一方、ヴェルーニャは自分の世界に戻ってしまっていた。気がつくと自分の部屋に立っていた。まるで何事も無かったかのように。
そして、失っていたはずの記憶は、自分の世界に戻るとすっかり取り戻していた。混乱しながらも、自分がリューシスの世界に行ったのだということも、覚えていることをもう一度確認した。
ヴェルーニャはようやく頭の中の整理がついてみてから周りを見ると、部屋中が煤けているのを見て、憤慨した悲鳴をあげた。
「なぁに?これはっ!」
その声が、外にいるバドとコロナ、真珠、瑠璃に届いた。バドとコロナがびっくりして外からヴェルーニャの部屋を見上げる。窓枠の中にヴェルーニャの姿を見つけて二人は顔をほころばせた。
「ヴぇ・・ヴェルーニャぁ!!」
二人に呼ばれて、ヴェルーニャが窓から顔を出した。
「あらぁ?真珠姫に瑠璃?なぁにやってんの?」
ヴェルーニャの間抜けな声に、瑠璃がちっと舌打ちした。真珠がホッとしたようににっこり微笑んで手を振った。
「なにやってんのじゃねぇよ!ヴェルーニャ!なんでいなくなったりしてんだよ!!」
「よかったぁ!よかったよぉ!わぁあん!」
悪態をつくバドに泣き出すコロナ。
それぞれの表情にヴェルーニャは微笑みながら、ごめえん!と笑った。
ヴェルーニャは下に下りて、コロナを抱きしめる。コロナはヴェルーニャに抱きつきながらひたすら声を張り上げて泣いていた。
「一体、何があったんだ?」
瑠璃が訝しげにヴェルーニャに問うが、ヴェルーニャも肩をすくめて憤慨したようにこう言った。
「こっちが聞きたいわよ。私はいつのまにか記憶を抜き取られてリューシスの世界に送り込まれていたみたいだし、さ」
「やっぱ、リューシスのところかよ。あいつがなんかしたのかよ?」
バドがやはりとげのある口調でそういうが、ヴェルーニャは首を振る。
「リューシスこそ何もわからないって感じだったのよ。ねえ、それより、私がいない間に誰か私の部屋で花火でもしたわけ?」
「違います、お姉さま。花火じゃなくて、お姉さまがいなくなったときにどうやら爆発が起きたらしくて。」
「というか、お前を転移させるために爆発が起こった、というのが正しいような気がするがな。」
真珠と瑠璃からその話を聞いて、ヴェルーニャは唖然とする。
「え・・だって、今帰ってくるときはずいぶんと自然に帰ってきちゃったのに・・?」
「そういえば・・」
「そうだな。」
真珠と瑠璃が不思議そうに顔を見合わせた。
「やっぱり、ヴェルーニャを追い出した人が無理やりそうしたのよ。だから、余計な力が爆発したんだわ。マナの元素を使うあたり、普通の人じゃなさそうだし・・」
鼻を鳴らしながら、ようやく落ち着いてきたコロナがそう言った。
「そうか、じゃあ、マナの木を食い荒らす奴のせいだな、やっぱ!」
バドが意気込んでそういうと、ヴェルーニャがえ?と首をかしげる。
「バド?それってどういうこと?」
「この草人がそういったんだよ。」
バドが草人と同じ高さになるようにしゃがみこんで、ぽん、と草人の頭に手をやった。ヴェルーニャは、草人を見つめつつ、向こうのサボテンが言っていた台詞を思い出した。
『くさびとちゃんと、はなした?』
「何か、知っているの?あなた。」
ヴェルーニャも一緒にしゃがみこんで、草人にそう尋ねた。草人はヴェルーニャを見上げると、こくんと頷いて見せた。
「マナの木をね、誰かが傷つけてるの。別の草人が、痛い目に会っているのを僕も感じたの・・」
それを聞いて、ヴェルーニャは驚愕した。思わず信じられない思いが、叫び声をあげた。
「マナの木を傷つけているって?一体・・誰が!?」
「あら、英雄さん、戻ってたんだねえ。」
ふと聞きなれない声に、誰もがあたりをうかがった。しかし、この家の敷地からみえる範囲に、自分達以外の者は見当たらない。
「ここだよ、ここ。」
上空から滑空するように竜に乗った女が笑った。
「はじめまして、ヴェルーニャ。私もヴェルーニャっていうんだけど。」
ヴェルーニャを始めとする五人の目が見開く。そういった彼女は確かにヴェルーニャそっくりだった。凶暴そうな竜に跨って、そのヴェルーニャと名乗った女はすいと竜を地に下ろした。
「なぁにアホ面曝してるのさ!人が自己紹介にせっかく現れたっていうのにさ。」
「自己紹介だったらもっとまともなことを言うんだな」
幾分冷静さを失わなかった瑠璃がそう言った。むっとしたように、竜から降りながら女が瑠璃を睨む。
「いけすかない男だね。」
「お前に言われたくない」
「ふんっ」
瑠璃に一瞥くれてやると、ヴェルーニャと名乗った女が、英雄ヴェルーニャの前に進み出た。
「英雄さん、はじめまして。あんたの闇の方のヴェルーニャが私だよ。」
「闇の方、ですって?」
ヴェルーニャは思わず聞き返す。
「そう、マナの女神に光と闇があるようにね。その絶対的な僕である英雄にも光と闇が存在するんだ。闇の方の英雄は光の英雄の心の中に閉ざされて幽閉されてる。つまりここに」
闇のヴェルーニャは英雄ヴェルーニャの胸の辺りを指差してそう言った。
「私はここにいたんだ。女神がそうさせたんだ。」
「じゃ、じゃあ、どうして今そこにいるの?」
ヴェルーニャがもう一人の自分に問いただすと、闇の方はにっと笑った。
「わかんない?あんたがまずい恋をしたからだよ。」
「・・っ!」
ヴェルーニャの顔が一気に蒼白になる。それを見たバドがきっと闇のヴェルーニャと名乗った女を睨み付けたが、女は馬鹿にしたように笑っている。
「まずい恋をして、その背徳の念に押しつぶされながらもそれを捨て切れなかった。だからどんどん膨らんだ闇の心をこいつが拾ってくれたのさ。」
見るからに凶暴そうな竜が一鳴きした。びりびりとその声に体が震えるほど、大きな声で鳴いた。
「竜帝ティアマットよ。覚えてない?」
「ど・・どうして?!」
「そ。あんた倒したはずだったんだけどね。奈落って魂が集うところだからね。所詮死んでも存在しちゃうんだよねぇ。こいつは私を利用してもう一度お天道様の下に出ようとしてたみたいだけどね。逆に私に利用されちゃったわけ。いまや私の乗り物扱いさ。」
「マナの木を・・マナの木を傷つけたって言うのはあなた?」
呆然とヴェルーニャがそう尋ねる。自分の責任でこの世界を陥れる者が出現してしまったということに、ヴェルーニャは落胆していた。
「そう、私。だって、また女神に幽閉されたらたまったものじゃないもの。でもマナの女神の波動で守られててさ。参ったから、先にあんたを殺しにきたの。牢屋がなきゃ幽閉しようもないじゃない?」
バドとコロナ、真珠と瑠璃がざっと構えた。しかし、当のヴェルーニャがまだ信じられないと言った面持ちで闇のヴェルーニャを見つめている。
「お姉さまを殺す?そんなの、私は許さないからっ!!」
戦いを必要とする真珠がそう願ったのか、真珠の胸の珠魅が黒く変色していく。じわりとにじんだ黒いインクが広がっていくように真珠の珠魅はあっという間に黒くなり、そして、その姿もレディパールに変貌した。
「ヴェルーニャは我が珠魅族を守りし英雄。それを仇なす者は命は無いと思え!」
「ヴェルーニャは俺の師匠だからな!絶対にやらせないぜ!」
「許さないわ!ヴェルーニャは何も悪いことしてないもの!!」
「珠魅族を守ってくれた英雄を俺としても目の前で失っては名目がたたん」
それぞれがいきり立ってそういうが、それでもヴェルーニャは身構えようとはしない。
「あんたは?構えないの?」
嘲るように闇のヴェルーニャがそういった。ヴェルーニャはうつむいてしばらく考え込んでいたが、やがてうなだれてこう言った。
「私が・・悪かったのなら・・」
「違うぞ、ヴェルーニャ!だいたい、リューシスに出会わせたのはマナの女神だったろっ!」
バドが慌ててヴェルーニャにそう言った。コロナがそんなバドをびっくりしたように見つめている。
「ヴェルーニャが好きになったことが悪かったんじゃないよ!それを言うなら、出会わせた女神様にだって非があったはずだよ!ヴェルーニャ!」
「そうよ!ヴェルーニャ!悪かったんじゃない。ヴェルーニャが悪かったんじゃないわ!」
蔑むように見つめるのは闇のヴェルーニャ。その目の前で、英雄ヴェルーニャは顔を上げられずに、震えるばかりだった。
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