一方、フラミーに乗ってウェンデルに向かったアンジェラは。
「なに、ここは・・!?」
 遥か上空から見つけた聖都ウェンデル。そこは黒い気に包まれていた。まるで黒い雲に覆われた聖都。何もかもが黒く塗りつぶされ、草木はもとより人々はぴくりとも動かない。
「一体・・何があったの・・・!?」
 フラミーを降下させ、ウェンデルの地に足をつけてみる。降り立ったアンジェラに気づいたように、一気に黒い気が彼女を纏う。しかし、アンジェラは強気に瞳を怒らせると、ロッドを掲げた。
「光の精霊ウィル・オ・ウィスプよ、数多なる光の柱を今ここに叩き付けよ!セイントビーム!!」
 豪快な光の柱がその言葉通り、空から降ってきた。黒い気はあまりに大きな衝撃を伴う光の柱に、アンジェラから飛びのくように離れていく。
 アンジェラはにっと笑うと、ロッドをもう一度掲げた。
「さぁ、次は!?」
 黒い気はアンジェラから逃げるように飛び去っていき、その周辺だけがやっと色を取り戻した。建物や地面から黒い気が引いて行く。黒く染められた人々からもたちまち色が戻り、目を覚ましはじめた。
「あ・・ああっ・・」
「黒いものが・・」
「いやぁぁぁっ!」
 おそらく。黒い気がウェンデルを襲った直後の狂乱が今蘇ったのだろう。アンジェラは悲痛な表情で人々を見守ると、すうっと息を吸い込んだ。
「落ち着いて!私はアルテナ国の王女、アンジェラ。今、光の魔法で一時的にさっきの黒きものを追い払っています。長くはもちません、早く洞窟を抜けてアストリアへ逃げなさい!」
 ふと人々が自分を取り戻し、アンジェラの姿を見つめた。狂乱状態からのショックから、突然現れた救世主の存在に人々はすぐさま頷いた。一帯の人々がぞろぞろと洞窟に向かう。
 アストリアは、一度は獣人達に壊滅させられた街だった。しかし、マナの剣の争奪戦が終結したと同時に、ウェンデルが再び復興させてたのだった。世界中から人々が訪れる聖都ウェンデルの傍には、どうしてもアストリアのような宿泊地が必要不可欠だったので。
 アンジェラは人々を誘導させるのに手いっぱいになっていた。だから、一度退却した黒い気が再びこちらを目掛けてきていたことに、アンジェラは気づいていなかった。人々ごと、巨大化した黒い気が呑み込もうとした瞬間、子供のような高らかな声が天に響いた。
「光の精霊ウィル・オ・ウィスプ!黒き闇より出でたる魔物を光の礫で追い払い給え!ティンクルレイン!」
 やわらかな光のシャワーが一帯を包み込む。人々にそれは当たっても何の害もないが、黒い気には手ひどいダメージを与えるようだった。アンジェラはそれに改めて気づいて、あたりを見回した。
「誰っ!?」
「いつもながら、詰めが甘いでちねぇ〜アンジェラしゃん!」
 ひょこ、と建物の影から現れたのはかわいらしい女の子、名はシャルロット。この聖地を治める司祭の孫娘だ。
「シャルロット!?こんなところにいたの?運がよかったわ!建物の中だったら、とても助けられなかった!」
 アンジェラはシャルロットの手を掴んだ。シャルロットはアンジェラを見上げて、強気に笑った。
「よく、あたちを助け出してくれたでち。お陰で助かったでちよ!」
「私もよ!さ、とりあえず、ここは危険だからアストリアでゆっくり話しましょう!」
 二人は人々を誘導しながら、そして黒い気を追い払いながら、アストリアへと足を運んだ。
 アストリアに着いた頃には、二人とも魔力の大放出で精も根も尽き果てていた。人々の寝床を何とか確保して、二人も宿に入るとベッドに潜り込んだ。
 しかし、とりあえず魔力を取り戻したくらいでアンジェラはすぐ目を覚ました。ウェンデルのあまりの変化に、今更ながらショックを受けたのだ。とても、もう眠れそうにない。シャルロットに事情を聞いてしまわないと。
「シャルロット・・・」
 アンジェラは控えめにそう言ってシャルロットのベッドの方を向いた。シャルロットはまるでずっと起きていたような顔をしてアンジェラの方を向いていた。
「・・!眠れなかったの?」
 アンジェラは吃驚して起き上がると、心配そうにシャルロットのベッドに寄り添った。
「疲れ過ぎて、眠れなかったんでち。大丈夫でち。」
 シャルロットは強気にそういったが、潤んだ瞳を見つけてアンジェラは知らず、唇を噛んだ。自分の生れた街が闇に飲まれ、司祭も、”大好きな”ヒースも今となってはその状態がわからない。小さな胸を痛め、眠りにつくことなどできなかったに違いない・・。
「シャルロット、辛いと思うけど、あの黒い気がウェンデルを襲ったときのことを教えて。」
 
 ホークアイと別れてから、リースは自室に篭って眠りに就いた。ろくに食事も摂らず、ライザの看病で疲れ果てていた。そして、偽のホークアイが出たことも、酷く心を疲れさせていた。
 それ故に、リースは深い眠りに落ちることはできなかった。うたた寝の連続。不安な夢の続き。夢の合間に目を覚ます。もう何度も寝直していたので、それが夢だか現実だかわからなくなりかけていた。
”リース・・”
 呼ばれた名前に反応して、リースは目を見開いた。
「どなたですの・・?私を呼ぶのは・・」
 振り返ってみると、そこには亜麻色の髪をまとめた、妙に細い体の男。一目見るなり、リースは顔を強張らせる。
「貴方は・・ホークアイ・・本物ですの?それとも・・」
 男はにっと笑う。そんなこと、どうでもいいだろ、とばかりに。
”今日はお別れに来たんだ。”
 彼と同じ声がそういった。リースの身体がその言葉に震える。
”知っているだろう?僕はイーグルにナバールのこと、そして、彼の妹のことを頼まれている。”
 リースは耳をふさぎたい衝動にかられた。しかし、身体が冷たく凍ったように動かない。ただ、無関心を装うように、ええ、という言葉だけが口から漏れていった。
”俺はジェシカと一緒になってナバールを継ぐよ。君も、この国を再興させるのに精一杯だろうから、僕はもう君には会わない。”
 恐れていた言葉がリースの心を闇に導く。それは、暗く寒い彼方に飛ばされるような感覚。これは、一体何・・?
 リースの身体に黒い気が纏う。それは、アンジェラがウェンデルで包まれたそれと、あまりにも酷似していた。
”ほら、君はやっぱり、『闇の気を纏うもの』だったんだね・・”
 リースはホークアイの言葉を聞いて、唖然とする。なにを言ってるのだろう??
「ホークアイ・・?」
 再び彼の姿を見極めようとして顔を上げると、ホークアイの姿はなく。変わりに現れたのは、イファナ。
「イファナ・・?」
”闇の気を纏う娘・・見つけたよ。”
リースは黒い気を振り払うことなく、平然としていた。それを指差して、イファナが笑う。
”その気を纏っていられるなんて、大した闇の心を持っているね。お前の心には今、憎悪や妬み、嫉み、嫌悪、そういうもので満たされている。心の支えであるライザを実質的に失い、信じる相手であるホークアイを疑うことで、闇で心が満たされている。”
「なんですって・・・?」
 リースはそれを聞いてから慌ててその黒い気を振り払おうとする。しかし、黒い気は懐くようにリースの身体を纏う。
「いやっ、離れてっ!」
”無駄だよ。黒い気がお前を気に入ってる・・”
 くすり、と笑うイファナ。リースはその笑顔に始めて嫌悪を覚えた。
「何故?何故私にそんなことを・・・?」
”私の体にするためよ。”
 そういうと、イファナの姿が大きな闇の気に変わる。そして、その気がリースに向かって纏い始めた。
「な、なんなの・・!?」
”私は闇の貴公子の正妻ヴァリヤ。あの女狐は闇の貴公子を復活させるのに失敗したみたいだけど、私はそんなへまはしないわ。”
「や、闇の貴公子?ってことはあの美獣の関係者!何を一体・・!?」
 リースは黒い気を目で追いながら、焦ったようにそういった。
”ふふ、お前の強い闇の体を頂いて、聖都を闇の都市として統治する・・そして闇の貴公子を現世に呼び出すのだ・・!”
 それを聞いてひどく驚いた表情になったリースが黒い気に向かって叫んだ。
「まさか!マナの剣はもうないのよ!無理だわ!」
 黒い気がリースをだんだんと間をつめて行く。闇は・・リースの体を欲している。
”無理?馬鹿なことを・・聖剣の大元は何だ?フェアリー・・いや、マナの女神がいるだろう・・あの憎き女神の命を闇の貴公子に授けるのだ”
「なんてことを・・!!させないわ!絶対にそんなこと・・・!」
”ふははっ!なにを言う・・お前はもう私の体になる・・闇の支配者の体にね・・”
 今までリースの体を纏うだけだった黒い気が、リースの体を押しつぶしてくる。
「ぐ・・あっ・・!」
”ふふふ、すぐに楽になるから我慢をおし・・!”
 やがて、リースの体から黒い気が消えた。
「ふふ・・これでまずは世界統治の夢は手に入れたも同然だ・・!」   
 リースの体をしていたが、リースの声ではなく、リースの優しさも強さも消えてしまった。瞳は漆黒。髪も漆黒。リースの面影はただ、その整のったスタイルだけ。
リースの姿のヴァリヤは窓を開け放ち、口笛を吹いた。すぐにあのライザを襲った黒いコカトリスがバルコニーに舞い下り、大人しく座る。ヴァリアがその背に乗って、コカトリスを撫でるとキェェェっと鳴いて、コカトリスは空に飛び立った。





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