【スパイラル〜推理の絆〜】

■4.土砂降りの雨とビニール傘

掲載日[2008/10/09]
















「あっめ〜あっめ〜降っれ〜降っれ〜もぉと降れ〜♪」
「古いな」
 新聞部部室の小部屋でひよのが窓の外の景色を見ながら、割合感情をこめて歌っているのを、横から鳴海歩が茶々を入れた。
「だって、今頭に浮かんだのがそっちだったんですもん」
 むっとしてひよのが振り返ると歩をにらみつける。歩は晩御飯のメニューを考えているのか、料理雑誌をめくりながら小型テレビの音を聞いている。
「せめて童謡のほうにしておけ。願わくは黙ってて欲しいが。テレビの音が聞こえないからな」
 ひよのは目を怒らせたままテレビの方に目をやると、テレビは通販の宣伝を延々と繰り返すチャンネルだった。今はおろし金のセットの宣伝で、おまけが野菜の水切り器というどっちが本体でどっちがおまけかわからないような品揃えになっている。この品は歩にはそれほど興味がないのか、歩は雑誌から目を離すことがない。
 もしかしたら持っているのかも、とひよのは密かにそう思う。以前、万能包丁のテレビショッピングを食い入るように見ていた歩を思い出したのだった。
「何言ってるんですか。この部屋の主は私ことひよのちゃんですよ!私が私の部屋で歌おうが踊ろうが私の勝手です」
「それは確かにアンタの勝手だな」
 歩は淡々と言葉を返しながら、雑誌のページをめくっている。
 ここは新聞部部室として割り当てられた小部屋である。狭い部屋ながらも、給湯室の設備が併設されていて、しかもこの部屋は完全に新聞部だけのものなのである。要するに教室や会議室を兼用しているわけではない分、部長である結崎ひよのは24時間365日ここを自由に使える権限を持っているのだ。
 その証拠に過去、ひよの自身が校長から脅して取った小部屋だと豪語している。
 はぁっとため息をついて、ひよのは窓の外を眺めた。
「それにしても、雨止みそうにないですねー」
「見事に予報が外れたから、校内にだいぶ人が残ってるんだろうな」
「置き傘は先週、大処分されちゃいましたしね」
 長年放置されていた傘立ての傘が大量に放置されていたのに気づいた生活安全委員会が、なぜか躍起になって大量に残った傘を処分する方針を推し進め、先週その念願が叶って一斉処分されたばかりだった。
 おかげで、持ち主不明の傘や、壊れた傘が一掃されてきれいになったのはよかったが、置き傘をしにくくなって傘を持ち歩くしかなくなった状況になり、それから一週間とたたず今日のこの唐突な大雨となったのであった。
 そのため、クラスの生活安全委員がクラスの連中からねちねち嫌味を言われる一日だったようだ。
「俺も頼みの綱のロッカーの傘は使ってたしな…。まぁ、しばらくしたら収まってくるだろうからそこを見計らって帰るのが得策だろうな」
「ええ。それもいい案ですが、一緒に相合傘して帰るというのは、どうです?」
 にぱっと笑いながら、ひよのが歩の顔を覗き込むように顔を近づける。その顔の隣には透明のビニール傘が添えられていた。
「置き傘か?この状況で大した度胸だな」
 歩は大して驚きもせず、再び雑誌に目を戻そうとしたが、すかさずひよのは会話を続けようと言葉を返す。
「傘立てには置かず、この部屋に置いておいたのですっ!さっ、鳴海さん、仲睦まじく帰りましょう♪」
「そんな小さな傘じゃすぐ濡れるのがオチだ。俺はもうちょっと雨の収まりを待つよ。アンタはそれで先に帰ればいい」
「相変わらず冷たいことをいいますねー全く。本当に面白みの欠片もない人ですよ」
 はあっとつまらなそうにひよのは息をつく。そのまますとんと椅子に座ると、歩をじとっと上目遣いで睨み付ける。視線を感じた歩が、雑誌に落としていた視線をひよのに移す。煩わしそうな表情だった。
「あ、やっとこっち見ましたね」
「なにも俺はアンタを引き止めた覚えもないし、そのつもりもない。その傘で先に帰ればいいんじゃないのか?」
「何言ってるんですか。私が土砂降りの中で必死に帰った後に、鳴海さんが悠然と、そして泰然と、なおかつ平然とニヒルな微笑みを湛えながら帰るなんて、そんなズルイ事させませんからね!」
「別にズルくはないと思うが。それに俺は平然と帰ることはできても、ニヒルな笑い方なんて知らないな」
 やれやれ、とでも言いたげに歩は肩をすくめた。
 雨の音が更に激しさを増して、窓を叩きつけるような音が鳴り響き始めた。
「ああ、これじゃあひどくなるばかりですよ。こうなったのも全部鳴海さんのせいですよ」
 ひよのはむくれた顔で窓を見つめる。窓を叩く雨粒は大きく、視界も奪うほど激しいものだった。
「あいにく俺には天気を左右するほどの力はない」
 落ち着いた表情のまま料理雑誌を眺めていた歩だったが、窓に目を向けるとぽつりと呟いた。
「これじゃあ、今日の買い物は無理だな」
「買い物に行くつもりだったんですか?無茶ですよ。きっと車に泥はねされてずぶ濡れになりますよ」
「昔の漫画じゃあるまいし」
 開いていた雑誌を閉じると、歩はがたんと椅子から立ち上がる。
「じゃ、傘は借りていくよ」
 歩がひよののビニール傘を手にすると、にこやかに笑う。リュックの背に背負うと、ビニール傘を手に部屋を出て行こうとする。
「あっ!ひどいです鳴海さんっ!私の傘なのにっ!」
 ひよのは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がったのに対し、歩は部屋から出る間際に「ほらっ」と放物線を描くようにひよのに何かを投げた。
「わっ!」
「そっちの方が幅が広いから濡れにくいはずだ。アンタはそれで帰ればいい」
 ぴしゃりと締められた戸を見たときにすでに歩の姿はなく、ひよのは呆然としたあとその手に残ったものをしげしげと見つめた。
「傘」
 折り畳み傘にしては頑丈で幅のありそうな代物だった。のろのろとカバーをはずし、畳まれた布を解くと傘をゆっくり開いた。やはり先ほどのビニール傘よりも幅が広いし、骨組みもしっかりしている。
「鳴海さん…?」
 歩の行動にひよのは混乱を来たす。
 ロッカーの置き傘はないと言っていた。だから雨が収まるのを待つためにここで時間つぶしをしているのだと思っていた。
 しかし、歩の傘はあった。
 これだと大前提が覆るではないか。
 傘があるならば、【そもそもどうして歩はこの部屋にきたのだ】という疑問が浮かぶ。歩は新聞部員ではないのだし。
 しかし、ひよのに会いにきた、なんて甘い考えが通じる間柄ではない。そもそも、歩はひよのを見つけると決まって嫌な顔をするのが日常なのだ。
 ブレードチルドレンに対する対策を練りに来た、という感じでもない。今の今まで歩は料理雑誌をのんびり見ていた。
 考えられるのは「ひよのが傘を持っているのか確かめるため」という動機。
 しかしその動機から歩がどうしたかったのかが見えない。
 傘を持っているから一緒に帰ろうと思ったわけではない。ひよのが相合傘を提案してもにべもなく断った歩である。それは成り立たない。
 ひよのが一人で雨が止むのを待っているのであれば、つきあってもいいと考えた、とする動機もまた、「会いに来た」と同じくらいありえない動機である。
 どちらも日常の歩の動作からは考えにくい非常に可能性の低い動機だ。
 どう考えても、歩がこの部屋に来たしっくりとくる動機が見つからない。
「はぁ…こればかりは考えても無駄ですね。私も帰りますか」
 先ほど勢いよく立ち上がった所為で後ろに下がりすぎた椅子をテーブルの下にもぐりこませながら、ひよのはもう一度窓を見つめた。
 雨に先ほどの激しさはなく、窓の外に見える景色もずいぶんと回復していた。雨粒も小さな小雨となり、空の雲の色も重たげなダークグレーからだんだんと白を混ぜたような薄いグレーに変わりつつあった。
 天気を変える力を、やはり鳴海歩は持ってるかのようだ。
「では、この傘お借りしますね、鳴海さん」
 ひよのは一旦その傘を閉じて畳んでからバックにいれると、部室を颯爽と出て行ったのだった。











■END



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■どっちつかずな行動をする歩が大好きなのですw
この二人はカップルだと思うけど、それをつなぐのが恋愛感情じゃないんですよね。
お互いに「使えるから」って言うビジネスライクな観点で結ばれてるのがすごくクールで良いと思う。
それぞれが相手に利用価値があるというのも、それもまた運命に近いものを感じます。
ああ、そういう意味では初期の「X-FILE」の二人に近いものを感じますね。