アンジェラとホークアイが部屋を出ていった後、リースはけだるげに息を吐くとライザを再びベッドに連れていった。ライザがその途中で目を覚まし、リース様、とつぶやいた。
「あら、ごめんなさい、ライザ。騒々しかったでしょう?」
「なにか・・あったのですか?」
 ライザは今までのことを何も知らないようだった。首を掴まれて殺されかけていたことなど教える必要もないと判断したリースは、首を振ってライザを安心させるようにゆっくりとこう言った。
「いいえ、何も。さあ、ベッドに入って眠りなさい。」
「はい・・すみません、リース様にこんなことをおさせ申し上げて・・」
リースの肩によりかかりながら、ライザは気遣わしげにそういったが、リースは微笑みにながらライザに答える。
「気にしないでいいのよ、ライザはいつも私の味方でいてくれてるんですもの。これくらい恩返しくらい、私にさせてくれてもいいでしょう?」
 ライザが少し潤んだ瞳をしてリースを見上げた。リースはにこりと微笑むと、ライザが声を引きつらせてこう言った。
「勿体無いくらいですわ・・」
「大袈裟ね。」
 リースが笑う。ライザを横にするのに手を貸し、毛布をかける。すぐにライザは眠りに落ちた。
 リースはライザの寝顔を見ながらほっと息をつく。母もなく、王家の血族であるが故に信頼できる友をライザ以外には持たなかった。ライザだけはリースをいつも立ててくれ、助けてくれた。
 ライザを失ったら、そんなことを考えるだけでも身震いがする。ライザがいてこそこの国が維持された。そう、あの日ローラントが滅びたと思っていた時も、ライザがみんなをまとめてくれていた。孤独に打ちのめされていたあの日々の中で、たまたま帰ってきてしまったロパでウェトレスに変装した仲間に隠れ家を知らされた、あの時。ライザにどれだけ感謝したか。
「許さない・・絶対に許さないわ・・」
 リースは涙を流しながら呆然とそういった。ライザを傷つけるのは、リースにとって国を傷つけることと同等。それならリースは反撃を惜しまない。
「これ以上ライザを傷つけさせはしないわ・・!」

 一方、パーティの会場では、イファナが踊りを披露していた。ホークアイとアンジェラが会場に入るのはなんともたやすかった。人々はイファナの踊りに釘付けだった。イファナは軽やかな、それでいてもの悲しげな美声で会場を満たし、魅惑的な踊りが人々の心までを埋め尽くす。
 薬師の衣装からしなやかにうごめく手足が何かを隠し、何かを曝け出し、その見えそうで見えない何かが人の心を掴み・・そして、イファナの瞳。意志だけが燃えるその瞳に、人々はただ者でないことを知らされる。
 ある意味、リースの瞳と似ていて、ある意味対極的。冷たくて熱い、意志の瞳。
 イファナが踊りを終えて、持っていたタンバリンをそこで始めて鳴らした。夢の終わりを告げるように、しゃらんと。
 呆然とした静けさの後に、盛大な拍手が鳴り響いた。わけがわからないまま、ホークアイとアンジェラも手を叩いていた。途中から見たにもかかわらず、イファナの踊りは精力的で印象的だった。
「ありがとう!とっても楽しく踊れました!皆さんのお陰です。」
 イファナは微笑みながらその歓声に答えた。場慣れしたその対応に、ホークアイもアンジェラも半ば驚き、半ば呆れた。
 どうも、先ほどちらりと聞いたところによると、彼女が先ほどのライザを救った薬師らしい。
 本当にただの薬師だろうか?
 そんな疑いを二人して抱いていると、イファナの方から二人に近寄ってきた。
「異国の方ですね?その生地は・・ナバール製の麻ですね?そして雪深い故の肌の白さ・・アルテナ国の方・・。」
 二人はまたも顔を見合わせてしまった。
「ふふ、私はイファナ。ウェンデルの光の司祭の弟子です。勉強のために僧侶は世界を回ってきているのです。その国柄を目と感触で覚えるからほとんど間違えませんわ。」
 ホークアイがにこりと余裕ある笑みを浮かべて挨拶をする。
「やあ、たいしたものだね。俺みたいにあまり日焼けしてないとなかなかばれないものだけどね。驚いたよ。」
「生活習慣で肌の色は簡単に変わります。盗賊のように夜を仕事場とするなら、あまり焼けないものですよね。」
「確かにそうなんだ。灼熱の太陽の下で一仕事できるほど、ナバールの奴等は鍛練してないからな。ま、無意味なんだけどな。やっても。」
 くす、とイファナが笑う。それもそうだ。盗賊が太陽の下やっていては、簡単に足がつく。
 それから、イファナはアンジェラに目をむけると、はっとした顔をした。
「あなたは・・!!」
「あら、そこまでばれちゃうのかぁ・・・」
 アンジェラもイファナの顔を見て少し驚いた表情をしてみせた。イファナが慌てて二、三歩退こうとするのを慌てて止める。
「ここはローラント国よ。あなたが今やろうとしていることはその国の権力者、つまりリースかエリオット王子にしかしてはいけないわ。」
 イファナが我に返ったように跪くのをやめると、一応とばかりに一礼をした。
「アルテナ国のアンジェラ王女。失礼をお許しください。」
「気にしないで。私はここの客として来ているのだから。」
 アンジェラはそういいながら、イファナの踊りを誉める。
「素晴らしい踊りを披露していたわね?薬師なのにすごいわ」
「いいえ、私はもともと親がいないただの踊り子でした。一緒にずっと面倒を見てくれた踊り子の兄弟が事故で死んでしまって・・途方に暮れてウェンデルを訪れたときに司祭様が救ってくださったのです。」
「そうなの・・。でもそれは素晴らしい特技だわ。薬で人の病を治して、踊りで心の病を治すことが出来るもの。」
「ありがとうございます。あ、私リース様にそろそろご挨拶をしてまいります。御前、失礼を」
 イファナはそういうと、他のアマゾネスを呼んでリースのところへ案内してもらう様だった。
 ホークアイが黙ってその様子をみつめ、アンジェラはうなるように唇に手を当てて考え込む。やがて、二人は頷きあうと会場から一旦出ることにした。
「どう思う?」
 アンジェラがいつもの癖で手袋をはめなおしながらホークアイにそう尋ねる。ホークアイの方もあしをぱたぱたと鳴らしながら、そうだな、と言うと、改めて口を開く。
「なにか、ひっかかるな」
「直感??」
 アンジェラは少し笑おうとしたが、すぐにまじめな表情に戻した。アンジェラ自身、笑えなかったのだ。
「私も直感。なにか臭うわ。」
「珍しく意見があうね。今回は」
「そうね」
 二人して少し笑ったが、そんな悠長な気分になれず再び二人は黙り込む。やがて、アンジェラは窓から空を見上げた。手すりに手をついて、一言つぶやく。
「ウェンデルに行こうと思って」
「イファナの素性調査か。」
 ホークアイが納得したように頷く。心配そうに、アンジェラはホークアイを見つめた。
「リースをその間、頼むわよ。何かあったら、承知しないからね!」
「わかってるさ。」
 アンジェラがペンダントをホークアイに渡す。先ほどリースとおそろいの、といっていたペンダントだ。鎖がちぎれていたが、ペンダントの宝石は青々と光りを反射している。おそらくラピスラズリだ。
「これ、幸運を呼ぶ宝石なのよ。もっていて。」
「アンジェラは持たなくて良いのか?」
 ホークアイは吃驚したようにそういったが、アンジェラはにっこりと微笑んでいいのよ、といった。
「私は調査に行くだけだもの。ホークアイはリースを守らなきゃいけない。どっちが幸運が必要だと思う?」
 ホークアイはきょとんとしてアンジェラを見つめたが、やがてはは、と照れたように笑った。
「わかった、アンジェラの命(めい)、必ず全うさせてもらうよ。」
 ホークアイはペンダントを握り締めると決意を見せるようにそういった。アンジェラもそれを見て、やっとまじめな顔をみせたわね、とつぶやくた。
「じゃあ、私これからいってくるから!絶対リースを守りなさいよっ!」
 アンジェラはそれだけ言うと、ローラント城の出口まで走り抜けていった。ホークアイを廊下に一人残して。
 アンジェラは眩しい太陽の下に出るなり、風の太鼓を鳴らしてフラミーを呼び出した。轟音がうなって風のごとく現れる聖獣。アンジェラはそれに飛び乗ると、フラミーの耳に何事か囁いた。フラミーは了解!とばかりに一声上げると、再び風に乗り空に飛び立った。
「気をつけて、アンジェラ。」
 ホークアイはアンジェラを窓から見つめながらそういった。



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