遠くの方で水音が聞こえる。静かな森の中にひっそりと獣人たちが住まう、穏やかな村。やわらかな月の光が包み込むように村を照らしている。
その月の光にも負けないほどの煌めきを放つ金髪の女がそっと宿を出た。
穏やかに流れる川辺の橋を渡ると、森の方に歩き出す。女の手には鋭い槍があった。
全身が緊張感にこわばっていたが、とにかく女は前に進んだ。獣人たちがおそってこないように、そっと。
やがて小さな滝壺にたどり着いて、女はようやく息をついた。
裸足になり躊躇なく水に足を浸けて、どんどん進む。落ちてくる水を手にさらすと、その水を顔に当てた。
「気持ちいい・・」
女はやっと吐息のような声を漏らした。月に照らされながら落ちてくるその滝は、不思議な光を放ちながらそこを荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「濡れてしまおうかしら・・?」
女はおどけるようにそういうと、滝の全容をみようとするように天を仰いだ。しかし、滝のてっぺんはここからでは見えないのだった。
「濡れてしまえば、疲れて眠れるかも・・」
美しく光を放つ水の誘惑に酔いしれながら、女がそう思っていると、不意に背後に気配を感じて咄嗟に身構えようとした。が、強い力に捕まれて身動きできなくなってしまう。 女は敵をなんとか自分から手を離させようと暴れて、暴れながらふと、その敵の顔を見て急に怒りだす。それが同じ仲間であるホークアイであることに気づいて。
「なにをするんです!私はてっきり獣人たちかと思って・・・びっくりしましたわ!」
「俺の期待通りだよ。吃驚させたかったんだから」
いつもの調子でおどけながらそういうホークアイを、リース・・そう、ローラントの王女リースは睨みながらその腕を振り払った。
「冗談が過ぎますわ、いつもあなたって。」
リースは再び滝の方に向かい、流れ落ちる水に腕を濡らす。振り向きもせず、リースはホークアイに声をかけた。
「ケヴィンは眠ったんですの?」
「いや、起きたときには部屋にはいなかったよ。」
「なんですって!?」
リースが驚いて水に濡らしていた手を引っ込め、振り返った。普段と同じように平然としているホークアイをみて、信じられないというように眉をひそめる。
「どうしてそんなこと早くいってくださらなかったんです!探しに行きますわよ!」
慌てて滝壺の水から身をはなすと、ざばざばと豪快な音を立てながら歩き出すリース。しかし、ホークアイは静かにリース、と呼ぶと、リースのか細い腕をつかんだ。
「わからないの?ここがどこだか、ケヴィンにとってどういうところか。」
「・・・。」
ここは、この森は月夜の森と呼ばれている。真昼でも、鬱蒼と茂る木々たちによって地上には一筋も光は射さない。その森で、ケヴィンは自分の友達のカールという狼を殺してしまったのだという。彼の運命はそこから崩れだしていったのだ。
「この森のどこかに・・ケヴィン自身が作ったお墓があるはずだ。カールのお墓が・・・。明日にはマナの聖域に乗り込むことだし、そのことを話にケヴィンは行ったはずだ。彼なら、朝には戻ってると思うよ。・・・それより、リース。今は君のことだ。」
リースはリースの腕を掴むホークアイの手に力がこもったのを感じ取って、怪訝そうにホークアイの顔を見つめる。
「私の?」
ホークアイはリースのその邪気のない表情をみて、少し困ったようにため息をついた。
「とりあえずケヴィンをみていないか確認をしようとリースの部屋に行ってみたんだ。でも部屋はもぬけのからで・・・俺が心配しないとでも思ったのかい?明日を控えて、君がいなくなるなんて、さ」
「・・・!」
さすがにそれを聞いて、リースは申し訳なさそうな顔をした。自分勝手なことをして迷惑をかけたことを悔やんで、ちょっと唇をかんだ。
「・・・ごめんなさい・・」
「まあ、見つけられたからいいんだけどね。」
ホークアイはそうしてようやくリースの腕から手を離すと、にっこり微笑む。
そんなホークアイをみて、リースはもう一度うなだれたように謝った。
「ごめんなさい・・・」
ホークアイは黙って首を振ると、そんなに謝らなくてもいいよ、と優しくそういった。リースは顔を上げて、ホークアイを言い訳するような瞳で見つめると、怖かったんです、と言った。
「え?」
リースがそんな弱気な態度を取るのが珍しくて、思わずホークアイは聞き返してしまった。リースも少しそんな自分に動揺しながらも、後に引き下がれないことを悟ってもう一度はっきりと言った。
「怖かったんです、とても。弟を助けるためだけに、ずっと頑張ってきたのに、いざ、決戦前に怖がるなんて・・・アマゾネスとして失格ですわね・・・」
そうして、リースはぽっかりと浮かぶ月を見上げて、ため息をつく。
「エリオットは今も怖い思いをして待っているはずなのに・・・助けなくちゃならない私がこんな思いを抱えてるなんて知ったら、弟は・・・」
ホークアイはただ黙ってリースの話を聞いていた。一瞬、彼女を抱きしめてあげたい、なんとか昨日までの勇敢なリースを取り戻させたい、と思ったが、できなかった。
月の光を浴びるリースはあまりに神聖で、あまりに荘厳で。
手を出してはいけないような、そんな気がホークアイの頭を支配していた。
「私は今、ただの女に墜ちてしまったんだわ・・」
まるでそのことを恥じるように目を閉じた。ホークアイはおだやかな表情でリースに近づくと、リースの手を取り、両手で包み込むように握った。
「どうして、女に墜ちるなんていうんだい?女性は女であることを誇りに思わないのかい?」
「弱くて、儚いだけの女なんて、本当の女なら誰も憧れはしませんわ。守りたいものがあるから、女は洗練された強さが欲しいの。弱かったら、女は泣くだけの生き物になってしまうわ・・」
沈黙が二人を支配した。滝の落ちる音がさらに大きくなったような気がした。
ホークアイがでも、と口を開いた。
「男だって守りたいもののために強くなる。俺はこう思うよ。男は肉体的に強くなることを、女は精神的に強くなることを求められてるんじゃないかって。」
「女が・・・腕を上げてはいけないと、そういうのですか?」
リースが幾分憤慨したように、ホークアイにそういった。ホークアイはゆっくり頭を横に降ると、そうはいわないよと言う。
「限度があるだろ、それでもさ。もともと女性は戦うようには生まれてない。でもなぜリースがそこまで強くなれた理由はわかるかい?君は精神力で強くなってきたんだ。弟のエリオットを助けるためだけを心の支えにしてね。」
ぴく、と反応するようにリースの手が震えた。
「さっきリースは弱いと泣くだけの女になるってそういったね?」
「ええ。」
リースは頷くと、ホークアイの顔を見上げた。月の光を浴びて、ホークアイの顔は明るく照らされている。
「泣くことは弱者がすることとは限らないよ?強くても臆病を心に持っている人だって、泣くことはできない。人に涙を見せるのが、怖いんだ。俺は・・リース、君がそうなんじゃないかって時々思うことがあるよ・・・」
驚いたようにリースが身を引いた。ホークアイから逃げようとするように、握られた手を離させようと腕を振り払った。動揺を隠しきれない顔で後ずさりすると、水を蹴立ててホークアイから離れる方向に走り出す。
ホークアイもそれを黙って放ってはおかなかった。逃げるリースを追いかけ、振り払われた腕をもう一度その手に取り戻すと、ぐいっと力ずくで彼女をその胸に引き寄せ抱きしめた。
「泣くんだ、リース。泣くことは弱いことじゃない!」
「やめて、やめて!」
激しくホークアイから逃れようと抵抗するリースだったが、それ以上の力でホークアイは抱きしめ続けた。
「人に涙を見せる勇気が君には必要なんだ!」
「お願い、離して!私を、弱くさせないで・・・!」
「君は強い。でも、その強さに心が取り残されていることに気づかないと、君は壊れてしまうよ・・・!」
激しく抵抗していたリースもやがて疲れ果て、体をホークアイにもたげた。そして、体をふるわせながら、涙を一つ、また一つとこぼしていく。
「ずっと、泣きたかったんです・・」
リースがこぼれる涙をそのままにそうつぶやいた。
「でも、泣けなかったの、どうしても・・。強くなった私が泣くのをどうしても許せなかった・・・泣いてる場合じゃないって、いつもそう思ってた・・・」
「でも、つらかっただろ?強さを演じることはさ」
ホークアイは抵抗しなくなったリースの体を優しく抱き留めていた。
「辛かった・・強くなりたいことを願い続けるのは辛かった・・!」
悲鳴のようなリースの言葉。それを聞いて、ホークアイはほっとしたように息をついた。そして、満足そうに頷くと、リースの肩をなでた。
「いい子だ。リース。君は今、人の前で素直になる強さを身につけたんだよ・・」
FIN.
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