大惨事の後で気でもふれたか。隣国の姫君に気安く手を触れようなどとはな」
 冗談交じりに英雄王はそう言うと、平伏す庶民の群れを見渡した。庶民達は震え上がってひれ伏した。
「火災が大事に至らなかったことは皆の力あってのものだ。皆御苦労であった。しかし、戯れは時と場所を選ぶように」
 英雄王はそれだけいうと咎めた事を忘れたように、さあ皆元の生活に戻るがよい、と言い渡す。それを聞いて、人々は安堵したように顔を上げると、もう一度頭を下げてからその場を去っていった。
 人々の憎悪から解放されてようやく、デュランは後ろの女の様子を見ることができるようになったのだった。さっきからアンジェラの顔を見る余裕もなかった。
 いや、見る勇気もなかったというべきか。どんなに恐怖に強張った顔をしていることだろうと考えるだけでも、己の力の無さに歯がゆくなっていく。
「…アンジェラ」
 そうしてようやく見ることができた女の表情は、確かめるまもなく消えていくところだった。青ざめた顔が何の力も見せず、すっと目を閉じたかと思うと、体ごとその場に頽れた。
「…アンジェラっ!」
 デュランは慌てて手をさしのべたが、アンジェラは地面に倒れてしまった。しどけなく乱れた髪が無残に地を這い、地面に押しつけられた顔には涙の跡が一筋流れているのを見た。悔しさに、守りきれなかった不甲斐なさに、デュランは思わず手を握りしめた。
「…っ…!」
「デュラン…」
 ブルーザーが自分を責めるな、とデュランの肩に手を置く。しかし、デュランはそれに何の反応も示すことはできなかった。
 英雄王がアンジェラに近づき、デュランに声をかけた。
「デュラン、アンジェラをこちらへ。私の馬で城へ招待しよう」
 英雄王が優しくそう言ったが、デュランはすぐさまいいえ、ときっぱり答えた。
「俺が運びます。俺の役目だから」
 そういって、デュランはアンジェラを抱え上げた。
 見た目豊満な体のはずのアンジェラは抱えてみるとずいぶん軽くて、それがまた、デュランには痛々しかった。



 




to be continued.

←戻る/ 次へ→
Copyright 2009 BY SAE