「姉様!姉様!!」
 エリオットがリースの部屋を激しく叩いていた。騒ぎに気づいたホークアイが、どうした!?と声をかける。エリオットは涙を浮かべながら、ただ激しく首を振った。
「姉様が・・姉様が・・」
「どいて。」
 ホークアイは静かにそういうと、エリオットを抱えて扉から離れさせた。エリオットが泣きじゃくりながら、ホークアイの様子を見守る。ホークアイは耳のあたりからヘアピンを手にとって、歯で棒状に伸ばしてから先に歯で細工を施す。鍵穴にそれを差し入れて、鍵をいとも簡単に開けさせる。しかし。
「何?」
 ホークアイが扉を開けようとしても、びくともしない。かぎは開いたはずなのに。
「ちっ・・別の力が働いているらしいな・・少々荒っぽいが・・」
 ホークアイはすうっと息を吸うと、扉に足蹴りを食らわせる。細い体の何処にそんな力があったのだろう?扉は破られた。
「リースッ・・うっなんだここはっ!?」
 ホークアイが部屋には行ってみると、部屋は黒い気が残留していてまるで悪質なダンジョンの中のような空気だ。ホークアイはその空気に驚き目を見張る。リースもベッドにはいない。
「姉様っ!!」
 エリオットも入ってみてリースがいないことに気づいて、泣き出してしまう。
「姉様ーっ!!」
「ちっくしょう・・一体誰が・・イファナは出ていったはずなのに・・」
 ホークアイが悔しそうに歯ぎしりした。と、扉の方からか細い声が聞こえた。
「何が・・一体・・・」
「君は・・ライザ・・」
 ホークアイが慌ててライザを支えるように肩を貸す。ライザが大丈夫です、と強気にそう言ってそれを拒否した。ホークアイは一瞬傷ついたような顔を見せたが、すぐにそれを隠すと、リースがいなくなったんだ、と話す。
「リース様が・・?一体何故?」
「わからない・・・何が起こったのか・・」
 ホークアイはそう言いながら、部屋を見回り、ベランダの方に黒い羽が散乱しているのを見て取る。
「黒い羽・・ライザ、君は黒いコカトリスに腕をやられたと聞いたが・・?」
「ええ、そうです。」
 ホークアイはその羽を一枚手に取ると、気むずかしそうな思案顔になった。
「・・黒いコカトリスが・・何か?」
 ライザがホークアイの側まで近寄って、はっと顔をこわばらせる。黒い羽に気づいたのだ。
「まさか・・全ては仕組まれていたと・・?」
「そうみたいだ・・ちくしょう・・リースを一体何処に・・」
 ホークアイが打ち震えんばかりの声でそう言うと、いつの間にか泣きやんだエリオットがふと声を上げた。
「黒い・・黒い建物が見える。僕は見たことがない建物だけど・・」
 ホークアイとライザがはっとエリオットを見つめる。エリオットは呆然とここではない場所を見つめているような目をしていた。
「大きな建物・・なんだろう・・?」
「エリオット、その建物になにか紋章か何かはついていないか?」
 ホークアイが焦ったように声を上げた。エリオットが目をしかめて何かを見定めようとする。
「・・角が・・見える。双頭の一角獣・・・あれはウェンデルの紋章・・!」
「なんだって!?」
 ホークアイが声を荒げたところで、エリオットが力つきるように倒れた。
「エリオット王子!!」
 ライザが慌ててエリオットを抱える。エリオットがうっすらと笑い、大丈夫といった。
「ホークアイ兄様・・」
 ホークアイはそれに気づいて、エリオットに寄り添う。エリオットがホークアイを見て、お願い、と言った。
「姉様は今までずっと自分を抑制して生きてきた人。アマゾネスとして、そして僕の姉、母として自分の欲望を全て打ち消して生きた人。でも、僕を捜すため、あの時世界に飛び出したとき、姉様はあなたに出会った。」
 ホークアイは神妙な顔つきで、エリオットの話を聞いていた。
「きっと、姉様はそのときに自分を解放させる悦びを知った。ずっと鳥かごの中にいた鳥が大空を知ったかのように。でも、旅が終わって、姉様は元の鳥かごに戻った。自由を覚えた鳥が鳥かごの中で生きるなんて、到底無理なのに」
「リース様は・・苦しんでおられたのですか?」
 ライザが驚愕したようにそう言った。エリオットが首をゆっくり振る。
「違うよ、ライザ・・・姉様は使命だと思いこんでいたから苦しんではいないよ。ただ、勇気が欲しかったんだ。自分を解放させる勇気が」
 エリオットはホークアイに再び視線を戻すと、うっすらと笑った。
「姉様に大空を教えたあなたが、姉様を助けて。どうか、姉様に白い羽を与えて・・」
 ホークアイはそれを聞いて、エリオットの手を握ると頷いた。
「必ず、リースを助けてみせる・・エリオット、誓うよ。」
 エリオットはホークアイを見て微笑んだ。

 黒く染まったウェンデルの神殿。その中の一つの部屋にリースの姿があった。
 窓から黒く染まったウェンデルの街を眺め、漆黒に塗りつぶされた髪を風にそよがせている。
 黒く姿は変わっていても、もとのリースの流麗な美しさは見事に保たれていた。
「気分はいかが?」
 にっと笑いながら現れたのは、イファナの姿をしたヴァリヤ。手にはティーセットが並んだお盆を抱えている。
「悪くないわ・・何も・・考えなくていいから。」
 リースの声がそう言った。ヴァリヤはそれを聞いて満足げに笑う。
「あなたがずっと欲しがっていたものだもの・・悪いはずがないわ。」
「そうね・・私はずっと欲しがっていたわ・・この開放感を。どうして黒くなってしまったのかしら・・?」
「あなたが闇に染まることで解放されると信じたからよ。心の中そのままに体が染められただけ。」
 ヴァリヤがティーカップにお茶を注ぎながら静かにそう言った。リースはそう、と頷くと、再び顔を街並みの方に向けた。
「黒い世界・・あなたが望んでるの?」
「いいえ、人の心には必ずしも闇の部分があるものよ、リース。私はその闇の部分を解放させているだけにすぎない。あの黒い気は私が生み出すのではないわ、人々の心に蔓延っているものよ。」
 リースは街並みに目を向けたまま、でも、と言葉を続ける。
「人が黒くなって動かなくなってるわ。私は動けるのに。」
「あなたが闇の気を纏う者だからよ、リース」
 微笑みながらイファナがリースにカップを渡す。リースはありがとう、というと一口だけ口に含んだ。乾いた喉を潤して、暖かいものが体中を満たしていく。
「闇の気を纏う者は黒い気を保ちながら生きることが出来るの。あなたがそう生きたいと、強く強く願ったから。」
「願っていた・・?」
「そう、心の奥底で、おそらく、あなた自身も気づかないほど奥深いところで、切に切に願っていた・・それがその結果。」
「そう、そうかもしれないわ・・」
 リースはぼんやりとそういうと、カップのお茶を飲み干した。ふう、と息を付いて、また黒い街並みに目を向ける。
 ヴァリヤはそんなリースを見てくすっと笑うと、ティーセットを片付けて部屋を静かに出ていった。

 そして、アストリアの街の宿屋では、暗闇の中、アンジェラとシャルロットが話を続けていた。
一通り、シャルロットがウェンデルが闇の気に襲われたときのことを話し、アンジェラもローラントの事態を話した。すると、シャルロットがイファナ、という名前に反応した。
「イファナ?イファナといったでちか?」
 アンジェラがシャルロットのその反応に身を乗り出す。
「何か知ってるの?シャルロット。」
「イファナしゃんを知らない人なんて・・ウェンデルじゃいないでち。イファナしゃんは今は無き光のお城の生き残りなんでちから!神官としてもヒースに次ぐ実力者でち!」
 アンジェラがそれを聞いて唖然とした。そうなのっ!?と突っかかると、シャルロットは深く頷く。
「今はダークキャッスルになったあの光のお城の生き残り・・・」
 呆然とアンジェラがそういうと、シャルロットがなんでち?とアンジェラに問いかける。
「ねえ、闇の貴公子って確か・・」
「あの城の王子でち。」
「そうよね・・なにか・・また嫌なものが動き出したみたいね・・」
 アンジェラが不安げにそういうと、シャルロットが同じ表情で頷く。
「でも、あの城の人はもう滅びたはずでち・・。あ、確かイファナしゃんがウェンデルに来たときに、おじーちゃんが光のお城の出来事を歴史書としてまとめるようにイファナしゃんに頼んだことがあったでち。」
 アンジェラがそれを聞いて、目を見開く。
「そ、それが読めたら・・って、やっぱり神殿の中なんでしょ?」
「でち。」
「入れないわよ、今の状態じゃ。」
 アンジェラが呆れたようにそう言う。シャルロットも残念そうにうなだれた。
「でちねえ・・」
 二人とも行き詰まってしまい、ふうと息をついたときに。突如に襲う悪寒に、二人とも身を震わせた。
「な、なに・・この悪寒・・!」
「まさか!ここにも来たでちかっ!?」
 二人は慌てて部屋から飛び出し、外に出た。
 案の定、黒い雲のようなものがウェンデルの方から近づいてくる・・!
「まずいでち!大きすぎて・・魔法じゃ食い止め切れそうもないでちっ!!」
「何これ・・世界中飲み込もうっての!?」
 アンジェラはどうしようもなくて、とにかく風の太鼓を鳴らし、フラミーを呼び出す。雲の影からフラミーが飛び出してくる。辛うじて、というタイミングで二人はフラミーの背に飛び乗ってアストリアから離れた。アストリアの街が見る見るうちに黒く染まっていく・・。
「・・狙いはウェンデルだけじゃない・・世界だったんだ・・!!」
 アンジェラが悲愴な顔をしてそう言った。フラミーの高度を上げ、できるだけ遠くが見えるように飛んでもらうと、確かにアンジェラの言葉通り、黒いものが街にそれぞれ向かって覆われていく・・・!
「アルテナまで間に合わない・・近くは・・ビーストキングダムとフォルセナ!」
「ケヴィンしゃんとデュランしゃんでちね!?」
 シャルロットがそういって意気込む。アンジェラはしっかりと頷く。
「予想外にきつい相手になりそうだから・・戦力をこっちも確保しなくちゃ!!フラミー!お願い、全速力でビーストキングダムへ!!」
 フラミーは一鳴きすると、轟音を立てながら二人をビーストキングダムに運んだ。
 大した時間もかからず、二人はビーストキングダムに着くことが出来た。黒い気が襲いかかってくるのを、獣人達も野生の勘によって察知したらしく、城内はその応戦体制をとろうと慌ただしく動き回っていた。
「ケヴィンはどこっ!?」
 アンジェラは一人の獣人をとっつかまえてそう聞いた。
「ケヴィン?あいつなら、獣人王の傍で、指揮官になってるさ!」
「やるでちねえ・・」
 シャルロットが呑気にそう感想を述べる。アンジェラはいきり立ったように獣人の襟元を掴んだ。
「だから!指揮官は何処にいるの!?」
「うわぁっ!乱暴な女だなっ!最上階だよ!」
「ありがと!」
 アンジェラはすぐに襟元から手を離すと、獣人にキスした。獣人がぼっと顔を赤らませる。
「最上階・・もう面倒だからフラミーから呼びましょう!」
 シャルロットをつれて再びフラミーを呼ぶ。フラミーの体に飛び乗り、最上階の窓にケヴィンーっ!っと呼びかけると、ケヴィンがひょこ、と窓から顔を出した。
「あれっ!アンジェラー!!なにやってる?危ない!外!」
「いいから、乗って!早く!!」
 アンジェラがすごい形相でそういうので、気圧されたようにケヴィンはフラミーに飛び乗った。
「何で?オイラ忙しい!指揮しなきゃ!」
「無駄よ。今は逃げるので精一杯。」
 アンジェラが悔しそうにそう言う。ケヴィンがショックを受けたように黙りこくる。シャルロットも言葉もなく、静かにケヴィンを撫でてやった。
「フォルセナへ!」
 アンジェラの声が空に木霊したほぼ同時に、ビーストキングダムが闇に呑まれた。
 フォルセナにつく頃には、さすがのフラミーも辛そうに息切れさせ始めた。アンジェラがごめんね、といいながらフラミーを撫でつつ励まし、何とかフォルセナにたどり着く。
 フラミーから降りる時間もない。闇はすぐそこまで迫っていた。アンジェラ、シャルロット、ケヴィンに焦りの表情が浮かぶ。
「何処かしら・・多分デュランも指揮してるのかもしれないけど・・」
「それにしてもさすがというか、フォルセナも応戦体制に入ってるでちねぇ・・」
「でも、駄目なの?これでも・・」
 ケヴィンがまだ悔しそうにそう言う。アンジェラは、ただ首を振った。
「闇に対抗できるのは今のところ光の魔法としかわからない・・今は絶対的戦力を確保することが最優先よ!だから、ケヴィンも探して!デュランがどこかにいるはずだから!」
「いたっ!いたーーー!!」
 そういったそばで、ケヴィンが見つけてくれる。指揮どころか、デュランは先陣の中にいた。なんと、彼らしいといえば彼らしいが。
「デュラーンッ!!」
 アンジェラが悲鳴のように声を張り上げた。デュランがそれに気づいて、上を見上げた。フラミーに気づいて手を振る。
「なにやってんだ!あぶねぇぞ!!」
 フラミーの高度を下げ、街の一角にフラミーを降ろす。フラミーの足が地に着く前に、アンジェラは飛び出すようにデュランの元に走った。
「デュラン、フラミーに乗ってっ!」
「何言ってんだよ!闇が迫ってるのに!」
「だからよ!どうしようもないのよ!今は!!今は逃げるしかないの!!」
 デュランがそれを聞いてむっと顔をしかめる。
「馬鹿野郎っ!まだ戦ってもないのに逃げるわけにいかねえ!それが騎士の誇りだっ!!」
 アンジェラがぐっとさっきのようにデュランの襟元を掴んだ。
「聞いて。ウェンデルもアストリアもビーストキングダムも飲まれたわ。フォルセナだけ助かるって保証はないのよ?」
 デュランはそれでも強気にアンジェラを睨み付ける。
「だからって逃げるわけにはいかねぇ!」
「このっ・・馬鹿っ!私がどんな思いしてここに来たと思ってるのよ!!本当は私だってアルテナに助けに行きたいのを我慢してきたのよ!アルテナだって・・もっと早く行けば間に合ったかもしれない!でも、今はそんな個人的な感情では駄目なのよ!みんな、駄目になっちゃうのよ!」
「・・。」
「それでも戦って黒くなりたいなら、そうして。デュランの誇りがその程度のものなら、私はあなたを必要とはしないわ。」
 アンジェラは血走った目をしてデュランをもう一度睨むと、デュランから手を離した。フラミーから降りていたシャルロットとケヴィンに行きましょう、と促すと二人を連れてフラミーに乗った。
「すまん、俺も行く。」
 デュランがフラミーの前で仁王立ちしていた。アンジェラが安心したようにふっと息を付いた。
「乗って。」
「ああ。」
 フラミーはデュランが乗ったのを確認して、すぐに飛び立った。闇はそのあとすぐ、フォルセナを覆った。
「ローラントへ。」
 アンジェラが声を震わせてそう言ったのを聞いて、デュランが驚いた。
「本当に行きもしないのか?間に合うかもしれないぞ?」
「いいの。ローラントにいるホークアイを拾えなくなるわ・・。」
 毅然としてアンジェラはそう言った。デュランが静かにアンジェラの肩を抱いた。
「お前はアルテナだけじゃない、今は世界の王女だな。」
 言われて、アンジェラが泣き笑いのような表情でデュランを見た。ありがと、とアンジェラはそう言った。






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