追憶の夢



 打ち捨てられたように少女は街道に横たわっていた。
 魔物たちが少女を一瞥して何度かその場を通り過ぎていく。どの魔物も何故か少女にちょっかいを出さなかった。
 興味を示さなかったと言えば嘘になる。実際、その少女から発せられる波動はとても無視できるものではなかった。しかし。
 だからこそ魔物たちは少女とかかわることを恐れた。少女は彼らとは別の波動を持っていた。いや、この世界全体とは違う波動を放っていた。魔物たちは本能的にその波動の強さを感じ取っていた。だから、魔物たちは我関せずという態度を取ることが彼らにとって良策だと感じたのだった。おかげで少女が危険にさらされることはなかった。
 しかし、そのまま放置されているのも問題があった。魔物より恐ろしいのは人間の悪巧みに利用されることなのだ。薄汚れていたが、まだ少女はうら若き乙女。その少女が何かの悪巧みに利用されないとも限らなかった。
 一人の少年がその少女の前に立ち止まった。マナの女神のお導きか、その少年は実に誠実そうな少年だった。
 その少年は奇妙な表情で少女に近づいて声をかけた。少女は一向に変化がみられない。少年は腰をおろして少女の顔を見ようとした。少女の黄金色に光る髪の毛は、少女の顔を覆っていたからだ。
 少女の髪の毛をゆっくりずらして、少年は驚きに目を見開いた。少女は、彼がもう会えないと思っていた、彼唯一の恋人だった。
「べ・・ヴェルーニャ!?」
 そう叫んだ少年こそは、この世界の英雄リューシスだった。リューシスは信じられないとでも言うように瞳を瞬かせると、嬉しさに頬を高潮させて微笑んだ。ヴェルーニャを抱え、その小さな体に腕をまわした。細くて柔らかな感触。薄汚れてはいたが、まぎれもない彼だけのお姫様。
「一体・・一体何が・・?」
 声をかけても、ヴェルーニャは目を覚まさない。固く閉じた瞼は開かない。
 よく見てみると、ヴェルーニャはどこまでも奇妙だった。いつもいくつかに束ねている髪の毛は全て解かれ、ゆったりと波打っていた。しかし、その髪の毛にはなにか粉塵か灰のようなものがあちこちについている。
 灰のようなものがついているのは髪の毛だけではない。頬はまるで煤けたように汚れていたし、服も同様だった。露出している部分を確認し、怪我こそはないものの、やはり汚れている。
「とにかくうちに連れて帰ろう・・」
 ヴェルーニャを問いただしたい気持ちをこらえて、リューシスはそう判断した。ヴェルーニャを腕に抱え、リューシスは来た道を戻り始めた・・。

「うっ・・うわああっ!?」
 バドが二階のヴェルーニャの部屋でそう叫んだとき、コロナは台所で朝食を作っているところだった。バドの叫び声にコロナはいぶかしげな表情をしながらも、火の傍を簡単に離れることはできず、二階のバドに向かってコロナは叫んだ。
「何してるのよっ!早くヴェルーニャを起こしてきてよっ!!」
「い、いないんだよぉ!!」
 バドが転がるように階段を下りてくる音が聞こえてくる。やれやれ、とコロナはうんざりした表情でかまどの火を消すことにした。薪はまだ十分残っていたが、あの調子のバドに火を放置する危険性など理解してくれそうもない。
「ごめんね。無駄にしちゃって」
 コロナはそう詫びて、薪に水をかけた。火はじゅっという音を立てて消えてしまう。
 バケツで水をかけたところに、バドが台所に駆け込んできた。息を切らして、コロナを見つけるや否やコロナの腕を掴むと、再び二階への階段を駆け上がる。コロナの思った通りだった。
 コロナはバドに引っ張られるまま二階に上がって、それからヴェルーニャの部屋を見ると眼を見開いた。それはまるで火事か爆発の後のような惨状だった。
ありとあらゆるものが煤け、焦げたように黒く変色していて、とくにヴェルーニャのベッドはひどかった。ベッドの足は折れ、寝台はひしゃげている。みすぼらしく傾いた異様なベッドは気味悪く佇んでいた。
「・・」
 バドもコロナも言葉が出なかった。
 一体何が起こったのか全く分からない。想像もできない。一体誰がこんなことを?
・・・それにヴェルーニャは??
 静けさの中から、だ、だいばくはつ・・と言う密かな声を聞いて、コロナとバドは顔を見合わせた。そうだ、この部屋にはもう一人住人がいたのを思い出したのだった。
「さ、サボテンくん?どこ??」
 コロナがおっかなびっくりにそう訊いてみる。煤けた部屋の隅のほうで、かたんと音がする。黒く変色した植木鉢がようやくみつかる。
「うわっ、そんなとこにいたのか?完璧に同化してたなあ」
 バドが感心したようにサボテンに近寄る。感心してる場合なの?、とも言いたげな表情でコロナもバドに続いた。
 バドがそっと植木鉢の上に重なっている物をどけてやると、ぷはっというサボテンの声が聞こえた。サボテンはバドとコロナを交互に見つめると、ぺこりとお辞儀した。
「たすかった。ヴェルーニャもたすかった?」
 コロナとバドは悲しそうな瞳で首を横に振った。それから、ふたりしてヴェルーニャがいたはずのベッドに目を向ける。
「ヴェルーニャ、いない?あのときからずっと?」
「あのとき?あのときって、この部屋が黒くなっちゃうようなことがあったときのことを言ってるの??いったい、何があったの?」
 コロナがサボテンに詰め寄ると、一気にそう言った。サボテンはびっくりして後ずさりする。
「ばーか。コロナ、そんなに焦ったってしょうがないだろ。」
「だって。ヴェルーニャ、また何か巻き込まれちゃったんだよ!ひどいじゃない!せっかくもう平和に暮らせていけるって思ってたのに!」
 コロナが悔しそうにバドに怒鳴り散らす。バドはうるさそうに手を振ると、コロナに言い返した。
「しょうがないよ。ヴェルーニャはそういう運命を背負ってるんだよ。」
「わかったようなこと言わないで!」
「コロナこそ、分かってるくせにそんなこというなよ。」
 バドはそう言ってからため息をついた。それから、改めてサボテンに向き直ると、もう一度問いただしてみる。
「なあ、サボテン。ヴェルーニャと君には一体何が起こったのか、教えてくれない?」
 サボテンはもじもじしながら二人を見上げると、こくりと頷いて見せた。
「部屋が、暗くなった。ヴェルーニャは寝てた。寝言も聞いた。りゅーしす、って言った」
 バドが不機嫌そうな顔になる。コロナはバドをなだめるような瞳で見つめてから、それから?とサボテンを促した。
「それから、光が来た。ぼくとヴェルーニャの身体から来た。光は風をよんで、ヴェルーニャを包んだ。風は火をよんで、部屋をちりちりにした。火は水をよんで、ちりちりにする火を消した。水は固くなって石になって、ヴェルーニャの手に入った。石は黄色くなって、それから生まれた闇にヴェルーニャは吸い込まれた」
 コロナは呆然としてその話を聞いていたが、バドは途中から手近にあった紙に書き留めた。それから、バドはふうん、と頷く。
「何が、ふうんなのよ。何か、分かったの?」
 コロナはバドを見つめながら不満そうにそう言ったが、バドはへへん、と鼻をこすって見せると、当然と胸を張ってみせた。
「当然?!」
「そうさ、書いてみれば結構種明かしは簡単さ。」
 バドの書いた紙を覗き込んでみると、そこにはみみずがのたくったようなような文字が羅列している。
「読めないよ・・バド。説明して」
 うんざりとしながらもコロナがそういうと、意気揚揚とバドが胸を叩いた。
「オーライ!大魔法使いバド様の解説をようく聞いておくんだぞぉ!」
 いつもコロナに負けてばかりのバドは勢いづいてそう言った。コロナはヴェルーニャのことが心配なので、そんなことには気を止めず、ちょこんと床に正座をしてバドの解説を待った。
「まず、並べれば、だ。光、風、火、水、固くなった石、黄色くなった石、そこに生まれた闇・・」
 ふんふん、とコロナはおとなしく頷く。そんなコロナを見て、バドは得意そうに頷いた。
「固くなった石、っていうのはすなわち土の象徴。黄色くなった石、っていうのは黄金、つまり金の象徴、それから闇。置き換えると、マナを形成する光、風、火、水、土、金、闇、の7元素が出てくるわけ。」
「え?マナの元素って8つよ。」
 コロナに指摘されて、バドは目をきょとんと瞬かせた。
「あ。あれ?そうだっけ・・?」
「もおう・・当てにならないったら・・。って、待って。残り1元素って植物じゃ・・」
 コロナとバドが同時にサボテンを見つめた。
「これか・・」
「で?元素がそろったことで誰が何のためにこんなことをして、ヴェルーニャがどこに行ったのかってのがわかるわけ?」
 コロナはバドにそう訊いてみる。答えはコロナの想像通りだった。
「え?だから、俺が分かるのはそこまでですごいと思わない?」
 コロナはむんずとバドの襟を掴むと、ぐいぐいと引っ張った。
「そんなんじゃ何もわかんないのと同じじゃないのよっ!!」
「だぁめぇ〜けんかはだめ〜」
 サボテンに諭されて、コロナは肩をすくめるとバドから手を離した。バドがげほげほとわざとらしく咳き込む。
「一体何が起こったのかしら・・8元素が突然この部屋にそろうだけの条件って・・なんだと思う?バド?」
「そりゃ、リューシスだろ。」
 事も無げに、バドはそう言った。表情はいたって不服そうではあったが。
「どうして?リューシスがヴェルーニャを呼び寄せたってこと??マナの8元素を使って??どうしてリューシスにそんなことができるって言うのよ?」
「できるさ」
「できるよ」
 サボテンも同意して、二人は可能性を否定しようともしなかった。
 コロナにはまだ一人理解に苦しんでいたが、バドはサボテンに向き直って、なぁ、と笑ってみせた。それから、コロナに向き直るとぞんざいな調子でこう言った。
「コロナ、彼らのイメージが重なったんだ。彼らはマナの女神が名指した英雄達なんだぜ?なんだってできるさ。」

 リューシスは台所でお粥を作っていた。
 家に戻ったらヴェルーニャを清潔な布で拭いてやり、汚れた上着は脱がせた。洗濯した服を着せてベッドに寝かせた。その間、彼女は少しも目を覚まさなかった。
(よほど酷いこと目にあったのかなぁ・・)
 心配していると鍋が噴きそうになったので、リューシスは慌てて鍋をかまどから避けた。甘い木の実を混ぜて炊いているのでいいにおいが立ち込める。リューシスは一口味見をしてから頷くと、くるりとその鍋をダイニングに持っていこうとしてびっくりした。
 そこには黄金色の髪を垂らした彼女、ヴェルーニャが立ち尽くしていたからだ。
「あ、起きたんだね。じゃあそこの椅子に座って。お腹空いてるんだろ?」
 リューシスがそういうと、ヴェルーニャは頷いて椅子に腰掛けた。器に粥をついでやり、ヴェルーニャの目の前に置く。スプーンを添えて。
 ヴェルーニャは黙々と粥を食べた。おいしいとも言わない。そればかりか、そういう態度も見せない。
 リューシスは疲れているのだろう、と深くは考えなかったが、粥を食べ終えたヴェルーニャがようやく声に出したのは、ご馳走様という言葉と、リューシスには理解し難い言葉だった。
「あなたが私を知っているのなら・・教えて欲しいの。私は・・どうしてここにいるの?あなたは・・だれなの?」






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