・・・思い出して。
・・・あの人を、そして自分を・・。

 ヴェルーニャが目を覚ますと、二人の子供がヴェルーニャを覗き込んでいた。ヴェルーニャはきょとんとしながらも、おそるおそる声を上げてみる。
「・・?おはよう??」
「うわぁ、キレイな声ね」
 少女の方がにっこり微笑んでそう言った。少年の方はびっくりした目でヴェルーニャを見つめている。
「おまけに美人だなぁ。リューシスは面食いだったのか」
「おいおい、起こしてくれって言ったけど、何て起こし方をしてるんだよ。バド、コロナ」
 階段を上がってきたリューシスが困った顔で笑いながらそう言った。ヴェルーニャはリューシスをみて、もう一度、おはよう、と言った。
 昨日はいろんな話をしているだけで時間が過ぎてしまって、結局何も手付かずの状態で夜が更けたのだった。昨日から始まった記憶を探りながら、ヴェルーニャはほっと胸を撫で下ろす。
 そんなヴェルーニャに、リューシスはにこやかにこう言った。
「おはよう、ヴェルーニャ。朝ご飯を食べたら街道の方に行ってみようか。君が倒れていた場所に何か記憶に関するものがあるかもしれないと思うんだけど」
 バドとコロナにじゃれつかれながら、リューシスは穏やかな声でそう言った。ヴェルーニャはそんなリューシスをほほえましく感じながら、頷いた。
「ええ、そうするわ」
「リューシス。せっかく私達もいるんだから、連れて行ってくれるわよね?」
「そうだよ。冒険連れて行ってくれるって、前から約束してたもんな!」
 バドとコロナにせがまれて、リューシスは苦笑いしながらもうんと頷いた。
「しょうがないなあ。昨日は勝手にドミナの友達のところに遊びに行っておいてさ」
 そんなことを言いながらも、リューシスの顔は少しも邪魔そうな表情はしていない。むしろ、じゃれついてくる子供達を大事にしている様子だ。
・・優しい人。
 ヴェルーニャはそう思う。
 自分を知る唯一の人の事を、自分からは何も知らない。なんて失礼な、なんて薄情な話だろう?
 ヴェルーニャはそう思うと落ち込まずにいられなくなる。しょげて、どうしようもなくなったヴェルーニャに気付いて、あっとリューシスが声を上げた。
「ごめんごめん。着替えるよね。僕はもう下に降りとくよ。バド、コロナ。君達もおいで」
「はぁい。ヴェルーニャ、下に早く降りて来てね!」
「そうそう、飯がさめちまうからな!」
 バドとコロナも下の階に降りていった。
 一人、部屋に残されてヴェルーニャはようやくベッドから足を出した。寝巻きから服に着替え、髪の毛を梳く。いくつかに髪を分けて、昨日リューシスにもらった飾り輪でまとめた。
「べるーにゃ、おはよう。」
 あらぬ方向から急に挨拶されて、ヴェルーニャはびくりと肩を揺らす。よくみてみると、鉢植えにちょこんと納まっているサボテンがにこっと微笑んでいるのに気付いた。
「あ、サボテンちゃん。おはよう」
「ねえねえ、べるーにゃ。くさびとちゃんと、はなした?」
「草人?」
 ヴェルーニャは首をかしげる。記憶に思い当たらない。
「そう、はなしてみてね。べるーにゃのせかいと、つながってるかもしれないから」
「私の世界と??」
 昨日、リューシスから自分が別の世界の人間だと言うことは聞いた。その世界と繋ぎを草人がしているのだろうか?
「ありがと、サボテンちゃん」
・・リューシスに話さなくては。
 ヴェルーニャはそう思って、下の階に降りていった。
「はやく・・いへんにきづいて」
 サボテンが心なしかおびえた声でそう呟いた。

 一方、ヴェルーニャの世界。
 マイホームでは、コロナとバドがまず瑠璃と真珠に相談をもちかけていた。
「お姉さまが・・ここで・・」
 呆然として真珠はヴェルーニャの部屋を眺めていた。無理も無い。部屋はヴェルーニャが消えてしまったときのままの状態にしている。つまり、まるで爆発か火災が起こった後のような状態なのだ。片付けようにも片付けようが無いというのが、バドとコロナの正直なところだ。
「ねえ、瑠璃。俺達どうしたらいいんだろ?」
 すっかり意気消沈しっぱなしのコロナに変わって、バドが瑠璃にこう尋ねていた。いつもはマイペースな態度の瑠璃も、こんな有様を見せられてはさすがに放っておくことはできないと考えたらしく、思案顔を見せる。
 不安そうに部屋を見つめていた真珠がふと瑠璃に振り返ってこう言った。
「瑠璃君・・私も何かできないかな・・お姉さまが・・」
「分かってる。お前は何も心配しなくていい。」
 瑠璃は思案顔を真珠に向けることなく、そっけなくそういった。そっけないものの、台詞には瑠璃なりの優しさが込められている。
「ヴェルーニャが実際には呼ばれたのか、排除されたのか、そこが問題、か・・」
 瑠璃が呟くようにそう言った。
「え?」
 コロナが呆然と声を上げた。
「排除・・なんで・・なんでよ!!ここはヴェルーニャが守った世界なのよっ・・!!」
「コロナ。落ち着けって。瑠璃は俺達とヴェルーニャのために考えてくれるんだぞ!」
 バドが男らしく、コロナをなだめる。それに気付いて、コロナも我に帰ったように黙り込んだ。
 そんなコロナの肩に、真珠が優しく手を当てた。
「で?この状況をみると、いかにも追い出したって感じがするけどな。俺」
 バドは部屋を流し目で見つめてから、そう言うと、瑠璃も同感だな、と頷いて見せた。
「おそらく、こちらの世界で不穏な動きを企む物がいるんだな。そいつは英雄であるヴェルーニャが邪魔になると踏んで、先にヴェルーニャを追い出したんだ。リューシスとの一件を何かで知り、別世界に送り込むことを思いついたんだろう。」
「一体・・誰がそんなことをっ!」
 コロナが憤慨したようにそう言った。
「それが分かれば苦労は無い」
 瑠璃もそればかりは肩をすくめた。悔しそうにコロナが唇をかむ。
 何かを考え込んでうつむいていた真珠が、ようやく意を決したようにこう言った。
「探しましょう。そのお姉さまを排除した誰かを」
 そう言った真珠を驚きもせず瑠璃は見つめ、頷いた。
「真珠がそういうのなら、俺も探そう」
「私だってやるわよ!」
「俺もな!」
 コロナもバドも意気込んでそう言った。
 しかし、今のところ手がかりは皆無に等しい。誰もがそう思っていたが口に出せない状況の中、四人の耳に遠くで悲鳴をあげる声が聞こえてきた。
「いたぁーい!いたいのぉー。いやなのー!!」
 それに気付いた瑠璃が訝しげにバドを見る。
「何だ?何の声だ?」
「草人だよ!うちの前にいる草人の声だ!!」
「何かしら?今までこんなこと無かったのに?」
 コロナも不安そうに窓を開いて庭にいる草人を見つけようとする。家の前では草人が泣きながら、いたいのーを繰り返している。
「まあ、大変。泣いてるわ。」
 真珠もコロナの隣から草人を見つけては、目を丸くする。
「俺、様子を見てくるよ。」
 バドがそういうと、俺も行こう、と瑠璃がそう言った。瑠璃にしては珍しい。真珠以外に関して気にかけることはほとんど無いのだが、何かひっかかるものがあったのかもしれなかった。
 二人は階下に降りてダイニングを抜ける。玄関を開けると、目の前でわぁわぁと泣き続ける草人がいたいのぉ!!とバドに泣きついた。
「ど、どうしたんだよ?」
「いたいのー。遠くで痛いことする人がいるのー!!」
 草人は泣きながらそういうが、瑠璃はいたって淡々と不可解だ、と呟いている。
「遠くで??そういえば草人って一人一人がつながってるとかいうよな?もしかして別のところにいる誰かの痛みを、お前も一緒に感じてると言うことか?」
 バドのその言葉に瑠璃も目を見開いた。
「そうか、別の草人が痛い目に会ってるってことか」
「いたいのぉー!いたいのいやなのぉー!!」
 草人は二人の会話も耳に届かないほど痛いのか、散々泣き続けている。バドも痛々しくて、なんとかしてやれないものかとさすってみたりするが、あまり効果はないようだった。
・・ヴェルーニャがいれば。
 思わずそんなことをバドは思ってしまう。
「一体、何をそう泣いているの?」
 ようやく降りてきた真珠が草人にそう言った。コロナも傍に立っていた。
 草人はまだすんすん、と鼻を鳴らしながらも、ようやく落ち着いたようにこう言った。
「あのね、今向こうの草人が痛い目にあわされてるの。マナの木をね、誰かが傷つけてるの。だから僕も痛かったの。」
 それを聞いた四人は愕然とした。コロナが信じられない、とでも言うように呆然とこう言った。
「・・マナの木を、誰かが傷つけようとしているっていうの・・?!」
「マナの木・・狙いはマナの木か」
 瑠璃が幾分参ったように眉を顰めてそう言った。真珠も言葉にならないほどの驚きを抱えている。
「なんでだよ!マナの木が無くなって困るのは自分達じゃないか!」
 バドが理解しきれない気持ちを噴き出すようにそう言った。しかし、瑠璃は落ち着いた表情でこう切り返した。
「そうとも言い切れん。」
「なんで?」
「もともとは英雄ヴェルーニャが事を成すまでは、マナの木や女神はその存在を忘れ去られていたようなものだ。悪意を抱くものはそのマナの木や女神の存在が目の上のタンコブだったんだろ。」
「じゃあ、今、英雄ヴェルーニャがいないとあっては・・?」
 恐ろしげにバドがそういうと、瑠璃はいつもと変わらないポーカーフェイスで何気なくこう言った。
「マナの木も女神も、救う手立ては無い、ってことだろうな」
「お姉さまをやっぱり取り戻さなくちゃ!」
 真珠が懇願するようにそう言った。コロナもその台詞に頷く。
「そうよ。やっぱりヴェルーニャがいなくちゃ、駄目なのよ。」
「っていってもなぁ・・」
 バドは泣かなくなった草人にぽん、と手を乗せてやりながら空を見上げた。
「ヴェルーニャ、どこいっちまったんだろうなぁ・・」






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