|
【聖剣伝説3】 |
| ■虚偽の半身 |
|
掲載日[2009/09/06] 「あら、珍しい。一人?」 アンジェラは酒場の片隅に一人で静かに飲んでいる男を見つけて、声を掛けた。 同じ紫色の髪の色の男の後姿を見ていると、兄弟のような気もしてくる。しかし振り向けば面差しは似ていないのがわかる。 アンジェラの、人を寄りつかせない吊ったような目尻に似ず、彼の眼は穏やかに少し下がっているくらいだし、鼻の付け根が高いところは似ているかもしれないが、揃えなくてもきれいな形を保つ眉とは違い、彼のものははやり多少いかつい雰囲気の眉である。髪質にも言えることだが、彼の髪は太めでダメージが表に出にくい質であるのに対し、アンジェラはすぐに枝毛やもつれが発生する細めの髪質なのだった。 面倒そうに振り返ったホークアイは、アンジェラを認めると意外そうに目を丸くした。 「あれ、アンジェラも一人?珍しいじゃないか。デュランは?」 「どうしてデュランの名前が出てくるわけ?」 アンジェラはむっとして腕を組むと、ホークアイを横目で睨みつける。どうやらデュランとは喧嘩したらしいな、と瞬時に悟って、ホークアイはいや、と口先で濁した。 「ねえ、隣いい?それとも、一人がいいなら遠慮するけど」 アンジェラはそう訊いて、隣の空いている椅子に手を触れた。ホークアイは片隅のカウンター形式のテーブルに座っていたのだった。正面にはこの酒場の外壁が迫るばかりの位置である。そういう場所で飲んでいるということは、一人を邪魔されたくないという意思が込められているようで、アンジェラは一応そう訊いたのだった。 「いや?王女様の仰せとあらばどうぞ?」 「それなら、私じゃない方がよかったわね」 アンジェラは捻くれてそう言うと、とりあえず席に着いた。メニューを見つめながら何を飲もうかと考えつつ、ホークアイに話を続ける。 「なんにせよ、よかったわ。さすがに一人で飲むのはちょっと抵抗があったの。ホークアイがいなかったら部屋で飲むしかなかったわ」 「お役に立ててよかったよ」 言葉だけ、ホークアイはそう言うと、手にあるグラスを傾けた。ホークアイも今日はあまり機嫌がよくないらしい、とアンジェラは察した。いつもへらへらと笑いを浮かべているホークアイが不機嫌なのは珍しいと思いつつも、そんな日もあるわね、とアンジェラは自分を納得させる。 ホークアイはビールを飲んでいた。隣にあるのは小鉢。ナッツが入っているようだった。 店員が注文を取りにきたのでアンジェラは面倒になって、ホークアイのものを指差しながら、同じものを注文した。 店は大盛況のようで、この席が辛うじて空いていたというレベルだった。マスターのいるカウンターの方は背の高いテーブルに屯して立って飲む方式のもので、そちらはすでにもう人が入れないほどの状態だ。おかげで一定の音量が耳について回る状態が続いている。みんな、酒を飲んで自分を主張している。 「お待ちどう!」 「ありがとう」 ビールとナッツが運ばれて、アンジェラはすぐに小銭を支払った。ここはそう言うシステムらしい。 「乾杯、する?」 「いいけど、何に?」 ホークアイが言ったものの困ったようにグラスを手にしたまま、うーんと唸る。 「じゃ、今日ある命に」 「命に」 ちん、とグラスが軽く鳴り、二人はビールを一口飲むと、また黙りこんだ。 いつもはパーティのムードメーカーと、わがまま王女を披露する二人だったが、なぜかここでは話題が何も出てこなかった。二人とも口にするものが、おそらく愚痴だとわかっていたのだろう。お互いに、何かを言いたいのはわかっているが、一度聞いたら止められなくなることがわかっていて、それで口を開くのをためらっているのだった。 あるいは、一度口を開いたら止まらなくなるのは自分もそうであることも分かっていて、口を開けない。そんな気持ちを抱えて、二人は黙り込んでいた。 他の客が飲んでる姿を見ると、みんなずいぶんと楽しそうだった。どっと歓声が湧いて手をたたいて喜ぶ女や、話に夢中になってゼスチャーの絶えない男たち。酒の開放感に酔いしれて、みんなが楽しそうで、それがなんだかアンジェラにとってはとても遠い世界のように感じる。 「楽しそうね」 「ああ」 ホークアイもそうなのだろうか、なんだか遠い目をしているような気がする。 なんだろう、悲しい瞳をしているからだろうか。 それとも、自分が悲しい気持ちをしているからだろうか。 なんだか、無性に、抱きしめたくなった。 「ねえ」 「なに?」 「抱きしめてもいい?」 恋愛感情ではなく。男女と言う性別を超えて。 ただ、自分が何かを取り戻すために、同じ傷を持った誰かを痛みを分け合えたら。 少しは元気になれるんじゃないかという、希望。あるいは、妄言。 もしかしたら違う。そこに具現化した自分が在る様な気がして、ただ自分を抱きしめてあげたい、という欲求だとしたら。 もし、自分の片割れが目の前にいて、その片割れを抱きしめることができるとしたら、人は躊躇するだろうか。 「そりゃ、マズいんじゃないの?」 アンジェラの表情を見つめていたホークアイは、やがて静かにそう言った。 「どうして」 「うーん。俺は構わないけどさ。人が見てどう思うかとか。第一、アンジェラがまずくねぇ?」 「どうして」 「…デュランが見てたらどうする?」 ――デュランが見てたらどうする? ――それはやっぱりまずいのかしら?でも私がどうしてデュランを気にしなきゃならないのかというと、私がデュランに好意があるからで、でもデュランは私が何しようと関係ないはずで、それなら私だってなにをしようと構わないはずで、それならどうして私がデュランを気にしなくてはいけない理由が明確にはならなくて。 結局、アンジェラは、手を伸ばして彼を抱きしめた。 ホークアイは一度ため息をついたように背中を上下させた。アンジェラを振り払おうとはしなかったが、ただし抱きしめ返そうともしなかった。彼女は抱きしめられたいわけではないのだ、ということがホークアイにはわかっていた。 ホークアイを抱きしめながら、アンジェラはやはりホークアイが男であることの証明のようなものを感じた。彼の体からは確かに、男の、汗の匂いがした。 ――やっぱり、自分の片割れなんて、いないか―――。 アンジェラは、胸の中で落胆が静かに沈んでいくのを感じた。 結局二人はそれ以上飲めなくなって、酒場を後にすることになった。 ホークアイはアンジェラを宿まで送ってやった後、また飲みなおしたかったが、もう店には入り辛いしどうしたものかと宿の入口で考える。 宿屋の明かりが洩れるその場所で一人思い悩んでいると、正面から人が近づいてくるのに気づいて顔を上げた。 「デュラン」 デュランは静かに顔を上げると、ホークアイがいたことに今気づいたような顔をした。視線が定まらず、顔は少し青くなりかけている。アルコールを多量摂取したあと、デュランはこの顔になることを知っていた。ホークアイは面倒なことになった、と心の底で思ったが、顔には出さなかった。 「もしかしてずっと酒場にいたか?」 デュラン、頷く。 「俺たちがいたことも知ってるのか?」 同じく、頷くデュラン。その先の質問は不要だろう。アンジェラがホークアイを抱きしめていたところを、デュランは見ていたのだろう。そうでなければ、この青い顔の説明ができない。 面倒なことになった、と再度、ホークアイは思う。どうして俺がこんな面倒な仲介役をしなきゃならないのか、と。 「デュラン、俺言っとくけど、アンジェラを抱きしめてないからな」 デュランは頷く。いつものように、「そんなこと聞いてねぇ!」とか大声て言われた方がまだましだというものだ。すっかり酔っぱらって気力喪失しているデュランなど、見たくはない。しかも、自分に無関係の恋愛事には正直巻き込まれたくない。 そうは言っても、アンジェラを振り払わなかった自分にも、多少の責任はあるのかもしれない。ホークアイはそう思って、ここから逃げ出したいのをなんとか堪えているのだった。 「とにかく、お前、どうしたいんだ?」 「聞いてくる…」 ふらりと、幽霊のように歩くデュランを慌てて追いかけ、デュランの腕を取る。 「聞いてくるって、アンジェラにか」 「ああ…」 視点が定まらない。何を聞くのかちゃんと自分でわかってるのかも怪しい状態だ。とにかくアンジェラに何か聞かなければならないとは思っているらしいが。 とにかく自分たちがあてがわれた部屋は二階で、この足取りでは部屋にたどり着くことも無理だろう。ホークアイは仕方なくデュランを部屋の前まで連れて行くことにした。 よろけるデュランを二階まで運び上げるのはなかなか至難だった。なんせ筋肉の付いた体格のいい男は、重さが半端ではない。盗賊は身軽でないとやっていけない商売なので自分が軽量な分、腕力は落ちる。なんとかデュランを部屋の前で立たせると、デュランに静かに言い聞かせる。 「いいか、デュラン。この部屋は俺たちの部屋だから、中にアンジェラがいるはずだ。一応ノックはするんだぞ。俺は邪魔にならないようにどっかいくからな」 デュランはまた、頷く。全く言葉を発しないが、これで何かを聞けるのだろうかとホークアイは心配になったが、それも余計な御世話というものである。 ホークアイはとにかくその場を離れた。 小一時間後、部屋に戻っていると、穏やかな顔のアンジェラが、床でデュランを膝枕していたので驚いた。 「あ、おかえり」 「なんだそれ。元鞘か?」 「モトサヤ?ううん、さっき大きな音がしたと思ったら、ドアの前でデュランが倒れてて」 アンジェラはデュランの堅い髪を撫でながら、なんだか満たされたように笑っていた。 しかし、その話を聞いて、ホークアイはあわててアンジェラを問いただす。 「デュラン、アンジェラに何か聞いてないのか?」 「聞いてって…デュランもう廊下で倒れてからちっとも目を覚まさないんだもの。何も話してないのよ」 アンジェラはきょとんとホークアイを見上げながらそう言う。ホークアイは思わずデュランの不甲斐なさに深いため息をついた。 「何やってんだコイツ…」 「でね、一人でなんとか部屋に入れたんだけど、ベッドにあげられなくて…結局私が膝枕することにしたのよ。だんだん足が痺れてきちゃった」 そりゃあそうだろう、とホークアイは一人で思う。人の頭は一番重い箇所らしいから、アンジェラの足が強張るのも無理はない。 しかし、アンジェラは痺れてきたといいつつも、まだ名残惜しそうにデュランの硬い髪を撫ぜている。それはもう幸せそうな顔をして。 「アンジェラ」 「何?」 「重いなら、デュラン、ベッドに移すけど?」 試すように、ホークアイは訊いてみる。アンジェラは即答した。 「いいの。目覚めたら驚くところが見たくて、我慢してるんだから」 だよな。だと思ったよ。 そう言う顔で笑ってる方が、アンジェラは絶対にいい。自分を抱きしめてたあのうつろの瞳よりも、今の愛くるしく微笑むアンジェラはずっと暖かい、ホークアイはそう思いながら、アンジェラの傍に寄ってデュランの顔を覗き込むように座り込む。 「デュラン、早く目ぇ覚めねーかな」 「ふふ。ホントね」 二人の仲間に笑われていることなどつゆとも知らず、デュランは一人アンジェラの膝の上で眠り続けるのだった。 Fin. |