聖戦前夜



 幾千もの光の礫が降るように空を覆っていた。流れゆく星をアンジェラはいくつも見つけた。その度に何度も重ねた指に力がこもる。祈りの言葉が白い吐息と共に洩れる。
「神様。どうか、どうか、私たちを勝たせてください・・」
 いつも強気で威勢の良いアンジェラが、ここまでナイーブな、儚げな乙女に見える。その訳は、すべて「明日」にあった。
 明日は、全ての終結の日。最終戦線となる、マナの聖域に乗り込む日なのだ・・!

 いつもはぐっすりと眠れるはずのデュランでさえ、その日は落ち着かず、酒場に向かっていた。アンジェラと同じように降るような星空を眺めると、ほっとしたように顔をゆるませ、酒場に入っていった。
 カウンターに座り、ぼんやりとしているとマスターが気遣わしげにまず、ビールを置いた。マスターの心遣いに、デュランは感謝するようにグラスを軽くマスターに掲げると、一口だけ口に含んだ。ビールの独特の香りと苦みが頭の中をすっと鮮明にさせてくれる。
 何を迷う。何を不安がる。これだけの力をつけて。
 デュランは自分を戒めるようにそう思うと、もう一度ゆっくりとビールを飲み込んだ。
今度はビールの味を楽しむ事だけに専念した。やっとデュランの顔に笑みが戻ると、それを見たマスターがデュランに話しかけた。
「お酒はいいでしょう。自分にはないと思っていたものを、すっと目覚めさせてくれる。そんな魔法の薬のような気が、しませんかね?」
 デュランが静かに頷く。そうだな、と呟くとグラスの残りを飲み干した。
「もう一杯、頼む」
「喜んで」
 後ろの円卓の方では、騒がしい集団が笑い声を立てながら上機嫌に酒を飲んでいた。デュランはそんな連中がいるのは、静かすぎる宿屋にいるよりよっぽどいいと思った。何にも音のない空間にいるのが、今は苦痛だった。
「デュラン?」
 不意に名前を呼ばれて、デュランは後ろを振り向いた。にっと笑いながら、挨拶代わりに手を振ったのは、ホークアイだった。
「なんだ?お前も眠れなかったのか?」
 苦笑しながらデュランがそういうと、隣の席にホークアイを誘う。ホークアイの方ももちろんそのつもりで頷くと、隣の席に腰掛けた。
「も、ってことは、お前は眠れなかった訳だな・・」
「お前はちがうのかよ?」
 横目で少しにらみながらデュランがそう尋ねる。聞かれたホークアイはんーっと頬杖をつきながら考えこむ。そこにマスターがまた助けるようにビールを置いていってくれる。
「サンキュー、マスター!」
 いつもの満面の笑みでそういうと、ホークアイはまずビールを飲み干した。
「で?違うのかよ?」
 いらついたようにデュランが突っ込むと、ホークアイが苦笑する。
「あら?まだ覚えてた??」
「おれは物覚えの悪い老人じゃねえぞっ・・」
 デュランは不機嫌に二杯目になるビールをぐいっとあおった。それを見て、ホークアイがははっと笑う。いつもの声とは違う、元気のない声で。
「・・?どうした?」
「明日の戦いのこともそうだけど、明日が終われば、俺達ばらばらになっちまうんだってこと、考えてたんだ・・」
 それを聞いたデュランは目を見開いた。そういえば、戦いのことばかり頭にあったのに、どうしてそんな当然のことは少しも頭をよぎらなかったのだろう・・?
 あまりにも慣れてしまっていた。いつも一緒に旅してきた。乗り越えてきた。3人の力で。だから、離ればなれになることなど考えもしなかった・・・。
「ショックか?」
 ホークアイが意地悪そうな瞳でデュランにそういう。不意をつかれた子供のように、デュランは素直に頷いた。
「アンジェラと、離れるのがか?」
 ホークアイはまたいつものように悪態をつかれると思っていた。なにいってんだばーかっ!などといって、そっぽをむいてしらんふりされるのだろうと思っていた。
・・・・思っていたのに。
 ホークアイは自分の目を疑った。
 デュランの顔は真っ赤に染まっていた。さっきのビールのせいにするにはあまりにも不自然なほど。
「・・・・。」
 あまりにも意外だったので、もうホークアイの口からはそれをはやしたてる言葉も出なかった。ぽかんと、ホークアイの口が開いてるのを見て、デュランは慌てて頭冷やしてくる、と逃げるようにトイレに向かった。
「・・ははっ・・。酒が入るとそうなるのがわかってたんだな、あいつ。だから今まで飲まなかったんだ・・」
 なんだかかわいそうなことをしてしまったような、そんな罪悪感ともつかない思いに耽っていると、急に入り口の方で歓声が沸いた。ホークアイがそっちの方を見てみると、派手で露出度の高い服装をした女が入ってきたのだと解る。それが、もちろん自分たちの仲間であるアンジェラだということも。
「こんばんわー。あらー!!元気ねーみなさん!」
 騒がれて誘われて勧められて、アンジェラの周りに男達は何とかこの美人を隣に座らせようと躍起になる。しかし、アンジェラはうまくそれをかわしながら、カウンターに進む。一人の男がアンジェラにグラスを握らせた。
「なによ。こんなとこで、私に一気しなっていうの?」
「違うよ、べっぴんさん。俺の奢りだ、もらってくれよ」
それを聞いてアンジェラはほっとすると、にっこりほほえんだ。
「それならありがたく。ありがとう。」
 そうしてようやくアンジェラはカウンターに座るホークアイのところにたどりついた。
「アンジェラ、ここ何度も来たことあるの?」
「ないわよ?でも酒場に来るといつもこんな調子だから、慣れちゃった」
 そういって笑うと、アンジェラはもらったお酒を一口飲んだ。強めの酒らしくアンジェラはすこし眉をひそめたが、すぐに顔を和らげた。
「デュランもいるのね?このグラス、デュランのなんでしょ?」
 にこやかに笑いながらそういい当てるアンジェラは、幸せそうにほころんでいた。ホークアイはその微笑みに心打たれながら、そうだよ、という。
「気分でも悪くした?デュランがお酒飲むところなんてみたことないものね。きっとすごく弱いんでしょ」
 口調はからかいが含まれていても、その瞳は心配に陰っている。なんで正直になれないのかホークアイは口惜しさでいっぱいになるが、余計なことをして今の二人が壊れてしまわないとも限らない。ホークアイはアンジェラの問いにああ、と答えると静かにビールを飲んだ。
 アンジェラはホークアイと話すでもなくそこにいた。デュランのグラスを眺めながら、デュランが戻るのを待っているのだった。
 アンジェラが待っていた席の反対側に男が座った。先程、アンジェラに酒をおごった男だった。体格も態度もでかく、アンジェラにすりよるように座ってくる。
「ようべっぴんさん、つまんなそうだなぁ。俺と話しでもしないかい?」
 アンジェラはまあいいわ、というように首を軽く振ると、何か面白い話でもあるの?と聞いてみる。
「面白い話ねえ。俺の話でよかったら聞いてくれよ。俺は盗賊団の頭やってんだ。金銀財宝を求めて、世界中を旅してる。ほら、あんたに似合いの指輪だってあるぜ?欲しくはないかい?」
 男は真っ赤な石のついた指輪を見せた。しかし、アンジェラは肩をすくめた。興味ないわと瞳がからかうように笑う。
「それなら、この護身用ナイフなんかきれいだぜ?どうだい、欲しいだろ?」
「欲しくないわ。私はそんな安っぽいナイフのために自分を売るようなことはしないわよ!」
 いきりたったようにアンジェラはもらった酒を男にぶちまけた。男がものすごい形相で睨むのもかまわず、アンジェラはふいっとそっぽを向くと、失せなさい、と冷たく言い放った。
「この、アマ・・!女王様気取りやがって!!!」
 男は持っていたナイフを振りかざして、アンジェラに向かって振り下ろした!!アンジェラはうっとうしそうに、杖をバトンのようにくるくるっと振り回してナイフを振り落とす準備をしていた。が。その必要がなくなったことを瞬時に悟って、杖は邪魔にならないように後に引いた。
 きぃん!
 金属同士が重なって初めて響く耳をつんざくような音!
 可哀想なくらい小さなナイフが、洗練された騎士にのみ触れることの出来るブレイブブレードにその動きを止められていた。
「たかがこんな女に刃を向けるなんて、てめぇもばかげた男だなぁ・・・」
「・・んだてめぇ・・」
 男は歯ぎしりさせながら、横入りした男を睨み付けた。
 ブレイブブレードで止めていたナイフを振り落とすために、デュランはふんっと力を入れて剣を振り上げた。男はうわっと悲鳴を上げると、ナイフを落としてしまう。
 その様子を見て、アンジェラが満足そうな微笑みを浮かべた。ホークアイもやるねえ、とばかりに拍手を送っている。
「でも、こんな奴でも女は女だ。女に喧嘩を売るなんて胸くそ悪い。その喧嘩、俺が買ってやる」
「こ、困りますお客さん!!」
 マスターが慌てて止めに入った。デュランはマスターにわかってる、とすまなそうに笑うと、表にでるぞ、とデュランは男に言い放った。男はおとなしく頷いたが、アンジェラに再び近づくとアンジェラをのぞき込み、いやらしく笑った。
「俺が勝ったら、あんたは俺に何をしてくれる?」
 アンジェラは怒りを隠さず男を睨み付けたが、その横でホークアイが笑ってこういった。
「それなら、キスでもくれてやるよな。アンジェラ」
 この言葉にアンジェラはもとより、男もデュランですらびっくりした表情をした。が、アンジェラが気丈にも理性を取り戻すのが一番早かった。笑いながら、その話に乗る。
「ええ、いいわ。デュランが負けるわけないもの」
 男が馬鹿にされていると思い、アンジェラを睨み付けるとこういった。
「ただの仲間がか!?」
 アンジェラは見下すような瞳を男に向けると、いいえ?と笑いながら答える。そして、デュランがさっきまで飲んでいたグラスを掲げると、一気に飲み干した。
「私の男よ。負けるわけない」
 二人の男は表に出ていった。野次馬達がそれに付き添うように店を出ていったが、アンジェラもホークアイもそれにはついていかなかった。ホークアイは行ってみてやることもできたが、アンジェラにはそれができないようだった。可哀想に思って、なんとなく側にいてやることにした。
 しばらくして、アンジェラがホークアイに泣きじゃくりながら尋ねた。
「どうして何も聞いてこないの??知っていたの?・・まさか。デュランも知っていたの?」

 外で大きな歓声が上がると、ぞろぞろと観客達が店に戻ってきた。アンジェラはそれでも、心配な表情で店のドアを見つめていた。
 やっと、傷一つないデュランを見つけると、アンジェラはほっと息をついた。と、ホークアイに背中をとん、と押される。
「?」
 アンジェラが不思議そうにホークアイを見つめると、ホークアイが笑いながらこういう。 「勝利者に、やるものがあっただろ?」
 一気に顔を赤らめながら、アンジェラが反論する。
「で、でもあれは・・」
「せっかくここまで出した勇気を引っ込めてしまうの?勿体ないよ。」
「でもね、ホークアイ・・・・」
「俺達は明日でお別れかも知れないよ?」
「・・・・!」
 急に寂しそうな顔をアンジェラはホークアイに向けた。ホークアイを思わず抱きしめ、そうだったねと呟く。
「おいおい。アンジェラ。相手を間違えてるよ。」
ホークアイは優しくアンジェラの背中を叩くと、腕をほどいてデュランの方に向かせた。
「そとに、いこ。」
 アンジェラがデュランの腕を握って、外に連れ出す。一通り、その約束を聞いていた観客達が二人をはやし立てた。
 空では、ひときわ大きな星の粒が大空を駆け抜けていったところだった・・・。



FIN.


Copyright 1998 BY SAE