涙の跡



 ちゃぽん・・・・
 水の音がした。控えめな小さな音が。
 プリムは水の神殿のある湖の縁で、膝を抱えていた。もう少し奥に歩けば、 水の精霊ウンディーネが仲間になった洞窟がある。あのときはまだ3人だった。
聖剣の勇者だったランディと妖精の子供ポポイ。今、プリムの側には誰もいな い。ランディはポトスの村に戻ったし、ポポイは・・・いなくなってしまった。 いるのかもしれない。けれど、プリムの瞳にポポイの姿が映ることは、もうない 。
 精霊を司るマナを守ることができず、精霊の子供のポポイは二人の前から姿 を消したのだった。
「・・・・ディラック・・・・」
 そして、最愛の人さえ、プリムは失ってしまった。救うことが出来なかった 。ディラックを助けるためだけに、プリムは父すら捨てて街を出た。父の陰謀で 魔女討伐隊に任命されたディラックを取り戻すために。しかし、ディラックを魔 の手が襲う。彼女からディラックを遠くさらう。
「どうして、どうして死んでしまったの・・・?」
 ディラックは彼女を、ひいてはこの世界を守るために、身を犠牲にして悪魔 を封じようとしたのだった。しかたなく、悪魔はディラックの体を捨てた。
 プリムは膝に顔を埋めた。涙がまた溢れてくる。神獣さえ打ち倒した力を持 つ少女は、二つの永遠の別れに今もずっと泣き伏していた。マナの力を手にいれ んとした悪魔と、マナの神獣を打ち倒した後、街までランディに送ってもらって からもう3日も経つのに、プリムはいつもそこで泣いていた。
「なにも、残らなかった。あんなに大変な思いをしたのに、何も守ることが出 来なかったなんて・・」
 目が腫れていた。しかも、ウサギのように目が赤い。プリムはもともと感情 を殺すタイプではないので、ショックを隠しきれず泣き続けていたのだった。
 後ろで草を分け入ってくる足音を聞いた。プリムは呆然と振り返る。そこに は、驚いた表情で、同じく呆然とするランディがいた。
「・・や、やあ・・」
「何よ・・何しに来たの・・・?」
 プリムは慌てて目の涙を手の甲で落とした。一番、プリムにとって涙を見ら れたくない相手に涙を見られたことに、プリムは腹を立てていた。
 ランディはそれでもそんなプリムを慣れたように見ると、隣はいい?と聞い てみる。プリムがふてくされたように頷いたのを見て、ランディは座る。プリム はランディの手に何か足りないものを感じ取って、すぐに尋ねてみる。
「剣は?聖剣はどうしたの?」
 ランディはにっこり笑うと、うん、と頷いた。
「元の場所に・・父さんに返したんだ。もう、僕には必要ないから。次の聖剣 の勇者がいると思って。」
「相変わらず、律儀なのね。ランディ。」
 プリムが笑う。ランディがそんなプリムを見て、安堵したように笑った。
 二人はしばらく湖の水を眺めていた。暖かな日差しとさわやかな風が二人の 気持ちを和ませていく。
「ずっと。泣いていたの?」
 ランディが不意にそういった。プリムがはっとしたように目を見開く。ラン ディの方を見て、プリムは自分が怒ればいいのか、泣けばいいのか、分からなか った。いつものように強気な言葉でランディを打ち負かせばそれでいいのに、何 故か言葉が出ない。しかたなく、プリムは無言で目をそらした。目頭が熱くなる のが自分で分かった。
(どうして?こんな奴の前で泣きたくはないのに・・)
 そんなプリムの心の内を知ったかのように、ランディもプリムから目をそら した。水が流れ続ける神殿を眺めるように見る。
「心配してはいたんだよ。・・プリム、辛いだろうなって。でも、僕あの村で も結局余所者だから、勝手な行動まだあんまりとれないんだ。聖剣の勇者とか、 変な尾鰭もついちゃったし。」
 ランディが頭を掻いて、一人笑う。しかし、すぐにため息を吐き出すと、話 を続けた。「ポポイもいなくなってしまったし、プリムの大事な人もなくしてし まったし。僕自身、なんだったんだ、って思うんだよ。僕がこう思うくらいだか ら、プリムなんかは余計に腹立たしい冒険にだっただろうね。」
 プリムは答えない。ただ黙って、ランディの話を止めるでもなく、促すでも なく聞いているようだった。ランディはプリムが止めないのを確認するように見 つめてから、再び話し出す。
「マナも、結局要塞のせいで失われてしまったし。・・聖剣の勇者なんて伝説 だけだね。僕じゃない、僕じゃないんだ・・。なのに運命は僕を選んだんだね。 」
 プリムはゆっくり目をランディに向けた。哀れむように、気遣うように、優 しい瞳で。ランディもプリムを見る。気弱そうな瞳を、心許なげに彷徨わせなが ら。
「ごめんね。僕の所為だね。ポポイとディラックを救えなかったのは・・。僕 は君にずっと謝りたかったんだ。けど、ずっと言えなくて・・・本当にごめん、 それだけ」
 それだけ言うと、ランディは立ち上がった。それを見てプリムが慌てて、待 ちなさいよっ!と怒鳴った。ランディの手を引いて、もう一度座らせると、ラン ディを優しく抱きしめた。
「・・プリム?」
 ランディが驚いたようにプリムにそう言った。が、プリムは怒ったようにラ ンディを問いただす。プリムの目から、涙が一滴、流れ落ちるのをランディは見 た。
「あんた、私を慰めに来たんじゃないの?」
「ごめん、そのつもりだったんだけど、泣かせちゃったみたいだね・・」
 プリムが涙をこぼしながら笑う。ランディの首に手をかけたままで。
「バカね。あんたって本当、間抜けなんだから。それに、私はちびちゃんのこ ともディラックのことも、あんたの所為で!なんて思ったことないのに・・」
 プリムはまっすぐにランディを見つめ返すと、上目遣いでこういった。
「あんたは立派な勇者よ。世界は守ったのは間違いなく、あんたなんだからね !」
 そういわれて、ランディは嬉しそうに笑うと、プリムを抱きしめた。嬉しそ うに、涙を浮かべて。
「ごめん、泣くつもりはなかったんだ。泣くつもり何て・・・」
「ばか。私だってそうよ。泣くつもりなんか、なかったの。でも、泣こう。今 だけ。これで終わりにするって、お互いに誓って。」
 プリムもランディを強く抱きしめた。
 世界を救った勇敢で若すぎる少年と少女は、今やっと平安の地を見つけたの だった。
   


FIN.


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