故郷の人



「アンジェラ王女!貴方には今抹殺指令が下されています!」

 アルテナの魔導士達のそう叫んだ言葉が、アンジェラの頭を警鐘のようにかき鳴らした。
 どうしようもない絶望感。
 母は・・・アルテナの女王は魔法が使えるようになった娘さえ、王女と認めてはくれないのだろうか?では、どうすれば、自分は母の元に帰ることができるのか。
 アンジェラはこの上なく途方に暮れていた。この先に目指すものも、自分が目指している本当のそれとは違うような気がして。
「どうして?どうして紅蓮の魔導士ではよくて、私では駄目なの・・・」
 アンジェラは肩をふるわせると、被った布団の中で泣き出した。
 外では、きれいな満月が部屋に光を注いでくれていたが、今のアンジェラにはその光さえ届かないのだった。

 翌朝、アンジェラが鏡の前でうんざりとため息をついた。
 昨夜泣き濡れた所為で目が腫れていた。しかし、冒険を止めるわけにも行かず、アンジェラはもう一度ため息をつくと、髪の毛を梳かしはじめた。
 冒険とはこと女にしてみれば苦労の連続である。しかも、王女の身分でこの冒険にいち早く適応できたのは、してみれば日頃のホセの授業と躾のおかげかもしれない。いや、突き詰めれば、魔法が使えない所為で、王女の割にあまりその世話を他のものに頼んだりできなかったアンジェラの引け目にもそれはこの冒険でいいように働いたといえる。
 ともかく、冒険は止めるわけにも行かず、アンジェラは宿屋の個室を出ると、道具袋を提げて宿屋の主人に仲間がどうしたのかを尋ねることにした。
「ああ、お二人の男の方ですね」
 にこりとさわやかに笑うと、主人は宿帳を見せながらこういった。
「この通り、サインもいただいております。お二人は小一時間前に出られたようですな。」
 アンジェラは重たい目で微笑むと、ありがとう、と応えた。
「何かとおつらいでしょうが、いつかいいことはあります。今はそれだけを信じて進むことですよ、お嬢さん」
 アンジェラは主人の言葉を聞いて泣きそうになった。
 本当に?本当にそうだろうか?たった一人の肉親にも見放されたつまらない存在である自分が?
 まるでとぐろを巻くように渦巻く不安を何とか隠して。主人にはええ、と明るく返事をして。アンジェラは宿を出た。
 日差しはいつにもましてまぶしい。自由都市マイアは、いつもの活気に湧いていた。黄金街道で足止めを食っている商人達がここで商売をすることにして、道端はさながらフリーマーケットのような賑わいを見せていた。
 仲間達を探すことすら面倒で、アンジェラはその即席のフリーマーケットを楽しむことにした。すこし、買い物でもする気持ちで気分が晴れたらいいという願いも込めて。
 商人達はあの商業都市バイゼルで商売をしようと集まっただけに、珍しい商品を自慢げに並べそろえていた。地方の珍しい花や、果物や、薬草。香料や、お茶に、アクセサリー。そういうものに目を奪われ、時にはしゃぎ、商人からその品物にまつわる話に耳を傾ける。そうすることで、アンジェラは少しずつ元気を取り戻していた。
「あら!これってアルテナの香水ね!」
 ふと目にとめると、目の前は香水のお店。いろいろな光を放つ小瓶に色鮮やかな香水が詰められている。その一つを手にとってアンジェラは顔をほころばせた。
「おや、よく知ってるねえ。ああ、あんた。アルテナの子だね。あの雄大なウィンテッド大陸の娘だね?」
 アンジェラは目を丸くしてその香水売りの商人、よくみるとそれは派手な生地で飾り立てた老婆であった、を見つめた。
「そうだろ?」
「え・・ええ。そう、でも。どうして・・?」
「あんたの、その白い肌。それだけで証拠は十分さ。もっていきな、同郷のよしみで譲ってあげるから。」
 微笑みながら、老婆はそういう。が、アンジェラは慌てて、それを返そうとした。
「ええ?でも悪いわ、買いたいけど。私今お金持ってないの・・。仲間に渡してあるのよ・・。」
「だから譲るって言ったじゃないか。いいんだよ、これはただの私の罪滅ぼしなんだから。」
「罪滅ぼし?」
 アンジェラはますます怪訝な表情で言葉を返す。老婆はゆっくりと頷くと、私はアルテナから逃げてしまったからね、と寂しそうに言う。
「アルテナの人口が減ってるのは知ってるだろ?寒さが厳しくなって、女王様の結界も唯一の港町、雪の町エルランドには届かなくなって。人々はアルテナから逃げ出し始めた・・。女王様の今までの恩恵を忘れてね。」
「・・。」
 アンジェラがおとなしく真面目に話を聞いていてくれていることに気づいて、老婆は嬉しそうに微笑むと、話を続けた。
「女王様はそりゃあ、きれいでお美しくて、力がおありだ。そのお力を今まで私たちに惜しみなく使ってきたんだ。少しくらい息切れもするさね。それを、私たちはこらえきれずあの氷の大陸にあっさりと別れを告げたのさ。」
 ふう、と悔しげに老婆は吐息をついた。しかし、老婆はもう一度目に生気を取り戻して、こう続けた。
「でも、私はいつかあの国に戻るよ。だって・・・あの国にはまだ未開の力もあるんだ。・・アンジェラ王女がね。」
 びく、と体をふるわせた。まさか自分の名が出るとは思わず、そしてなんと言われるかというおそれを抱いて。
 しかし、老婆はそれに気づかず、店の売り物を磨きながら話を続ける。
「あの子は魔法が使えないって言うけど、あの強大な女王様の御子だよ?若い馬鹿たれ達は王女様にくちさがなく言うものもいるけど、私はあの王女様には秘められた力をお持ちだと信じて疑わないね。」
「・・・!」
 それを聞いて、アンジェラは思わず手で顔を覆った。ぼろぼろと涙が流れていくのをこらえきれず、うわずった声で何度も繰り返す。
「ありがとう・・ありがとう・・・」
「おやおや!もしかしておまえさんはお城付きのお偉いさんだったのかい?異国の地で同郷のことが話せるのがよほど嬉しかったんだねえ・・さ、香水はあげるからもうお行き!」
 老婆は香水をアンジェラに握らせると、笑ってアンジェラにそういった。
 アンジェラは鼻を鳴らしながら、涙を拭くと、思いっきり笑った。陽の光を浴びて最高に笑うその少女の顔を見て、老婆は絶句する。
 アルテナ王家独特の翡翠の瞳。
 女王そっくりのとがった耳としなやかに細く長い手足。
 どうしてそれに気づかなかったのか・・・。
「アンジェラ王女様・・・!」
 元気よく走り去っていく彼女をみて、老婆は呻いた。なんと、自分は失礼なことをいっていないか、おそるおそる頭で時を巡らせていた・・。



FIN.


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