ローラント城はその日薬師の歓迎パーティが催された。
港町のパロからは海産物が次々と運び込まれ、バストゥーク山でとれる山菜も子供たちが競うように集めてきた。女たちは料理に腕を振るい、男たちは山で肉を調達にしてきた。
そして、夜も更けたころ、海のものと山のものが勢揃いした料理が整然と並び、人々は会場に詰め掛けた。やがて、中央にリースが立つと、しん、と水を打ったような静けさが会場を包み込んだ。
「皆さん、今日はお集まりいただき感謝いたします。今日、私の右腕ともいうべき、親友ライザが一命を取りとめました。これはローラントを救ったといっても過言ではありません。その薬師をここに紹介します。」
リースはイファナに合図すると、イファナがリースの傍らに控えるように立った。リースがすっと手を差し伸べて、イファナを紹介する。
「ウェンデル光の司祭様の弟子、薬師イファナです。この者に盛大な歓迎と感謝の拍手を!」
リースがそういうと、出席したものたちの拍手の音は会場を割れんばかりの大音量になった。拍手がどことなく止んでいくと、会場に柔らかな音楽が響き始めた。
「皆さん、それともう一つ聞いていただきたいと思います。私の弟エリオットは本日を持ってエリオット王として亡き父の王座に就くことをご報告しておきます。」
リースの予想外の発言に会場の誰もが吃驚したように視線をさまよわせた。リースは引き続きにっこりと微笑んだまま、こう言った。
「皆様のご理解と忠誠の証として、今一度拍手を!」
先ほどの拍手の音量より少し控えめな拍手が鳴り響く。それは単なる唐突な発表の戸惑いゆえか、それとも異議ある者のせいか・・。
「ありがとう、それでは皆様、心ゆくまでパーティを楽しんでください。」
そういうと、リースはイファナを連れて、会場の中央から移動していく。イファナがリースにきづかわしげに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「え?ええ」
ボリュームダウンした拍手。その真意が分かりかねて、リースの表情は不安げに曇っていたのだ。
「リース王女、今そんな顔をあなたがしてはいけません。ライザも傍におらず、不安なのは重々理解できますが、その表情は今もし不穏な動きをするものがいるとしたら、絶好の喜びになります。毅然となさい。」
リースはイファナにそう耳打ちされて初めてそのことに気づいて、慌てて顔を取り繕った。
「ありがとう。私はライザの看病に戻ります。イファナ、あなたはパーティを楽しんでいて。」
リースはそういうと、会場を抜け出した。ライザが薬で安定しているのはわかっているが、どうしても看病をしていないと不安になるのだ。ライザを失ってしまったら、今自分を支えているものがなくなってしまう。
ライザの部屋に向かいながら、リースはパーティ用の衣装を既に着崩し始めていた。羽織ったショールやら、綺麗に飾った髪飾りなどを外してしまう。
「君らしくないね。リース」
唐突に後ろから声がかかって、リースはどきっと心臓を跳ね上がらせた。こんなみっともないところを誰かに見られたのもあり、しかもおどけた調子の声がますますリースの頬を赤く染まらせる。
リースが振り向くと、予想した通りナバールの盗賊ホークアイがリースを優しく見つめながら立っていた。
「ど、どうして今、ここにいるんですか?ホークアイさん」
ホークアイの姿を確認して、動揺が隠しきれずにリースはそういった。ホークアイはにっこり笑うと、リースの解かれた髪に手をやった。
「どうして、っていちゃいけないかい?リースの顔がみたくなったから、ローラントに来てみただけさ。」
「まぁ・・」
ホークアイの直情的な言葉にリースは思わず赤くなってうつむいてしまう。そんな様子を見て、ホークアイは笑った。
「それより、君らしくない慌ただしさで廊下を歩いていたようだけど?一体何があったんだい?向こうでは楽しげなパーティが催されているって言うのに?」
ホークアイはリースの髪から手を放すと、腕を組んで足をぱたぱたと鳴らした。そのホークアイの仕種をみて、リースは懐かしそうに目を細める。
「その仕種、変わってないんですのね。」
「え?」
はた、とホークアイは自分の姿見つめると、照れたように笑う。
「ああ、そういえば、よくしていたかな?」
「していましたわ。あなたが思慮深く何かを考えるときの癖、ですわね。」
「よく見てるね。」
リースはまた余計なことをいってしまったことに気づいて、慌てて踵を返した。
「ごめんなさい、私ライザの看病にいかなければならないんです。お相手なら、また今度」
「ライザ、あのリースがいない間ローラントの国のものを守り立てていてくれた人だね。」
リースの早足についていきながら、ホークアイが尋ねる。リースも再び着飾ったものを外しながらええ、と答える。
「ライザ、黒のコカドリスにやられて、猛毒を受けたんです。今薬で治まってはいるのですけど。」
「心配なんだね。」
「ええ、どうしようもなく。」
「それなら、俺はまた来るから。その時にまたゆっくり会ってくれよ?お姫様。」
ふっとリースの後ろの気配が消えて、リースは慌てて振り返ったが、ホークアイの姿は既になかった。リースは少し落胆したように瞳をさまよわせたが、首を振ると再びライザの部屋に早足で向かい始めた。
ライザの部屋の扉を開けた瞬間、異様な空気にリースは顔を強張らせた。ライザが苦しそうにベッドで息をしているそのすぐ側に、獰猛そうな瞳をした男がライザを掴もうとしていた。
「なっ・・何者です!ライザから離れなさい!!」
リースはさっきまでつけていた髪飾りを男に投げつけた。男はぎょろりとリースに目をむける。瞳はどこまでも深い闇に飲まれたようなそれで、リースは一瞬ひるんだ。が、すぐにライザの部屋に立てかけてあった槍を手にすると、男に向かって槍を向けた。
「ライザから離れなさい!さもなくば、この槍があなたを貫きます!」
しかし、男は何も聞いていないかのような態度でライザの首に手をやる。それはとても遅い動作で、リースにはそれが異様に気味が悪く感じた。
「離しなさいといってるでしょう!!」
ついにリースの槍が動いた。突進し、まず男の腹を槍は突きぬけた。男は黒いマントを羽織っていたが、そのマントに血は迸らなかった。ただ、男はざっくりと刺された槍とリースを見比べていた。
「い、生き物じゃない・・!!」
リースは慌てて槍を引き抜くと退いた。しかし、男の手はまだライザの首にある。リースに焦りが込み上げた。
「ど、どうすればいいの・・!?」
「仲間を呼べばいいんじゃないの?」
窓側からばんっと豪快な音を立てて現れたのは、アンジェラとホークアイだった。
「アンジェラさん!ホークアイさん!」
「正義の味方、参上っ!てね。」
にこやかにアンジェラは笑う。ホークアイは颯爽とライザを男の手からさらうと、アンジェラはファイヤーボールの呪文を唱えた。ごぉっと炎が意志を持ったように男に食らい付く。男は何の叫び声も、あがきもせず、ただ炎に燃されてしまった。まるでそれは人形が燃やされる様を見ているようだった。
そして、その燃え滓もなにもそこには残らなかった・・。
「一丁上がり。それにしても気味が悪い相手ねえ?何か知ってるの?リース。」
「いいえ、でも、ライザばかりがどうして狙われて・・・」
リースはホークアイからライザを受け取って、ライザを抱きしめていた。
「ライザばかりが?ライザがこんな目に会うのは、これが初めてじゃないのかい?」
ホークアイがそういったのを聞いて、リースは目を丸くした。
「・・ホークアイさん、私あなたにさっきライザのこと話しましたわ・・」
呆然とするリースを見つめて、ホークアイはアンジェラと不思議そうに目を合わせる。アンジェラがリースに戸惑い気味に口を開いた。
「ねえ、リース。今日ここに来たのは、私が持ってるあなたとおそろいのペンダントが切れてしまったからなのよ。何故かすごく心配だったからホークアイを誘ってね。」
「仰々しいパーティを俺が嫌いだから、単に別のところから入ろうとしてたんだけど、どうも異様な空気が気になってここに来たら、君がいた。そういうことなんだけど・・?」
リースはそれを聞いて恐ろしそうにライザを抱きしめた。
「じゃあ・・先ほど私が廊下で話した人は誰なんでしょう・・姿も声もホークアイさんそのものでしたのに・・」
ホークアイが吃驚したようにリースを見つめる。
「俺の、偽物が?」
「・・・。」
リースは黙ったままライザを抱きしめ続けていた。アンジェラが唸るようにしばらく静観していたが、やがて口を開いた。
「リース、これまで起こったことを改めてここで話してくれない?私には何も分からないから。」
「いえ、今はライザの看病を優先させたいのです。アンジェラさん、ホークアイさん、さっき助けて下さってありがとう。お礼はまた後で。」
リースは有無を言わさない調子でそう言った。アンジェラとホークアイはもう一度目配せすると、二人とも頷いて、ひとまず部屋を出た。
「リース、大丈夫かな・・・」
ホークアイが心配げにそういう。アンジェラは、まずいわよ、と一言そう言った。
「え、まずいって?」
「あの子、あなたの偽物がいると知って今いる私たちも疑ってる。本物と偽物がそれほど区別が付かなかったことが、リースの懐疑心が高まってしまってる。誰を信じていいのか、わからなくて打ちのめされてるわ。」
ホークアイが言葉もなくアンジェラの話を聞いている。
「このままだと、リースは孤独の殻に閉じこもってしまうわ。誰が何の目的でこんな事してるのか知らないけど、なんて狡猾な手段・・。」
「アンジェラ、パーティにもぐりこもう!」
唐突にホークアイがそういったので、アンジェラは頭に来て思いっきりロッドでホークアイの頭をぶっ叩いた。
ごんっと鈍い音が廊下に響く。
「っってぇーー!!何でぶたれなきゃいけないんだよ!!」
「あんた、状況理解してるの!?なんでいきなりパーティにもぐりこもう!なのよ。お腹減ってるのはわかってるけどさぁ!!」
「違うよ!腹減ってるのはともかく、情報集めないとさ!パーティは絶好の情報収集の場じゃないか!」
アンジェラがそれを聞いて一瞬きょとんとしてから、あははっと笑う。
「なあんだ、ちゃんと考えてたのね。ホークアイ。」
「当然。飯もありつけるしな。」
再び、廊下に鈍い音が響いた。
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