【スパイラル〜推理の絆〜】

■another spiral.〜別の螺旋へ〜

掲載日[2008/10/24]













 鳴海清隆が姿をくらましてから3年、ようやくその彼が警視庁に戻ると、溜まった仕事をこなすために清隆はまた自宅不在の状況に陥った。鳴海まどかは家事全般が全くできないというとんでもなく不器用な女性だったため、歩は清隆が戻ったら実家に戻るつもりだったのをやむなく諦め、引き続き鳴海夫妻の家に住み続けることになった。
 しかし、歩にはわかっていた。兄は、おそらく仕事が溜まっていたわけではない。神とまで言われた男が仕事を溜めることの方がはるかに妙技だし、おそらく歩が実家に帰らずに住む理由を作ったにすぎないのだろう。それが、兄として弟にできることだと考えたのかは定かではない。しかし、歩は結果的に家事全般を賄うために実家に帰るわけにはいかなくなった。

 休みがちだった学校にも、復帰した。クラスで特に仲のいい友達も作らず、孤独を愛すように小さく暮らしてきた歩だったが、一度明るくクラスに溶け込む機会を与えられた。
 ミズシロ火澄(ひずみ)という、本来は歩が殺すべきと運命づけられた相手によって。
 火澄は歩と同じクラスに入り込み、自分を殺す運命の歩に近づき運命がそう流れぬよう徐々に歩の心に入り込もうと画策した。クラスに明るく溶け込み、そして歩をまたその明るい光のもとに誘い入れた。自分と過ごすこの世界がこんなにも楽しいものだと見せつけるかのように。しかし、歩はその視界にあるものを一線を画したもののように扱った。火澄は歩を仲間に引き入れることはできなかった。
 しかし、そのおかげか復帰した歩は前よりかはずいぶん暖かい目でクラスに迎えられた。もともとクラスの目など気にする方ではない歩だったが、やはり冷たくみられるよりかは幾分居心地はよく感じた。その居心地の良さの中に、火澄がここに確かにいたことを思い出す。

――新聞部部室。
 からりと扉を開ければいつもパソコンに向かっていたはずの彼女はいない。『結崎ひよの』という新聞部部長はこの世から永久にその存在を消した。彼女の全ては清隆が仕込んだ役目にすぎなかったのだ。
 しかし、この部室が消えてなくなるわけでもない。彼女の痕跡はまるでなくとも、彼女のいた空気だけはまだ感じることが出来るような気が、歩はした。
 昼休みはここでテレビを見ながら弁当を食べた。備品はそのままだったので、歩は小型のテレビの電源を入れてテレビを映した。手作りの弁当をテーブルに広げて一人静かに食事をとる。昼間のバラエティ番組の笑い声がスピーカーから虚しく響き渡る。空虚な笑い声だ、と思う。だた大きくて、音域が高いだけ声。きっとテレビの向こう側の人間も、本当に笑っているわけではないのだろう。
 テレビショッピングのチャンネルに変えて、歩は見るともなしに食事を続けた。

 これまではこの学校に入ってからというもの、どこかしらで事件が起きた。
 始まりは非常階段からの飛び降り自殺に見せかけた殺人、それから矢で射かけられたように見せられた殺人、白昼堂々教師が廊下で胸を刺され、果てはこの新聞部の部室での爆弾事件。そこから歩はブレードチルドレンとの因縁の事件へと引きずり込まれて行く。

 ブレードチルドレンとは、もともとは人類のハイブリット計画だった。ミズシロヤイバというカリスマ性のある天才が世に生まれ、人々はその恩恵を少しでも賜ろうとその遺伝子を受けついた子供たちを量産した。その子らは今現在歩と同じ年代になるという。
 一方、歩の兄である清隆は、何故か「ブレードチルドレンの謎を追う」と言い残し、その当時まだ新妻だったまどかを一人家に残して失踪する。歩は人間的な生活もできなくなるほど精神的に追い詰められたまどかを助けるために、まどかの家事手伝い役として一緒に暮らし始めることになり、そのおかげで近場の月臣学園に入学するはめになった。
 その学園自体がブレードチルドレンの檻になっているとも知らずに。
 しかしハイブリッドとしてこの世に生まれたはずの子どもたちが、今更なぜ神と呼ばれる清隆の手を煩わせることになったのか。
 それは、やはりその子供たちはハイブリットなどではなかった、という事実に起因する。
 そもそもミズシロヤイバ自身が善良な天才ではなく、悪質な犯罪者の性質をもった人間であったことがわかったのだった。しかも、そのことをミズシロヤイバ当人もあざ笑うようにそれを認めた。
「我が意志は人間の駆逐。我が血はこの意志を伝える。成人したブレードチルドレンはあらゆる人間を滅ぼすように行動する。―――逃れようなく」
 ミズシロヤイバの話によれば、その子らは自分と同じく成人年齢を超えた時点で「見境なく人を殺す悪魔となり果てるだろう」と予言した。そのことが判明したことがブレードチルドレンが生まれた後だったことがより事態を悪化させた。ミズシロヤイバを核とする騎士団、通称ナイツとよばれる集団がそもそもブレードチルドレン計画の発案、及び実行の母体であったが、まさかそんな危険因子を世に送り出すことになるとは彼らには想像だにしなかったことだった。よって彼らはブレードチルドレンの扱い方を審議し始めた。審議が重なるにつれて、人々はその思想の違いにより3つの派閥に分かれるようになった。それが、ハンター、ウォッチャー、セイバーと呼ばれる人々だ。
 ハンターはその名の通り「狩る者」で、ブレードチルドレンの存在を掃討を主張。対して、ミズシロヤイバの天才的能力のみを支持し計画を続行させようとするのがセイバー。ウォッチャーは観察者、つまり実験の経過をただ観るだけの中立派という3つの派閥に分かれたというわけである。
 そんな中、諸悪の根源たるミズシロヤイバは鳴海清隆によって殺された。
 このときの衝撃は計り知れないだろう。そもそもミズシロヤイバは誰にも倒されない絶対的な神のごとき存在だった。しかし、この世にはミズシロヤイバから16年の時を経て、もう一人の神が遣わされていた。それが鳴海清隆だった。
 誰にも殺すことのできなかったミズシロヤイバは、もう一人の神によってその命を絶たれた。しかし、悪夢の種は撒かれたままだ。この世にはヤイバの意志をその血に残した子供が残っていた。ブレードチルドレンである。
 清隆は、ブレードチルドレンの将来を案じたが、それは自分の役目ではないとした。なんとその厄介な使命を歩に丸投げしてきたのだった。ブレードチルドレンはすでに近い将来悪魔のような所業を果たす運命が体に刻みこまれていると信じる子供たちだった。それを救えるのは鳴海歩がカギだと、清隆は一部のブレードチルドレンに希望という生贄を差し出したのだった。
 その一方で、歩には歩の役目があった。鳴海清隆はミズシロヤイバの対抗馬だった。そして、何もかもが兄に似ている歩はその布陣の中では役割がわからない。しかし、歩もまた対抗馬だったのだ。
 ミズシロヤイバには、弟がいた。それがミズシロ火澄である。
 歩はそのミズシロ火澄を殺すべき運命なのだと、聞かされた。
 しかし、一介の高校生が運命だと聞いて、そうかと素直にうなずけるような内容ではない。天才の弟たる歩がそういう点であくまでも平凡だったのは、救いだった。歩は火澄を殺すなどという選択肢は選ばなかった。
 しかし、殺す必要もない背景があったことも事実だった。火澄はミズシロヤイバのクローンだったのだ。
 ミズシロ火澄は当時16歳。今現在でさえ成功例が数少なく確立しきっていない技術のはずのものが、16年ものとして存在していた。しかし、それは完全なる生命体ではなく、その体には時限爆弾が仕込まれていた。
 ――十代後半にはほとんどの臓器機能の衰弱、造血能力の著しい低下がみられ、遅くとも成人するまでに死に至る。
 そして、その時限爆弾は火澄だけのものではなかった。鳴海歩にもまた、同様の爆弾が仕掛けられていたのだ。
 鳴海歩は、鳴海清隆のクローンだったのだ。

 歩は自らの命が残り少ないと知って尚、うつむきはしなかった。鳴海清隆が生贄とした役目すら、忘れず果たそうとその論理を組み立てた。それは、自分の命が短いことを逆手に取った、それこそ命をかけた大勝負だった。
 歩の基本論理はこうだ。「誰も殺さず、絶望でなく希望を想像する」
 対して、神、鳴海清隆の論理はそもそも「盤面のゼロ」だった。
 盤面の駒は「ミズシロヤイバ」その弟「火澄」、対抗馬の「鳴海清隆」その弟「歩」、ヤイバの背後にも――これは集団の駒になるが――「ブレードチルドレン」とその対抗馬「ナイツ(ハンター)」が存在する。
 諸悪の根源「ミズシロヤイバ」は「鳴海清隆」の手によって殺害されている。「歩」は「火澄」を殺す運命。「ブレードチルドレン」は「ハンター」に滅せられ、「ハンター」はそもそもが神の血を引くことものなかった一般人でそもそも問題の駒ではない。そして盤面に残るは鳴海兄弟。神「鳴海清隆」は弟「歩」に自分を殺させようと罠を張り巡らせた。その罠が成就することを清隆は疑わない。そして、盤面には「歩」がひとり残る。しかし「歩」もまたその身に爆弾を抱えた存在。なにもせずとも時間が彼を殺す。結論、危険因子も神もこの世から一掃され「盤面のゼロ」となる。
 歩はそんな神であり兄である清隆の論理を読み、勝ちに行く。火澄も殺さず、また、兄が張り巡らせた罠も見破った。『結崎ひよの』が架空の存在であったことを、だ。歩は先に自分を絶望の淵に追いやっていたことで、兄からの計略から見事に逃れることができたのだった。その上、負けた兄には、取引を持ち込む。その神のごとき能力を持って、ブレードチルドレンを守れ、というものだった。血の呪いに打ち勝つものに、少しでも多くの夢を見せてやれと説いたのだった。歩は兄からのしつけられた使命を忘れていなかったのだ。
 鳴海兄弟の対決は、歩の論理によってその勝敗が決したのだった。

 その後、ブレードチルドレンはナイツの監視下ではあったが、危険にさらされることはなくなった。ハンター勢力を清隆が見事に制圧し、ウォッチャーの行動規定がナイツ全体の行動規範とされた。これは、今後ブレードチルドレンが量産されることもないし、今存在するブレードチルドレンが狩られる恐れもないというものだった。(ただ、残念ながらブレードチルドレンが血としての呪いを発動する者がゼロであるというわけではなかったが)
 歩はその流れを見ながら、今は平凡な高校生活を送っている。騒がしい事件もないし、唐突に教師に呼び出しを受けたりもしていない。平凡すぎて毎日が眠い、と思っていたら、それはただの眠気ではないことにようやく気付いた。
 それは、貧血による意識の希薄性の始まりだった。歩はそのことに気づいていて、冷静に自分の体がそろそろ限界に近いのだと確信していた。






■to be countinued.



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■原作まとめ。読まなくてもいい内容だったり(汗)