【聖剣伝説3】

■福音の調べ[03]

掲載日[2009/05/18]

















「お袋さん、来るみたいだぜ」
 水を飲んで幾分落ち着いたのか、デュランはやっと苛立ちを抑えた瞳でアンジェラを見た。隣に座っていたアンジェラが、不思議そうに小首を傾げる。
「お母様が?どうして?」
「国王陛下が直接アルテナ国にも火事の件を確認したらしい。するとアルテナの女王はすぐにフォルセナに向かうと伝令を返してきたそうだ。多分陛下はお前が倒れたこともあわせて連絡されたんだろうな」
「えぇ?」
 アンジェラは意外そうに目を丸くした。そもそもいつも公務に忙しい女王ヴァルダがわざわざ他国に訪問するのはほとんどないのだし、他国訪問自体もある程度前からスケジュールを起こして、綿密に時期と時間を選んで行われるはずのものだとアンジェラ自身も知っている。それなのにその迅速さはあからさまに異例中の異例で、アンジェラは逆に事が深刻化しないか心配になる。
「大げさにならなきゃいいけど・・・」
「いや、多分、陛下はもともとそれを示唆しての伝令だったんだと思う」
 デュランはグラスをテーブルに置くと、考えながら手を組んだ。
「暗に呼び寄せたってこと?」
 アンジェラがデュランを見つめる。目を細くして眉間に皺を寄せた表情は、成り行きの意味がわからず相手を訝しんでいる。
「そうだ」
「どうしてよ」
 デュランはアンジェラは一瞥した。アンジェラがじっとデュランを見つめ返して返答を待っているのを見て、デュランはごまかせないことを知った。本当は先ほど倒れたばかりの人間に話していい話ではない、と思ったが、仕方ないと言った表情でデュランは重い口を開いた。
「ひとつは今回の件でのアルテナ国への嫌疑がある。これを晴らすには国の長たる女王が自ら口頭で知らしめるのが一番てっとり早い。先の戦争のあと、フォルセナとアルテナは何度も友好条約を執り行おうとしたが、その度に何者かに妨害されてまともに国民に発表できていない。その状況下での今回の事件はアルテナには分が悪すぎると見ていい。しかし、ある程度の警戒の中で起こったこの事件で明確なアルテナ人員が見つかっていないのは僥倖とも言える。ここでアルテナの意向をはっきりさせるにはいい機会だ」
 一気にまくし立てるようにそう言ってから、デュランはアンジェラの様子を窺った。アンジェラは別段気分を悪くする風でもなく、ソファの背もたれに身を預けながら考え込む。
「・・・なるほどね。確かにお母様がそれを聞いたのなら即断して動き出した理由としては理解できるわ」
 アンジェラがしっかりとした声でそう返すのを聞いて、デュランは内心安堵した。同時に、先ほど気を失うほどショックを受けていたはずの彼女が、一眠りしただけでここまで立ち直って真剣に事態を把握しようと努める姿に半ば感銘すら覚えた。
「・・・それで、他には?」
 アンジェラが真剣な眼差しでデュランに向き直るのを見て、デュランはぎくりと身を引いた。
「な、なにが」
「さっきひとつは、って言ったでしょ?ふたつ目は?」
 アンジェラは不自然なデュランの態度にも少しも気づかず、どちらかと言えば早く話の続きを聞きたいと焦れるように目を吊り上げた。
「あ、うん。まあ、ふたつめはお前だよ」
「私?」
 アンジェラは唖然として人差し指を自分に向けた。デュランはそんなアンジェラを見て、幾分表情を和らげた。
「一人娘が倒れたって伝令を聞いてすぐに動き出さない親はいないと思うぜ。しかも、先の戦争での敵国の領分でと言うなら尚更心配だったはずだ」
「でも、お母様は女王なのだし・・・政(まつりごと)を投げ出してまで私のために動くなんてありえないわ」
 アンジェラは戸惑ったように小さく呟く。いつもは喜怒哀楽がはっきりしているアンジェラなのに、こと、母のこととなると感情が不安定になる。言ってしまえば、覆い(フィルター)がかかるようでもある。子供の頃に、母に対してだけは素直な感情を表に出すことを辞めてしまった、いや諦めてしまった、そんな長年の蓄積を感じさせる感情の癖。デュランにはそこまで気づくことはできなかったが、感覚的にアンジェラが女王に対してだけ感情が臆病になるのを知っていた。
「俺、思うんだけどさ」
 デュランは穏やかに話し始める。できるだけアンジェラの神経を逆撫でしないように、妹に説くような感覚で声を出した。アンジェラの頭にぽんと手をやってその感触を確かめる。妹と同じくらい華奢な頭の形と、妹とは違う細い柔らかな髪の重なり。それを意識するように、そして意識しすぎないように、デュランは心がける。
「お前が小さい頃からお袋さんに構ってもらえなかったって言ってたよな」
「あ、うん。でもそれは仕方ないことだってわかってるわよ。さすがにもう子供じゃないんだし・・・」
 アンジェラはぼそぼそと恥ずかしそうにデュランに言い訳する。デュランもアンジェラのその反応に応えるように薄く笑った。
「ああ、それはそうだろうけど、多分、あの頃のお前は今も納得はしてないんだろ?」
 デュランに言われて、アンジェラははっとしたようにデュランを見つめると、静かに頷いた。
「なんか・・・ヤダなぁ・・・。なんでデュラン、そんな事判るのよ・・・」
 逃げ場がない恥ずかしさに、アンジェラはデュランを軽く睨んだ。デュランはにっと笑ってやると、ぽんとリズムをつけるようにアンジェラの頭に手を置きなおす。
「そりゃ、俺もそうだったから、だろうな」
「デュランも?」
 アンジェラが少し安心したように顔を上げる。同じ苦しみを理解してもらえるのは、やはり嬉しいのだろう。これまでは、王女であるが故だと思って、アンジェラはずっとそのことは諦めて我慢してきたのだ。
 デュランが諭すようにアンジェラに話す。
「親がいないのって子供には辛いよな。でもそれは少しずつ、自分の中で納得させるしかないんだよ。俺の場合二人とも居ない分、逆に自己完結で片付けることができた。親が居ないのは辛いけど、時間が経てば解決することはできる。早かれ遅かれ、人は親に先立たれる運命だからな」
 デュランはそこまでいうと、アンジェラを見つめ返した。
「けどお前は多分、そう言うわけには行かない。母親はちゃんと生きているし、たった一人の親が国民の統率者であることも事実。どういう風に納得させようと思っても、今母親が生きている限り自己完結型の納得はできない。けどな、アンジェラ。生きていると言うことは、答えを聞けるってことなんだぞ?」
「・・・っ!」
 アンジェラはびくりと肩を震わせて、デュランから目を逸らした。
「でも、怖いんだろうな、お前の場合。それは、判るよ」
 デュランは口にはしなかったが、母から受けた暗殺命令のことを言っているのだとアンジェラにも判った。
 その言葉をアンジェラは死ぬまで忘れることはできないだろう。

 …魔法の使えないおまえは王家のハジ…
 …最後に大魔法を使って名を残せれば、この女王の娘としてふさわしい散り様… 

 幼い頃から母から蔑ろにされてきたような感覚をずっと持ち続けていたアンジェラを、奈落の底に突き落とすのに充分だったこの言葉は、母が操られていたのだと知った今でも、大きな精神的威力を保ち続けている。
 ――本当に、操られていたから出た言葉だったの?
 ――本当に、お母様は私をお嫌いでないの?
 ――だったら、どうしてこれまで一度もお母様は私を娘として扱ってくれなかったの?
 ――もしかしたら、あの言葉は心の底からの本音だったのではないの?
 ――私は、お母様、本当に望まれた子供なの・・・?
 母に聞きたいことは山ほどあった。けれど、アンジェラはあの言葉が嘘か本当かを聞くだけで恐ろしいのだ。とても聞けないのだ。聞きたいことの答えがまた奈落の底に突き落とすほどの言葉であったらと考えるだけで、気が遠くなるほどのショックが再びアンジェラの胸の奥を突き破る。
「・・・アンジェラ。アンジェラ!」
 一瞬うつろになりかけたアンジェラを、デュランが呼びかける。アンジェラは程なく、意識を取り戻した。
「デュ、ラン・・・」
 ほろり、と涙がこぼれた。一粒だけ、たった一粒だけの涙が、アンジェラの頬を転がるように滑り落ちていく。涙が後に続かないのは、それでも母親を信じたいと思う強い信念の表れなのか。
「ごめん。追い詰めるつもりじゃあ・・・なかったんだ」
 後悔しても遅いが、デュランはやっぱり今言うべき言葉じゃなかった、と悔やむ。しかし、アンジェラはそんなデュランに優しく微笑んだ。
「違うの、ごめんなさい。私が、悪いの・・・」
「アンジェラ」
 アンジェラはうつむいて指先で掬うように涙を拭いてから、もう一度顔を上げた。笑ってみる。けれど、弱々しい。いつもの笑顔にならない。力が入らないのだ。アンジェラは自分でそれが判ってしまう。
「ダメなんだ・・・私。お母様が今どんなにか私を愛してくれていたかと知っていても、やっぱり怖いの」
 震えまいとじっと自分の体を抱きしめるアンジェラを見て、デュランも息をつく。デュランにはある考えがあって、この話をし始めたのだ。今やめたのでは、ただアンジェラに嫌な思いをさせただけで終わってしまう。
 だから、デュランは意を決してもう一度口を開いた。
「アンジェラ、辛いだろうがもう一度思い出してみてくれ。お前が小さかった頃、王女は徹底的にお前を寄せ付けなかったのか?そうじゃないだろう?女王の間に入ることに幼いお前は別段何の許可も要らなかったんじゃないのか?ある程度分別が付くようになってから、女王の間に入るのに許可が要ることを知ったんじゃないのか?」
 それは、アンジェラが昔子供の頃は女王の間で遊んでいたと聞かされたことがあったときに、腑に落ちないと思ってデュランが想像していたことだった。
 同じくフォルセナも王政国家だが、歴代の王の部屋に幼い子供が入り込んだ例は皆無らしいのだ。たとえ王家の血を引く者でも、いや引くものならば尚更、王の間には入れさせなかったと聞いた。なぜなら、王の間は謁見の間であり、いろんな人間が出入りするところである。加えて最高権力者の唯一の窓口であるため、要人暗殺の危険も高い。子供を人質にとられたらまず相手の動きを制することは無理なことになる。交渉の手段として脅しを取ることにも有効だ。子供を謁見の間に入れるのはデメリットだらけなのだ。
 しかし、アンジェラの場合は違うようだった。幼い頃、女王の間で遊んでいた、と。聡明な女王が何故そんな危険を冒したのか。その危険を認識していなかったとはとても思えない、とデュランは思っていた。
「え、ええ・・・そうよ。小さい頃は女王の間でずっと遊んでいたわ。そうね、確か10歳の誕生日までよ。その誕生日からしきたりとして女王の間には安易に入れないことを教えられた。帝王学や、魔法の勉強が本格化しはじめたのもその頃ね」
 アンジェラは違う記憶を呼び戻したことで幾分表情が穏やかになった。今はもう、思い出すことはそれほど辛いものではなくなったようだった。ただ、根底のところで納得が行っていないのだ。
「やっぱりそうだ。幼いお前と、ヴァルダ女王は女王なりに必死にお前と接しようと頑張ったんじゃないのか?」
 女王の間という危険も顧みずに、とはデュランは言わなかった。おそらく女王は危険も承知だったはずだ。アンジェラの危険があったとしても身を挺して守るつもりだっただろう。それくらいの危険を冒してでも、娘の成長を傍で見たかったのではないか、デュランはそう考えた。
「え?」
「考えても見ろ。国王陛下に子供がいたとして、その王の間に小さな赤ん坊がちょろちょろしてるなんてのをな。ヘンだろ?」
「それはすごくヘンね」
 アンジェラは即答する。
「だろう?でもヴァルダ女王は平然とお前を女王の間で育てたんだ。それは多分、目の届くところでお前の成長を見守りたかったんじゃないか?たとえ国政で忙しくても、母であることを捨て切れなかったんだ」
「でも、でも、お母様は私には構ってくれなかったわ・・・」
 アンジェラはデュランの言葉が信じられず、まだ納得がいかないようだった。
 長年の疑念を崩すにはまだ威力が足りない。もっと理に適ったもので文字通りアンジェラの心を氷解させる必要がある。そう思いながら、デュランはアンジェラからグラスを取り上げてテーブルにおいた。もし取り乱したりでもしてグラスを割るなどという大惨事になっても困ると思ったのだ。
「それが逆に不満を呼んだのがお前の不幸だったんだよな・・・」
「どういうこと?」
 アンジェラはグラス取り上げられて行き場を失った両手を組み合わせた。
「多分最初から乳母に預けられて女王から突き放されて育っていたら、多分しきたりとして受け入れられたんじゃないかと思う。王家に生まれた人間として、幼い頃から仕方のないことだと納得できたはずだ」
 デュランはグラスの水で口を湿した。うまく話せるだろうか、しかしアンジェラがせっかく生きている母を心から受け入れられないのはなんだか悲しいと思うのだ。デュラン思い切って口を開いた。
「けれど、アンジェラはなまじ平民の子供と同じように母親の元で育ってきた。母親の顔を見て甘えない子供がいるはずもない。甘えたい欲求は王族であるという足枷で抑止させられる。子供が抑止させられて育つと生まれるのは不満だ。お前の不満は、そこなんじゃないのか?」
 デュランがアンジェラの表情を窺う。アンジェラが目を見開いたまま、デュランを見つめていた。
「結局、ヴァルダは母として、お前は娘として、ただお互いがうまく機能しなかっただけで、本当は二人とも本当の親子になりたかっただけなんだ。違うか?」
 何もいえないアンジェラが、デュランの顔を食い入るように見つめていた。デュランも、ここで目を逸らしたりしたら全部がだめになるような気がして、じっと我慢してアンジェラを見返した。今アンジェラは今の話を信じていいのかどうかを自分の中で葛藤を起こしている。その大きな決め手の一つに、今のデュランの目の動きが含まれているのだ。
 しばらくじっと動かない二人が、やっと動いたのはたっぷり一分を過ぎた頃だった。アンジェラは、もぉ・・・と上目遣いでデュランを睨んでやると、涙が出そうになって慌ててアンジェラは顔を逸らした。
「もう・・・ズルいよ・・・。また好きになっちゃうじゃないの・・・」
 唸るようにアンジェラがそう言ったが、幸か不幸かデュランの耳に届くほどの声ではなかった。アンジェラがそれほど取り乱すこともなかったので安心していたデュランは、もちろんアンジェラがそんな台詞を吐いたとはつゆしらず。
「あ?」
 と乱暴に聞き返すも、アンジェラはしかめ面で舌を出すという珍妙な顔で振り返った。あっかんべーである。
「なんでもないっ!」








 



to be continued.

■ただいちゃついてただけの話じゃんよ・・・話進めなさいってw

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