沈黙がその場を重く取り巻いていた。
ヴェルーニャはうなだれたままうち震え、その姿に仲間たちもどう動いていいものか困惑していた。そして、闇のヴェルーニャはひとり蔑んだ微笑を浮かべてヴェルーニャを見つめていた。
「まさか、自分の恋愛ごときでこんなことになるとは思いもよらなかった、ってな顔ね。普通の人ならそうでしょうよ。普通ならね。でも、あんたは普通じゃないから。英雄さんだからね」
闇のヴェルーニャが竜に跨りながら、ヴェルーニャに手を差し延べた。
「ホラ、おいで。いくらなんでも仲間の目の前で死ぬなんてしのびないだろ。聞き分けがいいなら一番楽な方法で殺してあげるよ。奈落でその魂を抜けば終わりだ」
「いいかげんに・・!」
いきり立ったレディパールが持っていた杖をぶんっと振り回した。しかし、唐突な攻撃に竜が怒りだし、鋭い牙を見せたかと思うとその大きな口から炎を吐いた。
さすがにこれには驚いたレディパールは、それでも炎を際どい体勢でなんとか避けた。しかし炎の放射範囲は広く、それほど離れていなかったバドやコロナも慌てふためいて逃げ惑うはめになった。熱風と炎に狂乱する子供たちを見て、ヴェルーニャはようやく我に返った。
「やめなさいっ!やめさせて!うちの子たちに手出ししたら承知しないわよ!」
バドとコロナを守ろうと抱きしめ、ヴェルーニャは竜が吐く炎から避けるように走り抜けた。やめなっ、と闇のヴェルーニャが竜に小突くと、竜はぴたりとその炎を止めた。
「ほらほら、あんたが渋ってるから他の人間がまた迷惑するんだよ。早くしなっ!」
すっかり居丈高になって、闇のヴェルーニャがそう言った。ヴェルーニャはゆっくり二人を下ろすと、元気でね、とコロナとバドの頭を撫でた。コロナは泣き始め、バドは説得できないと理解したのか、もう何も言わなかった。悔しそうに真一文字に閉じた口が、それでも何か言いたそうに震えていた。そんなバドに感謝するように、ヴェルーニャはバドの頬にキスをした。
そして、泣きつづけるコロナの頬に、ヴェルーニャは手をやった。
「ごめん、ごめんね。でも、わかって・・コロナ」
「判るけど、でも、やだ・・やだよぉ・・ヴェルーニャ・・」
はらはらと涙を落とすコロナに、ヴェルーニャは胸が痛んだ。しかし、ヴェルーニャが一度もう決意してしまったことを変える事は、コロナの涙でも無理だった。
「私・・好きな人を好きでいたいの。でもその気持ちを持って生きていたら、きっと何度でもあの闇が生まれて私と世界に反乱を企てるわ。」
「うん・・・うん・・」
コロナが判ってる、とばかりに何度も何度も頷いた。
「きっと、私がリューシスを忘れれば・・私は今までどおり、コロナと、バドと3人で楽しく暮らしていけると思うわ。でも。・・できない」
ヴェルーニャのかすれた声に、はっとしたようにコロナが顔を上げると、ヴェルーニャも涙を落としていた。大きな瞳はまっすぐコロナを見つめ、大粒の涙が1つ、2つと零れていく。
「私は、リューシスを忘れるなんて、できない。コロナも、バドも大事な家族よ。でも、変わりようのない気持ちはどうしようもないの・・わかって・・」
ヴェルーニャの泣き顔を見て、コロナは慌てて自分の涙を拭いた。自分が泣いている場合ではない、ヴェルーニャはもっと辛いはずだ。コロナは自分に言い聞かせた。
「判ってるわ。ヴェルーニャのそんな性格も全部判ってる。そんなヴェルーニャだから、私は大好きなんだもの。でも、最後まで諦めないで。」
不思議に瞳を光らせて、コロナはヴェルーニャにこう言った。
「いい?ヴェルーニャ、あなたが奈落につくまでに、何が起こるか判らないんだから。絶対に諦めないで」
ヴェルーニャはコロナのそんな言葉に一瞬目を瞬いた。いい?とコロナにもう一度念を押されて、ヴェルーニャはうん、と頷いた。
・・これは、賭けだ。コロナがそういってくれるなら、私は信じよう。私がイメージをしよう。この苦境を乗り越えられた自分を!
勢い良くヴェルーニャは闇の自分に振り返った。先ほど失意に沈んでいたヴェルーニャの顔が、今では希望に満たされていることに闇のヴェルーニャは驚いた。
「待たせて悪かったわ。連れて行って頂戴。奈落へ」
芯の強い声で、ヴェルーニャがそう言ったときだった。
ドンッという強い衝撃を誰もが受けて、一瞬何が起こったのか判らなかった。
「な、なに?」
「地震だ・・!」
地震など滅多に起こることがないこの世界の住人にしてみれば、パニックになるには十分だった。その場にいる敵味方を忘れて、ヴェルーニャ達は次に来る衝撃を恐れて慌てふためいた。
そんな中、コロナが微笑んでヴェルーニャを見上げていた。
「ねえ、ヴェルーニャ?」
「な、なにっ?!大丈夫?どっかぶつけてない?!」
「ううん、大丈夫よ。そうじゃなくて、ほら、チャンスが来たと思わない?」
「え?」
ヴェルーニャはきょとんとコロナを見下ろすと、コロナはにっと嬉しそうに微笑んでいる。
「マナの異変、よ。地震なんて起こりっこないことが起こってるんだもの。女神様がなにかしてらっしゃるのよ。」
コロナの機転に驚いてから、ヴェルーニャは微笑んだ。
そうか、そうなのか。マナの女神様がこの英雄の闇に対して対策を施したのだ。
ヴェルーニャの体は今度は喜びに震え始めた。
と、次の衝撃がドォンと襲ってきた。
「うっ・・うわぁあぁ!」
今度は予想外に大きな揺れだった。立つ事はほぼ不可能となり、その場にいる者達が悲鳴をあげながら地面に倒れこんだ。闇のヴェルーニャは竜にしがみつき、竜はどっしりと地面に体を預けていた。竜は割と落ち着いていて、眠ったように目を閉じている。
「真珠!」
地面がゆれる、というこの世界にとっては信じ難い現象のおかげで具合が悪くしたレディパールを、瑠璃が引き寄せた。レディパールはだんだんと気力を失い、また、真珠の色も弱々しい白い光に包まれていった。そして、その姿は真珠姫の姿に戻ってしまった。
「一体、いつまで続くんだっ!?」
真珠を可哀想に思った瑠璃が不満げにそう叫んだが、地震はある程度の頻度をもって既に彼らを何度も襲っていた。
「何が一体起こってるんだよ・・」
バドが不安そうにそういいながら、地面に手をついて揺れから必死にこらえている。闇のヴェルーニャでさえ渋った顔をして地を睨みつけている。と、何か閃いたように目を見開くと、闇のヴェルーニャは唐突に笑い出した。
「あっはははは!馬鹿だねぇ。私ったら!」
高笑いをしながらそういうと、闇のヴェルーニャは竜の首にかけている手綱をぐいと引っ張った。竜が目を開き、大きな羽を広げる。そして何度か羽ばたくとふわりと地からその体を宙に浮かせる。そうだ、そうすれば地震からの揺れから逃れることはできるのだ。
「地震なんてくそくらえだ!ヴェルーニャ!こっちに来るんだよ!」
そう言って、闇のヴェルーニャが英雄ヴェルーニャに向かって竜を滑空させるが、ヴェルーニャを渡すまいと、バドとコロナ、そして瑠璃と真珠が立ちはだかった。
「もう、そっちに行く必要はないな?!ヴェルーニャ?」
瑠璃が確認するようにそうヴェルーニャに尋ねると、ヴェルーニャは勢いよく頷いた。
「ええ、そうね。女神様の対策が何なのか分かるまで、私は待つわ」
「勝手なことばかり言うんじゃないよ!」
カァっと目を赤に光らせて、闇のヴェルーニャが怒り出した。竜の鞍に取り付けていた大剣を抜き取り、その細身の体からは信じられぬ力でその大剣を振り回してみせた。
「そうまでする覚悟、できてるんだろうね!?」
真珠はすでにレディパールの姿が解けていたが、それでも手に残った杖を握り締めた。そして、その真珠を守るように瑠璃が前に出る。バドとコロナはそれぞれの武器を構え、ヴェルーニャはその子たちを従えるように構えた。
「できてるわよ!そっちこそ、私達相手に勝てると思ってるの?!」
ヴェルーニャが珍しく強気な口調でそう言った。
さすがにその台詞に闇のヴェルーニャは幾分動揺した。一人一人の攻撃力が他愛なくとも、束になれば厄介な相手ともなりうる。しかし、ここで引き下がっては何の意味はない。女神の対策が何であれ、残り時間は少なくなっているはずだ。
「いくよッ!」
竜が炎を吐き、ヴェルーニャたちがひるんだところで、闇のヴェルーニャは相手グループの鼻先に着地した。大剣を振って、まず瑠璃を狙う。
「竜帝ティアマット!その気高き誇りにかけて、英雄ヴェルーニャにトドメを刺すのよ!」
闇のヴェルーニャがそう叫ぶと、竜はヴェルーニャを睨みつけて前足を踏み下ろした。速度はそんなに速くはなくとも巨大な分、遠くに逃げなければならない。それぞれが四方に飛び散ったあと、竜の前足がズゥンと地に下ろされた。
地震が重なったのか、大きな揺れがヴェルーニャたちを襲う。
「う・・気持ち悪い・・」
真珠がか細い声をあげた。その声に瑠璃は気付いたのだが、闇のヴェルーニャが真正面から剣を追い立てる。
「真珠っ!大丈夫か?!」
声だけあげてみるものの、真珠は真っ青な顔で地面にがくんと膝をついた。
「真珠!真珠!返事を・・!」
「私もなめられたもんだね!人のことを気にしてる場合かいっ!?」
大剣をいとも軽々と操る闇のヴェルーニャは腕力に長けていた。それゆえに、ひとたび掠るだけでも、深手の傷を負わせることができるのだった。そして、それに気付いていなかった瑠璃は不運としか言いようが無かった。
「やぁッ!」
掛け声と共に一閃した剣の軌跡が瑠璃の腕を掠ったのだった。瑠璃はかすり傷だと楽観していた。しかし、流れる血量を見て、瑠璃は自分の目を疑った。
ひやりと背中に一筋の汗が流れる。
「おや?顔色が悪いね?」
にっと笑いながら、闇のヴェルーニャがもう一度勢いづいた剣を振り回し、切っ先を瑠璃の喉元で止めた。
「・・!!」
「さあ、邪魔しないで。ここまでよ。・・ヴェルーニャ!」
竜の足から逃れるのに息があがってきたヴェルーニャは、呼ばれて振り返る。そして、瑠璃が危険に曝されるのを見て取って、瑠璃っ!と叫んだ。
「す・・すまん。ヴェルーニャ・・」
息も絶え絶えに、瑠璃がそう言った。ふん、と闇のヴェルーニャがそれを見て笑う。
「さあ、もうゲームは終わり。奈落に行くのが嫌なら、ここで殺されなさい。それも嫌なら瑠璃の命はないよ!」
ヴェルーニャもコロナもバドも蒼白になった。最悪な現状に女神の打開策は予想もつかない。今にして思えば、本当にこの地震が打開策の一つなのかも確証は無いのだ。
そして、瑠璃を守るためにはヴェルーニャは全てを諦めなければならない。
「・・・くッ・・!」
悔しそうにヴェルーニャが手を握り締めた。
真珠が涙を溜めて、瑠璃君・・と呟くのが、ヴェルーニャの耳にも届いた。
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