【聖剣伝説3】

■福音の調べ[02]

掲載日[2009/04/20]
















 やがて、フォルセナの城門に英雄王とデュランがたどり着くと、衛兵は速やかに城門を開けた。英雄王とデュランはその古めかしい城門をくぐって城内へ進んでいった。
 城門をくぐると、すぐに衛兵が英雄王の馬の右傍らに腕を添えて跪く。英雄王はその腕に足を置くと軽快に足を地に落ろした。ばさり、と羽織ったマントを直してすっきりと立つと、デュランに声をかける。
「アンジェラ姫の部屋を手配させよう。デュランは部屋まで送ってやるが良い」
「ありがとうございます」
 英雄王は頷くと、外套を翻しつつ城内へと足を進ませた。城の奥へと続く大理石の床を鳴らしながら、王は去っていく。デュランは英雄王の後姿が見えなくなるまで直立した姿勢で見送ると、ほっと息を吐いた。
「とりあえずはしかたない。騎士隊の待機場で休ませるしかないか・・・」
 アンジェラをずっと担いでいたのでいいかげん腕も疲れてきたデュランは、そう一人ごちる。そこへひょい、と顔を出したのはブルーザーだった。
「よう。姫さんは?」
「ダメみたいだ。起きる様子もない」
 デュランは立ち止まりもせずに歩いていくのを、ブルーザーも追いかけるようについてきていた。
「どこに連れて行くんだ?」
「騎士の待機場。一旦ベッドのある場所に連れて行かないと実際こいつも俺ももうくたくたなんだ」
 デュランはいいながらすたすたと足早に歩いている。ブルーザーも懸命に、しつこく歩いてくる。一体何が狙いなんだ?とデュランは思ったが口にはしなかった。
「俺が代わってやろうか」
 それが狙いか、とデュランは幾分げんなりとしたが顔には出さなかった。
「いい。これは俺の所為だから、俺がやる」
「ちぇっ」
 つまらなそうにブルーザーがそう言ったが、デュランはそ知らぬ振りして歩き続けた。光が溢れるエントランスを抜けて、その先には待合所がある。そこは通常王の謁見待ちをするための場所であるが、先ほどの火事のお陰でまだ落ち着きを取り戻せない子供やその親がちらほらといた。その間をデュランとブルーザーは足早に通り過ぎる。
「お前、もしかして怒ってんのか?」
「・・・そう見えるなら、そうなんだろ」
 デュランはぶっきらぼうに親友にそう返した。待合所から右に折れて中庭に出る出口で、ブルーザーはデュランの前に小走りに歩くと扉に手をかけた。そして、扉を開いてくれた。デュランはアンジェラを両手がふさがっていたので、扉を開くことができなかったのだ。
「俺、このためについてきたんだけど?」
 図体のでかいブルーザーがおずおずとそういうので、デュランは吹き出してしまった。どうやら勘違いをしたらしいと思い、デュランはすまん、と謝った。
「違う、ブルーザーに対して俺は怒ってるんじゃない。自分だ。やっぱりまた自分なんだ」
 デュランは歩みを少し遅くした。渡り廊下になっているこの付近では人通りが少ないので、デュランは少し弱音を吐くことが出来た。
「また?」
「ああ、紅蓮の魔導師に負けたときも自分の不甲斐なさだった。今回も、結局同じだ。俺はいつも、・・・情けねぇのな」
 急にデュランが立ち止まってそんなことをぼやくので、ブルーザーは目を丸くしていた。それから、ふむ、と珍しく考え込む仕草をしてみせると、デュランに言った。
「結局男は情けない生き物だからな。いくら格好つけようとしても難しい。でもきっと情けないとへこむのは悪いことじゃない」
 真面目な顔でブルーザーがそう言ってくれたので、デュランは少しほっと顔を緩ませた。
 ブルーザーの方はデュランが珍しく意見を促すように見上げているのを見て、可笑しそうにデュランを覗き込んだ。
「情けねぇからまた這い上がろうとする、そういう繰り返しって俺達みたいな未熟モンには必要なんじゃねぇかなってな。多分、傲慢さに負けたら、もう這い上がる気力もなくなるだろ」
「傲慢さに負けたら・・・」
 デュランは考え込むように顔を伏せると、その先にあるアンジェラの青白い顔が視界に入った。するとブルーザーはにやっと笑って、デュランに顔を寄せる。
「でも例外的にある一つの傲慢さは許されていいはずだぜ」
「例外があるのか?」
 不思議そうにデュランがそう言うと、ブルーザーがぽんぽん、とデュランの肩を叩く。
「一人の女を幸せにしてやるとか、そういう傲慢さだな。そういうのは根拠がなくてもいいんだとよ。そういうのは勢いで言っちまう方がちょうどいい。お前のお姫さんにはちゃんと言ったのか?」
「なっ・・・お前なぁ・・・っ!」
 デュランに鋭く睥睨されてブルーザーは一瞬慌てたが、一歩下がるだけでへらへらと笑った。デュランは両手が塞がっているので、自分に危害を加えることは難しいと踏んだのだろう。
「なんだよ?このお姫さん、こんな青白い顔になってまでお前のためにここまで尽くしてくれてんだぞ!?いい加減お前だってわかってやれってんだよ!」
「くっ・・・」
 正当なことを言われて言い返すこともできないデュランが赤くなったり青くなったりしてブルーザーを睨みつけていると、ブルーザーの後ろから見たことのある侍女が走り寄ってきた。ずいぶん探したのだろう、侍女は息を切らせながら言葉をつないだ。
「こんなところにいらっしゃったのですね。デュラン殿、アルテナの姫君様のお部屋のご用意整いました。どうぞこちらに」
 どこかで見たことのある侍女だと思ったら、王の世話係の女だとデュランは思い出した。侍女の話を聞いて、ブルーザーがあからさまにほっとした顔で笑っていた。お陰でデュランの険悪な眼差しから逃げられると思ったのだろう。
「それでは俺はここで失礼するよ。デュラン君、早く姫君をお部屋にお送りして。ささっ」
 おどけるようにブルーザーがそう言うのを、デュランは面白くなさそうな顔をして見返してやる。やがて、侍女のあとを歩きだしブルーザーの横様を通り過ぎるその時に、デュランは思いっきり靴のつま先でブルーザーの向こう脛を蹴ってやった。王の侍女の手前、無様な悲鳴は何とか堪えたようだったが、泣きそうになって歯を食いしばっているブルーザーに、失礼、などとデュランにしては世にも珍しき台詞を吐いてこの場を去っていった。
 ぱたん、と今来た待合室への扉が閉まると、ブルーザーはすぐさま脛を抱えて、その辺りを飛び跳ねた。
「っくっしょーー!!覚えてろよデュランめぇぇええ!」

 侍女に誘われたデュランは、アンジェラをベッドに寝かせることが出来てほっとしていた。いかに軽いとは言え、いいかげん腕もしびれてきていたので辛かったのだ。ブルーザーの前では断じてそんな姿を見せるわけにも行かなかったのが、やはり相当疲れたようだった。
「デュラン殿、お茶を」
「ありがとう」
 ベッドの上で眠るアンジェラの顔を見て、少しでもよくなってくれればと思っていたところ、先ほどの侍女が気を利かせてお茶を淹れてくれていた。デュランはベッドの傍らから離れて、ソファーに体を落ち着けた。先ほどから力を入れてこわばっていた体がようやく落ち着いたように思った。
「姫君様のお医者様の手配もしておりますが、どうしましょうか?」
「そうだな・・・」
 デュランはアンジェラが眠るベッドを一瞥すると、カップを手に取った。
「今はあまり無理に起こしたりはしたくないし・・・。起きてから具合がよくないようだったら呼びたいんだが、それでも構わないだろうか」
「ええ、もちろん。私もそのようにした方がよいかと」
 侍女は穏やかにデュランに微笑んだ。さすがは王に仕える侍女ともあって心配りのある人だった。この道ベテランという面差しを見せたその侍女は年配のしっかりした女性だった。デュランは侍女の人の良さに頷いて息をついた。
「医者呼びたいときにはどうすれば?」
「ええ。私は一旦この部屋を出ますが、前の廊下の突き当たりの部屋で待機しておりますので、なんなりとお声をおかけください。王よりそのようにとのご指示を頂いておりますので」
「ありがとう。その、名前は」
 デュランは慌てて、呼ぶときにどうしたら言いかと思い尋ねた。侍女は静かに自分の名を告げた。
「マリーと申します」
「マリーさん、どうぞよろしく」
 デュランがそう言うと、マリーは頭をもう一度下げて部屋を静かに出て行った。
 マリーが出て行ってしまうと、部屋の静寂さが浮き上がったように感じて、デュランは慌てて立ち上がった。あまりの無音さはひどく心許なさを呼ぶ。
 アンジェラが眠るベッドに近づく。アンジェラは整った呼吸を繰り返している。デュランはそんなアンジェラの様子を見てほっと息をついた。
「今は、大丈夫だな、俺も、お前も」
 デュランはそう一人呟く。
 今は、と限定しなければならない理由はないはずだった。少なくともその理由がデュランにはなかったはずだった。だが、デュランはこれから何かが起こる、ということを感じ取っていたのかもしれない。まるで野生動物が雨の匂いを嗅ぎ分けるかのように。

 アンジェラは目を覚ました。少し頭が痛かったが、起きられないほどではないと思った。素早く辺りを観察してみると、自分がベッドに横たわっているのだと気づいた。
「ここは・・・」
 かすれた声がやっとのように空気を震わせた。見覚えがない場所だったのでアンジェラは少し不安になる。眉間にしわを寄せながら起き上がろうとしたときに、デュランが傍らの椅子で座ってうたた寝しているのを見つけた。
(デュラン)
 デュランの顔をみて少し安心はしたものの、この場所がどこなのかはわからない。それが不安でしかたなかった。アンジェラはベッドや調度品、床や壁にかかる上品なタペストリーなどを見つけて、そこがフォルセナ城内のどこかだろう、ということだけは判った。どれをとっても気品のあるものばかりが取り揃えてあったからである。
(フォルセナ城の一室、か。英雄王様のご配慮ね。あとでお礼を言わなくちゃ・・・)
 まだ頭がくらくらする、と思ったが、アンジェラは起き上がった。喉が渇いていたのだ。水差しが見えたが、このベッドからは遠かった。アルテナ城のベッドよりも一回り大きい天蓋つきのベッドだったし、庶民の宿屋のようなサイドテーブルがなかった。その代わり、ベッドの傍にソファーとテーブルが配置されていて、そこに水差しが置かれていた。
 仕方なくアンジェラはベッドから下りて水差しのところに歩いていった。
 きちんと揃えたスリッパが用意してあって、アンジェラはそれを利用させてもらうことにする。立ち上がってみると、しばらく頭が床から垂直な位置を検知していた。ようやく立つことに成功すると、アンジェラは水差しのあるソファーに歩いていく。
「・・・アンジェラ?」
「あ、起こしちゃった」
 そっと抜け出たつもりだったが、デュランは目を覚ましたようだった。アンジェラは背伸びをしているデュランに、おはよう、と時刻にそぐわない挨拶をした。それから水差しの水をコップに注ぎ、ようやく口に含んだ。
「気分は?」
 デュランがそう言ったので、アンジェラは口元からコップを離した。
「ちょっとくらくらする。きっと寝すぎたのね。もう夕方じゃない」
「あ。本当だ」
 デュランもアンジェラを運んですぐ寝てしまっていたらしかった。窓の外から差し込む赤い光をみてまぶしそうに目をしょぼつかせている。デュランは寝起きが悪い方だ。旅をしているときも、そうだったな、とアンジェラは思い出す。
「運んでくれたの、デュランだよね。ありがと」
「重かったぜ」
 そっけなくデュランがそう言う。意地悪で言っているというよりも、まだ半分寝ぼけていてつい本音が出てしまったようだった。
「失礼ねぇ」
 アンジェラもまだ頭が回転しきってはいないのでそれほど頭には来なかった。ぼんやりとした空気がその部屋には漂っていた。
「そうだ、医者に診てもらうか?気分が悪いなら・・・」
「いらない。悪くはないもの」アンジェラは率直な返事をした。
「そうか」
 デュランはアンジェラの答えを聞いて、おもむろに席を立った。デュランのゆったりした仕草を見ることはあまりないので、アンジェラは珍しげにデュランを目で追っていると、デュランは部屋を出て行ってしまった。アンジェラは、どうやら待機させているらしい医者とやらを返すのだろうと思い、それ以上深くは考えなかった。
「それにしても、何だったのかしら。さっきのあの唐突な炎は」
 アンジェラはそうひとりごちると、目を閉じた。今日あった事を自分の中で反芻させながら。
 落雷したかのような唐突な炎に、フォルセナの民達は明らかに動揺した。そしてその炎上した大樹の様子から過去アルテナの奇襲を受けて城下町が炎に包まれたという出来事を呼び起こすことは、そう難しいことではなかったに違いない。
 まるで誰かに仕組まれたかのような気さえしてくる。だが、誰に?唐突に火をおこすのは普通に考えてアルテナの者という可能性が高い。しかし、よりによってアルテナの王女がいるそのときに事件を起こしたというのがどうも解せない。陰湿なやり口を感じるのだ。
 まるで、フォルセナの民の怒りをアルテナに扇情するようなやり口。
 もし本気にアルテナが攻撃を仕掛けるのならば、アンジェラが居ないときを狙ったはずだ。仮にも次代女王となる宿命を背負う者までも危険に曝すのはあまりにも本末転倒だ。しかし、裏を返して、それが目的だとしたら?
 アンジェラの命こそが狙いだったとすれば?
「まさか、アルテナを陥れようとする者が?」
 アンジェラはそう考えるのが一番自然に思えた。
「あまり先走らない方がいい」
 デュランがそう言って部屋に戻ってきた。先ほどとは全く違う歩き方、力強い足さばきでデュランがアンジェラの前までたどり着くと、すぐに傍らのソファにどっかりと腰を下ろした。
「さっきの火事の件について、国王陛下が緊急対策会議を開かれている。どうもアルテナの攻撃という流れにはなってないという話だそうだ」
「目撃者がいたの?」
 アンジェラはグラスを手にしたまま、勢い込むようにデュランの隣に座り込んだ。デュランがアンジェラを一瞥する。
「いなかった。逆に全くいないのが、怪しい」
「?」
 アンジェラは不思議そうに首を傾げる。
「一応騎士の国なんだぜ?ここは。しかもこの収穫祭間近は酒の影響か諍いが多くてな、警備の人員がいつもより多めに割かれているくらいだ。俺も酒を飲まなかったのはそう言う理由。そこここに騎士や衛兵たちが目を光らせていたはずなんだ。けれど、誰もそれらしい怪しい人間を見ていないらしいんだ。誰も」
 デュランは一気にそう言うと、いらいらしたように自分もグラスに水を注ぎ、一気に飲み干したのだった。



 




to be continued.

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