それは冬のある日のことだった。
ウィンテッドの大地を覆った雪はきらきらと光を放っていて、デュランはその景色を窓から眺めながら目を細めた。
アルテナ城は魔法陣の力によってその寒さを遮断していたので、内部は過ごしやすい温度だった。城下町ではその気温のため、花すら咲いていた。風にそよぐ花はまるでアルテナの繁栄を願うかのように控えめで、しかし生命力にあふれていた。そして、アルテナにすむ人々も、その花達同様、辛抱強く活力的にその日その日を過ごしていた。
デュランはふと窓際から体を離すと、くるりと振り返った。まだ、音を立てないこの部屋のドアを一瞬見詰めると、落ちつかない表情で頭を振った。彼の多めの髪が乱れる。しかし、彼の心はおそらくその髪の毛以上の乱れようだろう。それは彼の表情から見て取れるものだった。
「俺が焦ったところでどうしようもないか・・」
まるで自分を嘲るようにそういうと、デュランは情けなくもため息を吐いた。いつもの彼らしくない態度だった。
デュランはもう一度窓際に立って、海のように広がる銀世界に再び目を戻した。どこまでも続く白い世界。目が痛くなるほどの光を放っていて、まるでそれは自分達の存在を知らしめるかのようだ。
「強烈な光を放つ存在感か・・まるで、・・」
デュランがそう言いかけたときに、ドアがコンコンと音を立てた。デュランがいつもの俊敏さを取り戻して大股にドアまで歩くと、幾分乱暴にドアを開けた。
アルテナ城の召し使いが吃驚してデュランを見上げた。が、慌てて頭を下げてこう言った。
「お、おめでとうございます!王女様が無事にご出産されました!」
デュランはほっと息をつくと、すぐに穏やかに案内してくれ、と召し使いに頼んだ。召し使いが慌てて返事をし、どうぞ、とデュランを促したのだった。
つい一年前までは。
二人は世界からマナを守るべく共に戦った仲間でしかなかった。それなのに、今では夫婦。そして次代女王の夫として、アルテナ城の一員となった。
「不思議なもんだな」
デュランはふっと息をつく。
ここまで来るのに迷いが全くなかったわけではない。いや、デュランにしてみれば一世一代の決心だったのだ。
「デュラン」
落ち着かない表情でアンジェラがデュランのところにやってきたのを今でも覚えている。いつもなら強引に腕でも取ってはしゃぐアンジェラが、控えめに横に立ったことにデュランは違和感を覚えたくらいだった。
「・・・?どうした?珍しく大人しいじゃないか?」
デュランは思わずそういってしまう。本当に思ったことをつい口にしてしまう素直な性格なのでしょうがないといえばしょうがない。
しかし、アンジェラの方はそんなデュランの台詞にもつっかかってきたりはしないほど、しとやかに笑っていた。
「とーってもいいことがあったから伝えに来たのよ。」
「いいこと?」
デュランはそんな態度のアンジェラがまだ違和感で、訝しげにアンジェラを見つめていると、アンジェラが不機嫌になる。
「なによ、その顔。聞きたくないの?せっかく来たんだからもうちょっと歓迎してくれたっていいのに。」
「お前は毎度毎度フォルセナに来るから歓迎する気も失せるんだよ」
デュランがアンジェラから離れるように歩き出すと、アンジェラがひっどーい!と喚いた。
「さっさと言わないと仕事に戻るからな!毎回毎回お前につきあってたら騎士の称号すらなくなっちまう!」
デュランがその言葉を投げつけたのに対して、アンジェラの言葉はなかった。デュランが不思議に思って振り返ると、なんとアンジェラはきびすを返して帰っていたのだ。
これにはデュランも驚いた。というか、調子が狂った。いつもなら、しつこくつきまとってくるのに、こんなにもあきらめの早いアンジェラを見たのは初めてだった。こうなると、まるで自分がとてつもなく悪いことをしたような罪悪感に苛まれてしまう。
「ま、待てよ。アンジェラ。」
まるで雰囲気に圧されるようにデュランはアンジェラを追った。横に並んで、どうしたんだよ、と声をかける。
「いつもお邪魔して悪かったわね。今後もう私デュランの邪魔しないから、安心して」
「!?おいおい、なんでそんなに今日は機嫌が悪いんだ?」
デュランは慌ててアンジェラの不機嫌な理由を聞こうとする。しかし、アンジェラはつんと目を前に向けたまま、デュランの顔を見ようともしない。
「アンジェラ・・」
「もういい!もう嫌い!ついてこないで!!」
アンジェラは怒った目をデュランに向けてそう言うと、デュランから一刻も早く離れたいと言わんばかりに足早に歩き出した。
デュランは呆然とそんなアンジェラを見送るしかなかったのだ。
その夜。アンジェラはフォルセナの宿で一泊していた。いくら何でも来てすぐに帰るのは今のアンジェラには体に負担がかかりすぎるのだった。しかし、アンジェラは宿をとったものの眠れずに、星を見ようと外に出た。
「やっぱり、星はアルテナの方がきれいだわ」
星を見上げながら、アンジェラはそうこぼした。そう言ってから、ふと涙が頬を伝ったのを覚えてアンジェラは強気にごしごしっと腕で拭いた。それから、アンジェラはまだ膨らんでもいないお腹に手を当てるとこう言った。
「平気。お母様も、きっとそうだった。この子は・・私が守る。」
「・・・アンジェラ・・・?」
唐突な男の声にアンジェラは悲鳴を上げそうになった。しかし、すぐにその声がデュランだと言うことに気づいて、アンジェラはじりっと後ずさりした。
「や、やだ・・何でこんなところに?」
「夜の城下町の警備も俺らの仕事なんだよ・・じゃなくて、今お前・・!」
デュランが近づくにつれ、アンジェラはじりじりと後ずさる。
「子供って・・?」
「い、いやぁね。聞き間違いでしょ?」
「なんで、じゃあそんなに俺から離れようとする?アンジェラ」
デュランがそういうと、アンジェラは一瞬言葉が詰まったように顔をしかめたが。すぐにデュランを睨み付けた。
「嫌いと、昼間に言ったでしょう?近づかないで欲しいのよ」
「何で急に?」
「女心は移ろいやすいものなのよ」
精一杯の目つきの悪さでそういうアンジェラに、デュランはやっと合点がいったように頷いた。アンジェラの方に遠慮なく近づく。
「や、やだってば!来ないでよ!」
とうとうデュランはアンジェラの目の前に立つと、今度はデュランがアンジェラを睨み付けた。
「アンジェラ」
「な、なによ・・」
「お前はどうしてそう裏を読み過ぎるんだ・・」
「なんのことよっ」
「俺が騎士であることと子供を天秤にかけたな?」
「・・・う・・」
アンジェラは思わずうつむいた。デュランはアンジェラを見てふう、と息をついた。
「子供がいるのか?本当に?」
アンジェラは頷いた。
「本当は嬉しくてここまで来たのよ。でも、私ここに来てからデュランがこの国では黄金の騎士だってことを思い出したの。フォルセナにとってデュランは欠くことの出来ない秀逸な騎士・・」
「だから、俺に伝えるのを止めたのか」
「だって、デュランは騎士であることが何よりの誇りだって言ってた。私はその誇りを崩してしまうわ・・。デュランを、アルテナに縛ることになるわ!それじゃぁ・・デュランは嫌でしょう?」
アンジェラはデュランを見つめてそういった。デュランもアンジェラの意志の強い瞳を見詰めていた。どこまでも深い翡翠のような瞳を。
「だからって、アンジェラ、お前が一人で背負い込むことはないだろう。その子は俺の責任でもあるんだから・・・。それに騎士のことも、決定を下すのは俺自身の問題だ。」
アンジェラは俯いて、ごめんなさい、と謝った。
「アンジェラ」
デュランはアンジェラを優しく抱きしめた。アンジェラも大人しくその腕に抱かれた。
こんなにも自分のことを考えてくれる女がいるだろうか。否。
抱きしめながら、デュランはその時に決心したのだ。フォルセナの騎士を捨てることを。騎士の名を捨て、この女だけの騎士になることを。
召し使いがアンジェラの部屋のドアを開いた。
豪奢なベッドに、驚くほど小さく見えるアンジェラがこちらを見て笑った。元気そうな顔を見て、デュランが再び安堵の息をつく。
「アンジェラ、平気か?」
疲れが残る表情でアンジェラはうっすらと笑った。
「うん、平気。疲れちゃったけどね」
デュランはそれを聞いて頷く。すぐにきょろきょろと見回して、アンジェラに笑われる。
「赤ちゃん?今身体を洗ってるらしいわ。すぐに来るわよ。」
「そ、そうか。で、どっちなんだ?」
「どっちだと思う?」
にっとアンジェラが笑ってそういうので、デュランは苦笑いした。
「嫌な奴だな。お前は」
「お待たせしました」
隣の部屋から召し使いが毛布にくるんだ赤ん坊をアンジェラに抱かせた。
「女の子ですよ。デュラン様。」
「うっへぇ。アンジェラ2号かよ〜・・」
先が思いやられる、とばかりにデュランが目を回す。デュランのそんな様子を見たアンジェラが、赤ん坊をぎこちなく抱きながら怒る。
「まっ、男の子だったらデュラン2号じゃないのよっ!」
「次は2号頑張ってくれよ」
デュランがにっと笑いながらそういうと、アンジェラが今度は目を回した。
「やめてよ〜・・今お産したばっかりで次のこと考えたくないよ!」
召し使い達は口の多い両親達に挟まれてもすやすやと眠る女の子を見て、くすくすと笑っていた。
新しきアルテナ王家の末裔の名はエテュナと名づけられた。
Fin.
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