イファナは衣服を整えると、リースが看病しているというライザの部屋に向かった。
アマゾネスの一人が案内役を買ってくれ、イファナをその部屋まで先導する。やがてアマゾネスはひとつの部屋の前に立つと、こちらです、と静かにそういった。優しくイファナが有り難う、と返すとアマゾネスはいいえ、といい、早々にその場を立ち去った。
イファナはそのアマゾネスがいなくなるまで見つめてから、その目の前の戸を叩く。
中から、はい?とリースらしき声が聞こえ、イファナは自分の名を伝えた。
「ああ、待ってくださいね。」
リースがこちらに来る気配に、イファナは少し扉から下がった。リースはゆっくりと扉を開けて、にこりと微笑んだ。
「イファナ、様子を見に来てくれたのね。ありがとう、さ、どうぞ」
「失礼します。」
イファナは入るなりライザの顔色をうかがう。
「どんな様子ですか?」
「今のところは呼吸の乱れもなくて落ち着いてるわ。薬が効いたのね。」
「そうですか。それはようございました。」
イファナはそういうと、ライザの額に手を当て、熱を診たが、異常ないというようにほっと息をつく。
「後は体力が回復すれば大丈夫です。しばらくは無理をさせてはいけませんよ。」
「わかったわ。もう、イファナはここを出るの?」
リースが残念そうにそういった。イファナはええ、と頷くと、リースに微笑む。
「私まだ修行中ですから色々なところを見て回るのが仕事なんです。あまり時間もありませんので」
それを聞いてリースはそう、と残念そうな顔をした。
「せっかく親友の命を救ってくださった方だから、もっとおもてなししてさしあげたかったのに・・。」
リースが酷く落胆したようにそういうので、イファナは困ったように微笑んだ。
「お気持ちだけで十分。それに私は先ほどまでのパーティで楽しませていただきましたわ。」
「ああ。踊りも私、見に行けませんでしたわね。申し訳ないですわ」
リースはごめんなさい、と謝る。イファナがそれを見て、よしてください、と慌ててリースの顔を上げさせた。
「私の踊りならまたライザさんが元どおりになったらいつでも見られるではありませんか。今はライザさんが最優先でしょう?」
「ええ・・でも本当に申し訳ないわ。ダンスを見せて欲しいと誘った張本人が見もせず看病についてしまって・・」
「姫様は気にしすぎますわ。私がその話を聞いてもダンスをご覧になられなかったことを責めるとお思いですか?」
そういうと、イファナはにこりと微笑んだ。リースはそのイファナの微笑みにやっと、表情を和らげた。
「いつか落ち着いたら手紙をもらえるかしら?私、踊りを見ておきたかったんです、本当に」
「喜んで差し上げますわ。」
イファナはそういうと、すばやくリースとの間を置いて優雅に一礼した。
「さようなら、イファナ。お元気でね。」
「リース様も。これからの御武運をお祈りしてますわ」
「ありがとう。」
イファナはくるりと踵を返して部屋を出ていった。リースは、ほう、と息をつく。イファナの美しさに、リースはほとほと驚いていた。
「あんなに綺麗な女の方もいらっしゃるんですね・・」
リースはそう言ってから、生まれそうになる妬みを慌てて打ち消すように頭を振った。
「ライザ・・早く、早く、元に戻って・・私を元気付けて・・」
リースは祈るように手を組むと、眠りつづけるライザにそういった。
さすがにパーティの最後くらい仮の主が顔を出さねばならないだろう。
リースはパーティのことを思い出してそう思った。イファナが去って、小2時間ほどが過ぎていた。そろそろ、ダンスも料理も尽きてきた頃だろう。
ライザの様子をもう一度うかがうと、リースは解いてしまった髪を掻き揚げてリボンで飾った。いつものリースとは雰囲気が違う。しかし、これくらいしないと気分がしおれてしまうくらい、今のリースは滅入っていたのだ。
服装を鏡の前で整え、改めてドアを踏み出すと、目の前にはホークアイがにこりと微笑んで立っていた。
瞬時にリースの顔が強張った。偽者か、本物か。真実は、目に見えてはくれない。
「おいおい、リース。そんなにあからさまに怖がった顔をするなよ。」
情けなくホークアイが苦笑する。ホークアイ自身、自分が本物だと証明できるものがなく、歯痒くてたまらない。しかし、そんなところをわざわざリースに見せないところは、さすがというべきものがある。
「ごめんなさい、今貴方を目の前にするのが今は一番恐いんです・・」
リースは素直に謝った。偽者でも、本物でも。ホークアイを目の前にすると、自然にほころぶ心。自然に、恐れる心。疑う心。色々な感情がどうしてもリースの心を乱してしまう。今は、それどころではないのに。
「わかってる。偽者かもしれないもんな。でも、俺はいつでも君を見守ってるから。」
ホークアイの優しい声を聞きながら、リースは嬉しさを隠すように自分の体を抱きしめた。
イケナイ、イケナイ。
今ハ、マダ貴方ニ甘エラレナイ。
溢れそうになる想いをリースは押し込める。ありがとう、とやっとのように微笑むと、リースはパーティの会場へ向かった。ホークアイはふう、と息をつくとリースの後を追ってパーティ会場に向かった。
パーティは案の定、閑散とし始めていた。着飾ったお客はかなり減っていて、その変わりに片付けをし始めるものたちが動き出していた。
リースは残ってくれたものたちに挨拶をして、片づけをする者たちを励ました。すぐにライザの部屋に戻ろうと会場を再び出ようとした時に、リースは腕を掴まれた。
「お姉様・・僕が王になるって本当なの?」
「まあ、エリオット!ごめんなさい、放ったらかしにして」
リースは慌ててエリオットの手を握ると、にこやかに微笑んだ。
「それはいいんだけど・・王になんて僕まだわかんないよ・・」
「それは大丈夫。私がちゃんとエリオットを支えてあげるから。エリオットは心配しなくていいのよ。」
エリオットのまだ小さな手を握りながら、リースは不安を隠すようにエリオットに笑いかけた。
「お姉様が女王にならないの?って聞かれたよ」
ぴくっと肩を震わせて、リースはエリオットを振り返った。
「誰に?」
「え、今日のお客様とか、アマゾネスにも。みんなお姉様がなった方がいいって思ってるんじゃないのかなあ・・。僕じゃあ駄目だって・・」
リースは沈痛な面持ちをさせたが、瞬時に表情を切り替えた。
「エリオット、そんなこと考えなくていいのよ。エリオットはお父様の血を受け継ぐ立派な王子なのだから。」
「お姉様だって王女だよ。」
リースは首を振った。そして、再びエリオットに向けた瞳は、意志の輝きを放っていた。
「私では駄目なのよ。私には国を統率する力はないの・・。」
「どうして?お姉様になかったら、僕にもないよ」
「いいえ、エリオット。あなたは王になるべき人物よ。」
あまりに呑み込みそうなほどの気迫でリースがそういうので、エリオットはびくりと身を引いた。リースは苦笑して、エリオットの手を握りなおした。
「さぁ。今日は人が沢山来て疲れたでしょう。メイナに寝る支度をしてもらいましょうね。王子様」
「うん、僕ももう眠い」
目をこすり、あくびをかみ締めるエリオット。ふふと、リースは笑うと、メイナがおそらくベッドメイクを済ませたエリオットの部屋まで連れて行くことにした。
「あなたしか、この国を継ぐことはできないのよ・・」
リースは独り言のようにそういった。
時は溯る。母ミネルバがエリオットを産んだまもなく、病床に伏した頃・・。
リースはすでに槍の稽古を見事にこなせる年頃になっていた。その稽古の姿を、ミネルバはいつも窓から優しく見守ってくれていた。
そして、リースも稽古の時間の後、ミネルバの部屋に行くのが日課だった。
「お母様。今日の稽古、どうでした?」
母のベッドに寄り添うように立つと、リースは微笑みながら母の評価を聞くのだった。
ミネルバはいつも満足げに微笑むと、十分よ、というのだった。
「リース、貴方は本当にアマゾネスの血を立派に受け継いでいるのが見て取れる。その上達を見ても、それは明らかだわ。」
リースはそれを、その日まで母の喜ばしい誉め言葉だと思っていた。だから、リースはいつものように、ありがとう、お母様と微笑んだのだが。
「リース、エリオットを、大事にね。」
「え・・?」
唐突に神妙な顔をしてそういう母に、リースは面食らった。
「エリオットはあの人の、ジョスターの血をきっと色濃く継いでいる。夫がそういうのだから、間違いないと思うわ。そして、リース、貴方は私の血を受け継いでいる。」
「・・?」
リースは母がなにを言いたいのかがわからず、ただ神妙な顔つきで母の話を聞くしかないのだ。
「エリオットはこの王家の唯一の光になる。貴方ももちろんその権利はあるのだけど・・貴方にはこの国を継げないの。」
「何故?」
別に女王になりたかったわけではない。リースはそもそも自分が王家の一族であるという自覚もあまりないのだ。ただ、母の話し方は何かがひっかかる。
ミネルバはふうと息をついた。早すぎるかもしれない。しかし、自分にも残りの時間はもうないに等しいこともわかっている。ジョスターから、話させるのも辛い。
アマゾネスの女王として、これだけは言っておかねばならないのだ。
「リース、代々アマゾネスの王家は短命なのです。心の臓があまり強くありません。確証はありませんが、リースもそれを受け継いでいる可能性は十分考えられます。」
「たんめい。」
その時はあまりよくはわからなかった。とにかく、自分が王座に座ることは出来ないので、エリオットをこの国のために大事にしなさいと、そういっているということはわかった。
「お母様、おまかせ下さい。エリオットは私が命に代えても守り通しますわ。」
弟の部屋のベランダで星を眺めながら、リースは我に返った。
久しぶりに思い出す、母の面影・・
「お母様・・お母様は、その言葉通り・・短命で亡くなられた・・。そういえば、お婆様のお顔も、私は拝見したことがないんだわ・・」
死の恐怖。
唐突に襲うその呑まれそうな恐怖に、リースは思わず目を閉じた。恐怖を払う。
と、ふわりと何か暖かいものに包まれる感覚に、リースは驚いて目を見開いた。
「ホークアイさん・・!」
暖かなものは、ホークアイのマントだった。ホークアイのマントごと、リースは包まれていた。
「寒いの?震えていたよ?」
おどけるようにそういうホークアイの仕種に、リースは思わず笑みを洩らした。
「真夏の夜に寒いわけがないでしょう?」
それでも、リースはホークアイの腕から逃げ出そうとはしなかった。呑まれかけた恐怖から助けてくれた腕から逃れることなど、リースは考えもしなかった。
「ありがとう、助けてくださったんですね。」
にこりと微笑むとリースはホークアイを見つめた。
「恐い夢でも見ていたの?」
「いいえ、母を・・思い出していたんです。母の言葉を。」
ホークアイの顔から視線をずらす。ふうっと遠くに行ってしまいそうな眼差しを、星空に向ける。リースは今、ホークアイとは遠く離れていた。こんなにも身体は寄り添っていても、リースの心は寄り添えないでいた。
「君は本当に捕らえどころのない女性だね。今こんなに近くにいるのに、遠い彼方に住む天女みたいだ。」
少しだけ、ホークアイが腕に力を込めた。今だけでも、リースを捕まえておけるように。
リースは何も言わない。ホークアイの腕に抱かれて、今だけ安らぎを求めようとしているのか、それとも、こんなに力を込めてもまるで無駄だと思っているのか。
「私は、きっと誰も愛せない・・こんな心のままじゃ。」
「え?」
ホークアイは唐突な核心の台詞に驚いた。いつも、言えないでいるその言葉を、リースはあっさりと今言葉にした。「愛す」ことを。
リースは悲しそうな表情でホークアイを見つめた。二人は物も言えず、ただ見つめた。どうしていいのか、二人ともわからないのだ。声をかけて今の台詞の続きを話すべきか、それとも、抱きしめあってしまえばいいのか。
時間は無情に過ぎていった。気づいたときにはリースはホークアイの腕から逃れていた。
今ハ、マダ・・。
デモ、イツニナッタラ貴方ニ寄リ添エルノ・・・?
「ありがとう、おやすみなさい。」
リースはホークアイにそういうと、部屋に一人戻っていった。
ホークアイが一つため息を吐く。思わず、幸運のラピスラズリを握り締める。祈らずに入られない、リースとのこと。
星空を見上げたが、月はどこにもみあたらなかった。星の輝きも心なしか寂しい。
「光がないと、先が見えないな・・」
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